誤算
【渾身の力を込めて、鉄の杭を大金槌で打つ。すると全身にしびれが走る】
【あるいは巨大な盾を構えて、巨大な鉄球を受ける】
【想像するだに、体が震えるであろう? これを意図して引き起こすのが鯨波である】
【通常の発勁は相手に触れた部分ぐらいしか揺さぶれぬ、がこれは全身を硬直させられる】
【発勁は相手に触れねば使えぬ以上、四器拳や爆毒拳では覚える意味が無い】
【しかし酒曲拳や霧影拳のように、攻撃手段が乏しい拳法には意味がある】
【無論、悪血による拳法でも意味はあるであろうな】
【なに、悪血を宿す者は技の見切りも早い。基本も応用も、水を吸うように覚えられるであろう】
【案ずるな、発勁を覚えたぐらいでお主の可能性は、埋まったりせん】
【修業はここから始まるのだからな!】
無属性魔法は、誰でも使うことができる。
仙人がそうであるように、凶憑きでも当然のように使用できる。
身体能力に上乗せされた、未加工の気血が神降しの巨体を著しく揺さぶる。
凶憑き故に内包された膨大なエネルギーの攻撃力はすさまじく、本来生中なことでは揺らしきれない神獣を麻痺させていた。
「知っている……神降しが凶憑きを打つとき、全身の力で受けに回ることは知っている。ならば、それに準備するのは当然のことだ!」
動きが止まっている、麻痺している神獣は、四本の脚をゆっくりとまげて沈んでいく。
別に失神したわけではない、己の巨体は麻痺している四本の脚で支えきれなくなっただけだ。
その倒れようとしている巨体の懐で、ランは腰を落として拳を構える。
助走による加速は不要だと言わんばかりに、その場で溜を行っていた。
それが、神降しにとって有効な打撃への準備であることは余りにも明白だった。
「銀鬼拳、発勁……!」
【この発勁は、地面に向けて己の足の裏から放つ】
【それが何を意味するかと言えば、地面からの反発力を得ることができる】
【つまり、通常の打撃の威力が増すのだ】
【下から上へ突き上げるように打撃を打つとき、最大強化された神降しに有効であろう】
「震脚!」
【本来体格差がありすぎる相手への強打は反発が大きいが、悪血で強化すれば打ち抜ける】
【景気よく殴り飛ばしてしまえ】
大地が揺らぐ轟音とともに、吹き飛んだ巨体は人間の姿になりながら地面に落ちた。
およそ、神降し同士ではありえない、神獣が宙を舞う光景。
それを、凶憑きから成長した娘が行った。その事実が、現実が、目の前に現れていた。
「見事だ!」
ある意味、神降しの優位を覆す、王家の威信を汚しかねない結果を、他でもないマジャン王家の席にて賞賛する声があった。
当然、銀鬼拳ランの主であるスナエだった。
「さすがは我が第一の臣下! 我が父も喜んでいるぞ!」
「光栄です、スナエ様」
茶番であることは、誰もが察していた。
銀の髪を燃え上がらせたまま、ランは拳を収めて片膝を付き臣下として言葉を受けていた。
そこに狂乱はどこにもない。仮にこの忠義が、礼節が演技だったとしても、凶憑きを相手に演技をさせるなど尋常ではない。
「うむ、我が娘の臣下であるランよ。その力確かに見せてもらったぞ! その武勇は、我が国や近隣諸国でも語られるであろう!」
賞賛するほかない、己の娘が暴虐を極める凶憑きに勝利し、その狂気を鎮め忠臣に育て上げたのだから。
その事実を思えば、神降しの使い手が凶憑きに敗北したことなど大したことではなかった。ハーン王は沈黙する客たちに代わって賞賛していた。
「しかし、お前ほどの実力者が第五戦士とはな……その点はどうなのだ? お前が前の四人に劣るとは思わんが、残る二人よりも強いということはあるまいな」
「ご安心ください」
もしも、露骨な優劣を覆して順序を調整したなら、それは小癪な作戦に他ならない。
そんなことはないだろうと察しながら、一応の確認をする。
それに対して、ランはこの場の誰もが安心できない言葉で答えていた。
「残る二人の戦士は、両者ともに私よりもはるかに強い戦士でございます」
※
「ようやく俺の出番か」
上着を脱いで肉体をさらしながら、祭我は席を立っていた。
その眼には確かな決意があり、その肉体には確かな鍛錬が見て取れた。
顔にも傷が刻まれ、歴戦の雄の風格が感じられる。まあ、はた目には、ではあるが。
「ふははは! どうだ、我が采配は! 我が主よ、場は温めた故に存分に戦おうではないか!」
「ああ、お前のおかげで本当に全勝できそうだよ。このまま応援してくれ」
人間の姿をしている己の剣を背に、祭我は悠然と歩きだしていた。
寸鉄帯びることなく、宝貝も持たずに試合場へ向かっていく。
一瞬思考停止したエッケザックスは、大慌てで彼の体に縋りつく。
「ま、待て我が主よ! 何か、何か忘れていないか?! 如何に試合とはいえ、武器も持たずに出向くなど流儀ではあるまい?!」
「……エッケザックスこそ、冷静に思い出してくれ。俺が山水と三度めに戦った時何と言われたのかを」
八種神宝、最強の神剣エッケザックス。
その機能はあらゆる魔法の効果を増幅させることである。
バトラブの切り札である祭我にふさわしい武器ではあるが、この場にはふさわしくない武器だった。
「殺してもいいルールだけど、殺しちゃうだろ」
「……はぁっ?!」
「お前使ったら、神降しでも炭になるっていうのはこの間でわかったことだったじゃないか。それに、神降しも使うつもりだし……」
何も、殺すことはあるまい。
殺さなければ勝てないわけでもなく、使わないと勝てないわけでもない。
であれば、使う意味が無い。
成長した祭我は、正しい判断をしていた。成長とは、時に残酷なものである。
「し、しまった……強くしすぎた……!」
「今回は素手で倒すからさ、また強敵と戦うときとか、沢山の敵と戦うときまで待っててくれ」
「それは何時だ!?」
「そんなこと聞かれても……」
昔のトラウマを刺激されて絶句している相棒に申し訳なさそうにしながら、思い出したように自分の女の一人に告げていた。
「ツガー」
「……なんでしょうか?」
「目を閉じて耳をふさいでおいた方がいいかも……」
直球で、見ない方がいいし聞かない方がいいよと言う祭我。
それを聞いて、彼女は青ざめながらうなづいていた。
「こういう時、未来が見えるっていうのは考え物だって思うよ……」
改めて、この国の戦士の様に裸に近い姿で試合場に立つ祭我。
目の前には、青ざめている第六戦の対戦相手がいた。
表情こそ既に負けを悟ったような顔だが、その体つきはとても鍛えられている。
おそらく、彼女に比べれば自分の鍛錬など付け焼刃もいいところだろう。
まず間違いなく、この御前試合で一番鍛錬が足りないのは自分だった。
自分がマンガを読んでいたりゲームしていた時間、テンペラの里の面々も王女様たちも必死で修行していたのだろう。
そう思いながら、それでも全力で戦うつもりだった。
「……大変申し訳ないが、一番ひどい目に合うのは君だ」
ランが一つ前の試合で圧倒した以上、自分は更に相手を打ちのめさなければならない。
加えて、自分を婚約者として選んでくれたスナエへの礼儀でもある。
自分に多くの出資をしてくれたバトラブへの礼儀でもある。
「君には俺を罵倒する権利がある。君には俺を軽蔑する権利がある。君には俺を憎悪する権利がある」
自分が如何にぶっ壊れて強いのか。理不尽ででたらめで、お話にならないのかを示す義務があった。
「俺は、アルカナ王国四大貴族、バトラブ家の切り札にして次期当主、瑞祭我。マジャン=スナエの婚約者だ、その武勇を君の体で証明する」
祭我は予知していた。
この試合の結果が、如何なるものなのか。既に決着まで見えている。
なんとも残念なことに、(彼女にとって)最悪の未来しか見えない。
「死んでも文句を言っていい、それぐらい俺は狡いからな」
王気、神降し。
誰もが拍子抜けするほど、見知った術が発動する。
人間のシルエットを保ったまま、その肉体が深い体毛に覆われていく。
「いやあ……本当に申し訳ない。俺はランと違って、悪血の制御に慣れていない……!」
悪血、銀鬼拳。
観客の誰もが、己の目を疑っていた。
神降しではありえざることに、先ほど見た凶憑きのそれが彼の体に起きている。
彼の全身の体毛が、銀色に燃え盛っている。
「もう君をぐしゃぐしゃにすることしか考えられない!」
影気、影降し。
銀色に燃え盛る二足歩行の狼が二人、何の前触れもなく新たに現れる。
それを見て、誰もが己の認識を疑いながら確信していた。
「大丈夫、怪我をしても人参果がある。死なない限り、すぐに治るさ!」
侵血、爆毒拳。
二人の分身が、互いの肩に手を触れる。
すると銀色の狼が更に変色していく。燃え盛る光沢をそのままに、さらなる色が加えられていく。
「だからほら……さあ、戦おう!」
魔力、魔法。
三体の狼の足元から炎が吹き上がり、その体を上昇させていく。
「罵声は後で聞く、謝罪は後でする!」
玉血、四器拳。
狼たちの握りしめた拳が硬化する。
「君は死んでも文句は言わないと誓っているが!」
時力、占術。あるいは星血、亀甲拳。
生み出した分身は、既にどう動くのか決定されていた。
「まさか、ここまでされるなんて思っていなかったはずだからなぁ!」
バトラブの切り札、瑞祭我。その体には、あらゆる気血が流れている。
そして、そのすべてを同時に平行して使用することが可能だった。
「後悔しても、もう遅いけどな」
狂ったように笑うその姿は、皮肉にも凶憑きそのものだった。
「死なない程度に、ぐしゃぐしゃにしてやる……!」
戦士解説
瑞 祭我
保有神宝 エッケザックス
保有資質 全種類
習得魔法 法術、魔法、占術(亀甲拳)、神降し、影降し、銀鬼拳、四器拳、爆毒拳、酒曲拳、霧影拳。
ありとあらゆる体内エネルギーを保有しており、それを同時に使用することができる。
一度習得しなければ術として使えないが、最初の段階だけは比較的容易に覚えることができる。
一つ一つのエネルギー量は際立って多いわけではないが、練習次第ではその道の一流程度にはなれる。
基本的に己の中のエネルギーは独立しており、法術を使用すれば聖力を消費し、使い切れば他の力が残っていても法術は使えなくなる。
逆に、普通の使い手同様に、聖力を使えば使うほど常識の範疇で聖力は増す。
仮にすべての力を極限まで極めても、総量でも正蔵はおろかランにも及ばない。
ちなみに、影降しで生み出した分身は、影降しの倍々増殖以外はすべての術が使用可能。
また、悪血を使用している場合他の術の精度も向上する。今の祭我が火の魔法によって飛行するには、悪血によって己を強化しなければならない。