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悪血

希少魔法解説


名称 銀鬼(ぎんき)

必要資質 悪血

分布 ーーー


有効範囲 極めて短い

消費   多い

即効性  極めて速い

効果   高い

応用   狭い


 テンペラの里では拳法名がそのまま名字のため、ランの今後の名前は銀鬼拳ランとなる。


 単純に人間の性能を向上させる術。性質としては王気と同様に仙気よりで自然に近い。

 身体能力だけではなく、反射神経なども向上する。また、再生能力も付加される。


 王気に次いで自己強化に長じており、非常に格闘向きである。

 難点は発動すると興奮状態になること。冷静な判断力を欠き、力尽きるまで戦うことになってしまう。


 再生能力があり脳以外の部位は大体再生できるが、最も悪血を消費するためケガの程度によってはケガを治しきれずに力尽きる。

 防御も強化されているが法術の鎧ほどではなく、魔法や神降しなら大きな損傷を受けてしまうためそこまで無茶は効かない。


 とはいえ、悪血を宿すものは体術の習得が非常に速やかで、二度三度技を見れば学習できてしまうため、半端に数がそろっていても体術の範疇で戦うなら勝ててしまう。

 

 天敵は神降し。短時間なら完全上位互換となって立ちふさがってしまう。

 どれだけ天敵かというと、一人前ではあっても超一流ではないスナエでも、天才中の天才であるランを真っ向から倒せてしまうほど。

第五戦 デイアオ=ウトウ対銀鬼拳ラン。


 既に団体戦としては勝負は決している。それゆえに観客たちも貴人も、もはや楽観を探すことができない。既に勝利の道は断たれている、万に一つも可能性はない。

 加えて、ここまでの四戦はすべて極めて一方的だった。アルカナ王国から来た者たちは、まさに必勝の策を準備して臨んでいる。

 残る三戦も、極めて望みが薄かった。ここまで勝ちに徹したアルカナ王国の面々が、手を抜くとも考えられない。そもそも、今までの四人はスナエの陪臣だった。残る三人はスナエの直臣や婚約者、トオンの婚約者の側近である。

 誰がどう考えても、前半の四人と後半の三人は格が違う。まして、戦士としての腕がある者たちは試合場に立つランの佇まいにただならぬモノを感じ取っていた。さらに言えば、ランと対峙しているデイアオ=ウトウは生唾を飲みそうになっていた。

 覇気をにじませるのではなく、愁いを秘めた目で、しかし闘志を確固として持つ彼女を軽く見ることなどできなかった。


「……私たちの勝ちは決まった。本当は、残りの三戦でお前たちに勝ちを譲ってもいいんだろうが、あいにくとこの戦いはそんな甘いものじゃない。それに、私は正直に言って……お前に勝ちたい」


 確かな気持ちを、彼女は持っていた。

 己の武を異国に示したいのではなく、ただ目の前の女性に勝ちたいと思っていた。


「お前は……王気を宿す神降しの中でも、かなり上位の使い手のはずだな」

「……もちろんだ」

「私は以前にスナエ様に挑み、敗れた。そのスナエ様よりも強いのだろう?」


 マジャンやその周辺の国では、価値観として強い者に、勝った者に従うというものがある。

 であれば、スナエの陪臣や直臣がスナエに負けたのは、それなりに理解できることだった。

 その彼女たちがスナエより強い戦士たちに勝っているのは、スナエがよほど強くなっているか、あるいは彼女たちの手の内をよく知っていたからだろう。

 相手の術理を知っているのなら、この戦いの結果も異なるものになっていただろう。

 それが負け犬の遠吠えだと、誰もが理解していた。だからこそ、口にすることはない。


「ああ、私はスナエよりは強いのだろう」

「私は、強くなった。今なら、スナエ様にも勝てるのだろう。とはいえ、そんなことをするつもりはない。それは恥の上塗りだ、それはお前にも……貴女にもわかるだろう。私は……生かされている」


 勝利を勝ち取り、命を勝ち取る。

 その結果なら、自分の胸を張って生きていけるだろう。

 だが、自分は多くの善意で生かされている。

 それで背筋を伸ばして生きるのは、余りにも恥知らずだ。


「残りの人生を屈辱、屈服と、考えるのは簡単だ。客観的にそうだからな」

「……スナエに打ち負かされ、器量にほれ込み軍門に下ったと?」

「そうかもしれない。少なくとも私は……私たちは、自分たちよりも強い人に感謝し尊敬して、ここにいる。だからこそ、おまえにもきっちりと勝つ」

 

 心中を語り終えると、彼女の頭髪が波打ち始めた。銀色に染まり、燃え上がる。

 それが何を意味するのか、この場の誰もが知っている。


「……お前は、凶憑き」

「そういうことだ……本来、神降しに勝てる道理はどこにもない」


 凶憑きを名乗るランは、伝承とは異なりすぎる、不気味なほど静かだった。

 この地には影降しと神降ししか存在しないが、災いとして凶憑きのことも語られている。

 だからこそ、解せなかった。ここまで必勝の策を練っていたアルカナの面々が、絶対に勝てないはずの凶憑きを第五戦で出す意味が分からない。


「だからこそ……戦う価値がある。私が生きて強くなったことを、わかりやすく証明する」


 今の自分が前向きになったことを、今の自分の在り方が昔を越えていることを、形にして示す。

 そのために、勝つ。


「正直に言って……神降しと戦って勝つことに、喜びが無いわけではない。自分の中の醜い部分も、確かにあると思う。だが、それだけではない……それもあるが、それだけではないんだ」


 目を閉じて、開く。

 脳内麻薬ではなく、意志による闘志が真っ直ぐに対戦相手を射抜いていた。


「貴女も、そうなんだろう?」

「……もちろんだ」

「神獣になるがいい、私はそれを凌駕して見せる」


 四器拳、爆毒拳と戦うとき、必ずしも神獣になることは正しいことではない。

 しかし、影降しや凶憑きと戦うとき、神獣になることが最善とされている。というよりも、凶憑きと戦うときはそれ以外では勝てないとされている。

 事実として、スナエはそれで勝っている。今までと違って、既知の敵である。


「……そうか!」


 引けない。ここが御前試合であることを差し引いても、スナエがそうであったように神降しの使い手は凶憑きに背を向けることはできない。

 何かある、とわかっていてもデイアオ=ウトウは己の尊厳にかけて神獣になっていった。


『ならば、この爪と牙で蹴散らすまで!』


 さて、そもそもなぜ神降しは凶憑きに対して圧倒的な優位を保てるのであろうか。

 単純に言って、神降しの最大強化ならば凶憑きの最大強化を上回れるからに他ならない。


 しかし、凶憑きはただ自己強化に長じた悪血を宿す者、ではない。悪血を通常と比べてあり得ないほど保有している、天然の強者に他ならない。

 それとスナエのような凡庸な使い手が、絶対的な相性差が存在しているのは、よくよく考えてみればおかしな話である。


 例えば、カプトの切り札、興部正蔵。彼は常人の一万倍以上もの魔力を持っている。

 彼が使う魔法は、一万倍以上の威力と射程を誇る。その理屈でいえば、常人の百倍以上程度には気血をもつであろう凶憑きの力も、百倍以上は威力が発揮できるはずである。

 いくら何でも、悪血と王気の強化具合に、百倍以上もの差があるわけもない。

 しかし、常人の百倍以上の悪血を宿している凶憑きは、常人とさほど差が無いはずの王気の使い手に敗北している。


「そうだ、その姿だ。その姿の神降しを凌駕する」


 理屈は単純である。

 そもそも凶憑きとは、常に悪血が発動し続けている『症状』である。百倍以上の悪血を宿しているとしても、百倍以上の強化を常にしていればすぐに悪血が尽きるのは当然。

 実際、正蔵も一万倍の魔力で一万倍の魔法を使う以上、全力で魔法を使い続けていればすぐにばててしまう。

 ではどういうことなのか。

 実のところ、悪血の量がどれほどだとしても、肉体の強化具合には上限がある。

 王気によって強化されるとしても、神獣が上限であるように。

 仙気によって豪身功や硬身功をつかっても、王気や悪血には遠く及ばないように。

 どれだけ悪血を注ぎ込んでも、一定以上の強化を引き出すことはできないのだ。


 だからこそ、逆に言って凶憑きは常に自己強化ができる。どれだけ宿していても、一定以上消費されないからだ。

 魔力を一万倍宿せば一万倍の威力を発揮できるが、悪血や王気の場合術の持続時間が倍化していくのである。


「今の私は、もはや凶憑きではない。銀鬼拳を名乗ったことが、ただの決意表明ではないと知れ」


 つまり、悪血をどれだけ宿せるとしても、悪血をどう運用するとしても、ランはこれ以上自己強化できない。

 最初から完成していた強者であるランは、伸びしろというものがほとんどなかった。

 王気を極めるということが神獣に至ることであり、そこから先は劇的に強化されることが無いように、ランもまた壁にぶつかっていた。


 大事なのは、壁にぶつかったことを正しく認識することである。

 これでいい、と満足してしまえば技の発展や成長は望めなくなってしまう。

 問題を認識しなければ、さらなる高みなど目指せない。


「いくぞ!」


 ランはいつかのように走り出す。

 全力で加速し、全体重を込めて攻撃を放つ。

 それでは、それだけでは足りないとわかった上で突撃する。


「銀鬼拳……!」


 何かあるのだろうとは、デイアオ=ウトウもわかっている。

 だが、それでも定石どおりに防御の構えをとっていた。


 伝承通り、走り出したランの敏捷性は神獣になった彼女を越えている。

 先に行動すれば、先に攻撃すれば、おそらく軽々と回避されてしまうだろう。

 だからこそ、受けてから反撃に転じる。極めて論理的に、それしか打つ手がないのだ。


『こい……!』


 神話の時代から、幾度となく行われていた神降しと凶憑きの衝突。

 それをなぞるように、ランは巨大な肉食獣へ打ち込む。


 跳躍し、腹部へ殴り掛かる。

 当然急所を狙うが、それはさすがにそらされた。

 全速力、全体重。その一撃は、途中でねらいを変えることが極端に難しい。

 だからこそ、スナエの攻撃は空振りしないまでも、急所を外した場所に着弾していた。



『……?!』



 受けてから、宙に浮いている凶憑きへ反撃する。その行動をするつもりだった。

 しかし、動かない。多くの観客が見守る中、ランは地面に降り立った。


発勁(・・)


 デイアオ=ウトウは反撃しなかったのではない、反撃できなかったのだ。

 悪血、銀鬼拳。その開祖になるべきランには、しかし先人が存在していた。


 悪血による身体能力の強化、それが頭打ちならば更なる力を上乗せする。

 奇しくも何度も自分へ打ち込まれた、仙術特有の技かと思っていた攻撃。

 それの発展形が彼女に神降しを凌駕させていた。


 内包している気血が如何なる性質であれ、その量が多ければ多いほど、その『無属性魔法』は威力を増す。


鯨波(・・)!」


 相手が全力で攻撃するか、全力で防御した時に使用され、その動きを数秒間麻痺させるその技の名は発勁、鯨波。

 銀鬼拳に組み込まれた、世界最強の男から伝授された技である。

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