爆毒
希少魔法解説
名称 爆毒拳
必要資質 侵血
分布 テンペラの里
有効範囲 広い
消費 多い
即効性 遅い
効果 高い
応用 狭い
厳密には希少魔法そのものではなく、希少魔法との併用を前提とした体術を含む。
触れた物に侵血を浸透させ、対象そのものを爆破する拳法。
呪術ほど極端ではないが、魔法同様に不自然な力。実際、素人にはどっちかわからない。
接触時間が長いほど侵血を注げるが、広い範囲に威力が弱い爆破を行うことや、狭い範囲に高威力の爆破を行うなどの調整も可能。
侵血に侵された物体は変色する為、注意すれば普通にわかる。
玉血による硬質化を例外として、法術の壁や魔法の鉄、氷などにも浸透し爆破することができる。もちろん、できるだけ長く触れる必要はあるのだが。
相手の体に触れてしまえば、皮膚を浅く爆破するだけでも殺せるので、非常に殺傷性能が高い。また、多数を相手にするとしても、多数を同時に爆破することで周辺被害をもたらすことができる。
難点は四器拳同様に直接接触した物しか干渉できないことなのだが、爆毒拳の場合足の裏で地面に直接触れていれば、任意のタイミングで地雷として爆破できるため、四器拳ほど融通が利かないわけではない。
また、防御力も即効性もなく肉体強化も全くできず、何よりも爆破のダメージが術者自身にも及ぶため、フットワークというか立ち回りが極めて重要とされている。
平地よりも森のように立体的で遮蔽物が多い環境を得意としている。
というか、テンペラの里の外では土木工事か、或いは破壊工作に使用されているので、運用方法としては全面的に正しい。侵血で格闘をするのは、相手の目の前で地雷を埋めながら戦うようなものだからだ。はっきり言って、地雷の意味がない。
硬い岩盤に広く深く弱く爆破を行えば、あっさりとトンネルを開通できるなど、有用性が高く重用されている。
相性がいいのはやはり法術使いである。爆破そのものではダメージを受けずとも、法術の壁や鎧そのものに触れて爆破できるからだ。また、動輪拳や神降ろしのように、動き回ることが多い相手にも有効である。
足を止めて遠距離攻撃をしてくる相手が苦手であり、空を飛ばれると完全にできることがなくなるので、空を飛べる風の魔法使いを相手にすると逃げて隠れるか、地面に降りる時を狙うしかない。
なお、やろうと思えば水だろうが空気だろうが侵血を注げるが、大抵拡散してまともな威力にならない。というか、空気を爆破すると自分も死ぬので最終手段である。
「母上、きっかけは些細なものでした。私は以前、アルカナの城の中で戦闘をしたことがあるのです。当然、マジャンの城と違って広くなく、最大化して戦うことはできませんでした」
目の前でしり込みしている戦士を見ながら、スナエは自分の母親に語り掛けていた。
「相手の中には、火を出す術の使い手も多くいました。それらを相手に、私は神獣になることなく、戦うことになりました」
右京を守るために戦った、あの夜の話である。
「私は、まったく苦戦せずに相手を倒すことができました」
相手が雑兵ということもあったのだろう。スナエは危うげもなく敵を蹴散らしていった。
その時点では、まったくといっていいほど何も考えていなかった。
「その後日、私は凶憑きと戦いました」
神降ろしの使命である、凶憑きを討つ戦い。
それを旅先でスナエが成したことに、誰もが無言で驚いていた。
「私は神の獣となって戦い、勝利しました」
それは、当然の結果だった。少なくとも、エッケザックスをして当然だと言い切っていた。
そう、それ自体は不思議なことではない。問題はそこから先の事だった。
「凶憑きは確かに強かったのです。ですが、問題はそこから先です」
「何が、言いたいのですか」
「母上、神獣は凶憑きや影降ろしと戦うための姿であって、他の術者と戦うにはむしろ無駄なのではないですか?」
その言葉を裏付けるわけではないだろうが、目の前で第二戦が動き出していた。
このまま座していても、結果は見えている。それならば、動かなければならない。己の国の名誉のためにも。
時間が相手に利することはわかった。ならば向かうべきだった。
巨大な豹は、雄たけびを上げながら突撃する。
それは最大の獣による、最強の一撃だった。
極めて単純に、これより早く動けるのは悪血の天才である凶憑きか、縮地を極めた仙人か、或いは同じ神降ろしの使い手だけである。
仮にスジが瞬身帯を身に着けていたとしても、回避できるものではない。
あるいは、一度は避けることができても回避し続けることはできないだろう。
「爆毒拳……虚爆、広」
浸血は本来、格闘に適した気血ではない。だが、だからこそ様々な技が生み出されてきた。
加えて、スイボクからいくつかの宝貝を得ている。祭我がそうであるように、まったく系統の異なる技を一つ得るだけで、戦闘の幅は圧倒的に広がる。
スジの足元、変色している地面が爆ぜた。当然彼女自身を中心とするその爆破は、彼女の周囲を土煙で満たした。
それに突撃したのが、巨大な獣であるケスリだった。既に飛びかかっていた彼女は、その土煙に驚きながらも、ええいと飛び込むしかなかった。
先ほどの鮮烈な斬撃を見るに、この煙に如何なる細工があるのか、と観客たちも緊張する。
しかし、何事もなかったかのように土で汚れただけのスジと、同じく土まみれになったケスリが飛び出てきた。
『ただの煙幕か?! 驚かせおって! 我が肉体に土を付けるだけが精一杯か!』
「その通り、それが狙いだ」
浸血は、爆破を行うことしかできない気血である。
しかし、こと爆破という一点に関しては非常に融通が利く。
具体的に言えば、術者次第でいくらでも制御が可能ということだった。
「爆毒拳……複層、塵爆!」
直後だった。
最初にスジが舞い上がらせた土煙そのものと、スジとケスリの体に着いた『土の汚れ』そのものが爆発した。
爆毒拳の極意の一つ、複層。
侵血はその性質として、一切誘爆をしないという優位点がある。あくまでも術者の意思によってだけ爆発し、例え火をつけても他の爆破に巻き込まれても、一切影響を受けない。
スジが行ったのは、侵血を地面に注ぐ際、爆発する土を二種類に分けることだった。
一つは土煙を巻き上がらせるためだけに爆発するもの。
もう一つは、最初の爆発によって土煙になる、両者の体にまとわりつく土汚れになる土だった。
当然、どちらも威力は弱く指定している。
スジが着ている服はそれ自体が宝貝であり、彼女の体を守る役割を持っている。加えて、硬身帯によって自らの体を頑丈にしてもいる。
しかし、それでも当然、神獣にいたったケスリの防御力には遠く及ばない。
だが、自分が被弾すると知って身構えた上での爆破と、全身の毛に土ぼこりがついた状態で、気が抜けた状態での爆破ではまるで話が違う。
『ぎゃあああああ?!』
全身の毛に絡まった土ぼこりが爆発した。
それが彼女の眼鼻や耳にどれだけの苦痛を与えたのか、想像に難くない。
そして、その隙ができると分かり切っていたスジは、自爆から復帰するとそのまま走り出す。
ヤビアの四器拳とおなじく、爆毒拳に体重をかける必要はない。瞬身帯によって身を軽くした彼女は、悶えて転がるケスリの体に直接、撫でるように触れていく。
表皮に触れる必要もない、彼女の縮れた体毛に触れるだけで侵血は神獣へ攻撃の準備を終えていた。
「我が体に流れる気血は、触れた物に浸透し染め上げる! それは毒のように相手をむしばみ、爆破する! 故に……浸血、爆毒拳!」
先ほどの二回は、目くらましと牽制でしかない。
自分も被弾することが前提の、威力を低くした爆破だった。
そして、テンペラの里に存在するあらゆる拳法の中でも、最強の殺傷能力を誇る爆毒拳が本命を設置し終えたならば、少々大きくて硬いだけの獣など恐れるに足りない。
「爆毒拳、蛇道爆鎖!」
自分が爆破の範囲に入らないことを確認したうえで、ケスリの体へ直接書かれた一本の線が爆破する。
その威力は、彼女の防御力を超過していた。
「裸で我が技の前に立った不明を呪え」
誰もが、彼女の術理を概ね理解していた。
つまりケスリは、有ろうことか自分の体に直接火薬を塗りこまれ、そのまま爆破されたのだ。その威力は想像に難くない。
巨大になっても生物のままである、その苦痛は共感できてしまう。
「そこまで!」
地面に倒れたケスリの、痛々しい流血。加えて吹き上がる硝煙。
余りにも痛ましい敗者の姿に、目を背ける者も出ている。
「爆毒拳、スジよ! 良き戦いであった!」
「光栄です」
「己の気血を爆薬に変えるとは、なんとも恐れるべき拳法であろうか! 加えて、己の術で自らを焼くことを恐れず立ち回った、その蛮勇も認めねばなるまい!」
ハーン王は、あくまでも勝者を讃える。
己の遠い親戚、自分と同じく王気を宿す者が破れたことを、しかし咎めることはなかった。
「スナエは良き部下を持った! 勝利の為なら火中に飛び込むことをいとわぬ、恐るべき戦士である! 先の者を含めて、実に良い臣下だ。今後も忠義を期待する!」
「はい、変わらぬ忠義を誓います」
「ケスリよ、姉妹の仇を討つことはかなわなかったな。しかし、これも勝負である。誰もがお前の勇敢さを知っている、怨恨を引きずることこそ不名誉と知れ! アルカナの癒し手よ、彼女にも最大の治癒を頼む!」
こうして、第二戦も終わってしまった。
その上で、観客たちは黙って互いの顔を見合う。
もしかしたら、このまま神降ろしの使い手は、一人も勝てずに終わってしまうのではないか、と。
そこに歓喜も興奮もない。あるのは恐怖と、王気を宿す者への信仰が揺らぐことであった。
「見事だったぞ、スジよ」
「ああ、なんとか勝てた……」
席に戻ったスジは、ランに褒めてもらうと気を吐いて弱音を口にする。
実際、相手は巨大な獣。四器拳と違って防御が固くない爆毒拳では、いきなり襲い掛かられれば旗色が悪くなっていた可能性もある。
というか、一撃をもらってそのまま負けるという可能性だってあったのだ。そうならなくてよかった、という安堵は確かにあるのである。
「それにしても、流石はエッケザックス。おかげで楽に戦わせていただきました」
「当然であろう、試合には試合の妙がある。やはり酒曲拳と霧影拳を後半に持っていったのは正しかったな!」
スジの言葉の通り、エッケザックスが作戦を指示したことによって、未熟なヤビアやスジでも余裕をもって立ち回ることができていた。
おそらく、第三戦も第四戦も、作戦通りに相手は動くだろう。手の内を完全に知られている、ということは本当に不利なのだ。
「事前に敵を知り、その対策を練り、準備を費やし、結果を出す。これも一つの武であるな!」
うむうむ、と頷くエッケザックス。実際、不用意に手を出すと大ケガをする四器拳を最初に、逆に様子見をするとドツボにはまる爆毒拳を二番目に持ち込んだのは正しかった。
相手の陣営に、極めて大きい動揺を与えることに成功している。これでもう、相手は酒曲拳と霧影拳の術中へ綺麗に陥ってくれるだろう。
「それにしても……いいのか、二人とも。お前達は勝者だが……周囲から称賛の声はないぞ」
ランはスジとヤビアに訊ねていた。
自分に従って里を出た四人を知るランは、疑問を口にしていた。
「お前達は元々、分家や本家という枠で相手に勝ちを譲らねばならなかった、八百長試合に辟易して里を出たのだろう? 無視して勝っても称賛されないことが不満だったのではないか?」
「そうだったな……だが、ラン。私だって成長するさ、勝利を王が認めただけでも十分だ」
「そういうことだ……それに、信じている者が負けるという事実に、公正も公平も意味を持たないということは知っている」
元々、ランに従っている四人は分家筋の生まれだった。
年齢にしてはそれなりに強い、という程度ではあった。しかし、それでも本家の者と比べてもそう差はなかった。
場合によっては勝てることもあったし、むしろ負けないだけの自信もあった。
しかし、それを周囲は認めなかった。分家の者なのだから、弁えて行動しろと言わんばかりであった。
そうした圧力を、ランが吹き飛ばしたことこそ彼女達の原動力であった。
そう、一度ならず二度三度、ランが負けるまでは。
「自分では到底及ばない、憧れの強者。それがなす術もなく地に倒れる絶望は、私達にもわかるんだ」
その辛さは、他でもないスナエやトオンが一番よく知っている筈。
にも関わらず、その二人はこの結末を皆に突きつけることを良しとした。
国民の多くが、神降ろしの限界を認識しない事こそが、この国最大の問題だと言わんばかりに。