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四器

希少魔法解説


名称 四器(しき)

必要資質 玉血

分布 テンペラの里


有効範囲 極めて短い

消費   極めて少ない

即効性  極めて速い

効果   極めて高い

応用   狭い


 厳密には希少魔法そのものではなく、希少魔法との併用を前提とした体術を含む。


 両手両足を硬質化させる魔法。性質としては呪術寄りで、不自然な力。

 悪血や王気による強化とは違い、どちらかというと論理的に『絶対に壊れない』という性質を付与しているに等しい。


 玉血はあらゆる魔法の中でも最高の効果を発揮でき、これによって硬質化された攻撃を完全に防ぐには、相手以上に玉血を使いこなすしかない。つまり、他の術では防御不可能である。

 単純に硬くなっているわけではないので、仮に傷だらけの愚者が熱魔法や雷魔法を当てたとしても傷一つつかない。もちろん、硬質化されている部位に限るのだが。


 難点は両手両足しか硬質化できないこと。頭部や胴体を守れないことも問題だが、とにかく射程が短い。身体能力の強化もできないため、接近戦しかできないが急所を守れるわけでもなく、素早く動くこともできないというジレンマを抱えている。

 また、ある意味当たり前だが硬質化させた部位は動かせない。肘や手首だけ動かせばいいというわけでもなく、筋肉も硬質化されると動かせなくなってしまう。

 なので、相手へ攻撃する一瞬だけ硬質化させるか、或いは相手に直接触れる部位だけ硬質化させるなどの配慮が必要。

 極めて高い体術の技量が求められる。


 相性がいい相手としては法術使いが該当する。攻撃力がないので安心して近づける上に、相手の壁や鎧は完全に無視できる。

 逆に普通の魔法使いを相手にすると全く近づけないという苦境に立たせられる。また、影降ろしの使い手も手足の数が違うので全く勝負にならない。


 高い切断力によって攻撃よりの拳法と勘違いされがちだが、実際には大分防御寄りである。実際、祭我は緊急時の防御手段として使用している。


 非常にどうでもいいことだが、別の地方にも玉血を受け継いでいる者たちはいるが、戦闘には使用していない。指先の一部をヤスリ状に硬質化させて、石細工などに用いている。

 余りにも意外な結果に、マジャンの民衆も各国からの来賓も、沈黙するしかなかった。

 まず大前提として、王気こそ最強であるという認識が彼らにはあった。王気によって自己を最大強化した神獣の姿こそ、あらゆる刃を弾く鎧でありあらゆる鎧を引き裂く爪であると考えていた。

 それが、余りにもあっけなく覆されていた。

 本当の意味で、最強の矛にして最強の盾。あらゆる『魔法』の中で最強を誇る両手両足を前に、歓声をあげることもできなかった。


『ぐ……!』

「どうした、その姿は長く保てないのだろう? 加えてその出血、そう簡単に止まるとも思えんが。なによりも、これは我が主であるスナエ様の御父上の快気を願っての戦い。未知の恐怖に震える弱者ならば、早々に去るべきだ」


 第一戦。スナエとスクリンの表情がそうであるように、完全にアルカナ側の狙い通りになっていた。

 元々、スクリンの選んだ面々には、遠い異国から秘密裏に招いた巫女道の使い手が揃っている。その術者から供給を受けることで、無限に近いスタミナを発揮することが、彼女達の策略であり反則行為だった。

 別に無意味であったり、見当違いな行為をしたわけでもない。消耗の激しい王気の使い手にとって、他者から力を受けることができるのであれば圧倒的な優位を得ることができる。

 王気同士の戦いでもよほどの実力差がなければ勝ちは狙える上に、王気を宿さない者にとって唯一のねらい目である王気が尽きるまでの時間が無くなるのだ。


 しかし、それには前提があった。神獣と化した使い手を短期決戦で倒せる者がいた場合、あらゆる前提が崩壊する。

 巫女道による供給は、ただ体力を補充するだけ。法術のように怪我を治せるわけではないし、ましてや悪血のように失った指が生えてくるわけでもない。

 絶対の自信があった一撃は、無残に切り裂かれた。それは彼女に限らずあらゆる神降ろしの使い手にとって悪夢だった。


 最大にして最強の一撃、それがまったく通じない。そんな相手の事など、誰も想像したことがない。


 逆に言って、スナエにしても四器拳ヤビアにしても、この状況は作戦通りだった。

 唯一怖かったことは、相手がヤビアが防御する暇もなく高速で攻撃してくることだったが、それもスイボクからの贈り物である宝貝『瞬身帯』にてほぼ補えている。

 もちろん相手の方が数段早いのだが、事前にスナエと練習していたこともあって完璧に対応できていた。

 当然、ここから先もどうすればいいのか、事前に打ち合わせ済みだった。


「動かないのならば……こちらから行くぞ!」


 ヤビアは走りだす。それは王気を宿さない者には目を見張る速度だったが、しかし王気を宿す者には遅かった。

 当然、最大強化されているシヤンチ=エンヒにとっては止まって見えていた。

 宝貝は誰にでも仙術を使えるようにする補助具にすぎず、仙術と神降ろしでは強化に雲泥の差がある。

 であれば、彼女はどうとでもできた。反撃することも回避することもできたのだ。

 

『お、おおおおおおお!』


 しかし、回避できない。これが殺し合いなら回避し、それどころか逃走もできた。

 だが、これは互いの名誉をかけた御前試合なのだ。向かってくる敵を相手に、背を向けることはできない。

 アルカナの王が見ている、自国の王が見ている、他国の王が見ている。

 何よりも、自分の想い人が見ている。


 こちらの方が早い、こちらの方が大きい、こちらの方が強い。

 それは客観的な事実だった。だからこそシヤンチ=エンヒは恐怖を振り払って迎え撃つ。後ろ脚だけで立ち上がりながら、無事な右前足を突きこむ。


『あああああああ!』


 それに対して、ヤビアはただ進行方向に向けて右手をかざす。

 通常の拳が相手でも、軽くて突き指、悪くて指を骨折する頼りない防御。

 しかし、それは玉血による硬質化と鋭利さが加われば、刃の盾となって進行する道を『切り開く』。


 巨大な肉食獣の爪と、人間の貫手(ぬきて)が真っ向から衝突する。

 圧倒的な重量差があるはずだった両者は、しかし物理法則が怪しいほどの切断能力を発揮した四器拳の効果によって覆される。

 まるで実体のない煙を割くように、獣の手は切断されて切り分けられていく。

 その痛みが脳に届くよりも先に、ヤビアは軽々と舞い上がりながら右足を振るう。

 軽身功を発揮できる『軽身帯』の効果によって舞い上がったヤビアは、体重を失ったまま右足に力を込めずに振った。


「四器拳、足刀、貫胴」


 力を込める必要は微塵もなく、体重をかける必要も絶無。

 ただ当てて振りぬくだけですべてを切断する四器拳の妙は、巨大な獣の脇腹を切り裂いて中身をこぼれさせていた。


「そこまで!」


 誰もが言葉を失う中、国王であるハーンだけが決着を告げていた。

 そう、誰が見ても明らかな、誉れ高き勝利だった。


「スナエの陪臣、ヤビアよ!」

「はっ!」


 先ほどまでの思い上がった態度を止めて、ヤビアはマジャン式である片膝をつく礼をとった。


「四器拳の技、しかと見た! よくぞ神獣と化した戦士を真っ向から打倒した!」

「お褒めに預かり恐縮です」

「初戦にふさわしい、鮮やかにして速やかな決着であった!」


 彼女の出身国であるシヤンチ王国の面々や、彼女の姉妹であろう第二戦士であるシヤンチ=ケスリたちは、敗者に駆け寄りたい一心だった。しかし、それをなんとか堪えていた。

 この戦いは、死を前提としている。よって、ハーン王の裁可が終わるまで動けなかった。

 何よりも、どう見ても彼女は致命傷だったのだ。


「シヤンチ=エンヒよ。未知の強者に対して恐れることなく立ち向かい、恥をさらすことのなかった誇り高きシヤンチの姫よ」


 無言で出血していく彼女へ、王は短く賞賛の言葉を贈った。


「見事であった。その勇気を、我は忘れぬ。異国の癒し手よ、彼女への治療を頼む!」


 その言葉を聞いて、ようやくアルカナ王国からこの国へ派遣されたアルカナ王国の法術使いたちは、試合場で倒れているシヤンチ=エンヒへ駆け寄った。

 幸いと言っていいのかわからないが、この場に多くいる法術使いは誰もが一級である。加えて、切断面は極めて鋭利であり接合も容易だった。

 マジャンへ献上した蟠桃の切れ端を絞って飲ませたことによって、シヤンチは命を拾っていた。


 目の前で行われた、異国の医療技術。

 それを見て観客たちは安堵する一方で、改めて震撼していた。

 つまり、この場の神降ろし達は、まったく知らない敵と戦わねばならないのだと。


「息はあり、指は戻り、腕はつながったか……アルカナの癒し手よ、見事である。では、役目を終えた両者は席に戻るが良い!」


 余りにも一方的な展開に、誰もが忘れていたことを思い出す。

 そう、これはまだ第一戦でしかない。正しい意味で前座でしかないのだ。


「第二戦士! シヤンチ王国王女、シヤンチ=ケスリ! マジャン=スナエ陪臣、爆毒拳(ばくどくけん)スジ! 入場せよ!」


 未だに虫の息であるエンヒが法術使いによって運び出され、傷一つ負っていないヤビアも自分の足で下がっていく。

 代わって、第二戦士である二人の少女が赤く染まった試合場に踏み入っていった。


 余りにも想像と違う成果に、ケスリは顔を固くしていた。

 それとは対照的に、早々に勝ち星を挙げたヤビアに続くぞ、とスジの目は燃えていた。


「構え……第二戦、開始せよ!」


 ハーン王の宣言によって、ケスリは己を巨大な獣へ変化させる。エンヒと同様に豹に姿を変えたが、そのまま睨んで動かなかった。

 無理もない、先ほどとは違う体術の使い手とは知っていても、先ほどの成果を見れば軽々に動けるわけもない。

 靴も履かずにべたりと両足を赤く染まった地面に付けている、腰を下ろした構え。それを警戒しても、仕方がない事ではあった。


「どうした、攻めて来ないのか?」


 しかし、それも当然エッケザックスの策の内だった。

 情報面での優位を生かすべく、初戦で四器拳ヤビアをぶつけたことは、次戦で爆毒拳スジの戦いを優位に進めるためでもあった。


「別に構わないが……時間はこちらの味方だぞ」


 にやり、と演技ではなく真に優位の笑みを浮かべるスジ。

 その両足の裏から地面へと、己の気血を深く広く染みわたらせていた。


「様子見はいいが……そのまま何もできずに終わるかも知れんな」


 侵血を宿す者だけが使える爆毒拳。その攻撃力は、四器拳や動輪拳(どうりんけん)を軽々と超えて、テンペラの里でも最大とされている。当然、当たりさえすれば最大化した神降ろしの使い手を軽々と葬るだろう。


『……なんだ?!』


 地面に撒かれていたエンヒの血。それに隠れて見えにくくなっていたが、スジの足元から段々と変色していく。

 爆毒拳の術理が知れずとも、スジの望む展開であると悟るには十分であった。


「近づきたければ近づけばいい……怖くないのならば、な」


 ここで引けるのなら、危ういからと雑兵をぶつけることができたのなら、『王』とはどれほど気楽な仕事だろうか。

 各国の貴人も、マジャンの王族も、誰もが厳しい眼でケスリを見ている。

 ここで引くことは、あるいはここで止めることは、誰にもできはしないのだ。


「母上」

「なにか、スナエ」


 お互いの顔を、スナエとスクリンは見なかった。

 互いの戦士を見ながら、試合から目をそらさずに、


「改めて、マジャンの王とは生半な覚悟では務まらないのですね」

「何が言いたいのです」

「ドゥーウェ義姉(あね)の護衛である第七戦士、シロクロ・サンスイは、私の部下になったあの五人を初見でまとめてあしらいました」


 一切事前情報なく、五人まとめて襲い掛かられた。しかし殺すことも傷つけることもなく、赤子の手をひねるようにあしらった。

 それがアルカナ王国最強の剣士であると、マジャンの席に座る面々に語った。

 スナエやトオンにとってはまったく驚くことではなかったが、よくよく考えてみればとんでもない話である。

 そう、こうなってようやく、山水という男がスイボクから託された最強の価値が明らかになっていたのだ。


「マジャンの王も同様です。たとえ相手の事を全く知らなかったとしても、挑まれれば応じるしかない。それは本来、こういう意味だったはずです」

「……不敬な、あの娘が王に勝てるとでも?」

「勝ちますよ、ハーン王ならば。ですが、それはハーン王ならば、です。他の神降ろしの使い手と比べて抜きんでて強い、ハーン王ならば勝てるだけです」


 もちろん、初見だからこそヤビアは優位に戦い勝利することができた、と言えるだろう。

 だが、それを抜きにしても、四器拳は極めて難敵だった。彼女よりも強い者もいるであろうし、そうでなくても触れれば斬れる相手など、余りにも恐ろしい。


「母上……私を含めて神降ろしの使い手は、同じ神降ろしの使い手や影降ろしの使い手の事しか見ていませんでした。私がこの国にもたらす最初で最後の貢献は、今後の神降ろしのあるべき姿を問うものなのです」


 そう、未知とは恐れるべきものなのだ。

 確かにマジャンに限らず、周辺諸国の王には挑戦者をいつでも迎え撃つ器量がある。

 しかし、それはあくまでも知っている相手であることが前提なのだ。或いは、知らない相手を軽く見ているが故の無謀でしかないのだ。


「神降ろしは、完全無欠でも最強無敵でもないのです」


 何を不敬な、神から術を授かった先祖への敬意が足りないという所だろう。

 この場の誰もがそういうべきだった、マジャンの王族が思ってはいけないことだった。

 しかし、既にまったく違う術理を相手に、王気の使い手がなす術もなく敗北している。


「貴女は、身の丈に合わぬ部下を得て慢心しているようですね」

「それも違います、母上」


 自分より強い者を、金か権威で部下にしたのだろう、とスクリンは軽蔑していた。

 しかし、それはスナエは否定する。確信をもって、過ちを正す。


「私は、神降ろしで彼女達に勝っています。母上の揃えた戦士が私の陪臣である四人に勝てないのは、単に戦い方が間違っているだけなのです」

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