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真理

 個人的な感情はともかく、ソペード家にとって山水の存在は絶対的な存在であり、一種象徴のようなものになっていた。

 とにかく剣術に秀でており、単純な戦闘能力では比較対象さえ存在しなかった。

 魔法が使えるとか、誰かのケガを治すことができるとか、そうした祭我が求められたことは一切できないが、ただひたすら単純に強い。

 純粋に馬鹿げた技量を持つ彼を抱えたことは、ドゥーウェ個人にとどまらないソペード家全体の利益になっていた。

 バトラブ家の当主が祭我を血族に加えることを許したのも、或いはソペード家に対する対抗心であり、もしかしたら彼に対抗できるかもしれないという期待だったのかもしれない。


 そして、全ての魔法が使えるという祭我が、あらゆる魔法の効果を増幅させるという神剣を所有しても、それでも尚まるで勝負にならなかった。

 その彼の素性が、これから明かされようとしていた。祭我にとっても、とても残酷な真実とともに。



「スイボク……確か、貴方の師匠の名前だったわね」


 ソペード家の面々は、その名前を確かに知っている。 

 サンスイの口から語られるばかりで本人に会ったことなどなかったのだが、この世で唯一サンスイ以上の実力を持っているであろう男だった。

 その名前が、最強の神剣から語られるのはある意味納得である。だが、明らかにおかしいことがある。

 千年以上前から封印されていた剣が、今生きているサンスイの師匠を知っているわけがないのだ。


「スイボクという名を継承していたのか、千年以上も……」


 ソペード家の当主は、一番あり得る可能性を口にしていた。と言うよりも、他にはあり得ないと言っていいだろう。

 とはいえ、それはそれで驚異的なことである。なにせ千年と言えばこの国が生まれるはるか昔の事である。

 それだけ以前から流派か血統が存続していたのなら、それは尋常ならざることだった。


「戯けが! 仙術使いたる仙人が、千年か二千年で死ぬものか!」


 しかし、他ならぬ神剣がそう叫んでいた。

 千年以上前から封印されていたという神剣は、あらゆる前提をはねのける発言をしていた。

 そう、なぜなら童顔の剣聖と呼ばれる彼は、少なくとも五年前から一切容姿が変わっていなかったのだ。


「答えろ若造! 貴様、我が主であったスイボクの、その弟子であろう!」

「……ええ、そうです。我が師の名はスイボク……私が知っているだけでも千五百年以上前から生きている、剣術と仙術の師匠です。おそらくですが、貴女のおっしゃっている剣士本人でしょう」


 千五百年以上生きている、という発言に誰もが閉口する。それこそ、国がいくつも興って滅び、歴史に消えていくだけの時間が経過しているのだ。

 それはもう、人間でもなんでもないのではないだろうか。


「我の事など……聞いたこともあるまい。あの男は、我を捨てたのだからな」

「ええ、聞いたこともありませんでした。ですが……修行の段階に関しては聞いたことがあります」


 サンスイは静かに語りだした。

 おそらくこの国最強の剣士と、最強の神剣が認める、想像をはるかに超えた最強の剣士。

 その彼が至った、残酷な真実を。


「剣の修行は、まず棒を振ることから始まります。それを繰り返していると、段々筋肉がついていきます」


 それは、とても一般的なことだった。


「そして、木の剣よりも重い鉄の剣を振る体力が培われ、そのまま更に強くなっていくでしょう」


 それも、何もおかしい事ではない。


「基本的に、剣の強さとは腕力です。重い剣を振り回せるというのは、それだけでとても価値がある。相手が鎧を着ていればなおの事です」


 先ほども言っていたが、祭我が身を守ったことは欠片も間違っていない。

 決闘や試合で行うにはやや大仰だが、戦争で身を固めるのは当然だ。

 高価であるし重量もあるが、それでも身を守ることは大事だった。

 防御を固めれば攻撃に専念できるし、何よりも自分が死なない。であれば身を守るのは悪い事ではない。


「つまり、強い武器、特別な武器を操れるものが強者ということになっていきます。その最たる例が、神剣なのでしょうね」


 それは当然の事だった。

 凡庸なものに名剣を与えても、魔法の武器を与えても、ある程度は戦えるのであろうがそれが限度。

 特別な武器は、それに見合った者に与えて意味があるというものだった。


「最強の神剣を持つ、最高の技量を持つ者。それが最強の剣士。そう思っていた時期が師匠にもあったそうですが……師匠にとってそこは通過点でした」


 そこを通過点にする意味が、誰にも分らなかった。

 何故なら、そここそが正しく、万人の想像する最強の剣士だったからだ。

 少なくとも、山水が神剣を得れば、それはもう想像もできない強者になってしまうだろう。

 現時点で既に、そうなっているという点を除いて。


「ある日思ったそうです。その行き着く先は、剣に依存した存在であると。強い剣を作れる鍛冶屋こそが最強と言うことだと」


 それは、祭我やスナエはともかく、貴族の面々には理解できることだった。

 極端な話、神剣を大量に生産できる鍛冶屋がいれば、それは最強の剣士などよりもよほど価値がある。

 もちろん鍛冶仕事とは個人で完結するものではないが、優れた武器の製造技術は間違いなく軍事力と直結しているのだ。


「そこで師匠は更に踏み込みました。武器の強度に依存しない技の開発、つまり奥義だとか必殺技だとか、そういう特別な技を生み出そうとしました」


 それもわかる。少なくとも祭我はそうした物を生み出して使おうとしていた。

 やや順序は異なるが、魔法で剣を強化して戦うことは一般的であり、それもまた必殺技と言えるのだろう。


「そして生み出そうと苦心した結果……奥義や必殺技のような『型』もまた剣に無用な形を作ってしまうものだと思い至り……原点回帰として木刀で素振りをすることになったのです」


「ああ、そうだろうとも! 奴はそう言って、私を全く使わなくなった! お前はいらないと、私を捨てたのだ! 自分は更なる高みを目指すから、お前は寿命のある剣士の力になればいいと!」


 神剣の少女は、涙を流していた。結局、その正しさはここに証明されたのだから。

 つまり、最強の剣士は最強の神剣など使うまでもなく最強なのだと。

 木刀どころか素手でも、最強の神剣を持つ者をたやすく制圧できるのだと。

 最強の『剣』とは、形のある『剣』ではなく、無刀であってさえ発揮される無形の合理性なのだと。『剣』術こそが最強の剣なのだと証明されてしまっていた。


「仙人として、寿命の無いものとして、更なる研鑽に励むからお前は他の奴の力になってくれと! そう言って奴は私を捨てたのだ!」


 正に一周回ってしまっていた。

 最強の剣士は、神剣にふさわしい剣士を通り越して神剣がいらない剣士になってしまった。

 それが事実だからこそ、尚彼女は哀しかったのだ。


 スイボクの捨てた剣を持つ祭我と、スイボクが培った剣を持つ山水。

 その勝敗は、正に残酷な結末となって、祭我以上にエッケザックスの心を打ちのめしていた。


「多分……師匠が貴女を捨てたのは……うるさかったからじゃないかなって……」

「確かにそう言われたけども!」

「それに、師匠はもう練習相手が必要な段階を突破してしまっていたし、使う相手が居たわけじゃないし……貴女も退屈だったのでは……」

「当たり前だ! あいつと来たら、朝から晩まで素振りしかしとらんのだぞ!? それも何百年も! 付き合いきれるか!」


 猛烈に俗な話になってきたが、ある意味決別は必然だったと思われる。

 寿命を持たない不朽の神剣がうんざりするほど、朝から晩まで素振りしかしない剣士。

 そんな禁欲を極めた『仙人』が、やかましく自己主張する神剣と一緒にいられるわけがなかったのだ。


「実際貴女は最強だと思いますよ。普通の人は俺達の様に長々修行ばっかりできませんし。ぶっちゃけ机上の空論で終わる理論値ですから、普通の基準で言えば貴女を持つ者が最強の剣士で良いと思います」


「だが……それでも真に最強と呼ぶに値するのは、スイボクの様な男なのだろう」


「そうですけどね……要不要の話をしていた身が言うのもどうかと思いますが、そこまで強い必要がないですし」


 山水はしきりに、そこまで力は必要ない、そんな魔法を使う必要はない、と言っていたが、それを言うのなら素手で神剣を持つ者を制圧するほどの技量が必要ない。


「祭我にしかわからん例えだとは思いますが、最強装備をそろえれば四十レベルでクリアできるゲームを、縛りプレイで初期装備だけでクリアしようとして……さえ超えて、『たたかう』だけでクリアしようとしているわけですし」


 神剣に対しての、上から目線のお説教である。

 しかし、確かに寿命がある者にはわずらわしい話だった。

 というよりも、もし仮に寿命がなかったとしても、朝から晩まで剣を振り続けることなどできない。


「おい……その、なんだ……サンスイ、お前は何歳なんだ?」


 恐る恐る、同僚の年齢を確認するブロワ。

 五年前から全く容姿が変わっていない、自分の相棒の年齢は如何に。


「五百ちょっとだ」


 誤差、二十年ほど。

 建国から続くソペード家の歴史を遥かに超える年齢に、誰もが声を失っていた。


「とはいっても、自分で言うのもどうかと思うが五百年間修業してただけで、世間知らずだし無学だし蛮人だ。それは誤解でもなんでもないよ」


 あっけらかんと、自分の至らなさを語る山水。

 そう、素性を隠していただけで、能力は一切隠していなかった。

 白黒山水は強いだけの地味な剣士。その強さの根幹が、五百年の修行に由来するというだけで。


「勝てないわけだ」


 呆れながら納得するバトラブ家の当主。

 五百年間修行していた相手に、寿命の決まっている生物が勝てるわけがない。

 たかが半月チヘドが出るような修行をしたところで、総量でも純度でも遠く及ばなくて当然だった。


「というか、不老不死?! 仙術使いは不老不死になれるの?!」


 学園長は大いに困惑していた。

 目の前の少年が、自分の年齢どころか学園の創設より以前から生きている。

 その事実に老齢の身として驚嘆するしかない。


「不老不死じゃないですよ、不老長寿です」

「うむ、仙人と言えども首が切られればそのまま死ぬな」


 仙人と神剣が修正する。

 不老不死というと歳をとらないし死なない、という意味だが、不老長寿とは歳をとらないだけで死ぬということである。

 学園長や仙人が語った様に、そこいらの石で頭を殴られれば、そのまま死ぬのだ。


「ああ、そうそう。一応言っておきますが、祭我様。俺は貴方に仙術を教える気はありませんよ。何分俺は師匠から一人前の認可をもらっていませんし、なによりも仙術の修行は時間がかかりすぎる。仮に貴方が師匠の下で修行するとしても、仙術が使えるようになるには……どれぐらいかかったっけ……」


 仙人特有の時間間隔の麻痺。

 四季の移り変わりがあったとしても、それの回数さえ日が沈んで登るようなものであり、一々憶えるものではなかった。


「ええっと……森の木が生えて枯れてを何十回だっけ……」

「いや、いいよ……」


 あらゆる魔法を操る祭我に仙術の素養があるとしても、到底習得できるものではない。

 祭我は高い素養によって多くの魔法を早く覚えているが、それでも仙術の習得に数十年も費やす気にはなれなかった。というか、数年だって嫌である。


「ねえ、仙人は何を食べるの?! 代謝はどうなってるの?!」

「霞を食ってます」

「水?! 水だけ?!」

「食欲も尿意も便意もここ数百年はなくて……」


 学園長の質問に、律儀に答えている山水。

 思った以上に本格的な仙人に対して、祭我は自分がどれだけ無茶な相手に挑んでいたのか理解していた。


「性欲はないんです。ですが、睡眠欲はありますよ、中々収まらない嵐が来た時なんか、師匠と一緒に一週間ぐらい寝てましたね」

「それ睡眠欲じゃないわよ?!」


 想像以上にストイックな生命体である仙人。

 その生態を知るごとに、究極だとか最強だとかを追求する無意味さを知ることになっていった。


「仙術の修行方法は?!」

「朝日が昇るとともに大自然に囲まれた中で木刀で素振り、それを日が沈むまで繰り返した後寝ます。そして日が昇ると同時に素振りを再開。これを一生続けます」

「一生?! 縮地は?! 軽身功は?! 発勁は?!」

「素振りしてると、気づいたらできるようになってました」


 朝から晩まで飲まず食わずで素振りし続ける。

 そりゃあ強くもなるだろうが、その日々に何の意味があるのだろうか。

 正直、何が楽しくて生きているのか、さっぱり理解できない。


「なので、俺はこの五百年で剣術と仙術以外では、着流しと草履と木刀の作り方以外は一切学べませんでしたよ。お恥ずかしい限りです」


 素振りしていると気づいたら希少魔法が身についてました、という暴論に対して、さしもの賢者も絶句するしかない。

 体育会系を通り越した発言に、皆が理解していた。

 そこまでしないと最強になれないなら、最強なんて目指さなくていいや、と。




「おい、ここに墓があるぞ……」

「どういうことだ」


「ふむ、『最近』は客が多いな」


「な、なんだこのガキは?!」

「落ち着け、見られたからにはわかってるだろう」


「ふむ、殺意を向けられるのも久しぶりだな。だが、無理に争うこともない。その墓を作ったのは儂だが、どうかしたのか?」


「……じゃあこの墓は最近の物か?」


「ああ、銀色の髪をした赤ん坊を抱えていた女性が、狼に食い殺されてな。獣に食わせるのも鳥に食わせるのも、宗教的に不本意だろうと思って土に埋めた。とはいえ、素のまま埋めたので土中の虫の餌ではあるのだが」


「銀色の髪をした赤ん坊だと?!」

「その赤ん坊は、どこにやった?!」


「このまま死んでは不憫と思って、儂の弟子に任せて人里へ送った」


「お前の弟子?! 見た目通りの年齢じゃないぞ、このガキは!」

「希少魔法の使い手か?!」


「やれやれ、森の中で魔法など使ってほしくないのだが……」


「……引くぞ、とにかく報告だ!」

「いいのか?」

「目撃者を殺すことよりも、報告を持ち帰る方が優先だ!」


「逃げたか……うむ、賢い賢い。相手の見た目や実力を問わず、成すべきことを判断してそれに沿って動く。己の役割を正しく認識している証拠であり、力に溺れていない証だ。やはり賢い相手を視るのは良いものだ。それにしても、こんな人外魔境まで着の身着のままで来ていた女性といい、その女性の後を追ってきた彼らと言い……どうやら大きな渦が起きていると見える。とはいえ、如何なる嵐も大気のうねりであり水の循環の一部、人の世の隆盛の一部でしかない。縄張り争い、食料の奪い合い、子孫を残すための条件のいい交尾の相手、そして群の主導権。人もまた動物であり自然の一部、やっていることは獣と変わらない。お前なら大丈夫とは思うが、余り人を特別視しないことだ、我が弟子よ」

希少魔法に関して。


この世界の人間の大多数は魔力を宿し、それによって魔法を使うことができる。

しかし、魔力を宿さない人間も稀にいる。その彼らはどれだけ頑張っても魔法は使えないが、希少魔法と呼ばれるものを習得できる。魔力を宿す人間は逆に希少魔法を習得できない。

(魔法が魔力によって発動するものである以上、正しい表現ではない)


希少魔法と一括りにされているが、全て別物で互換性は一切ない。

つまり……。


魔力を持っていて、魔法が使えるようになる人間が九百九十人

仙気を宿していて、仙術を使えるようになる人間が一人

呪力を宿していて、呪術を使えるようになる人間が一人

聖力を宿していて、法術が使えるようになる人間が一人

時力を宿していて、占術が使えるようになる人間が一人

という具合である。


尚、呪術師の家系があったり、法術使いの家系があったり、神降ろしを扱える王族があったりと、稀にだが特定の希少魔法の使い手が生まれやすい家系は存在する。生まれやすいだけで、全員が該当するわけではない。


法術の場合は回復が唯一可能なため非常に需要が高く、指導者も含めて教育は充実している。

しかし、大抵の希少魔法は指導者が不足しており、素質があっても適性がわからなかったり、系譜が絶えていたりと習得の機会は限られている。

大抵の魔法が使えない子供は、法術の適性があるかどうかだけ確かめて、無かったら全面的に諦めている。

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