放火
第一戦士 マジャン=スナエ陪臣 四器拳 ヤビア
第二戦士 マジャン=スナエ陪臣 爆毒拳 スジ
第三戦士 マジャン=スナエ陪臣 酒曲拳 カズノ
第四戦士 マジャン=スナエ陪臣 霧影拳 コノコ
第五戦士 マジャン=スナエ直臣 銀鬼拳 ラン
第六戦士 マジャン=スナエ婚約者 瑞 祭我
第七戦士 ドゥーウェ・ソペード直臣 白黒 山水
とまあ、エッケザックスが太鼓判を押す編成が決まった。遠からず、国中どころか周辺諸国にも伝わって来賓が来るだろう。
理想を言えば、七戦七勝。全勝完勝することで、トオンを担ごうという面々の心を折るのが一番だった。
とはいえ、エッケザックスが言うように七戦中三勝は半分決まっている。
論理的な推理による絞り込みでは、相手の思惑は精々が支援できる希少魔法程度。それによる強化程度なら、その程度の反則なら問題はない。こっちの三人の方がずっと反則だ。
ランは神降ろしと相性が悪かったが、既にその弱点は克服している。祭我だって最初の段階でもスナエに勝っているし、手札を隠さなければ勝ちは決まっている。
実の所俺が一番不安なところだったのだが、今の俺は色々と術が増えた。まず負けないだろう。
というか、この三人で勝てなかった場合、大喜びで師匠がこの国に現れかねない。その場合、この周辺の国はお察しの状況になるだろう。
祭我が昔法術以外を周囲に使わなかったように、今回の敵方も全員『傍から見れば』神降ろしだけしか使っていないように見せる義務がある。
俺たちは『遠い外国の戦士』というくくりなので何をやってもいいのだが、相手はそうもいかない。こっちは強ければそれでいいのだが、相手は王位の正当性を示す必要があるので、たとえできるとしてもドラゴンに変身して火を吐くことはできないのだ。
そういう意味でも、相手は大分縛られている。こっちは大分優位だった。
加えて、俺や祭我、ランを後半に回すことで、前半の四人が雑兵の扱いを受けることも大きい。
あの四人が勝つないし善戦すれば、精兵でもなんでもない雑兵に負けたか苦戦した、という恥辱を味わうことになるのだ。
そう、そういう意味では前半の四人こそ本命。ランの場合はこの国でも語られている狂戦士だか凶憑きだし、俺や祭我は段違いの実力者だ。そういうぶっ壊れた奴が何人かいる程度の認識で終わってしまうだろう。
あんな化け物に勝てるわけがない、と思われてしまえばあんまり意味がない。雑兵にも負けた、という認識が大事なのだ。
正直、あの四人の名前を知ったのもさっきだったのだが、それは他の面々も同じなので俺が悪いわけではないと思いたい。
必要なことである。俺達が戦って勝たなければ、この国が割れるという可能性さえあった。そうなれば、どれだけの血が流れるのかなど想像もできない。
その場合、この結婚がどうなるのかも怪しいところだ。それはとても困る。
とはいえ、やることは公然の場で恋する乙女をぶちのめすという極悪非道な行為だった。
如何に国家を崩壊させようとしているとはいえ、年頃の娘さんを四器拳で切り刻み、爆毒拳で吹き飛ばし、酒曲拳で倒し、霧影拳で惑わす。そんな事をしなければならないのだから、我ながら悩ましいところだった。
特に祭我は苦悩していた。そりゃあそうだ、相手が亡命貴族ならブッ倒してもすかっとするだろう。だが、公然の場で巨大な獣になっているとはいえ、他国の姫を蹂躙しなければならないのだから。
まあ、辛いだろう。それでも仕事だし、しないと悲惨なことになるのだから仕方がないが。
「サンスイ。貴方を最後にねじ込んだのは、ソペードの部下が一人しかいないからよ。ブロワが居たら初戦で投入したかもしれないわね」
「ブロワなら、勝てたでしょう」
今俺は、お嬢様と一緒に王宮の中を散歩していた。夜ではあるのだが、気候が温暖なので過ごしやすい。お嬢様はこの国の高貴な方が着るベール状の薄いドレスを着ていたが、やはり似合っていた。
周囲の視線はおどおどとしている。なにせ、お嬢様は多くの姫から狙われている。そりゃあ近くにいたくないだろう。
「そう……連れてくればよかったわね。そうすれば、貴方も寂しくなかったのじゃないかしら?」
「お戯れを……ブロワはもう戦いませんよ。その任は解かれたはずです」
そう、ブロワなら神降ろしが相手でも大体勝てただろう。
一線は退いたが、今でも十分強いに違いない。
しかし、もう彼女には戦う理由がない。幼いころからの奉公が認められて、寿退社をしたのだ。
だから、例え勝てる相手だったとしても、試合だったとしても、彼女はもう戦わなくていいのだ。
ブロワは天才だったが、戦うことを望んでいたわけではない。だから、これでいいのだ。
「そうだったわね」
「はい」
「思えば、随分長い付き合いになったわね。あの森を出たばかりの時の貴方を、今でも思い出すわ……本当に全然変わらないわね」
「成長しない身で、恥ずかしく思います」
ブロワもお嬢様も、随分成長した。もちろん一番成長しているのはレインではあるのだが、それでも出会った時とは全然違っている。少女が女性になったのだ、六年はとても長い。或いは、短いのかもしれないが。
「一時は貴方と結婚しようかと思ったこともあったけど、その矢先にトオンに出会えたもの。やはり世界は私を中心に回っているのね」
「おっしゃる通りかと思います、お嬢様」
本当にそう思う。お嬢様が何かの物語の主人公でも、そんなに違和感はない。
少なくとも、お嬢様にとって不都合なことは、お嬢様の人生で一度も起きていないだろう。
「……いえ、もうご結婚なさるのです。お嬢様ではなく奥様とお呼びするべきでしょうか」
「そうね……貴方にお嬢様と呼ばれることは、もうなくなるのね」
お嬢様は、傲慢だが無慈悲ではない。時には感傷に浸ることもある。というより、今まさにそういう気分だったのだろう。
お嬢様は自分の幸福を疑わない。遠からず起きる戦いでもなんでも、自分が不利になる結果が訪れるとは思っていない。
だからこそ、逆に思うところがあるのだろう。
「楽しみだわ……もうすぐトオンは私の男になる。国中から愛され、多くの姫が恋焦がれているあの王子を私が独占する。私だけが彼の閨の姿を知り、私だけが彼の子を産むのよ」
「大変すばらしい未来かと存じます」
本当に、そう思う。
お嬢様は本当に良い殿方と巡り合ったのだ。
双方にとって幸福で幸運な日々が続くのだろう。
「……サンスイ」
「はい」
「今のうちに聞くけれど……貴方はお父様やお兄様のことを、そのままお兄様とかお父様と呼んでいるのよね、心の中では」
そう、偶に失言することがある。
俺は前当主様や現当主様を、お父様だとかお兄様と呼んでしまう。
実際には、俺の方が何倍も年上なのだが、どうにもあの二人の事を父や兄のように思ってしまうのだ。
「貴方、私の事を心の中ではどう呼んでいるのかしら?」
「お嬢様、と。私は心の中でもそう呼んでおります」
「……そうね、貴方はそうだったわね。つまらない男」
俺の前を歩くお嬢様は俺の方を一度も向かずに、そうつぶやいた。
実際、お嬢様にしてみればちっとも面白くないことだったに違いない。
俺やブロワのような、口の上手ではない護衛と過ごすのは。
それでも、それでも。
俺とブロワは、余りにも長い時間をお嬢様と共有していたのだ。
「私は、貴方が勝つと疑っていないわ。私が負けるとも思っていない。でも、どうなのかしらね。あの六人は勝てるの?」
「ランや祭我は、もはや私でも容易に勝てぬ実力者です。他の四人も、決してお嬢様の期待を裏切らないでしょう」
「正直に言って……私ってサイガに対して強いと思えないのよね。貴方に三回も負けたところを見ているからかしら」
祭我、哀れ。
しかし、その気持ちは理解できる。なにせ、初対面で俺に負けて、二回目も俺に負けて、三回目も俺に負けたのだ。全部瞬殺である。
今では本当に強くなっているが、それでも敗戦のイメージはぬぐえないだろう。
「ランも、二回も戦ってあしらわれたじゃない。他の四人なんて、問題外でしょう?」
「今の六人は、決して私が勝った時の六人ではありません。私の師匠も、太鼓判を押すでしょう」
「そうね、貴方の師匠がいたわね。強かったわ……本当に」
お嬢様の気配が、うんざりとしたものになっていた。
お嬢様、師匠が真面目に全力で戦うところを見たらしいし、そりゃあそういう気分にもなるだろう。
ぶっちゃけ、お嬢様が呆れるぐらいぶっ壊れているのだし。
「もしもあの六人が負けたら、貴方が責任をとりなさい。相手の七人、全員相手をするぐらいなんてことないでしょう? 貴方はあのスイボクが認めた唯一の弟子なんだから」
「……」
実際に師匠を知っている人から師匠の名前を出されると、個人的には辛い。
俺が負けると、師匠の名前に傷がつく。それは師匠は気にしないだろうが、俺は少し気にする。
そう、少しだけ心が痛い。もしも師匠の事を知っている人の前で、無様を晒したらと思うと。
俺は、お嬢様のように自信満々ではいられなかった。
「お嬢様がお望みなら、敵という敵は皆倒して見せましょう」
「そうね……それじゃあ実際に一人、見せてもらおうかしら?」
お嬢様の邪悪な雰囲気が吹き上がっていた。既に周辺からは王宮の人間は消え失せている。
素人でもわかる強烈な殺気を放つ女性が、俺の更に背後へ立っていた。
「……己の爪と牙も持たぬ女が、ほざくではないか」
「あらあら、男に選んでもらえなかった寂しい女の子が、そんなに偉そうなことを言っても格好がつかないわよ?」
流石お嬢様、的確なところを突く。
「貴様……今の己が死中にいることを理解していないのか? まさかマジャンの王宮だからと言って、助けが来ると思っているのか?」
「あらあら、助けを呼ばれたら尻尾を巻いて逃げ出すのかしら? 勇敢な暗殺者だこと。女として負けているから、戦士としても逃げ腰なのねえ」
火に油を注ぐどころか、完全に放火魔だった。
凄いなあ、敵地に在っても敵を作ることを怠らない。常に全方位へケンカを売るスタイルだった。
「……そんなに死にたいのなら、殺してやろう。少し予定が変わるだけだ、自ら死中に飛び込んだ、その浅慮を後悔しろ!」
「怖いわねえ……大きな猫に化けるなんて……怖くて怖くて、涙が出てきそうよ」
お嬢様はか弱い女性だ。性格が悪い事と、生まれが高貴であることを除けば、見た目通りの女性でしかない。
目の前で巨大になっていく、強者の国での王族を相手に、何の抵抗もできないだろう。
それを認識して尚、お嬢様は笑っていた。
自分が負けるわけがないと、自分の護衛が負けるわけがないと信じているのだ。
「何か言い残すことはあるか?」
「貴方が知ることができない、いいことを教えてあげましょうか。トオンはね、ベッドの上ではとても可愛いのよ。私の胸に顔をうずめて、子供のように甘えてくるの……その可愛さを知れない貴女が、本当に可哀想……」
俺は、神降ろしの使い手が暴れることができる宮殿の中で、巨大な獣と対峙していた。
「本当に、滑稽ねえ……負け猫の遠吠えは」
『死ねぇえあああああああああああああああああ!』