明言
トオンの意図するところは明確だった。
トオンと結婚したいという面々とスナエが従えた面々を戦わせ、勝つ事で自分を慕う者たちに王位を継ぐ資格なしと証明したいのだろう。
まず、侮辱だった。王気を宿していない、神降ろしを使えない者に自分達が劣っていると思われるのは。
「しかし、御前試合の大原則は公正公平……明記されていませんが、相手の武装や術理が不明なまま、一方だけが情報を独占しているというのは、些か不公平かと」
「かまうことはない、元より王になろうという者たちだ。誰が何人相手であろうと、如何なる武器を身に着けていようと、体一つで追い返してこそ王。凱旋中に襲われたとしても、あっさりと退けねば王として不適格。そういう意味では……そろそろ引退を考えるところだな」
加えて、魅力的だった。
トオンが抱擁するという、その言葉がとても魅力的だった。
だからこそ、スクリンは動いていた。
「ハーン王」
「おう、どうしたスクリン」
「その御前試合、私の推挙する者たちでもよろしいでしょうか」
マジャンでは、まず王が立つ。ある意味絶対君主ともいえるほどに、王には絶対的な権威がある。
これに次いで、王位継承権を持つ王子や王女たちが並ぶ。もちろん王になった者にはいつでも挑戦を受ける義務があるが、それでもそうそう起きることではない。よって、基本的には王子たちや王女たちの権威が強い。
つまりは、王と同世代でありながら王に挑まなかった妃たちの地位は、とても低い。
息子や娘が父に対して同等に近い言葉を公の場でしても許されるが、妻たちは敬語をするのが当然だった。
もちろん、形の上ではあるのだが。
「スクリン、お前が、か?」
「はい」
「ふうむ……まず、分かっているんだろうが」
スクリンが誰を推薦するのかなど、誰もがわかり切っている。
だからこそ、腹芸ではあるが言質をとるのだ。
というよりは、聞いて当然のことを聞くだけである。
「俺の前で試合をするんだ、半端モンは許せねえ」
「はい、問題ありません」
「んでもってだ、死んでも文句は言えねえんだぞ?」
「それも、覚悟させましょう」
「やるからには、負けることもあるだろう。勝ったとしても恥をかくこともある。恨みはねえか?」
「ハーン王の快気を願っての御前試合、決していら立たせることなどさせません」
まず強くなければならない。
次いで命を落とすことも覚悟させなければならない。
何よりも、恥を塗り固めた勝利も許されない。
よその国の戦士がどうあったとしても、この国の神降ろしの使い手はそうでなければならないのだ。
それを確認したうえで、ならばと王も器量を見せた。
「そういうことなら歓迎だ。お前は他所の国にも顔が効いただろう、ドンジラだろうがバイガオだろうが、好きなだけ声をかければいい。まあ俺の病気が治るまでによべれば、だがな」
仮にも二人も子供を産ませた相手である。王もきちんと覚悟へ応えた。
外国の者を参加させることを、きっちりと許したのである。
「数は……そうだな、七人対七人の対抗戦だ。アルカナ王国からやってきた者たちと、王気を宿す者たちの戦い、ということにするか。構わないだろう、沈黙を守っていたソペードにバトラブよ」
「無論だ、ソペードからも戦士を出す」
「も、もちろんです! バトラブも武門の名家ですから!」
「よしよし、そうでなくては面白くない! ヘキよ、国民に伝えろ。この場の全員が聞いた約定の元で、俺の前で戦うとな」
薬草の粥が入っていた深皿に酒を注ぎ、飲み干そうとするハーン王。
「おう、分かったぜ。きっちりやっとくから養生してな」
それを奪って飲み干すヘキ。
かくて、祭りが開催されることになった。
※
ハーン王御前試合
トオン王子とスナエ王女の帰還を祝い、ハーン王の快気を願って試合を催す。
場所
王宮前決闘場
約定 一
アルカナ王国の精兵と、神降ろしの使い手で対抗戦を行う
約定 一
勝者にはトオン王子より抱擁が与えられる
約定 一
アルカナ王国側の戦士へ試合前の詮索を禁じる
約定 一
王気を宿す者は武装を禁じ、宿さぬ者はあらゆる武装を許す。
約定 一
神降ろしの使い手は第一夫人である、マジャン=スクリンが決定する
約定 一
参加者は強者でなければならない。
約定 一
参加者は死を恐れてはならない。
約定 一
誉れ高き勝利以外は認められない。
約定 一
マジャン=スクリンは、マジャン王国以外からも選手を選ぶことができる。
約定 一
マジャン=スクリンはハーン王が快気するまでに参加選手をそろえなければならない。
約定 一
アルカナ王国の戦士は、ソペード家とバトラブ家の双方から出す。
約定 一
七人対七人であり、勝者が多い方を勝ちとする。
※
国中、或いは他国にも配布されることになった開催の報せ。
未だに参加選手が記載されていないが、追って発表されることになるだろう。
それを受け取ったアルカナ王国の面々は、改めて試合内容を確認していた。
「とまあこうなったわけだ……本来であれば、こうして戦うこともやぶさかではなかっただろうが、我が母のつまらぬたくらみのせいで要らぬ面倒を抱えさせてしまった。すまない」
余りにもざっくりとした、しかしそれ以上に面倒のない単純なルールが決まっていた。
あの酒の席で発言された順に明記され、訂正されなかったことはそのまま明文化されている。
「でも……良く呑んだわね、こんな不利なルール。神降ろしの側が武装できないのは仕方ないけど、こっちの武装が自由だなんて……一応宝貝の事も目録に書いてあったのに」
「何を言うか、これはこの国では当たり前の事で、一々明記しているのが珍しいほどだぞ。第一、完全に神の如く振る舞える一人前の戦士ならば、一対一で向き合えることはとても有利なことなのだ」
ハピネの寝言に、スナエは呆れを示した。
以前、スナエは学園長と一対一で決闘をした。
その際はかなり開けた距離だったがゆえに不覚をとったが、原則的に一対一なら神降ろしの使い手は相当強いのだ。
「後の事を考えずに、最大の姿になって戦えるからな。連戦、継戦で言えば神降ろしは影降ろしに及ばない、とは影ではささやかれていることだ。だからこそ、影降ろしも廃れずに残っている。継戦力と決戦力で住み分けされているわけだ」
「そして、これは決闘であり決戦か。なるほど、相手の武装が自由であっても問題ないほどの有利ではある」
ソペードの前当主は、改めてルールを確認していた。
審判などの明記がないため、おそらく『誰の目にも明らかな敗北』以外では、決着がつくことがないのだろう。だからこそ『死んでも文句を言うな』と明文化されているのだし。
「実際に神降ろしを使える者同士でも、このルールで戦うのだろう。となると……どうなのだ、エッケザックスよ。巫女道とやらの力は、いかほどだ」
「この上なく有利に働くであろうな。なにせ巫女道の最大の優位点は相手の強化というよりは供給にある。単純に二倍長く全力で戦えることが、巫女道の強みだ。支援する人数次第では二倍三倍と増えるであろうしな」
本来なら、神降ろし同士の戦いでは絶対的なアドバンテージになることだった。
しかし、それでもエッケザックスは一切問題ないと考えているようだった。
「理屈で言えば、神降ろしの弱点は持久力であろう。巫女道ならば、それを補える。しかし……爆毒拳、酒曲拳、四器拳、霧影拳。これらを前に、持久力など意味を持たん。それに、今のランやサイガ、サンスイならフウケイやスイボク以外ならほぼ確実に勝てる」
そして、自信を持って言い切っていた。
「三勝は固い!」
それを聞いて、テンペラの里の面々は互いの顔を見合っていた。
「がんばろう……」
「うん、そうだね……」
「全勝を目指そう、うん、全勝しかないね……」
「スカッと勝ちたいよね……」




