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収穫

 スナエの婚約者である俺と、トオンの婚約者であるドゥーウェは、王族の三人と一緒に王の寝所を訪れていた。

 流石は強者の国の王、とても大柄で体格がいい人だった。今にも死にそうなほど弱っているわけではないが、立ち上がるのが難しいほどには衰えていた。

 太かったであろう腕も細くなっており、ただの病人にしか見えなかった。


「ガハハハ! こりゃあ美味い!」


 もう治ってるけど。

 もちろん、俺の拙い法術で治したわけではない。目録に乗せた貢物としての蟠桃を使ったわけでもない。治療に特化した法術使いを寝所に招いたわけでもない。

 ひたすら単純に、スイボクさんが道中の保険として俺達に渡してくれた、俺達が使う用の蟠桃を食べさせただけだ。

 一般的な桃ぐらいの大きさがある蟠桃を、細かく切って食べさせたところ、見る見るうちに活力を取り戻していた。


「これが伝説の果実か……たまらんな!」

「親父……すげえ元気になっちまってまあ……」


 まさかここまでてきめんな効果を発揮するとは思わなかったのだろう。ヘキはとっても驚いていた。

 まさに万能薬というか、神々の食べ物の様である。法術を知っている俺でも、この効果には目を見張っていた。

 改めて、スイボクさんは何でもできるんだなあと感心している所だった。


「で、まだあるんだろう?! もっともってこい!」

「父上、食べ過ぎるとかえって毒です。この程度にしておきましょう」

「ああ、その通りだぜ親父。もうばっちりじゃねえか」

「おお、見るがいいこの腕を! もうそこらの大木を引っこ抜けそうだわい!」


 なんとも豪気に振る舞うこの国の王、マジャン=ハーン。

 なんかやたら麻雀が強そうな名前だが、その姿を見れば誰もが単純に強い男、雄であることがわかるだろう。

 まさに雄ライオンを擬人化したような、そんな分かりやすい益荒男だった。

 普通の意味でハーレムの長の様だった。


「こんなに元気いっぱいになるとはなあ……早計だったか、兄貴」

「そう言うな……私も驚いている。伝説にあった万能薬の伝説は、偽りなかったな」

「今ならお前達の兄妹をさらに増やせそうだわい! 十人は行けるぞ!」


 そうか、これぐらい元気がないとハーレムの長は務まらないのか。

 トオンに対してもそうだけど、やっぱり本物は違うんだなあと納得していた。


 果たして、マジャンの王を治すべきか治さざるべきか。

 ドゥーウェのお父さんとトオンが相談し、更にここまでの道でトオンとヘキが相談した結果『蟠桃で治すけど、治したことは内密にする』という結論になった。

 あくまでも遠方から息子が帰って来たので調子を取り戻しただけだ、というスタンスを貫き、当分病人のフリをしてもらうのである。

 もちろん、下手したら止めになるかも知れなかったが、ヘキもトオンもそのリスクを承知で父親の完治に賭けていた。

 結果、とりあえず父親が原因不明の病気で死ぬところだった、というスナエの悲劇は回避されたのである。

 これが日本だったら、レントゲンとかCTとかで確認ができるが、マジャンは法術も発達していないので王が仮病をしているだけで問題はないのである。

 ただ、この王様が仮病を貫くとは思えなかった訳だが。


「大人しくしてくれ、親父。その約束だっただろうが」

「しかしだなあ、たぎってたまらん! 寝ていた鬱憤をどう晴らせばよいのだ!」

「鍛錬でもしてろよ……とにかく、兄貴が帰ってきたんだ、国内の問題を一掃したい。これは王位継承権がある兄弟全員の総意だ」


 このままでは、トオンを王にしたい勢力が内戦を起こす。というか、トオンをアルカナに定住させたくない勢力が内戦にしてしまう。

 複数の国家から嫁入り志願の神降ろしの使い手が集まってきている現状だ、内戦どころか戦争になるかもしれない。

 傾国の美女ならぬ、傾国の王子だった。それも納得ができるぐらい、トオンはイケメンだったので、一切笑えなかった。


「そうだったな。スクリンめ……馬鹿な真似を」


 スクリン、というのはスナエとトオンの母親の名前らしい。

 自分の妻が国を割ろうとしていることに、ハーン王は寝ていたベッドの上で胡坐をかきながらため息をついた。


「とはいえだ……その前にまずは礼がある。ドゥーウェ殿、余の病を払う滋養の果実、誠に感謝している。この度は国家の恥の為に骨を折ってもらった、この恩は必ず返す」

「あらあら……殊勝な。でも『お父様』、トオンをくださるのであれば、今の感謝で十分ですわ」

「いやいや、それでは一国の王として申し訳が立たん。息子が随分世話になったようであるしな」


 そこまで言ってから、憤怒の表情を作った。

 というか、本当にいきなり、スイッチが切り替わったかのように激怒していた。


「スナエ! 王位を継ぐ資格をもつお前が、国を無断で出るとはどういう了見だ!」

「も、もうしわけありません! 父上!」

「このバカモンが!」


 巨大な拳骨が、スナエの頭部に振り下ろされた。

 昭和でも見たかわからないような、鉄拳制裁だった。しかし、誰も止めない。

 右京と一緒で、物凄く止めにくかった。

 だって、本気で怒っているってわかりやすかったし。


「それで、貴様が余の娘が作った男か!」

「は、はい! スナエさんとは真剣な交際をさせていただいております!」

「当然だ! そうでなければぶち殺しているところだ!」


 こんなおっかない『ぶち殺して』という言葉は聞いたことがない。

 心臓が止まるほど、激しい怒りがぶつかってくる。


「トオンは筋を通して家を出たが、お前は無断で家を出たのだ! そのお前が無断で婚約するなど、許されるとでも思っているのか!」

「も、申し訳ありません!」

「スクリンがこうして暴走したのも、元をただせばお前が国元を離れたからだ! 余にとってはお前など数いる後継者の一人でしかないが、スクリンにとっては唯一の希望だったのだぞ! そのことをよく考えて反省しろ!」


 この部屋、防音大丈夫なんだろうか。そうでもないと、王様が完治していることが王宮全体に伝わりそうである。


「お前、名は!」

「瑞、祭我です!」

「ドゥーウェ殿に関しては全面的に許すが、お前は別だ! 余の完治が周囲に示せるようになれば、我が爪と牙を刻んでやるわ!」


 言われるだろうとは思っていたけど、実際に凄い言われてしまった。一切返す言葉がない。


「……それで、ヘキよ。お前はスクリンに対してどうするつもりだ?」

「俺としては、未然に食い止めるというか、なあなあで終わらせるつもりだ。どのみち、兄貴が首を縦に振らなきゃ話は終わるし、寝言妄言で終わらせてえ」

「そんなことは当たり前だ。お前はどうやって止めるつもりだ、まさか無策ではあるまい」

「ちょいと難しいとは思っていたが、兄貴に自分の母親を説得してもらうつもりだった。それが失敗すれば、俺達王位継承権のある兄弟でこの国に来ている兄貴への求婚者を全員倒すつもりだった」

「まあ順当だな」


 俺はその言葉を聞いてドン引きしていた。

 自分の兄に惚れている他所の国の女を、兄弟全員でボコると言っているのだから

 しかも、王様もそれを認めているし。


「確かに、王気を宿していないトオンを王に据えるとしても、その嫁が弱くては話にならん。トオンを王に立てる者たちを全員倒せりゃあ、そんな弱い王室を認めることはできないと言えるだろう。だが……」

「ああ、わかってる。一旦であれ仮にであれ、兄貴に王位継承権があると認めるに等しいからな。それに、一人でも負けちまえばそのままなし崩し的に王位に据えられかねねえ」


 おそらく、相手にしても似たようなものなのだろう。

 多分、トオンのお母さんとかトオンと結婚したいお姫様たちも、スナエを含めたトオンの弟妹を全員倒すつもりなのだ。

 サバサバしているけど、暴力で解決というのは恋する乙女としてどうなのだろうか。

 俺が思う事じゃないけど、それで勝って結婚できて、それで嬉しいのだろうか。


「そこで、私から提案があります。父上、サイガを含めてスナエがアルカナで引き入れた強者たちと、私の妻になるドゥーウェ殿の護衛であるサンスイ殿。彼らの武勇を示すために、彼女達と戦ってもらうのです」

「ほう」

「ええ、仮に一人二人負けても問題ありません。あくまでもアルカナの戦士とこの周辺の貴人が腕比べをするだけですから。しかし、敗北は敗北。遠方の国の戦士に一対一で敗れれば、私を王に立てるとは言い出せますまい」


 相手のメンツをつぶして、婚約者として名乗りだせなくする。

 それは露骨だが、相手にしても受けるしかないだろう。

 なんでこんな暴力的な解決策に、敵も味方も乗り気になることが前提なんだろうか。


「確かに、悪くない。しかし……トオンよ、自信はあるか。王になるほどの実力はないとしても、相手は王族。その実力は確かなもんだぞ」

「そうだぞ、兄貴。下手すら全滅で、向こうの国との関係が悪くなるんじゃないか?」


 それは、当然の懸念だった。

 負けて死ぬ奴はそこまでだ。損はないしやらせてみよう、とは言っていない。

 トオンに対しても、或いは遠い国の戦士に対しても気を使っていた。


「……ヘキ兄、父上。私が持ち帰った教訓とは、正にそれなのです」


 今の王と、次の王に対して、スナエはアルカナ王国で得た物を口にしようとしていた。

 それに対して、トオンは発言を譲っている。誰もが彼女の話を聞いていた。


「私は国を出て、多くの出会いや戦いに遭遇しましたが……あることを痛感しました。王気と、神降ろしの限界についてです」


 それは、この国の根幹をなすことへの警鐘であり、悪く言えば王の絶対性を疑うものだった。

 しかし、意外にも二人は静かに真摯に、話を聞いていた。


「確かに王気は強く、神降ろしは強く、王族は強い。私のような王族の中で未熟とされるものでも、殆ど負けることはありませんでした。ですが……私は痛感しました。このままでは近隣諸国も淘汰されてしまうと」


 俺はエッケザックスを使ったとはいえ、神降ろしの使い手をまとめて焼き殺した。

 その報せをハーン王も聞いているからか、決してスナエを否定していない。


「我らが習得している神降ろしは、つまりは『影降ろしに勝つため』の技なのだと理解したのです」


 盲点だった、とトオンも驚いていた。確かに、神降ろしと影降ろしの相性はとても悪い。しかし、最初からそうだったとしても、とことん影降ろしに対抗しようと発展した結果が、今の神降ろしなのだろう。

 考えてみれば当たり前だ、この地には神降ろしと影降ろし以外に『魔法』がなく、他の『魔法』に対応する技を磨く意味がない。


「もちろん凶憑きに対抗するためだとか、祖霊に近づくという意味もあります。ですが、世界は広い。影降ろしや凶憑き以外の使い手と戦うには、既存の神降ろしでは限界があると感じました」

「……なるほどな、確かにそれはある。お前もいいことを言うようになったな。つまりだ、この近くの国から攻めこまれる分にはともかく、アルカナだとかその周辺が遠征してくれば、勝てないかもしれないってか」

「……おそらく、確実に負けます」


 病気から復帰した自分の父親に、とてもつらいことを言うスナエ。

 とはいえ、それはトオンも賛同しているようだった。


「生憎と、未熟な私には神降ろしの可能性を追求することはできません。ですが私の手勢ならば、今の神降ろしでは勝てない相手がいると、この国に示すことができるでしょう」

「よその国のお姫様の顔を徹底的につぶすってか……面白いじゃねえか。ヘキよ、この話に乗ろうじゃねえか!」


 不敵に笑いながら、膝をパンパンと叩くハーン王。

 それに対して、ヘキも腹をくくったのか拳を作ってスナエの胸を叩いていた。


「でけえ口叩いたんだ、しっかり全勝しろよ!」

「……はい、私の部下や夫にお任せください」

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