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歓迎

 長い長い道だった。俺の人生からすると短いが、長く感じる旅だった。

 おそらく、師匠もこの国が興る前にこの土地に訪れて、なにか爪痕を残したのだろう。

 そんなことを考えながら、俺たちは王宮に入っていた。

 当然、トオンとお父様が先頭を歩いて、その脇にスナエとハピネがいる。他の面々は、その後ろを歩いていた。


 もちろん、マジャンの王宮に入るのは初めてである。しかし、ぶっちゃけドンジラとそんなに変わらなかったので、感動とかは特になかった。

 というか、アルカナ王国一行はピリピリしていた。なにせ、今この国は王位継承権でもめている所なのだから。

 お嬢様は上機嫌だが、それはもう諦めよう。


「……よう」


 案内された謁見の間。

 そこはやはり階段の上に玉座が設置されており、多くの布で飾り立てられていた。

 しかし、その『椅子』にではなく、途中の階段部分にふてぶてしく腰かけている若い男がいた。

 色男、というよりは豪傑に近い印象を受ける、肩幅の広い大男だった。


「久しぶりだな、兄貴よ」


 不遜というべきか、謙虚というべきか。

 最も玉座に近い、と主張しながらその椅子に座らないその男は、トオンへ不敵に笑いかけていた。

 トオンとその男の間を、周囲の人間は注目している。

 謁見の間にいるのは、その男と護衛の兵士たちだけではなかった。

 おそらく、スナエやハピネの兄妹たちや、王の妻たちだろう。

 重臣らしき者たちも並んでいるが、やはり際だって緊張しているのは、その一角だ。

 特に、トオンやスナエの母であろう人物の目力が凄い。シェットお姉さんに匹敵する。


 他にも、隠れているがトオンに熱烈な視線を送っている面々もいた。多分、外国の姫とかだろう。モテる男はとてもつらい。


「ああ、久しいなヘキよ」


 トオンとヘキは歩み寄り、抱擁した。

 その関係性に一切の虚偽はない。お互い、とても安心しているようだった。

 それは救いであると言っていい。


「国中が湧きかえっている。しばらく留守にしていたとは言っても、兄貴の人気は健在だな」

「それというのも、父上の御威光あってこそだ。王家の威信あればこそ、放蕩な王子も許されている」

「放蕩ねえ……はっはっは! 兄貴にはかなわねえ!」


 抱擁から握手に切り替えて、互いに強く握りあう。お互い素直に喜びあっていた。美しい兄弟愛である。

 それを不快そうに見ている面々もいるが、当人たちにとっては意義があるだろう。


「さあて、兄貴を婿にしたとんでもないタマの姉ちゃんを俺に紹介してくれ」

「ああ、もちろんだ……ドゥーウェ・ソペード、私が出会った運命の相手だ」


 俺の気配察知能力が一瞬マヒした。

 太陽を直視するとしばらく前が見えなくなるように、濃厚すぎる想念が空間を満たしたからだ。

 それこそ、その場の全員がわかるほどはっきりと、部屋の中で怨嗟の念が満ち溢れている。

 おそらく、トオンに懸想している女性達の『意思』だろう。いやな意思の強さだった。


「ご紹介に預かりました、ドゥーウェ・ソペードと申します」

「……凄い肝が据わった奴を見つけたな」


 お嬢様は、それでも笑っていた。

 とても嬉しそうに、愉悦の笑みを隠していなかった。

 国一つ呪い殺せそうな殺気を向けられている中で、歓喜に満ちていたのだ。

 その表情を見ただけで、ヘキは逆に尊敬していた。確かに尊敬に値するだろう、俺もしている。


「それから、こちらは私の義理の父になるお方だ」

「私は……アルカナ王国四大貴族、ソペード家の先代当主である。ドゥーウェの父でもある、今回は結婚の約定を結びに参った」

「おお、そうか! おう、文化が異なる故にドゥーウェ殿からは戦いの匂いがしなかったが……そのたたずまいからは歴戦の雄であることがうかがえるな。我が国は戦士を讃える強者の国、軟弱者の家に我らが兄を送れないとは思っていたが、これは無用な心配だったようだ!」


 マジャンは男も女も区別なく、強者が称えられる国である。

 だからこそ、お嬢様には軽蔑の念が強かった。しかしお父様が前に出たことで、実際に周囲の空気は緩和されていた。


「おい、スナエ」

「は、はい! ヘキ兄!」

「お前、どのツラ下げて帰って来たんだ、ああ?!」


 硬直していたスナエの頭を掴んで、ぶんぶんと振り始めた。

 そうか、やっぱり王位継承権があるスナエが国外に出るのは、国家として不味かったのか。


「父上も、お前の母上も、他の兄妹たちも心配してたんだぞ! 無断で出ていきやがって!」

「も、申し訳ありません!」

「きっちり後でシメてもらえ! まったく……それで、そのスナエの婚約者がお前か?」


 話は、祭我に移る。

 殴りかかられれば対応はできるが、政治的な挨拶ともなるとできるのか不安だった。

 というか、当の本人が一番緊張している。


「はい! 瑞、祭我です!」

「……」

「あの、その……!」


 品定めしているヘキに対して、上ずった声で叫んでいた。

 緊張しすぎて、大いに焦っている。


「妹さんを、俺にください!」


 謁見の間が、静寂に包まれた。

 何言ってんだろう、コイツという感じである。

 いや、もちろん言わねばならないことではあるが、今ここでヘキに言う事ではあるまい。


「ぷふっ、ははははは! なんだ、純情な奴を連れてきたな、スナエ! 戦士としてはともかく、男としては可愛いもんじゃねえか!」

「ヘキ兄……サイガは決して弱くなど……」

「ああ聞いてるぜ。嘘か誠か、パレード中に乱入してきた神降ろしの使い手を三人まとめて焼き殺したとかなんとか……」


 テレビ中継されたわけでもないし、あのパレードに参加していた全員が見ていたわけでもない。

 一瞬で片づけたから、それこそ目撃者は少ないだろう。

 確実なことは、神降ろしの使い手がトオンを襲い、そのまま倒されたということだった。


「まあ後で確かめればいいだけの話だ。スナエの認めた男、楽しみにしているぜ」

「は、はい!」


 まあ実際に強いからな、エッケザックス抜きでも大抵の相手には勝てるだろう。

 そういう意味では全く心配がないのだが。


「それにしても……アルカナ王国、四大貴族。ソペードとバトラブなど聞いたこともないと思っていたが……しかし実際に目録や宝物を見て考えを改めた。世界は広い、これだけの力を持った国が遠方にもあるとは思っていなかった。改めて、遠路はるばる我らが国へようこそ! 国を挙げて歓迎させてもらう!」


 お父様の雰囲気がやや和らいでいた。

 少なくとも失言はないし、王の代理として恥じない振る舞いであると判断したのだろう。

 迂闊な決定も一切していないしな。


「宴の席を用意している。それまでは客人にはくつろいでいただこう、兄貴とスナエは父王のところへ。婚約者の二人も顔を見せてやれ」

「お待ちなさい」


 ぴしゃり、と声を出していたのはやはりトオンとスナエの母らしき人物だった。

 王気を宿しているし、スナエに似ているので多分正解だろう。

 その彼女の発言によって、謁見の間は空気が変わっていた。


「聞くところによれば、アルカナ王国とやらは癒しの業が発展しており、トオンはその使い手をこの国に招いたとか……それに、万病を癒す伝説の果実さえ宝物にあると」

「はい、さようです母上」

「それならば、その双方をもって王に会うべきではありませんか?」


 のっけから飛ばしてるなあ、トオンのお母さん。

 まあ下手をすれば自分の息子も娘も他所の国へ行っちまうんだから、慌てても仕方がないのだが。


「きっと、王もお喜びになることでしょう」

「はははは! 大袈裟ですよ、母上! 将軍から聞けば、意識ははっきりしており会話もできるとか! そんな父の元に医者や薬など持ち込もうなら、老人扱いするなと怒られてしまいます!」

「その通りだ、父も兄貴やその嫁さんの顔を見ればすぐに元気になるだろうし、国を飛び出したスナエを見れば起き上がって叱り飛ばしてくれるさ!」


 高らかに笑ってごまかす二人。

 二人の仲がいいことをアピールしながら、その上で父王を持ち上げつつ流している。

 祭我はその手腕に目を見開いて驚いている。実際、俺達にはできない芸当だった。

 こういう時に、素の頭の良さとか育ちとかが出るんだな。


「……そうですか、では私は先に宴の席で待っています。スナエ、私からも後で叱責するので覚悟を。それからトオン、貴方には近隣から姫たちが来ています。挨拶を欠かさないように」

「ええ、わかりました」

「……後で参ります」


 中々どうして、切羽詰まっている。

 なんとか優雅に振る舞おうとしているスナエとトオンの母親は、しかし余裕が微塵も感じられなかった。これもまた、気配を読むまでもない事である。

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