無情
俺は勝った。空しい勝利だった。
正直、君がどんどんパワーアップしていくのは分かったから、一々俺に報告してこなくていいと言ってあげたい。
パワーアップしていく系の主人公って、敵にしてみたらこんな気分なんだろう。
少なくとも俺は、彼をストーカーで訴えたい気分になりかけていた。
「負け……」
呆然としている、地面に寝ている祭我に剣を返す。
それが済むとそのまま娘の所に戻っていった。
いつものことながら、ソペード家の面々も、バトラブ家の面々も、余りにあっけない結末に閉口している。
そりゃそうだ、俺だってそんな気分だった。
「負け……」
ケガは一切していないはずの祭我は、そのまま地面に寝ていた。
そして、そんな彼に誰も声をかけられずにいた。
と言うかもしかして、何がどうなったのか全く分からなかったのだろうか。
毎度地味な決着ではあるが、順当と言ったところだろう。
「ああ、そうだ我が主サイガよ……」
全てを見ていた、自分の主ののど元に自らの切っ先が触れかけていた、同じく呆然自失のエッケザックスは人型に戻る。
少女になった彼女は、悔し涙を流しながらそれを認めていた。
「我らの敗北だ……」
流石神剣、いい判断である。
ああされたら、そりゃあ負けとしか言いようがないだろう。
しかし、屈辱的な敗北であったことは事実。受け入れがたいものは受け入れがたい。
これなら、斬られた方がよかっただろうに。
「サンスイ、貴方何したの?」
お嬢様はびっくりしたまま説明を求めていた。
とはいえ、特別なことをしたわけではない。
お嬢様の知っていることをしただけだ。
「軽身功で浮かせて投げて、剣を奪いながら地面に寝かせました」
非常に今更だが、軽身功は自分の体だけを軽くする技ではない。
仮にそれだけだった場合、俺が浮き上がったら木刀などに重心が偏って、傍から見て無様なことになるだろう。
というか、未熟な時期はそうなっていたし。
「仙術は、自分以外の物を軽くできるの?!」
「ええ、そうですよ」
今俺に聞いている学園長先生が、つい先日失敗談を語ってくれた。
法術でできることを魔法でやろうとしても上手くいかないと。
また、魔法で高所から岩を落とすことも現実的ではないと。
つまり、仙術なら魔法ではできない高所から岩を落とすこともできるし、その応用で相手を軽くして投げることもできるのだ。
そして、大樹の様に地面に根差しているのならいざ知らず、ただ立っているだけだったり置いてあるだけなら、仙術で浮かせることは容易だ。
「正直、狼気爆炎破岩斬ってのは見てみたかったですが……勝負は勝負、これっきりと言うことで」
結局、彼の予知は足を引っ張ってばかりだった。
最初もそうだったが、対処できない状況を、理解できない状況を予知しても硬直するばかりで、隙だらけになるだけだ。その辺りを、彼は克服できなかった。
「そんな……」
状況が状況だけに、俺が説明したこともあって、バトラブの御令嬢もご当主も、言葉を失っていた。
数値的に見て、俺が勝てるわけもない状態だったからこそ、きっと勝利を確信していたはずだ。
だが、地味ながらもわかりやすく、俺は勝って見せていた。
「サイガ様~~!」
最初に動いたのはツガーだった。
呪術師の彼女は、泣きながら魔法の解除された彼にしがみつき、そのまま無事を喜んでいた。
そうだ、彼は怪我をしなかった。それはとてもいいことである。そういう意味で、彼は何も失っていない。
「良かったです……よくぞご無事で……!」
「ツガー……ごめん、おれ、おれ、おれ、おれ……まけちゃったよ……」
悔しい。両目からあふれる涙をこらえることもできずに、祭我は泣いていた。
「なんでよ……なんで勝てないのよ!」
「木刀で倒せないから投げて倒したんでしょう? 私も驚いたけど、そういう事じゃない」
「違うわよ、だって、だって……サイガはあんなに頑張ったのに!」
ドゥーウェお嬢様はある意味予想通り過ぎる、或いは想定を超えたあっけない結末に呆然としているが、ハピネ様はそうでもないらしい。
もちろん、彼の努力を間近で見た身ならそう思って当然だろう。
だが、それでも現実は現実で、結果は結果。
草食獣も肉食獣も草花も等しく命であり、奪い奪われたことがただの結果であり善悪でないように、彼女たちの努力は俺に勝てないという結果になった。
しかしそれだけだ。ツガーの様に喜ぶべきだろう。
というのは、年寄の寝言だ。負けたら悔しいのは当たり前だ。勝って嬉しくないのはどうかと思ってしまうが。
「なんであんたは、あっさりエッケザックスを奪えたのよ!」
「確かに貴方の婚約者である祭我様の筋力は、大幅に増強されていました。ですが、万力で固定されていたわけではありません。自分の体が浮かび上がり、そのまま天地逆転の上地面に背中から落ちれば……ちゃんと強く握ることなどできるわけもありません」
もちろん、筋肉がこわばって強く握ってしまうこともある。
相手の奪う力に反応して、強く握ってしまうこともある。
だが、それは瞬間瞬間で変わることだ。人間は常に同じ姿勢、同じ力を出し続けることができるわけではない。
一瞬緩む時を狙えるのなら、鎧越しに持っている剣を奪うなど容易だ。
「その一瞬を見極め、引き抜きました」
「うう……なんであんたはこんなに強いのよ! 希少魔法の使い手だからって、此処まで強いわけがないじゃない!」
「もうよせ」
怒っているハピネ様を、スナエ様が抑えていた。
そして、前にもまして俺に畏怖の目を向けている。
「三度戦い、三度打ち負かされた。サイガは私の惚れ込んだ、諦めない男だった。だが、ここまでなのだ」
「でも、あんなに頑張ったのに! 私達だって協力したのに!」
「黙れ! みっともないぞ小娘が!」
諦めきれないハピネ様を、スナエ様は更に怒鳴りつける。
彼女自身も悔しいだろうに、負けたことを理解できるだけに全力でいさめていた。
「どちらも全力で戦った! 卑しいところなどどこにもない! ただ相手がサイガを上回っただけだ! それをいつまでもごちゃごちゃと!」
「だって……だって……おかしいわよ、こんなの……」
泣き崩れるハピネ様を、スナエ様が抱きしめていた。
そして、受け入れがたくとも現実はそこにあり、のしかかっている。
「すまない……娘が取り乱した」
現バトラブ当主様が、俺に詫びていた。
その一方で、此処まで一方的な展開になったことが理解できないようだった。
娘と同様に、此処まで負けるとは思っていなかったようだ。
「だが、できれば教えてほしい。なぜ君は私の息子を……サイガ君をあっさりと倒せたのだ?」
「それは……」
果たして、俺が口にしていいものなのだろうか。かなり厳しい意見になると思うのだが。
そう思ってソペードの現当主と前当主、お兄様とお父様を見る。
びっくりしているようで、こちらの視線に気付くとそのまま頷いていた。
「端的に言えば、彼が弱いからであり、彼が弱いのは修行が足りないからです」
彼は修業したのだろう。
彼は努力したのだろう。
彼は鍛錬したのだろう。
一定の成果を得るだけの期間、自助努力を惜しまなかった。
彼は辛い思いも苦しい思いもした。その結果、強くなったのだろう。
だが、一対一で負けた。だとすれば、答えは決まり切っている。
残酷な言い方だが、努力が足りないからだ。
「努力は、したよ……鉄の剣で岩が斬れるようになった」
言い訳の様に、ツガーに抱きしめられている祭我がそんなことを言う。
自分でもみっともないと分かっているがそれでも言わずにいられないのだろう。
「それでも足りないのか?」
「修行に終わりはない、一生修行だ。鉄の剣で岩が斬れるようになったぐらいで、修行が終わったと思うその心がまず未熟」
俺の様に仙人の下で修業したわけではないので、彼はきっと見た目通りの年齢なのだろう。
きっと、この世界に来て一年さえ経っていない。そんな短い時間の努力など、とまでは言わない。しかしその日々も、未来に重ねていく努力の一歩でしかないのだ。
修行を諦めるならまだしも、ここまでやれば自分は最強だと思う心が未熟の証だ。
「そもそも、サイガ……様。貴方は、そもそも根本的に勘違いしている」
「なにをだよ……」
「貴方は俺を何だと思っているんですか」
「未だかつてない、強敵だった」
「……俺は見ての通りの男ですよ。着流しに木刀という貧相な姿の男です」
「違う、最強の……童顔の剣聖だった……」
「貴方は岩を斬る特訓をしたというが、私を斬るのに岩を斬る威力が必要でしたか?」
その辺り、心底わからない。
俺は防御力を上げる技など使ったことがないし、自己申告したこともない。
にもかかわらず、なんで剣を燃やしたり獣の力を発揮したりするのか。
そのまま鉄の剣で普通に切れば、そのまま勝ちが決まるだろうに。
発動寸前だったさっきの一撃など、はっきり言って昔のお兄様の攻撃より殺傷能力が高かった。
一体どれだけ自分を殺したかったのだろうか。
人の事を伝説のドラゴンとか、封印されていた魔王とか、世界を亡ぼす邪神か何かだと思ってないだろうか。
伝説の剣なんて持ち出さずに、普通に鉄の剣で斬ればいいのに。
「貴方は勘違いしている。魔法はどうだか知りませんが、剣の道は如何に無駄を省くかにある。例えば剣を振るときに、常に全身の筋肉をこわばらせては、却って行動が遅くなります。だからこそ、使うべき時にどの筋肉を使うのか理解する必要がある」
これは魔法でもなんでもない、日本の生理学から言っても正しい……ことだったような気がする。
これは剣を振ることだけではなく、走ることとかにも言えることだった、はずだ。
「確かに剣を振るには力がいる。しかし、あくまでも剣を振る力が一定必要と言うだけで、筋肉があればあるほどいいという物ではない。もちろん相互に鎧を着ていればその限りではありませんが」
「それじゃあ、俺の特訓は……」
「意味はあったと思いますよ。ですが、どんなに正しい姿勢や動作を憶えて、それをこなせるとしても、それだけで完結しては意味がない。それは始まりでしかない」
「始まり……」
「少なくとも、剣を振ることの動作の全てで、それができなければ意味がない。全ての動作が最適化していなければならない」
よし、技を使おう、と意識して正しいフォームで技をくりだす。
それしかできないのなら、それが限界だ。
「あくまでも私見ですがね、貴方は最初が一番強かった。それ以降はどんどん動きが固くなっていった。何と言いますか、気負いすぎでした」
これはある意味、俺ツエー系のいい意味での影響なのだろう。
なにがなんでも勝ちたいと、体をこわばらせることがない。
自然体でその場その場で対応ができる。少なくともあの時の祭我はそれができていた。
ただ、負けを知って勝ちたいと強烈に思うようになって、その結果どんどん悪化していったのだ。
矛盾しているのかもしれないが、全力で勝ちたいと思うほど、緊張して全力が出せない物である。
「総括して、これは試合なんですから態々体の防御を固める意味がなかった。持っている武器は鉄の剣だったんですから、魔法を使う必要はなかった。伝説の剣に関しては言うまでもありません。神降ろしに関しては何とも言えませんでしたし、予知も使いこなせる範囲でならありでしょう。つまり、あるものすべてを出し切ろうと、使い切ろうとしたのが間違いです」
俺には全く理解できないことで察することしかできないが、アレだけの魔法や希少魔法を並行して使えば、きっと負担も大きかったはずだ。
つまり、しなくていいことを大量にしていた。十徳ナイフの中身を全部出したまま使うようなもんだったのである。
「戦争とか、多数を相手にする場合はあれでありでしたけど、一対一で戦うには余りにも無駄だらけでした。必要な分に力を注ぐべきでしたね」
なんでもできる、と言うのが彼の強みではあるのだろうが、その強みは端的に言っていろんなことができるというだけなのだ。
多くの状況に対応できる、いろんな選択肢が人生にある。それは素晴らしい。だが、それは最強とはまた別の物なのだ。
「貴方は私に勝てなかった。それだけの事、別に努力も神剣も無駄ではない。強くなりたいのなら、貴方も努力を続けることですね」
全く、なんでもできる系の主人公様に関わった気分だ。
そもそも最強なんて目指してないのだから、俺に突っかからないでほしい。
リベンジを誓うのは何とも主人公性あふれるが、こっちは物語の端役ではないのだ。
隠し玉を晒す時だとか、強くなるたびに、一々突っかかられても迷惑である。
こっちにだって、色々とコイツ以外の都合と言うものがあるのだから。
「……待て、仙術使い!」
神剣、エッケザックスの気配が疑惑から確信に変わっていた。
説教臭いことを言っていた俺に対して、この上なく露骨な怒りを燃やしていた。
「お前の師匠はスイボクだな?! 私を捨てた、あの仙人の弟子だな?!」
え、なにそれ。聞いたことないです。




