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内助

「……なんで?」


 俺は素で聞き返していた。

 はっきり言って『じゃあ今後は女性に対してむやみに声をかけないようにしよう』とかそういう話になるんじゃないだろうか。


「お前はサンスイに毒気を抜かれすぎている。世の中の大抵の人間は利己的な物で、論理ではなく感情で動くものだ。少なくともサイガ、お前だって兄上がアルカナに婿入りすることが何の面倒もなく終わると思っていないのだろう」

「それは、そうだけど……」


 ツガーもハピネも、その言葉には全面的に同意しているようだった。

 そりゃそうだ、あんないい人があんな悪い人と結婚するなんて、昔からトオンを知っている人なら想像できない。

 率直に言って、嫌だろう。


「ドンジラだけではなく多くの国から兄上は求婚されていた。そして、これだけの馬車が列をなして私と兄が外国で結婚することを宣伝している。おそらく、多くの国の女性がマジャンへ向かっているだろう」


 ……ツガーが凄い嫌そうな顔をしている。

 確かに押しが弱い彼女としては、そんな状況は絶対に嫌だろう。

 トオンが『卑屈な女性を愛でる器量はない』と言っていたけど、それは相互で正しい認識の様だ。

 ドゥーウェぐらいふてぶてしくて、面の皮が厚くないと結婚の前段階で破たんすること間違いなし。


「そして、誰もが己の価値観でドゥーウェを見る。あの兄上を口説き落とした女はどんな奴なのか、とな。全員間違いなく納得せずに、ドゥーウェに挑むだろう」

「……いいの?」

「いいわけがないだろう。兄上には王位継承権こそないが、マジャン王の子だぞ。遠路はるばる、これだけの宝物を抱えてやってきた相手を父上が無下にする理由がない。父上が決めたことに、なぜ文句を言える。そんな女たちの行動に、正当性などどこにもない」


 理屈で言えば、スナエとトオンの父親は結婚を許してくれる。

 こっちが礼儀を尽くしているので、反故にできないのだ。


「余り考えたくないが、父上が死んで他の兄妹が即位していた場合はもっと簡単だ。はっきり言って、新しい王から見れば私も兄も邪魔だからな。遠い国に嫁ぐなら周辺の国とのバランスも考えなくていいし、下手に第一夫人の子である私達を引き留めて面倒なことになっても仕方がない」

「……それでも、争いになると?」

「当たり前だ、雄の奪い合いだぞ。土地の奪い合い、食料の奪い合いに匹敵する理由だ」


 凄い説得力だ……!

 まあ元々、そうなるとは思っていたけども!


「とにかく、男は納得しても女は納得しない。これはランにも言えることだ」


 ようやく、ランの事に話が及んだ。

 なんで寄り道したんだろう。


「私とランは、主従の契約をしている。つまり、ランとその取り巻きは私の部下だ」

「いつの間にそんなことを……」

「異国の地で骨を埋めることもあり得るのだ、自分の手の者が欲しいと思っても当然だろう。それに……私もサンスイ同様に、あの危険な凶憑きを生かす判断をしてしまった身だ。それなりに責任感は感じている」


 スイボクさんはともかく、山水はランを殺すべきだと公言していた。

 山水はランの危険性をよくわかっていなかったから最初は気絶させるだけにしたけど、危険性を理解してからは殺しておけばよかったと後悔していた。

 その後、ランとスナエは戦った。そして、スナエは勝ったが殺さなかった。

 スナエはランの、狂戦士の怖さを知っているのに生かしていた。


「一つはっきり言っておくが、別にランはお前に夢中で恋焦がれているというわけではない。ただ、初めて親身に付き合っている男が、他の女にとられることが気に入らないだけだ」

「そんな理由で結婚するの?!」

「それが嫌なら殺せ」


 とんでもなく、極端な意見だった。

 いいのだろうか、そんな極端で。

 結婚するか殺すか、責任を取るにももうちょっと中間地点が欲しいところである。


「お前は色々と麻痺しているぞ。確かにランは昔に比べればとても落ち着いている。少なくとも、何の理由もなく暴れ出して周囲へ迷惑をかける、ということはないだろう」

「そうだよ。最近は髪を燃え立たせたって、冷静に行動できてるぞ」

「馬鹿か、理由があれば簡単に昔に戻るという事だろうが」


 言われてみれば確かに……。


「いいか、ハピネを見ればわかるだろうが、女というものは些細なことで怒るものだ。ランも似たようなものだ、不機嫌になることもあるし癇癪を起すこともあるだろう。ただ、ランの場合普通の人間よりも癇癪を起した場合の問題が大きい。いいや、大きすぎるのだ。その上で極端に起こしやすいともいえる」


 確かに、ランは昔よりも強くなっている。

 俺はもっと強くなっているけど、俺や山水、あとスイボクさん以外では絶対に抑えられない。

 元々狂戦士は凶憑き以外では抑えることができなかった。ランの場合、そこからさらに強くなっている。精神的に不安定になっていた場合脆さは出るけど、それでも悲惨なことになるだろう。


「私の場合は、当たり散らしたりしない。お前が怪我を自力で治せることも含めて、致命傷にならないように抑えた。だが、凶憑きに戻ったランがイライラした気分を誰かにぶつければ……山水の恐れたことになるだろう」

「それは、彼女の身元を保証しているバトラブとしても不味いわね……」

「特に、こうして内内の話をするときにランを除外するのはまずい。本人もわからないような鬱憤をため込みかねないからな」


 そうか……女性がどうとか以前に、ランは狂戦士だったんだ。

 その彼女を生かす、という決断をした時点でもうちょっと考えるべきだった。

 最近はずっと落ち着いてたからなあ。


「とはいえ、別にキスをしろとか閨に誘えと言っているわけでもないからな。というか、それは逆に駄目だ。ただ、私達三人とあのランの間に線を引かないようにしたほうがいい。というか、ランが暴れ出したら抑えられるのはお前とサンスイだけなんだから、目を放さない方がいいに決まっている」

「そ、それはそうか……」

「もちろん、ランが他の男性を見つけて懸想するのなら、それはそれで対応が必要だがな。とにかく危険だということを理解しろ。そうでもないと……凶憑きを父上の前には出せない」


 良くない慣れだった、俺はランが危険人物であることを忘れていた。


「スイボクさんが国を滅ぼしたとか氷漬けにしたとか街を潰したとか、そんな話を聞いていたので麻痺していましたね……」


 ツガーの言葉が重い。

 そうだった、俺を含めた切り札とかフウケイとかスイボクさんとかスイボクさんとかスイボクさんを前にすると、ランなんて珍しいだけだと思っていたけど、実際にはとんでもなく強いからなあ。


「私の兄や父も言っていました。制御できるかできないかだけが、人間にとって利益と不利益を隔てる一線だと。私も彼女のことを呪術で縛っている身です、できる範囲で歩み寄ろうと思います」

「そうしてやれ、ツガー。確かにサンスイやスイボクは己を完全に御しているし、それを真似するべきだとも思っている。しかし……まさか五百年も四千年も修行するわけにはいかないだろう。そもそも悪血を宿すランが、完全に自制できる日が来るかも定かではない。修行を諦めろとは言わないが、修行が完成するまでどうするかを考える。それも大事だぞ」


 考えてみると、山水が殺すべきだって言ってたのはこういう事でもあるのかもしれない。

 というか、山水自身がスイボクさんから引き継いだものの中で一番大事なのは『自制心』だった。本人が凄い嘆いていたし。

 俺だって戦闘中もそうでない時も、自制しきれていないことが多い。人間社会の中で自制するのは本当に難しいのだ。

 ただでさえ人間は過ちを犯すのに、狂戦士は更に輪をかけて犯しやすい。

 その上、近衛兵の総力をひねり殺すほどに彼女は強い。


 改めて、人一人を保証することの大変さと、リスクというものを俺は感じていた。

 逆に言って、俺は随分とバトラブに気を使ってもらっている。その気遣いに応えるためにも、今回の婚儀はきっちりとこなさねばなるまい。


「ちなみにだ、ハピネ。こういうのを内助の功というらしいぞ」

「な、なんですって!」

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