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整理

アルカナ王国の切り札

王家の切り札    風姿右京(風刺画 宗教画) 『異邦の独裁官』『皇帝』

ソペードの切り札  白黒山水(山水画)     『童顔の剣聖』『雷切』

バトラブの切り札  瑞祭我(水彩画)

カプトの切り札   興部正蔵(胸像 肖像画)  『傷だらけの愚者』『天罰』

ディスイヤの切り札 浮世春 (浮世絵 春画)  『考える男』『百貨』


ちなみに、浮世春の『百貨』は百貨店の百貨で合ってます。

 もうすぐマジャンに到着する、というタイミングで俺はようやくツガー、ハピネ、スナエと話をすることになった。一応、エッケザックスも一緒である。

 揺れる馬車の中で、意外にもみんな落ち着いていた。特にスナエは、これから何を話しても動じない構えを見せている。この話題の結論で一番左右される彼女が、そうしているので他の二人もやや安堵しているようだった。


「遅くなったけど……俺はバトラブの切り札、瑞祭我だ。アルカナ王国に……骨を埋める覚悟だ。今までがそうだったように、アルカナ王国の為に自分を鍛えて、アルカナ王国の為に戦い、その結果どうなっても恨むことはない」


 その言葉を聞いて、ハピネはとても安堵してくれた。

 そう、俺はもっと早くこういうべきだったのだ。色々と遅いにもほどがある。


「だから、俺はマジャンに行く理由はあるけども、マジャンで人生を終えるつもりはない。それをスナエが許せない、というのなら別れることもやむを得ないし、ツガーに頼んで呪術で王気や神降ろしについて誓約を設けてもいい」


 それが償いになるかはともかく、王家の技を教えてもらった身としては、それを制限するしかなかった。

 ツガーは嫌がるだろうけど、すっぱり切らせてもらう。


「でも、スナエがそれでもいい、アルカナに来てくれる、というのなら俺はその為に頑張る。スナエのお父さんに頭を下げたり、戦うことになったり、負けることになっても、それを受け入れるよ」

「くだらないな、サイガ。お前の誓いは、とても安い」


 意外にも、スナエはとても穏やかで冷静だった。

 もちろん、マジャンに骨を埋めてもらうのが彼女としても一番うれしかったんだろう。

 だから残念そうではあるけども、仕方なさそうでもあった。


「言いたくはないが、今のお前が王気を封じ神降ろしを使わないことに、どれだけ意味がある? 今のお前は悪血を使いこなしている。はっきり言って、それだけでも補えてしまうだろう」

「……ああ、そうだと思う」

「では意味がない。確かに王家の秘儀は守られるが、それではお前が私に対して返礼とするには不足だ。違うか?」

「……うん」

「それでは、私にとって重要なことを問う。お前……何故アルカナを、バトラブを選んだ?」


 とても真剣な質問だった。

 選ばなかった理由を、しっかりと俺は答えないといけない。

 それが、仮にもスナエとハピネの祖国を秤にかけて、片方を選んだ俺の義務だった。


「先に言っておく。俺は別に、スナエとハピネを秤にかけて、ハピネの方が魅力的だと思ったわけじゃない。こんな言い方はどうかと思うけど、二人とも好きだから」


 自分でも、物凄くどうかと思う発言だった。

 この言葉を言っている時点で、とっくに俺はイケメンじゃない。

 というか、こういう状況になった時点で、俺はイケメンじゃないのだろう。

 山水が言うように、こうなったのは全部俺の優柔不断さのせいだ。

 俺が『先にハピネと婚約したから、君とは応じられない』とはっきりしておけば、こんなことにはならなかったのだ。

 曖昧でいい加減にしていたから、こんなことになったのだ。


「ただ俺は……もっと強くなりたい。そのために、俺はアルカナ王国で暮したい。それに、バトラブには、ハピネのお父さんにはとってもお世話になった。それをスナエが理由だからって、裏切れない。俺がアルカナ王国を選んだのは、そういう理由だ」


 下手をしたら、ハピネにもぶん殴られるかもしれない。

少なくとも、俺が女でハピネやスナエの立場だったら、そう言われたら凄い怒る。

 ハピネが好きだからアルカナ王国、スナエが好きだからマジャン王国、というわけじゃない。

 単に条件がいいから、という不純な理由で結果的にハピネを選んだのだから。


 でも、アルカナ王国とマジャン王国を秤にかけたのであって、二人をはかりにかけたわけじゃない。

 二人とも好きだし、優劣なんて付けられなかった。

 例え殴られて蹴られて、結果的に双方から手を切られることになっても、俺は本当のことを言わないといけないと思っていた。


「その上で、スナエ。俺はちゃんと君に謝らないといけない。俺は、君が遠い国の王女様だって知っていても、君の国の事も王家の秘技のことも重く考えなかった。俺は、君のことを新しい魔法を教えてくれる人、としか思わなかったんだ」


 最低な言葉だった。

 偽らざる本音であり、悪気はなかったとしても、最低な言葉だった。

 つまり俺は、最低な男だった。


「君が俺に対してどう思っていたのか、ツガーやハピネが俺に対してどう思っていたのかわからないけど、俺は君から魔法を習う事、君と一緒に過ごすことに対して深く考えなかったんだ」

「そうか……」

「ごめん」


 俺は、馬車の椅子に座ったまま頭を下げた。

 すると、正面に座っているスナエは、俺の髪を掴んで頭を上げさせた。


「ふんっ!」


 平手打ち、じゃなかった。

 王気によって伸びた爪が、俺の頬をごっそり抉っていた。

 血しぶきが上がって、馬車に散乱する。


 エッケザックスはそれを眺めていた。そりゃあそうだ、エッケザックスにとっても動くことじゃない。

 ハピネとツガーは顔を青くしているが、何もできなかった。そりゃあそうだ、二人に戦闘能力はないし、スナエは極めて戦闘的な希少魔法の使い手。

 確かに俺やラン、山水ほどじゃないとしても、普通の女子よりは格段に強い。


「スナエ……」

「まだだ」


 猫科動物の目になりながら、スナエは俺の肩にかみついた。

 皮膚に噛み痕が残るとかじゃなくて、肉を突き破って骨を折っていた。


「つぅうううう!」

「情けない、これぐらい我慢しろ」


 王気を収めたスナエは、口元と指の血を拭いながら椅子に座った。


「だ、だ、だ、大丈夫ですか?! サイガ様?!」

「ああ、大丈夫だよ、ツガー……これぐらい自分で治せる」


 悪血を活性化させて、髪を白く染める。

 流石に狂戦士であるランのように、体の肉や皮をごっそりと持っていかれてもあっさり治せるわけじゃないけど、まず痛みは収まるし止血も早い。それに、聖力で法術を使えばあっさり傷もふさげるのだ。

 ただ、流石にキレイに、とはいかなかった。骨はきちんとつながったけども、皮には噛み痕と爪痕が残っている。


「これぐらいで勘弁してやろう」

「や、やり過ぎよ! サイガに傷が残っているじゃない!」

「ふん、どうしても消したければスイボクにでも頼め」


 俺じゃなかったら殺人事件だった。痴情のもつれからの殺人事件だった。

 まあ、二股とか三股とかしてた男には、ふさわしい怪我だろう。


「……私も女であり王女だ。いつまでも他所の国の厄介になるのは好ましくないし、できれば祖国のためにサイガを連れて帰りたかった。サイガにはそれだけの価値があるとは思っていたし、そのつもりがあるからこそ私はサイガに神降ろしを教えたのだ」


 と、とても当然のことを言っていた。

 そりゃそうだ、スナエにとってはそれが最良で、俺はそれを選ばなかったんだから。

 だから、こうされても仕方がない。


「しかし、それが叶わなくても別にいいとは思っていた。バトラブの婿になったサイガの元で暮らすことも、まあそこまで不満ではなかった。その程度には私もお前を気に入っているし、他の女に関しても不快ではなかったからな」


 俺の顔をひっかいて、肩にかみついた。それで清算は済んだ、という喋り方だった。


「私はお前と戦って負けて、お前を認めた。しかし、それはあくまでもお前の強さと希少さを認めたからだ。別にその時点でお前にほれ込んだわけじゃない」


 言われてみれば、当たり前のことを言っていた。


「兄上を、トオン兄上を知っている私にしてみれば、お前のごとき平平凡凡の(ツラ)にほれ込むところなどない。単に強くて珍しいから、私はお前と結婚してやってもいいと思ったのだ。蛮地の貴族から奪うなど簡単だとも思っていたしな」

「私の事、そう思ってたの?!」

「当たり前だ、お前も似たようなものだろう。そもそも、私が王家の生まれであることを信じていたのかも怪しかったしな」

「それは、そうだけども……」


 そりゃそうだ、俺だってそんなに真剣には考えていなかった。

 だって、ハピネには大きいお屋敷も沢山の使用人もいたけど、スナエには神降ろしという希少魔法しかなかったもんな。

 それで、神降ろしは王の技だ、王家の証明だ、と言われても信じるかは微妙だった。

 そもそも、国って言っても大きい国とか小さい国とかあるし。


「ただ……それはあくまでもきっかけだ。サイガ、お前がもしも情けないところを見せていれば、王である父上に挨拶をさせようなどとは思わん。さっさとお前を見限っていた。私の目が曇っていたと判断して、寝首をとっていた」


 それは、スナエがやろうと思えばいつでもできることだった。

 その辺りの奇襲は、山水なら対応できても俺じゃあ対応できない。

 予知ができると言っても、寝てたら対処できないしな。


「兄上と違って、お前は百点満点の男ではない。希少ではあるが万能から程遠く、今となっては最強とは思えない。しかし、お前は腐らずにやってきた。まともに勝ったことがなかったとしても、お前は負けることを嫌がらず戦うことを恐れなかった」


 言われてみれば、俺ってちゃんとした敵にちゃんと勝ったことがないような気がしてきた。

 いいんだろうか、これで。


「もちろん、気持ちよく勝ってほしいとは思っている。しかし、しかし、しかしだ。サンスイ、フウケイ、スイボク。いずれもこの星でも屈指の強者であり、お前の格上だった。勝ち目がないからと言って尻尾を見せて逃げ出すような真似を、お前はしなかった。自分より弱い相手と戦い勝つ事よりも、自分よりも強大な相手に挑み命を拾うことの方が、私は価値があると思う」


 勝ってほしかった、と本音を言う。

 しかし、逃げなかったことと生き残ったことを、負けた後でも鍛え続けたことを、スナエは評価してくれた。

 口元が血まみれだけど


「お前は私に勝った、それは結果でありきっかけだ。それ以降、お前の『行動』は私の期待に沿うものだった。今この場で下した判断も、それから離れたものではない。だから私もそれに従おう」

「じゃあなんでひっかいて噛んだのよ!」

「腹が立ったからだ! 分かってはいたが、もうちょっと言い方というものがあるだろうが!」


 これで、とりあえずスナエは許してくれたという事だろうか。

 もう痛くないけど、鏡を見たら顔とか酷いことになってそうである。


「あの……本当に大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ、ツガー」


 まあ確かに、自分でもここまで来ないとこういう話をしなかったことを考えると、相当間抜けである。

 これだけ長々旅をして、これだけ延々と続く馬車に宝を乗せて、さあご両親に挨拶だってなって、それで今更こんな話されたら怒るだろう。

 いい加減でも曖昧でも許されない。それはもっと前の段階でそうだったはずだ。


「とにかく、ちゃんと意見をしてくれたのは嬉しいが、もうちょっと早くしてほしかった。私だって、どうせなら国でお前と過ごしたいと思っていたからな……まあこれはこれでいい結論だが」

「なんでよ。アンタよく私に『所詮貴族だ、私が国に帰れば王族だぞ』とか言ってたじゃない」

「私の国には、サンスイやスイボクはいない。仮に我が国にサイガが定住すれば、己を鍛えることがなくなってしまうかもしれない。そうなれば、サイガが腐ってしまうかもしれないからな」


 その言葉は、俺にとっては痛い言葉だった。

 確かに、俺はスイボクさんや山水と違って、森にこもってひたすら修行できるほど勤勉じゃない。

 そう、俺は強くなりたい。というよりも、強くなりたいというモチベーションを維持したい。

 充実していることもそうだけど、熱中するものがあって欲しいし、競う相手だって欲しい。


「はっきり言って、既にサイガはわが国では並ぶ者が無いだろう。よって、やりようによっては王になれるし、周辺の国も統一できるかもしれない。しかし、それ止まりだ。多分サイガに王としての器量はないし、サイガが統一した国家を支えられる者もいない。私もウキョウを見たからな、流石に学習している。サイガがアレになるとは、とてもじゃないが考えられない」


 そうだろう、俺もそう思う。

 右京は確かに『皇帝』だった。役職としてではなく、名称でもなく、確かに一国の長として国家の全権を背負っていた。


「判断力、決断力、行動力。周囲の人間に対して、明確に目的を示し迷わせない立ち振る舞い。誰が敵で誰が味方なのか、誰と戦い誰と手を組むのか。何が善で何が悪なのか、国家という大多数に向けて確固たる己を示せるか。管理者ではなく、支配者統率者としての精神性や表現力が奴には備わっていた。サイガにそんなもんはない」

「ああ、まったくだ……本当に、人間の種類が違った」

「周囲の人間がああするべきだとかこうするべきだとか、そんな指示を受けて流される奴に王様なんて務まらない。仮に王の座に据えられても、誰かのいいなりにしかなれない。そんなサイガは見たくない」


 そう、本当は俺がそうするべきだったんだ。

『スナエ、俺と結婚してくれ!』

『結婚の許しを得るためにマジャンへ行こう!』

『そのためには礼儀として何をどうすればいいのか教えてくれ!』

『よし、じゃあそれをそろえて、予定を立てよう!』

 とか言うべきだった。

 実際には、何もかもが流されるままだった。トオンがドゥーウェと結婚するから、そのついででここに来ただけなんだ。

そんな奴に、王位が務まるわけがない。


「だから、私はそれでもいいと思っている。それに、私にもある程度選択の余地を残してくれたからな。ただ、もう少し早く決めて欲しかった。正直不安だったんだぞ」

「うん、ごめん」

「ちょっと、私とも結婚の約束してよ! この場でも、ちゃんと!」


 ハピネが怒っていた、そりゃあ怒るだろう。


「ああ、うん。もちろん、ハピネとはちゃんと結婚するし、バトラブも継ぐよ。ツガーともちゃんと結婚する」

「なんか、もっとちゃんとして欲しい! さっきみたいに重い言葉で!」

「そ、それなら後でにしましょうよハピネ様! 落ち着いて下さい!」


 ツガーがなだめてくれるけど、中々落ち着かなかった。

 そりゃそうだ、完全についで扱いだったもんな。

 でも、今この場でプロポーズしたら、完全についでになってしまうと思う。


「まあ落ち着け第二夫人」

「誰が第二よ! 私が正室、私が第一なんだから!」

「その辺りは再度話し合おう。私の父も、その辺りにはメンツが絡むからな」


 一国の王女であることに変わりはない、とスタンスを示すスナエ。

 そう言われると中々切り返せないのがハピネだった。確かにその通りであるし。


「とにかく、お前が私を嫁にして、大貴族として国家の五分の一を治めるというのならそれはそれでアリだ。少なくとも、マジャン王の娘の一人としては文句はない。身分不相応とはならないだろう。バトラブの当主殿も気を利かせてくれた、これだけ宝物を準備すれば聞いたことがない国であっても納得してくれるはずだ」


 貴方の娘さんをください、という誠意が宝物である。確かに半分はトオンの物だけど、少なくとも貧乏人でもないしケチでもないと伝わるだろう。

 まったく、ソペードとバトラブには頭が上がらない。


「ただ、今後重要なことがあれば、もっと早く決めて欲しい。同じ結論しか出せないとしても、早い方がいいこともある。例え静観を決め込むとしても準備ができるはずだ」

「……うん、俺は遅すぎた。ギリギリだった」

「その上で、一つ頼みがある。この場の全員に関わることだ」


 なんだろうか、大抵の事は飲むつもりだが。

 この場の全員となると、ハピネやツガーにも関わるのだろうか?


「お前の嫁の席に、ランも入れてくれ」

スイボク(水墨画)

フウケイ(風景画)

カチョウ(花鳥画)

ゼン(禅画)

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