自虐
一晩泊まった後でドンジラの王宮を出てマジャンへ向かう道中、祭我は俺と話がしたいということで、二人っきりで馬車に乗り込んだ。
とても露骨に困った顔をしている、悩んでいる彼の懇願に俺が応じない理由もなく、俺と祭我は同じ馬車の中で揺られながら話をしていた。
「俺は今まで、お前の主であるドゥーウェの事を何一つ褒めるところがない悪女だと思ってたんだよ」
「お前何様だ」
「いや、そう思ってたんだけどさ。実際にはほら……トオンと結婚する度胸があるだけでも大したもんだなって……」
「それは確かにな」
今までは、遠い外国の王子様扱いだった。
確かに顔もいいし性格もいい。周りの女性達も大いに騒いでいた。
しかし、故郷付近に戻ると訳が違う。隣国の王子、というだけでも国をひっくり返したかのような大騒ぎだった。
ドンジラの王族の中には、本気で慕って恋焦がれていた女性も多かった。改めて、とんでもない競争率である。
「だって俺が女だったらさ、絶対トオンと結婚しない。少なくとも、この国に入ったら凄い不安だと思う。そんなのトオンだって嫌だろう。俺だって嫌だ」
「まあ俺もお前もその周辺も、そんなに熱狂的に求められることはなかったしな。正直、男としては格が違うよ」
「全然不自然じゃないしな、こんなに人気があることも。これがイケメンとハーレム主人公の違いなのか……」
ため息をつく祭我。もしも自分だったら、と思うと胃が痛くなるのだろう。
「ちらっとさ、トオンを遠くから見つめる綺麗な女の人が何人も見えたんだよ。お前も気配で感じただろう?」
「ああ、本気で悲しんでたな」
「俺は、無理だって。あんなにキレイな人を泣かせるなんて、無理」
「無責任だな、でも気持ちはわかるよ」
あんなキレイな人を、自分のせいで泣かせたくない、嫌われたくない、という考えは理解できる。
その一方で、自分がそんなに大多数から想われるわけがないとも思っている。
「俺だったらさ……そのまま周囲に迷惑かけることも承知で、キスとかしちゃうよ」
「お前だったらそうかもな」
「そういうお前ならどうするんだよ」
「知らぬ存ぜぬ、だ。俺はお前と立場も違うし、そもそも欲求も大分枯れている。お前の言葉に共感はできるが、我が境地は不惑。感情と行動、判断は切り離してる」
大体、そんなに情動があるんなら、俺はブロワやレインにやきもきされてないしな。
「ずるい……」
「俺にしてみれば、一年かそこらで千五百年前の師匠を越えたお前の方がずっと狡い。だいたいまあ、そんなこと言い出したらキリないだろ」
「……まあそうだけど」
「とにかく、お前自分でも自覚しているだろうが、ハーレム主人公はいい加減卒業しろよ。正直、お前のどこが男性として魅力的なのか、俺には全くわかんないぞ」
惚れた弱みとか痘痕もえくぼとか、色々色恋の不思議さを語る言葉ってもんはある。
しかし、コイツの場合は本当にハーレム主人公のままだった。その辺りは改善しないとまずいだろう。
正直俺は、コイツのどこが良くて周囲の女が惚れているのか、まったくわからない。正に悪い意味でのハーレム主人公だった。
「俺TUEEは卒業できたんだから、そっちも卒業しろよ」
「まあ、そうだけど……いざ見ると、どうにもな……」
「あのさ、お前に正直に聞くけど、外国のお姫様から王家の秘伝を習うことに関して何か考えたか?」
「正直、全然だった」
「お前お嬢様のこと全然言えないじゃねえか。馬鹿そのものだぞ」
トオンも言っていたが、スナエは大分軽挙だった。
かなり下の候補のようだが王位継承権がある女が、勝手に婚約をしたあげく王家の秘伝を教えてしまったのだから。
しかし、それを受け取った祭我は能天気どころの騒ぎではない。今になって王家との婚姻の大変さを分かっているようだが、この男は何も自己解決していないのだ。
この宝物だって、全部バトラブのご当主が用意してくれたもんである。王家に王位継承権のある王女をください、というのはこれぐらいの対価が必要なのに、それを別の女の親に払わせているのだ。
すさまじい馬鹿さ加減である、まさにハーレム主人公だった。
「お前さ、悪気がなければ何をしてもいいと勘違いしてるんじゃないか?」
「……」
「ブロワのお父さんが言ってたけどな……お前には骨を埋める覚悟がない」
「……」
「お前さ、スナエのお父さんに『この国で骨を埋めろ』って言われたらどうするつもりだったんだ? っていうか、今はどうなんだよ」
「俺は、バトラブの切り札だ。スナエの想いはともかく、アルカナに残る」
「じゃあそれをスナエに言ってやれ。俺を相手に言ってどうする」
つくづく、ブロワのお父さんの金言が光る。
骨を埋める覚悟がない、改めていい言葉であった。
ヒータお兄さんも不安なところがあったが、コイツにも言わねばならないだろう。というか祭我にも説教をして欲しいところだった。
コイツは一度、人生における守りの重要性に気付いてほしいところである。
「っていうかお前は、先にハピネと出会ったんだろう? 自称とは言え外国のお姫様と結婚の約束っぽいことをして、バトラブに嫌われるとか思わなかったのか?」
「……うん」
「お前ドミノ帝国の亡命貴族よりバカだぞ」
「うん……」
「少なくとも俺は、レインが気に入っている男が、他所の国の王女を俺の家に連れ込んだら怒ると思うぞ」
「そうだな……」
ちなみに、俺の中では『ドミノ帝国の亡命貴族よりバカ』という発言は、最上級の軽蔑を表している。
初めて見た時、感動的なほどの無様さを披露してくれたし、それ以降も完璧なほどにその期待を裏切らなかったからな。
コイツの発言は、完全にそれ以下である。
「お前自分に異名とか二つ名とかがないことを気にしてたけど、このままだと『無責任』とか『身勝手』とか『無思慮』とかになるぞ」
「そ、それは嫌だ!」
「そこはそんなに嫌なのか?!」
「だって、山水は『童顔の剣聖』とか『雷切』だし、正蔵は『傷だらけの愚者』とか『天罰』だし、右京は『異邦の独裁官』とか『皇帝』だし! 浮世春っていうディスイヤの切り札も『考える男』とか『百貨』とか『惨劇職人』とか『退屈そうな死神』とか『歩 く 地 獄』とか『汚し屋』とか『誘蛾灯』とか『百殺円盤』とか『苦痛演出家』とか『アルカナ王国最後の切り札』とか『ディスイヤの守護神』とか『ディスイヤの疫病神』とかカッコいい呼び名があるのに、俺だけ『無責任』とか『亡命貴族よりバカ』とか『ハーレム主人公』とか嫌だ!」
「……とりあえず、疫病神にはなれるかもな」
そんなことで必死なってどうする。
というか、ディスイヤの切り札について詳しいな、おい。
「っていうか、そんなに羨ましいか? 俺なんて最近はもっぱら『晒し首』だぞ? 娘からも『友達を晒し首にしないで』とか言われてるんだぞ?」
「それはそれでいいじゃん! 俺だけなんか地味!」
「だからハーレム主人公とか無責任とか中二病とか、そういう個性があるだろう」
「それ個性かな?! 俺はそれを個性だって受け入れていいのかな?! 他の個性ないのかな?!」
駄目だ……人間的に成長していない。
いいや、一応自分の問題点を見つめている。このままじゃダメだ、と思っているだけマシなのだろう。
少なくとも、改善したいとは思っているようだ。さっきも『アルカナ王国に帰る』とはっきり言ってたしな。今一番大事な答えは、もう出しているのだ。
「『典型』とか、どうだろうか。お前はそれにふさわしいと思う」
「それ、個性か?」
「『鋳型』とか……『金太郎飴』とか……『万能』とか」
「だからそれ個性じゃないだろ、お前の中の中学二年生は何処に行ったんだよ!?」
「五百年以上生きてると、どうにも……」
自給自足でDIYな生活を五百年行ってきた仙人に、そんなことを期待されても困る。
「というか、当人を見た後だと『傷だらけの愚者』も大概だと思うけどな。アレ、特徴をとらえているけど大分直球だぞ?」
「……そうだけど」
アレって、魔法の練習で失敗して死にかけたから傷だらけ、ってだけだし。ただ凄い馬鹿ってだけだし。
少なくとも、最初はそうだったんだろうな、とは思ってしまう。
「今はそんなことよりも、スナエとちゃんと話し合った方がいいんじゃないか? お前が気にするべきは、トオンじゃなくてスナエだろう」
「……そうだな、その通りだ。大分遅くなったけど、ちゃんと話し合って結論を出すよ」
というか、尻に火が付く今の今まで、まったく話をしていなかったことが問題だった。
祭我は俺と違って責任ある立場なのに、受け身すぎる。右京のような自分で目標を決めて手段を模索し計画を立てる、ということが一切ない。
そっちの方が、個人の武勇よりもずっと必要だと思うのだが。
「ハーレム主人公って言われるのが嫌なら、男から見ても尊敬されるような行動ができるようになれ。嫌なことから逃げて面倒事を後に回して、都合よく誰かが解決してくれることを期待するな。殴って解決できないことだってあるんだぞ」
「……うん」
「優柔不断でケンカだけ強い、なんて思われても嫌だろう?」
「うん」
「最初は嫌われていたけど、なんか都合よくイベントが起って、結局武力で問題を解決して、結果的に認められて許されるとか、そういう展開もどうかと思うだろう?」
「そうだな……そうだよな。そういう主人公の事を、俺も昔は馬鹿にしてたんだよな」
俺も祭我も、ため息をつく。
「でも、なんかこのままだとそうなりそうだよな」
「絶対にそうなるな」
王様が病に伏せっているという突発的なイベントとか、王位継承権があるスナエが外国に嫁ぐという政治的なイベントとか、そういう問題ではない。
「「トオンがアルカナに骨を埋めると言って、ただで済むわけがない」」
あんなパーフェクトプリンスが、あのお嬢様と結婚してアルカナで暮す。
トオンのお母さんがどんな人だったとしても、お母さんが何もしなかったとしても、絶対にろくなことにならない。
あの悪女に騙された王子様を、正気に戻して見せる! とか思っても不思議ではない。というか、大多数がそう思うに違いない。
「知りたくないけど、予知するまでもない」
「感じたくないが、気配察知するまでもない」
下手したら戦争になるというか、よっぽどうまくやらないと戦争になる。