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盲点

 元の場所に戻った森の最深部で、スイボクは己の流れを汲む者たちへ宝貝を制作していた。

自己強化する豪身帯、瞬身帯。飛行を可能とする風火輪。羽のように軽く鉄のように固い石の服、大聖翁。

 それらを仙人ならぬ弟子たちにせっせと作っていた。


「それにしても、本当についてくるとは思わなんだぞ」

「いいえ、これも学業ですから!」


 学園に在籍している教員は、スイボクの行動を逐一観察しながら記録していた。

 スイボクにしてみれば素人の工作なのだが、そもそも仙人の存在が知られていないこの周辺では貴重どころではない価値がある。


「それにしても、貴方と行動を共にしていたエッケザックスは、余り無属性魔法などに関して知識がありませんでしたが……」

「であろうな、エッケザックスは儂よりも長く生きておるが、仙人と違って知覚能力が優れているわけではない。加えて、戦闘に長じすぎて理屈を考えん。儂は儂で、その辺りの事を意見交換したわけでもないしのう」


 あんまり頻繁に意見交換をしたわけではない、というエッケザックスに辛い回答が返ってきた。やや残酷に思いながらも、やはり教員はそのことも記録する。

 後世の人間がどう思うかは別として、大事なことはきっちりと記録することなのだ。


「サンスイには、あえて座学は教えなかった。もちろん、儂ほど向学心があったわけではないが、それでもあえて教える術は制限した」

「……何故ですか?」

「儂にとって、過去とは常に恥ずべきものであった。カチョウ師匠の元でフウケイと共に修行した時代は、人間であったことを忘れようとした。エッケザックスを得てからは、それ以前に作った宝貝のことを忘れようとした。森にこもってからは、エッケザックスに頼っていた己の戦績を忘れようとした。そういう意味では、儂は常に過去を捨ててきた情けない男じゃな」


 それは、人間である教員にもわかることだった。

 人間は誰でも過ちをするし、それを若かったとか幼かったとか、馬鹿だったとか阿呆だったとか、過去を卑下することで今の自分は違うのだと思おうとする。

 過去がなければ、今がないというのに。


「そのツケが、いよいよ回ってきたのがここ最近である。儂は、あの時フウケイに討たれるべきであった。武の高みに達したと思い上がって弟子を取り、その弟子に更なる弟子を取ることまで許したが……その高みに達したことが友の心を、更に打ちのめした」


 結局、スイボクの人生でスイボク個人の強さが誰かの役に立つことはなかった。

 強さ以外の物が、人にとって意味を持った。指導力や錬丹法による癒しが、あるいは宝貝の製作が人に償いとして喜ばれている。


「エッケザックスを得て以降は、宝貝を作る技術を得たことを無駄だったと思っていた。剣の極みにして仙の原点に立ち返ったときには、錬丹法など惰弱の極みと思っていた。しかし、人生は長い。今では、今までのすべてに感謝ができている。だからこそ、遠からず儂は故郷に帰らねばならない」


 人間の時間でも比較的早く、この地を去る。その覚悟を固めた男は、粗末な庵の中で多くの宝貝を作っていた。


「我が友は地脈とつながる秘術を編み出した。それ故に地動術を操る儂はその接近を悟ることができたが……おそらく、我が師や故郷の仙道の者たちも感知しているであろう」

「地の果てで起きたことを、把握できるのですか?」

「そうした術を我が友は編み出したのだ。まったく、大した境地である。おそらく、至極と言ってよい術であった」


 たいして脅威ではなかった、ただ一方的に打ちのめされるだけだった、という話を教員は聞いている。

 武人としてではなく、仙人としての評価なのだろう。それほどに、不死に至ったフウケイは研鑽を積み上げたのだ。


「その死を聞いて、我が故郷『花札』はどうなっているか……」



 アルカナより遠く、ドミノよりも遠く、マジャンの更に先に浮かぶいくつもの島。

 かつて花札と呼ばれ、今は大八州と謳われるその地には、多くの仙人とそれ以上の人間が日々の営みを送っていた。

 その中でも特に古株であると知られる仙人、カチョウは諦念と共に目を見開いていた。

 巨大な木の根元で座禅を組んでいたその『少年』は、至るべくして至った結末を感知していた。

 

「滅びたか、フウケイ」

「ええ、フウケイ様が負けた?!」


 カチョウの言葉を聞いて、その近くで正座していた青年は、自分の兄弟子が敗北したことを驚いていた。


「そんな、フウケイ様が負けるなんて信じられません! この大八州に並ぶものなし、最強の武人にして最強の槍使いと呼ばれたあの方が、負けたんですか?!」

「仕方あるまい、相手が悪すぎる。花札と呼ばれたこの地を、三千年前に叩き割ったあのスイボクが相手ではのう」

「……本当にいたんですか?! 荒ぶる神と恐れられた雷神、スイボクが?!」

「ゼンよ、スイボクはお前と同じ我が弟子である。まあ大声で喧伝することではないがな」


 ゼン、と呼ばれた青年はとても興奮していた。

 その姿を見て、ため息をつくしかなかった。

 この青年に呆れているのではない、その陽気さが羨ましかったのだ。


「凄い! そんな人と同門だったなんて!」

「お主は陽気じゃのう……フウケイももう少しお主と早くあっていれば、ああも歪み切らなかったかもしれん」


 最後の最後まで、フウケイは仙人として正しい心に至らなかった。

 その結末を、カチョウは四千年前から危惧していた。そして、そのままの結果にフウケイは達していたのだ。


「いいや、同じか。そもそもスイボクを相手に張り合おうとした時点で、フウケイはお主を見ても同じ認識をしたかもしれん」

「……すみません、カチョウ師匠。どういう意味ですか?」

「木が育つことに、意味はなくとも理由はある。地に落ちている石が如何なる形になったのか、必然などないが経緯は存在している。つまりは、フウケイがああも歪んだのは、儂の指導よりもスイボクの影響が濃かったからにほかならん」


 スイボクは生のままに育った。その近くにいてしまったフウケイは、その影に覆われ続けた。

 それが結果として、スイボクが去った後も影響を受け続けた。文字通りの影と戦い続けたのだ。


「儂は、至らぬ師であった。スイボクが可愛い余りに自由にしすぎ、フウケイを危ぶむ余りに言葉を尽くしすぎた」

「言葉を、尽くしすぎた……お説教しすぎたんですか?」

「その通りである。言葉は所詮言葉でしかなく、教えではないと知りながら……儂は二人とも育て方を誤ったのであろう」


 あの『国造り』から三千年が経過した。既にスイボクへ教えを授けた仙人の殆どが、自然の中に帰っている。

 残ったカチョウには未練があった。どうしようもなく、己の二人の弟子を見届けねばならないと思っていた。

 そして、それも終わった。余りにも哀しいことに、四千年前にスイボクがこの地を訪れた時から分かり切っていた結末に到達していた。


「言葉とは、どうとでも解釈できる。仙術を如何様にも使えるように、儂の言葉もフウケイには届かなんだ」

「どういうことですか?」

「仙人とは、五穀を断ち行を積む者である。違うか?」

「そりゃあそうですけど」

「だが五穀を食わぬわけでもないし食えぬわけでもない。五穀を食ったものを皆殺しにせよ、というわけではなかろう」

「そりゃそうですよ!」


 確かに仙人にとって食欲は修行の妨げである。しかし、未熟な内は目の前の食事を前に手が出るし、反対に行が完了している者はいくら食べても邪仙に落ちることはない。

 五穀を食うものは殺せ、というは仙人に対して無理解すぎる。


「大事なのは心、っていつも師匠もおっしゃってますよね!」

「そうじゃ……言葉で心を変えるのは容易ではない。しかし、修行という『行為』を真似させたところで、心がそのまま備わるわけでもない」


 仮に、木の前で座る修行があったとする。

 その行為をする、というだけで我慢強さや生真面目さがわかる。

 しかし、その行為によって自然と一体化する、自然を知覚するという目的が達せられるわけではない。

 ただ我慢強いだけなのか、或いは復讐という目的のために修行という行為を行っているだけなのか。

 もちろん、その差は如実に表れる。しかし、正解にたどり着けない者にはそれが分からないのだ。


「フウケイは生真面目じゃった。周囲の仙人に憧れ、敬い、真似しようとしていた。それ自体は良かったが、あの子はそれを絶対視しすぎておった。確かにスイボクは仙人らしからぬ行動をしておった。しかし、スイボクの心に邪気も悪意もない。生のままで良い子じゃった。だからこそ、我らは競うように術を教えた」

「……あの、その結果がこの始末なんじゃ」

「この始末、とは花札が壊されたことか? 気に病んでいるのは若い衆ばかりで、我ら一人前の仙人は皆が内心喜んでおったがな。なにせまあ、別にただ島が割れただけであるし」


 気にする必要はない、とカチョウを始めとして多くの仙人はフウケイを止めようとした。

 それは極めて単純に、誰も気にしていなかったからに他ならない。

 にもかかわらず、フウケイは勝手に憤慨してしまったのだ。スイボクという怪物に、大嵐に、報いを受けさせると奮起して。泣き寝入りなどごめんだ、とばかりに。


「スイボクは、型破りではあったが本質的には仙人であった。だからこそ誰もが快く術を教えた。フウケイに対して他の仙人が術を授けたのは、一種の憐れみに他ならん」

「酷い話ですね……」

「フウケイはスイボクをどうしても下に見たがった。スイボクが尋常の仙人と違いすぎるがゆえに、スイボクが正しいとか優れているとか、そうしてみることができなかった」

「優れている、と認めなければいけなかったんですか?」

「武道はどうか知らんが、仙道は競い合うものではない。まして、武力や術の習得度合いなど甚だどうでもよい。己を高めることこそが本質であり、それをフウケイは見誤った」


 仙人とは無欲に過ごすものである、己を律し俗世に関わってはならない。そうでなければ堕落してしまうからだ。

 逆説的に言えば、堕落しないのであれば己を律する必要もないし、俗世に関わっても問題ない。というよりも、一定の水準に達した仙人からすれば、その程度で堕落する時点で修行が足りないと言える。

 確かに情欲に溺れることは堕落の一因であるが、それでも関係をもったすべての仙人が堕落するわけでもない。

 そもそも仙人が、絶対的な規律を全体で共有するわけもないし、一々罰則を定めているわけでもない。

 ある意味では、自由であり自己責任。皆が暮す浮遊島を叩き壊しても笑って許されるし、追いかけて殺そうとすることも許される。仙人の寄り合いに、絶対的な戒律などない。

 しかし、フウケイが腹を立てるのも仕方がないし、スイボクが気に病むこともまた自業自得である。


 ともかく、仙人には一定の生活サイクルがあり、多くの仙人が自然とその境地に達する。

 しかし、それは絶対的な物ではない。あくまでも「大体の仙人がそう過ごしている」という程度であって「そう過ごさなければならない」とか「それ以外が許されない」とか、そんなことはないのだ。

 フウケイが、勝手に自分でそう思い込んでいただけに過ぎない。もちろん誰もが言葉を尽くしたが、彼は建前の「正しさ」から脱することができなかった。


「まあ、すべてはフウケイの選択であり、スイボクの不始末。そこに誤解も悲劇もない。なるべくしてなったことであり、なんら悪意は挟まらぬ」

「じゃあしょうがないね、ってことですか?」

「然り、しょうがないということであるな」


 まあ、しょうがない。

 その一言で、カチョウは全てを諦めていた。


「思えば、先人という見本が多すぎたのかもしれぬ。余りにも容易く多くを学べ過ぎる環境であったことが、スイボクを強大にしフウケイを固着させた。教えることと導くことは、必ずしも一致するものではない。あるいは、スイボクもそのことに気付いたのかもしれぬな」

「えっと……どういうことですか?」

「スイボクの場合、誰からも指導されねば己で勝手に強くなっていたであろう。おそらくそれは、儂らが指導した場合よりも長く時間がかかったに違いない。我らが教えたことで、スイボクもフウケイも近道をした。しかし、近道をして得られることが時間でしかないのなら、回り道をした方が良いこともある。特に、心についてはな」


 長く生きた仙人は、己の最後の弟子であろう青年に語って聞かせる。

 自分の手元で育った、二人の弟子への後悔を。


「自分なりに悩んで苦しんで考える、それ自体が意味を持つことがある。用意された正解を得ているだけでは手に入らない、心の在り方が確かにある」

「ということは、俺が師匠に術をそんなに教えてもらっていないのは、そういう反省からですか?!」

「いいや、お主に才能がないだけじゃな。第一、弟子になってからまだ百年ぐらいしかたってないし」

「そ、そんな」


 まあ、すべては過ぎ去ったことでしかない。

 これで見届けるものは大分見届けたのだ。


「ほどなくして、スイボクがこの地へ訪れるであろう。その時が、儂の現世への最後の未練が断ち切られる時である。ようやく儂も、友たちの待つ世界へ旅立てるというもの」

「……あの、カチョウ師匠。俺の事は?」

「……スイボクにでも頼むか」

「師匠?! ちょっと、それはないですよ! 今俺のことを完全に忘れてましたよね?! 俺の事は未練とかないんですか?!」

「まあ、お主も放っておけば悟るじゃろうし……別に、気になるってことは……」

「大体、スイボクってあのスイボクですよね?! 兄弟子だった人の頭にションベンをかけたとか、そんな下品な人ですよね?!」

「然り」

「いや、然りじゃないですよ! 本当にそんなことしてたんですか?! 誇張とかじゃなくて?!」

「当時はまだ五百年かそこらじゃったし……仙人としては未熟じゃったし……」

「五歳児ぐらいですよ、そんなことをするのは! 嫌ですよ、そんな人の弟子になるなんて!」


 遠からず、この地に『牛を見つけた男』が帰ってくる。

 自慢の弟子を連れて、過去の醜聞が詰まった地へ帰還する。

 それが、一人の仙人の結末を意味していた。


「確かにまあ……スイボクはフウケイの頭を踏んづけるわ、岩に頭を叩きつけるわ、失神させたうえで島から突き落とすわ、針術で麻痺させてから海に沈めるわ、地面に埋めて石で囲うわ、雪玉で潰すわ。とにかくろくなことをせんかったが、きっと今頃立派な仙人になってくれている。儂はそう信じておる」

「いやですよ、そんな師匠! というかカチョウ師匠とか、他の仙人の方は止めなかったんですか?!」

「……微笑ましいと皆で笑っておった」

「そこですよ、一番反省しないといけないのは!」


 そもそも、この師匠が一番ダメなのではないだろうか。

 若き仙人であるゼンは、自分の師匠の指導能力に不安を感じずにはいられなかった。


「……なるほど、負うた子に教えられて浅瀬を渡る、とはこの事か。修行に終わりはないのう」

「……そうか、これが天然か」

次回から、マジャン王国編です。

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― 新着の感想 ―
フウケイは只々待ち、スイボクがいつか頭を下げに来るのを待っていればよかったんですね…
[一言] 仙人とか覚者を文章に起こすとこうなるのかと感心する反面で、まぁ社会的動物たる普通の人間の視点だとツッコミ所が満載ではある。
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