提案
トオンの言ったように、とりあえず休暇は許可された。
一週間でも十日でも休みはやるけど、王家直轄領地から出てはいけないし、何時でも連絡できるように旅行の計画はソペードに伝えてくれと言われた。
いやあ、仕事を休めるとは夢のようである。まあ部下とか特にいないし、仕事も必要なものではないので自由度が高いのだろう。
王家直轄領というか、そもそも王都近辺はこの国の中枢だけに観光地とかも多い。なので遠出する必要はそんなにはない。ということで、俺はこの近辺の観光名所とか劇場とかのパンフレットを集めて、ブロワやレインと一緒に何処へ行くのかを計画している。
旅行の場合、実際に行く時よりも計画を立てる方が楽しい、ということは結構あるのだ。それは俺も憶えていることなので、予定を立てることには参加している。
とはいえ、特に行きたい場所とかがないので、相槌を打ってばかりなのだが。
俺の場合、欲が湧いても色気より食い気だし、豊かな自然とか女の子が見ても面白くないものしか興味がない。強いて言えば火山に行ってみたいとは思っているが、流石に首都近辺に火山はない。
加えて、各地の名物を食べたいと思っても、食べたいものは王都というか自宅で食えるので不自由がないのだ。お嬢様ではないが、普段から最高級の暮らしをしていると、こういう時困りものである。
とはいえ、王都近辺で楽しく遊ぼう、という計画には二人とも乗り気なのでそれは嬉しかった。
「ねえサイガ、貴方は何処へ行きたいの? 私は一回バトラブに戻るのもいいと思うのよ!」
「え、うん?! でも、王都から離れるのは……」
「サイガは次期バトラブ家当主なんだし、領地を見て回るのもアリだと思うわ! それに、現役のバトラブ家切り札なんだし、バトラブ領地にいるのは当たり前じゃない!」
問題は、祭我にもそれが飛び火したということだった。
というか、いよいよトオンとお嬢様がマジャンへ挨拶しに行くことになり、必然的にスナエと祭我もご一緒することになる。
流石に何が起きるかわからない、ということもあってレインもブロワもお留守番なので、その辺りの埋め合わせもあって長めの休暇をとることも許されているのだろう。
問題は、祭我である。トオンは王位継承権がない、王気を宿さぬ血統の脱落者である。しかし、スナエには一応王位継承権があるのだ。そのスナエと結婚するとなると、下手したらマジャンに残れと言い出しかねないだろう。下手したら、というかマジャンにしてみれば当然かもしれない。トオンもこの国でスナエに再会した時は、そんなことを言っていたし。
これもハーレム主人公を気取った報いなのか、遠い異国で板挟みである。
とはいえ、もしかしたら選ばれないかもしれないハピネにしてみればたまったものではないが。
「ははは、お前の婿になる男は大変だな。とはいえ、一国の王女に手を出したのだから当然と思ってもらう他ないが」
「今のサイガなら、父上も納得してくれると信じています。エッケザックスを抜きにしても武力は申し分なく、胆力も十分かと。とはいえ、普段は少し頼りないですが」
「そこが少し不安だな。有事に役立たぬのは男子として論外だが、平時に軽く見られることも問題だぞ。サンスイ殿はあくまでも護衛であり、一剣士にすぎぬから良いとして、サイガの場合はそうもいくまい」
そう、ブロワの実家へ行く前にも思ったが、祭我は未だにハーレム主人公の枠を出ていない。ある意味普通なのだが、ここから先もそれではどうにもならないだろう。
周囲に流されるのではなく、自分で答えを探す必要が出てくるのだ。それはバトラブの婿になるとしても、変わらない真実である。
そういう成長も必要なのだ、俺と違って。
でも完全に自業自得なので、そこは自分で解決していただきたい。
「お前は、彼にどうして欲しいと思っているのだ?」
「そうですね……もちろん、マジャンに彼を置ければそれが一番です。あれだけの武勇があれば、周辺諸国をまとめ上げることも不可能に思えません」
「で、あろう。私も全面的に同意だ、エッケザックスを用いずとも王気を極めるだけで、諸国の王も平伏するだけの力を得られるに違いない」
その言葉を聞いて、エッケザックスが心底不安そうにしているので、エッケザックスを抜きにしてもとか言わないでいただきたい。
とはいえ、マジャンの価値観が王気を至上とするのであれば、武器に頼るのではなく獣の姿で戦うことを良しとするのだろう。
流石に、巨大な獣になればエッケザックスは使えないしな。
「とはいえ、それだけの実力者を早々手放す、とも思えんがな」
「バトラブはサイガに信を置いています。それだけサイガを好ましく思っているのでしょうが……野心がないことも考え物です」
「一国の王になる、という大望よりも世話になった義理を通すか。サンスイ殿もショウゾウ殿も、ウキョウ殿でさえそうだ。そういうことを美徳とする民族なのだろう。とはいえ、お前は独断で神降ろしを教えたのだ。その帳尻合わせは自分で考えろ」
「はい……」
凄いなあ、傍から聞いても反論の余地が一切ないぞ。
近くで話を聞いているお嬢様も改めて自慢げだし、非の打ちどころがない王子様だなあ。
「ねえねえ、行きたいところとか無いの?」
「そ、そうだなあ……海、なんてどうかな? 水着を見たいし」
ツガーの場合、自分が呪術を使えることを黙っていれば、特に身分がない彼女は問題ない。しかし、ハピネは本気で焦っているようだった。
それに対して、祭我もたじたじである。しかし、海か。海もいいなあ、火山と同じぐらい行ってみたい。
「海って……魚でも釣るの? それなら湖とかあるけど」
「そうか、海水浴の習慣がないのか。というか、なんで海が駄目なんだ?」
「なんでもなにも、アルカナ王国で海岸沿いは全部ディスイヤの領地じゃないの。そんなことも忘れたの?」
そうだった。この国で海岸沿い、と言ったらディスイヤだけである。王家直轄領から出られない以上、海に行けるわけもない。
「う、そうだった……ごめん」
「武術もいいわよ、バトラブだって武門の名家だもの。でも、政治とか地理の事も憶えてよね」
「それじゃあ聞くけどさ、ディスイヤには行きたくないのか? なにか理由でもあるの?」
「そりゃあ……あそこは悪所ばっかりだもの」
ものすごく言いにくそうに、ハピネは顔を赤らめながら言っていた。
確かに、年頃の女性には厳しい発言である。
「カプトが宗教、バトラブとソペードが武力。それぞれの方法でアルカナ王国を支えているけど、ディスイヤは経済が特に強いの。船乗りを相手にする娼館が沢山あったり、外国の富裕層を相手にする賭博場もあるし、主要な場所を除いて治安がとっても悪いのよ」
「経済って……そういう方向なのか」
「そりゃそうよ。もちろん漁業や海洋貿易も担当しているけど、後ろ暗い面だって沢山あるわ。その分法術使いが必要とされていて、金欠のカプトとは相互に支え合っているらしいの」
同じ国とは思えない、同じ国と思っていないような発言だった。というか、俺もサイガもドン引きである。
一応ある程度は勉強していたが、貴族のトップから直で悪評を聞くと、驚愕もひとしおだった。
そうか、そんなところにレインを連れてはいけないな。ブロワだって嫌だろう。
たぶん、お金と武力があるとしても、そこが楽しいのは結構年齢を重ねてからだな。
「言っておくけど、ディスイヤの当主を前にしたからって嫌そうな顔をしないでね。そりゃあディスイヤは評判が悪いし、実際に悪いこともたくさんしているわ。でもね、必要だから存在しているし、嫌だけど存在しなければならない物を運営しているのがディスイヤなの。昔ソペードの当主と元当主に食って掛かったことがあったけど、それをディスイヤ相手にするのは止めてよね」
「……ああ、わかってる」
「とにかく、海は駄目よ。川や湖ならバトラブにあるから、そっちにしましょう」
そうか、海は駄目か。考えてみれば、レインもまだ小さいし、止めた方がいいだろう。泳ぎはナシだな、その方向で考えよう。
「ねえパパ! 劇を観たい!」
「そうか……これ、対象年齢高くないか?」
「だって、ブロワお姉ちゃんとパパも見るんでしょう?!」
いや、でもこれ確か悲恋系の結末だったような気がする。
レイン泣かないだろうか? レインが泣いたら、ちょっと洒落にならないような気がする。
「パパ、大人の恋だよ!」
ちょっと上級者向けすぎる気がするぞ。
というか、これ見て楽しいのだろうか?
「私に足りないもの、お嬢様にある物……大人であることだと思う!」
レインと同じテンションのブロワ。
そうか、これが恋することに恋い焦がれているという奴か。
ちょっと大人ぶりたいお年頃なんだな、二人とも。
でも対象年齢が高い劇を観るのが大人の証と思うのは子供の証だぞ。
いやまあ、じゃあ具体的にどうしようという案が出るわけじゃないんだが。
「よし、じゃあ予約しようか。どうせ予定はスカスカだし」
「まて、お前『挑戦するのもいいよね、反対してもごねるし』とか思ってないか?!」
「そうだよパパ!『途中で泣いちゃってもそれはそれでいい思い出だしな』とか思ってない?!」
凄いなあ、物凄く親子として共鳴しているぞ、この二人。
まあ長い付き合いだし、俺がお嬢様にしていた振る舞いと変わらないしなあ……。
「その通りだけど……まあ考えてみよう、二人とも。素直に言うと、俺は火山とか雪山とか砂漠とか海に行きたいけど、お前達そんなところに行っても楽しくないし、そもそも周辺に無いだろう? あとは……」
そういえば、ハピネが参考になることを言っていたな。
「どこかで釣りがしたいぐらいだな。湖に大きめのボートを浮かべて、釣りをしたい。どうだろうか、それなら退屈程度で済むだろう?」
「大人だ……サンスイ、大人というかジジ臭いぞ」
「お休みの日に家族で釣り……いいような気もするけど、あんまり面白くなさそう」
ほら、意見を言ってもこれだし。
しかし、こういう時強めに言わないと、さっきみたいに『なんでちゃんと意見してくれないの! 三人で家族旅行するのに!』とか対応されかねない。
「ちょっと長めの休日だし、移動時間とかも特に気にすることでもないし、予定が合えばそうしたいんだが……」
「んもう、しょうがないなぁ……パパの趣味に付き合おうか」
「そうだな、サンスイはあんな森で過ごしてたんだしな、少しはなつかしい想いもさせてやろう」
しかたねえなあ、と俺の希望も聞いてくれた。
多分、何も言わなかったよりはマシだったと思いたい。
生憎トオンと違って、素のまま生のままで気に入られるほどイケメンではないのだ。