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 結局、師匠は俺にいくつかの技を伝授した翌朝、森を元の場所へ戻していった。

 森という不動産を、軽々しく持ち運んではいけないと戒めているのだろう。

 宝貝を製作するのに集中する意味もあるに違いない。というか、軽く見積もっても二十五世紀という長い時間の間、一切製造していなかった宝貝の造り方なんてよく覚えているもんである。

 俺だってまだまだ五世紀ぐらいしか生きていないので、想像もできない世界だった。

 というか師匠も昔は座学をしていたらしいので、俺にもするべきだったのではないだろうか。おかげで皆の前でちゃんと説明できないという状況になってしまったのだが。

 まあ言い出したらキリがないし、聞きたいことがあったら聞きに行こう。そうしよう。


 ただ、そんな師匠からいろいろ聞きたいことが山のようにある我が校の教員たちは、師匠や俺が過ごした庵へついていくということになった。

 一応、風の魔法で空を飛べる教員が何人かいるらしく、交代で話を聞くらしい。宝貝製作の邪魔はしないと言っているが、どう考えても邪魔だと思う。

 というか、俺や師匠がのんびりしすぎているだけで、ある意味普通なのかもしれないけども。


 さて、俺である。

 いい加減自分の修行をしろ、と師匠に言われては返す言葉もなかった。

 とはいえ、金丹の術によって背が伸びたことの確認をするために、宝貝を装備したトオンを相手に修行をするのも、ある意味当然だった。

 金丹の術が体を成長させているため、結果的に身体能力も大幅に向上している。

 おそらく、成長した今の体格以上に筋力がついているものと思われる。その辺りの誤差を調整しているのが俺の剣の修行なのだが、仙術の修行も地味に行っていた。

 師匠が教えようと思っただけに、そこまで難しい術ではなかった。というか、今まで俺が憶えていた術の延長線上にある術なので、その応用をすればいいだけであった。

 特に気功剣の応用と発勁の応用はとても簡単だった。ちょっとした工夫程度であり、実戦でもすぐに使えるだろう。

 もちろん縮地や内功法、外功法はとても難しいのだが、天動術地動術、集気法錬丹法に比べれば雲泥の違いがある。あれは見ても憶えられる気がしなかった。


「パパ、ブロワお姉ちゃんがとっても可愛そうだよ!」


 と、とても根源的なことを言われた。

 ブロワは家族がいい暮らしをするために、幼少の頃からお嬢様の護衛に日々を奉げていた。その苦労も、俺はよく知っている。

 しかし、そのブロワは護衛の任を解かれた。

 一応今のところは俺とトオンが二人でお供をしているが、その内改めてトオンがお嬢様の護衛を選抜する予定である。

 つまり、ブロワは暇なのだ。もう戦う理由がないし、鍛える理由もない。

 最強を志していたわけではなく、あくまでも仕事として剣や魔法を修行していたブロワ。

 その彼女が、さあ自由にしていいよ、と言われてもすることがないのだろう。


「そうだぞ……正直忘れられてたのかと思ったぞ……」


 正直、見て見ぬふりをしていた感がある俺は、申し訳ない顔をしてしまった。

 ブロワは明らかに俺へ不満を抱えた顔で、レインと一緒に俺を咎めていた。

 暇になったんだ、それは良かったね、俺は修行なんだ。という俺の在り方を女性二人に〆られても仕方がない事である。

 

「せっかくお前が欲を持ってくれたのに、食い気ばかりでもどかしいことがないし、夜は相変わらず疲れて寝てるし……」


 いかん、完全に離婚されても仕方がない案件だ。

 せっかくブロワと同じベッドで寝てるのに、俺と来たら寝てるだけである。

 これはDVとして訴えられるところだった。というか、訴えてきてるし。

 どこぞかの戦闘民族じゃないんだから、修行にかまけて家庭をおろそかにし過ぎである。これで仕事してなかったら致命的だったな。


「すまん、修行が楽しすぎて……埋め合わせをしよう! うん」

「違うぞ、サンスイ。私は一時ごまかしてほしいのではなく、きちんと向き合ってほしいのだ。具体的には、生活習慣そのものを改めて欲しい」


 そう言われるとは思っていなかった……。

 とはいえ、トオンも『特別なプレゼントより日ごろの感謝が大事』と言っていたし、その場しのぎより誠意が伝わるだろう。

 俺が今修行しているのはトオンや祭我への義理という面が強いが、それはブロワやレインをないがしろにしていい理由にはならない。

 あんまり極端になるな、という師匠の警告もあったし、ちょっと調整が必要だろう。

 今まで護衛に当てていた時間を全部修行に当てて、今まで修行にあてていた時間をそのまま修行に当てていた。それを止めよう。

 森の中では寝るか修行だったが、それは一時忘れよう。


「うん、わかった。じゃあ生活習慣は改めよう、全部二人に当てるのは無理だが家族の時間は取らないとな」

「……もっと早く言えばよかったね、お姉ちゃん」

「……ああそうだった、コイツ物分かりがとっても良かったんだ」


 言葉にするのって大事だなあ。

 いや、言われなくても察していたのだから、こっちから話しかけるべきだったかもしれないけど。


「それじゃあ、デート云々に関してはやめようか」

「それとこれは話が別だ」

「そうだよ! それとこれは話が別だよ、パパ!」


 そうか、別なのか。別ならしょうがないな。

 じゃあデートとかはちゃんとしよう。二人を怒らせてしまったしな。


「とはいえ、ぶっちゃけた話二人とも、特に具体例がないんだろう? やっぱりトオンか祭我に聞くしかないか……」

「そうだね、トオン様ならばっちりだよ!」

「自動的にお嬢様にもお話が行くのだな……」


 今更過ぎる発言に、俺はブロワが未だにお嬢様に囚われていることを再確認するのだった。



「ということで、ご指導いただければな、と」

「いかんな、我が師よ。既に一手遅れている」


 凄い真剣に、トオンはそんなことを言った。


「女性が自ら構ってほしいと嘆願する時点で、既に男性には是非が問われているのだ。女性にとっては、もはや最終手段の手前だぞ」


 凄いなあ、なんて頼もしいんだ、この弟子は。

 俺に対して、とても真摯に、ためになる話をしてくれている。

 ものすごくわかりやすく、役立つ言葉をくれているぞ。


「男性と恋仲になった女性にとっては、自分が相手にとって魅力的であり、自ずと手が伸びて当然と思っていたいのだ。無論、その為に美しくあろうと努力しているのだが、あくまでも男性から積極的に手を出してほしいと思っている。すべての女性がそうとは言わぬが、特にブロワ嬢はその辺りに対して憧れもあるのだ。如何にレイン嬢という娘が怒っているとはいえ、自分から口にするなど相当なこと」


 今俺は、恥を忍んで学園の外の青空道場でそんな話をしているのだが、トオンの言葉に多くの女性が頷き、男性たちは聞き耳を立てていた。

 凄いなあ、女性の憧れで男性の見本とか、コイツ完璧すぎないだろうか。


「女性にとって、恋仲の相手に愛してくれとねだることは、はずかしいことでありみっともない事なのだ。それを理解したうえで、穴埋めをしつつ行動を改めねばならない。職務があるのなら止む得ないが、我らは時間が自由になるのだから融通をしなければ」

「返す言葉もありません」

「つまり、現時点で貴殿はかなり失点をしている。ここから取り返すのは容易ではない、と理解したうえで、私の言葉に耳を傾けていただきたい」


 さて、この難問に対して、如何に回答をするのだろうか。


「一週間ほど休みをいただいて、適当に大した目的もなく旅行をするべきでしょう。予定を家族で立てることも、楽しいものですし」


 おお、そういえばブロワやレインもそんな不満を抱えていたような気がする。

 凄い、なんて的確なアドバイスだ。


「幸い、貴殿は時間が自由になっているし、与えられた休暇もある程度返上してしまった。ソペードのご当主ならば、その程度の余暇はあっさりとくださるでしょう。元より、ブロワ殿もサンスイ殿も今まで十分奉公してきたのですし、その程度の我儘もいいでしょう」

「そうですか……ちょっと伺ってみます」

「ああ、それから……」


 何か付け加えることがあるのか、トオンは俺へ声をかけていた。


「私も父である王と幼少の頃には、もっと遊んでほしいと思っていました。今でこそ父がそうしなければならなかったことをよく理解していますが、それは男の理屈であり大人の理屈です。少女、子供には通じません」

「それは、そうですね」

「偉大な父であることよりも普通の父であることの方が、あの年頃の娘には大事なのでしょう。しかし、子は親の鏡と言い、その在り方を示すもの。貴方の娘は、貴方を慕い尊敬しています。だからこそ、我儘を言うようになったのでしょう」


 確かに今までは散々我慢させてきたからなあ……。


「ブロワ殿もレイン嬢も、どちらも貴方の事を愛している。それは最強の剣士であることや仙人であることとは無関係なことです。貴方はもともと、レイン嬢の父となるために森を出たと聞きました。ここで変に気取れば、大変なことになると思うことです」


 なんというか……トオンがいてくれてよかったなあ。

 厳しい言葉をもらっても、素直にそう思うしかなかった。

 つくづく、できた弟子が居ると安心できるもんである。


「貴方にとって父に等しいスイボク殿も、貴方によく似ていました。弟子も師に似るのですね」


 その理屈だと、師匠のそのまた師匠はどんな人なのだろうか。少し気になるところである。

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