段階
師匠との試合は終わった。当然のように師匠にボコられて終わった。
師匠が本気を出さなくても、どうしようもなく手も足も出ない。
「トオン、大丈夫?」
「ああ、問題ない……それにしても、ここまで負けるといっそ清々しいものだ」
トオンは自分が強くなっていることを実感していた。少なくとも、なんで負けたのかわからない内に、最善を尽くせぬまま負けたということはない。
ただ、師匠が尋常じゃないほど強かったというだけで。
駆け寄ったお嬢様に手を取られながら、何とか立ち上がっていた。
「スイボク殿には、ずいぶんと気を使っていただいた。正直、この宝貝をすんなり受け入れられたかどうか」
トオンの場合、エッケザックスを使う祭我と違って特別な武器を持っていなかった。
というか、祭我の場合盛りすぎだとは思うのだが、とにかくブロワとそう大差があるわけじゃなかった。
この先、トオンでは勝てない相手も出てくるだろう。そうなったとき後悔しても遅いのだ。
「それに、ドゥーウェ殿をないがしろにするなとも釘を刺されてしまった。いやはや、恥ずかしい限りだよ」
「そうね、私が言おうとしたことも先に言われてしまったわ。新しい課題が見つかったことは結構だけど、なるべく早めに貴方のお父様へ挨拶しに行きましょう」
そこまで言うと、お嬢様は俺を見た。倒れていた俺を見た上で、とても驚いていた。
「サンスイ……無様ね」
まあ無理もない。攻撃したら防がれて、その上カウンターをもらって麻痺してしまったのだ。普段の俺からすればありえないことである。
しかし、お互いの技量が近いなら、どうしても相手へ綺麗に攻撃を当てることはできない。であれば、打ち合いながら相手を崩していくしかないのだ。
「申し訳ありません」
「それに、貴方のお師匠様も地味だったわ。大技が凄いとかじゃなくて、小技が凄いのかしら?」
「正確な分析です」
師匠がいったことをお嬢様も理解していた。
俺と師匠の場合、習得している術の数が違いすぎて、対応できる状況に開きがありすぎる。仮に俺が鯨波なる技を知っていたとしても、結局打ち込むしかないので結果はそう変わらない。
というか、他の技を使って対応された可能性も高いだろう。その辺りの引き出しの数が、全然違うのだ。
「私の場合四つしか術がありませんが、師匠はほぼすべての仙術を網羅していると言っていい。その点が、私と師匠の最大の違いです」
「……というか、貴方の師匠は四つしか術を教えていないのに、弟子を送り出したのね」
それでも十分最強だったのだ、少なくとも今までは。
師匠もレインを拾った俺に対しては、俗世の基準で言えば十分最強だと言っていた。
それは事実だった。それだけ師匠の剣技は素晴らしく、欠けた物が無かった。ただ、足りないものは確かにあったのだ。
そもそも、仙術を五百年かそこらで全部覚えられるわけがないし。
「いいえ、貴方が今まで四つの術だけで戦ってきたことがおかしかったのね」
「申し訳ありません」
「いいわ、貴方は今まで私の命令をこなしてきた。お兄様もおっしゃっていたけど、結果がすべて。むしろ伸びしろがあると喜ぶべきなんでしょうね」
俺より強い師匠が、実際に俺を圧倒した。そりゃあビビるだろう。
というか、バトラブの面々もあっけに取られているし。
「大丈夫、サイガ!」
「ああ、もう大丈夫だ……本当に人間と戦っている感じがしない」
婚約者であるハピネに対して、結構失礼な感想を伝える祭我。気持ちはわからないでもないが、言いすぎである。
武術のキャリア四千年という大先輩に向かって、それはないであろう。
「予知をしたけど、どれも違う対応をされた……それこそ、俺が予知することが前提で沢山の手を見せてきた……」
そう、俺の場合は四つの術を状況に応じて使い分けている。
逆説的に言って、この四つの術を完全に封殺することができれば、俺は対処されてしまう。それを剣技で補ってきたが、やっぱりどこかで無理が出る。
しかし、師匠の場合憶えている術がとにかく多い。小技が多い、というのは技量が伴えばとことん厄介なのだ。
というか師匠の場合、どの術を使っても初動が早すぎて、それこそ予知できなければ不可避の技となってしまう。
「山水は手が限られてる。でもスイボクさんは……一つの状況に対して、沢山の対応ができるんだ。複数の術の組み合わせがあるから、それこそ無数に近い。俺にとっても、理想像だったよ」
そう、そういう意味では祭我の方が、師匠の戦闘スタイルに近い
師匠の場合は沢山の仙術で、祭我の場合は仙術以外のあらゆる魔法で、相手に対応を許さない。
というか師匠にしても、祭我の戦闘法に関してはべた褒めで、予知を修正する以外は特に改める点もなかったしな。
祭我も随分成長したものである。あの時とは、本当に見違えるようだった。
「一つの状況に対して最適解を導き出すんじゃなくて、沢山の回答を準備してあった。俺みたいに予め決めて動くのとはわけが違う。あれも無形の強みか……いいな、とっても面白そうだ」
「うむ、その意気であるぞ我が主よ! お前は確かに強くなっている! 技量だけではなく、精神的にもな!」
本当に、とても強くなった。公然で負けたことにも、まるで応えていない。
課題を見つけて、とても楽しそうだった。
「それは、お前の手柄である」
少し呆れて、師匠がそんなことを俺に言ってくれた。
「この場の面々が、儂の強さを前にしても心折れることなく高みを目指しているのは、誰もが強くなる面白さを知っているからにほかならん。これは、儂の理想像であるお前が成した奇跡に他ならない」
とても嬉しそうに、寂しそうに、師匠はそう言っていた。
「儂の強さは、儂で終わってしまっていた。お前が引き継いでくれたからこそ、これがある。強いとは、優れているとは、比較対象がいてこそ、競争相手がいてこそ。切磋琢磨してこそ、互いを尊敬してこそである」
「師匠……」
「お前は決して、儂の劣化ではない。それは結果が証明しておる。儂は……儂にはこれができなかった」
結果や実績こそ、個人のすべて。それはソペードの価値観であり、俺にとっても同じことである。
「儂はどれだけ強くとも、人と争い殺し合うことしかできなかった。それは、友とも同じである。儂の手は、余りにも汚れてしまった」
「スイボク師匠……」
「サンスイ、今日の夜は儂に付き合え。仙術の指導を行う。それが済み次第、儂は森を元の位置に戻し、『お前の弟子』の為に、この国への償いの為に、宝貝を作るつもりじゃ」
長居するつもりはない、と言い切っていた。
それを聞いて、学園長がものすごくショックを受けているが、いいのだろうか。
師匠もそれに気づいているので、何とか軌道修正しようと試みる。
「な、なにせまあ、こうして森を浮かせていると、また穴に街ができかねん! 余り空けておいてもいいことなどないのだ。それに、宝貝ができればまた顔を出す。それらが済むまでは、故郷に顔を出しに行くことはない」
故郷にあった、仙人の集落。師匠にとっての学園を、師匠は景気よく壊したことがあるらしい。その負い目もあるのか、この学園に対しては協力的なようだった。
「案ずるな、我が弟子サンスイよ。お前は間違っていない、儂ほど間違えることもない。この地でも尊敬できる人に出会い、大切な相手を見つけたのであろう? サイガもトオンもそうであるが、ただ楽しむだけではなく己を生かし誰かを守るために、武を使う時が来ている」
別れの言葉であるようで、しかし再会できるという言葉でもあった。
「以前の言葉を撤回しよう。我が弟子サンスイよ、レインを一人前にするとは言わず、何時でも顔を見せに来い。そして、弟子にもそう言ってやれ。きっと喜ぶ」
余り長居すると、俺の手柄を取ってしまうのではないか。そう気を使っている師匠は、皆に聞こえるように言っていた。
「我らは生きている限りいつでも会える、決して繋がりが切れることはない。未熟だと思っても胸を張れ。恥じることがない限り、己を貶めることはない。だから、まだ足りないことがあると思っても、それでも新しい道に踏み出すことを恐れるな。足りない、と思えばまた戻ってくればいいだけの事である」
とても嬉しそうに笑う師匠を見て、俺は思う。
やはり俺は、師匠に恵まれたのだと。
「サンスイが認める者なら、儂が太鼓判を押せる剣士である。お前達の多幸を、森の中で祈っているぞ。再会を心待ちにしながらな」




