剣術
俺が求めた最強の剣、エッケザックス。それは洞窟の奥深くに鞘ごと岩に突き刺さっていた。
その剣は確かに凄い力を秘めていると、刺さったその状態でも俺達全員が分かったんだ。
『ほう、久方ぶりの客か』
その剣は、俺に色々話しかけてきた。
『かつての主が我をもてあまし、ここに突き立てた。できることと言えば、こうして語ることと抜かれまいと抵抗する程度。お主が我が認めるに足る、最強の剣士か。それを示してもらおうか』
尊大な語り方と違って、彼女がとても寂しそうにしていると俺には分かったんだ。
俺は彼女の前で、必死に鍛錬を積んでいた。彼女の出した条件は魔法を使わずに、剣で岩を斬ること。
それを達成したならば、俺の中の魔法の才能を含めて、認めてやってもいいと、そう言われたんだ。
俺はこの世界に来た時に、身体能力も上がっていた。
だから大抵の事はあっさりできるようになっていたんだけど、それでも普通の剣で岩を斬るのは大変だった。
そして、彼女は特訓している間俺に語ってくれた。
昔自分を捨てた男が居たと。その男の言葉が今でも忘れられないと。
そして、それを認めることができないと。
『お主が我が主、我が使い手となるのならば……我を否定した、アヤツを越えてくれ』
※
「さて、これで泣いても笑っても最後の戦いだ。今度こそ勝たせてもらう」
「それにしてもお主、その木刀を随分使い込んでいるようだが、それでよいのか」
「ああ、これでいい」
相変わらず、あいつは簡単な服と木刀だった。
その恰好で、エッケザックスを持つ今の俺と対峙していた。
馬鹿にするな、って激高するのは簡単だ。でも、今まで二回も負けている。
だから油断しない、彼はとんでもなく強いんだって、そう理解した上で戦う。
「剣の姿になると、その威圧感もすさまじいな。あれが最強の剣、エッケザックス」
「うむ、我が息子の力もあって、その威風はまさに最強と呼ぶにふさわしい」
俺が今両手でつかんでいるその剣は、神が作ったことも納得できる、豪華な装飾が施されていた。ただ豪華なだけじゃない、エッケザックスの放つオーラは、正に山でも海でも切り裂けそうだった。
ソペードの前当主の人も、お義父さんもそれがわかるみたいで、とても緊張しているようだった。
「大丈夫よ、サイガ。あんなに頑張ったじゃない」
岩を斬るために剣を何本も折ってしまった。
その都度街に降りて買いに行ったんだけど、その時率先してハピネが手を貸してくれた。
「修行を信じろ! 持てる力を出し切れ!」
剣は素人でも、体重の使い方を教えてくれたスナエ。
彼女のアドバイスがあったから、俺は岩を斬れた。
「どうか……どうかご無事で……」
法術で傷を治しても、それでも俺の手には傷が多く残っていた。
その手を治せればと、でも治せないツガーは俺の手を力強く握って、痛みが引くように祈ってくれていた。
「我が認めた主であるお前が我を使うのだ、斬れぬものはない。良いか、何も恐れることはない!」
孤独の中で人間不信になっていたエッケザックスは、もう一度人間を、剣士を、俺を信じてくれると言ってくれた。
皆の為に、絶対に勝つ!
「それでは、俺が開始だけは宣言する。お互い、準備はいいか?」
「あ、現当主。ちょっと待ってください」
ソペードの現当主、ドゥーウェ・ソペードの兄にあたる人が審判のように開始を宣言してくれようとしていた。
なのに、山水はそれを止めて、あらぬ方向を見ていた。
「あの、学園長先生、出てきてください」
その視線の先……。
ソペード家所有の森の木の影から、アルカナ学園の学園長先生が現れていた。
相変わらずご年配なのに、とても元気だった。
「あら~~ごめんなさいね、どうしても気になったものだから……」
「どうしますか、お嬢様」
「そうね、此処で殺せば完全に合法ね」
とても物騒なことを言って、学園長先生を脅すドゥーウェ。
確かに見られたら困ることだけど、何も殺すことなんてないじゃないか。
「あらまあ……私、ひょっとしてここで死ぬのかしら?」
「でも、貴女の授業は面白かったわ。だから目隠しをするならいいわよ」
「そんな殺生な……老い先短い私の好奇心を、そんな風に……」
「俺は構いません」
俺はそんなことを言っていた。
確かにばれたら困るかもしれないけど、それでもどうせ、ドゥーウェに知られている時点で同じことだ。
それに、俺の全力をできるだけ多くの人に見てもらいたい、と思っていたのかもしれない。
「君が決めることではないが……まあいいだろう、確かにこの場が汚れるだけだしな。厳正な決闘ゆえに口外は禁じるが、それで良ければそこで見ていればいい」
「ありがとうございます、ご当主さま」
にこにこ笑って、学園長先生はソペード側に歩いていく。
とにかく、これで場は整っていた。
「では改めて……双方構わないな?」
「私は何時でも構いません」
「俺も、いけます!」
「……では、はじめ!」
俺の予知は、エッケザックスのおかげで強化されていた。
その予知によれば、俺の強化が終わるまで、相変わらず山水は中段の構えで動かないらしい。
前なら馬鹿にするな、と思っていたかもしれないが、その余裕に甘んじよう。
魔法を使う前に叩かれることが、一番怖いことだからだ。
「『グランド・ブライト・アーマー』」
法術による、結界の鎧。それによって俺の防御力は普通の魔法の鎧のそれを大幅に超えていた。
「『マキシマム・バーニング・スピリット』」
ただでさえ強力なエッケザックスが、増幅された火の魔法によって燃え盛る剣となる。
「神をも喰らう終焉の狼よ、我が声に応え我が敵を滅ぼせ!」
そして、神降ろし。強化されたことによって、俺の身体能力や反射神経は大幅に増幅していた。
「どうだ……これが俺の、俺達の力だ!」
ハピネから習った炎の魔法。
お義父さんが指導者を紹介してくれた戦闘用の法術
スナエが教えてくれた、王家の秘伝。
それらを俺のことを認めてくれたエッケザックスが強化してくれている。
そして……ツガーだって俺の中にいる。
もう負ける気がしなかった。
何故なら、今の俺にはわかる。
占術が強化されたからか、エッケザックスの力か、山水の持つ木刀の力もなんとなくわかる。
「呆れたな……気功剣じゃ斬れないぞ」
一つの事実として、俺が山水に負けたのは俺の法術の守りを、仙術の攻撃が越えていたからだ。
顔面への掌打や鎧越しの刺突も、俺の法術が更に硬ければ受け切れたはずなんだ。
「そうだ……エッケザックスの力で、俺の魔法は強化されている! お前が木刀を強化しても、俺の鎧も兜も攻撃を通さない!」
今まで俺は、山水の攻撃がわかっても対処できずに負けてしまっていた。
だが、今は違う。あいつは俺の防御力がわかっても、対処できないんだ。
「そんな……サンスイ?!」
「サンスイ……大丈夫なのか?」
「パパ……」
そして、通じないことを理解してもまるで臆さないいつも通りの山水に、ドゥーウェやその護衛の子や、あいつの娘だという子も心配しているようだった。
そうだ、あいつは別に悪人と言うわけじゃないし、倒さないといけない理由があるわけでもない。
それでも、俺は、あいつに勝ちたかった。
法術が使える時点で、呪術とかを習う必要はなかった。
ただ回復魔法を唱えて、皆を治していればよかったのかもしれない。
そうすれば、この世界で認められていたのかもしれない。生活ができたのかもしれない。
だが、結局俺は強くなりたかったんだろう。
「俺は、俺の持てる全てを、お前にぶつけてやる!」
仮に俺の知らない技で俺を攻撃できたとしても、神降ろしをしている今の俺なら、鎧で減衰した攻撃は受け切れる。仮にダメージを負っても、ある程度なら法術で自分を治せる。
食らいついてでも、勝って見せる。
「そうか……しかし、気功剣が通じないとなると……」
俺は、予知ができたからこそ困惑していた。
そして、その通りに動き出した山水を見て、ますますわからなくなっていた。
「お前、何を考えてるんだ?!」
「いや、気功剣が通じないなら木刀を使う理由がないだろう。折れるのが嫌だし……」
木刀を、腰の帯に刺してしまっていた。
試合を放棄するわけでもなく、そのままこっちに近づいてきている。
驚いたのは俺だけじゃない、周囲の全員がいきなり剣をしまったことに驚いている!
「お前は魔法を使った、俺は剣をしまった。それだけだ、決闘は続けるぞ」
ゆっくりと歩み寄ってくる無刀の剣聖。相変わらず、一切の恐怖も困惑もない。
分からないが、分かっていることがある。
それでも山水を甘く見てはいけないと!
「何をしている、全力を打ちこめ!」
「ああ、分かってる!」
正しい剣の振り方、正しい体重の移動。それらによって、今の俺は鉄の剣でも岩を斬れるようになった。
それが神の剣であるエッケザックスなら、ましてや増幅された魔法で強化していれば、その一撃は気功剣という物も凌駕する!
「くらえ……狼気爆炎破岩斬……?!」
俺は、この世界で培った全てを込めて、近づいてくる山水に振り下ろそうとして……予知が脳裏によぎった。
大地がひっくり返り、天に落ちていく、そんな予知だった。
それが確実に起きる未来だとはわかっても、それに対してどう対処すればいいのかなど……!
「いい剣……だったんだろうな」
その声が聞こえた時、俺は体が軽くなっていた。
剣を振りぬこうとした俺は、そのまま視界が訳の分からないことになっていた。
大地から浮かび上がり、そのまま木々に遮られている空を見ていた。
前を見ているのに、空を見ている。それがわからないままに、俺は予知をなぞるようにひっくり返って、そして……。
「せめて、最後まで振るべきだった」
体の重さが戻ると同時に、地面に寝かされていた。
魔法の多くが弱くなると同時に、俺の手に握っていたエッケザックスの感触がなくなり……。
「終わりだ」
鎧に守られている俺ののど元に、俺の手から抜き取ったであろうエッケザックスが寸止めされていた。
俺が山水と戦うのはこれが三度目で、最後だった。
一度目は掌底で気絶させられ、二度目は突きのカウンターで悶絶した。
そして、三度目は……。
「俺を投げて、剣を奪ったのか……」
「そうだ」
俺は、痛みを感じることもなく地面に寝かされていた。