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試験

 五百年ぶりに食欲がわいて、五百年ぶりにガツガツと食べた。

 五百年ぶりなので、なんでも美味い。そりゃそうだ、と思いながら食べた。

 食べていると、ブロワとレインからの視線が熱かった。


「これが本当のサンスイ……」

「これが本当のパパ……」


 なぜそうなる。二人とも、今までの俺の事を偽りの姿とでも思っていたのだろうか。

 今の成長した姿こそ、金丹の術による一時的な姿に他ならないのだが。

 というか、今はブロワに対しても性欲を感じる状態であり、その点も妙に期待されてしまっている。

 五百年間童貞、魔法使いどころか仙人である。鶏が先か、卵が先か……。


「体が火照って寝付けない、というのも五百年ぶりですよ」

「そうであろうな、ため込んだ分を吐き出さねば中々寝付けまい」


 俺にとっては余り良い思い出のない場所だった。

 宮殿の中の、決闘場。かつて俺がこの国の近衛兵と戦った場所だ。

 かつては貴人が観客席にいたが、今はそれもない。


 日が沈んだ刻限に、俺は師匠と向き合っていた。

 何をするかなど、分かり切っている。


「さて、考えてみれば」


 さっきも言った言葉だったが、今は少し意味合いが違う。


「儂とお前は、戦ったことがなかったな」

「そうですね」


 一足一刀の間合いで向き合い、腰の木刀を抜く。

 俺にしてみれば、今の自分も目の前の師匠も、どちらも初体験であった。

 だからこそ、意味があると言える。そうでもなければ、戦う意味がない。


「では、やるか」

「はい、よろしくお願いします」


 今の自分の身体能力を確認する。それはとても必要なことで、なるべく早めに行う必要があった。

 というか、師匠が少なからず焦っているようにも感じられる。

 そうでなければ、ああも多くの術を羅列しないだろう。


「……」


 それにしても分かり切った話ではあったが、師匠と戦うのはうんざりするほどどうしようもない。

 なにせ、相手は俺の師匠である。今まで俺が戦ってきた相手と違って、どこにどう打ち込んでも、当てられる気がまるでしない。

 これが師匠や俺と戦ってきた人の感覚なのだろう。そう思うと、少し申し訳ない気分になる。

 でもまあ、これは試合であり試験だった。

 俺の肉体の強化具合を確かめる、必要な行動だ。この際、打たれるとか防がれるとかは気にしなくていい。


 とりあえず、右手だけで持った剣を振りかぶり振り下ろす。

 飛びかかることなく、ただ普通に踏み込みながら打ち込む。


「うむ」

「おお」


 師匠は「ああ、やっぱり」という感じでそれを受けていた。木刀の両端を両手で持って、俺の上段切りを受けている。

 対する俺は感嘆していた。自分の体が重くなり、早くなり、強くなっている。それによって、動きの精度が落ちている。自分の体形が変化することに慣れていないのだ。調整の必要がある。


「ふっ……」

「ぬ」


 俺の攻撃を、師匠は力で止めていた。

 それはつまり、俺が振りかぶって振り下ろした一撃を、それ以上の力で受けたことを意味している。

 つまり、俺の片手で行った攻撃を、師匠は両手で防御する必要があった。

 俺の左手は空いている。踏み込みながら掌底を顔面に放っていた。


「む」

「う」


 師匠は、これを力で止めなければならない。

 普通なら俺が掌底を打つ前に腕を抑えるとかで対応するところだが、それだと俺の試験にならないのだ。

 なので、木刀で受ける。師匠は木刀を縦にしながら顔を守った。

俺の木刀は、受け止められたことで運動エネルギーも位置エネルギーも失っている。刃物ならば多少は意味を持つが、お互い木刀なので俺の木刀が此処から致命打を打つことはあり得ない。

 俺は俺で、本来なら刃物へ掌底を打つことはないが、しかし木刀ということで遠慮なく打ち込む。

 しかし、手足が伸びてバランスが乱れていることを強く感じた。

 思ったよりも深く踏み込み、思ったよりも肘が伸びなかった。


「むむむ……」

「体が伸びたことで色々と問題が出たであろう?」

「はい……それにしても、意図が読めません。何故今、こうして焦るのか」


 俺の掌底に押されて、師匠は多少距離をとっていた。その上で、再度仕切り直しである。


「お前に師事しているサイガやトオン、ランを見た」

「はい」

「お前はとても教えるのが上手だな」


 今度は師匠が打ち込んできた。

 両手で木刀を持ち、そのまま上段から打ち込んでくる。

 師匠と同様に木刀の両端を持ち頭を守るが、それでは足りない。このまま師匠の打ち込みが最も威力の出る間合いで受ければ、守り切れない可能性がある。

 なので、やや間合いを詰めて威力を多少減衰させる。

 それでも、実際に受けると重みがあった。というか、こうして相手の攻撃を力で受け止めるのは初めての気もした。


「ランはお前に勝てるようになりつつあり、トオンもそのレベルに近づきつつあり、サイガには勝てなくなりつつある」

「三人共、才気あふれていますからね」


 当然のように、師匠は木刀を握ったままの両手で顔面に打ち込んでくる。

 それをさせじと、俺は右前に踏み込みつつ右手を木刀から手を放し、その右手で掌底を打った。

 もちろん、師匠はうまく脇を広げて俺の攻撃の軌道をずらしていたが、それでも師匠を押すことはできた。


「無論、手を選べばお前の勝ちは動かない。彼らの勝利にしても、百度戦って一度あるかどうか」

「それを、実力差があると師匠は思わない。私もですがね」

「我が境地は無限遠、それをお前に引き継げたが……足りない。あの彼らには、お前は無限遠ではなくなりつつある」


 同時に踏み込んで、衝突した。お互い木刀で鍔がないが、つばぜり合いの体勢である。


「いい事です。彼らが私の境地に近づきつつある証拠」

「然り、それでこそ生きた剣、であると言える」


 お互いに両手がふさがっており、間合いも極めて近い。

 この拮抗状態は、余りにも良いとは言えない。しかし、この状態になるとお互いの力の動きがぶつかり合っている剣を通してよく伝わってきた。


「我が友を相手に、ランは凶憑きでありながら自制し、トオンは影降ろしの技をいかんなく発揮し、サイガは圧倒さえした。千五百年前、エッケザックスを持っていた当時の儂を越えていた、あのフウケイを相手に、だ」

「三人共、師匠が認めるほど強くなっていましたか」

「ああ……それに対して、お前は……飛躍的な強化を得ずにいる」


 意外にも、師匠は力で押し込んできた。それに逆らえないと判断した俺はその力に乗って大きく下がる。しかし、その俺が着地するより先に師匠は胴へ入れようとした。


「勘違いするな、お前は間違っていない。お前はこの人界で、変に気取ることも気を張ることも、曲がることも歪むこともなく成長している」

「……それでも、足りないと?」


 俺は地に足がつかないまま後方へ縮地で回避した。

 その俺を追うように、師匠も縮地をして喉へ突きこんでくる。

 着地を終えた俺は、それを木刀で受ける。

 しっかりと師匠の刺突の芯を捉えており、木刀の切っ先がそれることなく受け切っていた。


「正直に言うが、我が弟子よ……儂はお前に最強であってほしいと願っている」


 互いに離れて、仕切り直す。

 お互い、呼吸に乱れはない。


「というよりは……我が友の強さもそうであったが、お前の周囲にはかつての儂が得られなかった強敵が多い。矛盾しているかもしれぬが……儂は、お前に最強であり続けて欲しい」


 俺が勝てない相手がいる。

 俺が倒せない相手がいる。

 あるいはそういう状況が生まれつつある。


「もちろん、お前は儂の理想を引き継いでいる。五百年前の儂に匹敵する実力を得ていることも、決して否定せぬ。しかし……それは理念の話であって、数値の話ではない」


 今度は師匠が縮地を先に行った。

 俺の右側面を取りながら、上段へ振りかぶりで打ち込んでくる。

 それは側面へ向き直りながら両手で柄を掴んだまま受けた。

 大きく踏み込んでの一撃ではない分、このままでも受けることができた。


「技の話であって、術の話ではないと?」

「然り」


 師匠は俺の背後へ縮地する。今度は俺の脇腹を狙って打ち込んできた。

 俺は背後へ振り向くのではなく、その横への打を正面にする体勢になりながら、木刀で受けていた。


「儂の理念は、戦いを好む者同士が高め合える関係になること。それはつまり、相手を引き上げるという事でもある。お前自身も技量が増しているようであるが……仙術から離れすぎてもいる」

「剣技に溺れていると?」

「然り、剣士としては高みに立ちつつあるが、剣に溺れて仙術がおろそかになってはいかん。弟子が育つならば越えられることは構わない、という諦念は……弟子への不義理だ」


 突如、受け切ったはずの木刀が重みを増していた。

 そのまま大きく吹き飛ばされる。


「重身功、豪身功……ですか」

「然り……我が弟子サンスイよ。お前はまだまだ未熟者である、師として弟子が己に近づく喜びはわかるが……それは最強ではない。お前の初心を思い出せ、儂に弟子入りした初心をな」


 一瞬だけ、師匠が活性化していた。

 既に収まっているが、今のが俺に教えたい技の一部だろう。


「お前にとっての最強とは、誰にも負けたくない、であろう? 意地を張れ、嫉妬しろ、奮起せよ。言い訳をするな、最強にしがみつけ」


 体勢を整えようとしている俺の喉元に、縮地した師匠の木刀の切っ先が突きつけられていた。

 縮地の前と後で姿勢が変わっている。これはまさに、師匠の必殺技の一つだった。


「一方的に教えることを競い合うとは言わん」

「……」

「確かにあの娘を一人前に育てるまで帰ってくるなとは命じたが……己の未熟さを痛感した時点で、負けるかもしれない相手ができた時点で、一度儂の元に戻ることもまた必要なことだったのではないか?」


 それは、そうだったのかもしれない。

 いいや、確実にそうだった。


「儂の弟子よ、愛弟子よ。お前は儂と違って正しいが、正しいだけだ。もっと全力で、真剣に、己の人生を賭した剣に誇りを持て。矜持を持ったうえで勝とうとするからこそ……」

「剣は、楽しい。そうですね、師匠」

「然りである」


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― 新着の感想 ―
[一言] 矛盾してるようで矛盾していない、最強を目指す水墨と山水の仙道はかっこいい。
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