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賠償

 アルカナ王国王都の宮殿にて、俺たちは謁見の間に通された。

 そこには国王は当然のことながら、各家のトップ、ディスイヤの『考える男』を除いたすべての家の切り札、その周辺の人物もそろっていた。

 その内の一人が自分であるのはどうかと思うが、中々壮観である。

 そして、謁見の間で控えている俺の師匠は自然に溶け込む気配を放ちつつ、全員から警戒と恐怖を感じられていた。


「休暇は楽しめたか、サンスイ」

「はい、ブロワの家族とも挨拶ができました。そのご厚意に感謝を」


 お兄様からの言葉に、膝をつきながら応じる。実際、帰りはともかく結構楽しい旅だったとは思うし。

 俺とブロワ、レインはそうでもないが、ブロワの兄妹たちは流石に恐縮していた。

 なにせ、この国の最高権力者たちがずらりと並んでいるのだ。地方領主の一族には、さぞ刺激が強いだろう。

 というか、改めて自分の境遇が可笑しいと思える。確かに一介の護衛ではあるが、それでもこの国の最高権力者が揃っている状況でも、そんなには異常に思えない。


「お前のことだ、概ねを察していただろうが……」

「はい、仙気とヴァジュラの気配を感じる暗雲が国中を覆っておりましたので、師匠のお知合いかと愚考しました」

「その通りだ。お前の師匠を狙って、お前の師匠の同門がドミノを襲いこの国にも踏み込んだ。ウキョウ殿が指揮する中サイガとショウゾウ、トオンとランが迎え撃ったが……結局、お前の師匠であるスイボクが倒した」


 まさかここまで強いとは。

 玉座に座る国王様も、その脇を固める四人も、なんとも言えない顔をしていた。

 そりゃそうだ、俺と師匠を同じ枠で考えることが間違っている。


「実害、と呼べるほどのものはほぼない。数日日が差さなかっただけであるし、今は日照も良いのでな。まあどうにもならないということはないだろう。相手が四千年以上生きている仙人であることを思えば、まあマシだ」


 全く被害がなかった、というわけではないだろう。

 気配を読むまでもなく、顔を見ればわかる。

 ただ、この程度で済んでよかった、というのは本音だろう。

 それだって顔を見ればわかる。


「それはそれとしてだ……まあ、そのなんだ。うむ、お前は自分の師匠と少し話をしてやれ」

「はい、ありがとうございます」


 確かに、あんな森がぷかぷか浮いている時点でさぞ怖いだろう。王都をいつでも潰せるわけであるし。


「お久しぶりです、師匠。こうも早く再会できるとは思っていませんでした」

「うむ、然りである。こうしてお前と再会するとは、嬉しい反面申し訳ない。お前の仕官先に迷惑をかけてしまったのだからな」


 ライヤちゃん、ヒータお兄さん、何よりシェットお姉さんが師匠を見て驚いている。

 想定していたことではあるだろうが、ライヤちゃんやレインと見た目の年齢がそんなに変わらないからな。


「完全に儂の不始末である、許さずともよい」


 本当に申し訳なさそうにしている師匠。

 確かに、本人としても辛いところだったはずだ。

 しかし、師匠ご自身も理解しているように、辛かったのはきっと師匠の同門の方であろう。

 なにせ、これが日本人同士なら最悪の展開である。

 いじめられっ子が復讐するために努力して強くなったのに、いじめっ子はもっと強くなっていて返り討ちなのだから。

 これが小説だったら大炎上だろう。


「スイボク師匠、私は休暇中でした。加えて、所詮は一介の護衛。ご当主様も含めた方々の判断にお任せしましょう。私はそれに従うだけです」

「そうであるな……つくづく、すまぬことをした。同門の友にも、弟子であるお前にもだ。儂にできる償いであれば、なんでもするつもりだ。とはいえ、できることなら首を落とすなら猶予が欲しいところではあるが」


 元日本人の感覚として、世界を軽々と吹き飛ばせる相手が首を差し出してきても、

怖くて落とせないと思われる。

 たぶん、このアルカナ王国の人たちも同じ思いだろう。


「とはいえ、こんな老い耄れの首なぞ欲しくないであろうがな。それこそ一文にもならぬ」

「ということは、何か案がおありですか?」

「うむ、お前には託しておらんが、儂には色々と人の世にとって価値がある物を生み出す術を持っている。それを差し出すつもりじゃ」


 びくり、とシェットお姉さんが反応した。

 それをみて、ははあ、と師匠も察していたらしい。


「そこのお嬢さんは、ブロワの母か姉であるか?」

「はい、シェットというブロワの姉です」

「なるほど……見たところ、たいそう寝不足で肌も荒れておるな。体に悪い化粧をしているようであるしな」


 うむうむ、と察した師匠のお言葉を聞いて、その場の女性陣が気配を震わせていた。

 師匠は構うことなく言葉を続けていく。


「昔から高貴な身分の女性というものは、何か勘違いしているかのように肌へ塗りたくるので困るわい。これは古今東西、未だに変わらぬことであるな」

「そ、そうですか?」

「然りよ、昔深山にこもって蟠桃を練っておったとき、その国の女王が使いをよこしてな。蟠桃を不老長寿の妙薬と勘違いして、儂によこすように言ってきてのう。女王の縄張りに入ったのは儂であるし、そこそこ数も作れたので半分ほどくれてやったのじゃ。薬効があるわけもない物を飲んでおった女王にも有効であったが、何を勘違いしたのか儂にもっとよこすように言って来てな。流石に全部はやれぬし、そもそももう一度作るには数年かかると言ったのに、信じんでなあ……」


 ああ、そんなこともあったなあ、とエッケザックスも頷いている。

 そうか、蟠桃が何を意味するのか知らないが、そんなトラブルが発生したのか。


「最終的にその国を滅ぼしたが、女性が艶にこだわることも、男子が剣にこだわることと変わらぬのだな」


 思ったよりも深刻なトラブルだったらしい(過去形)

 頷いているエッケザックスだが、他の面々は誰もが恐怖していた。

 というか、ノアらしき少女とヴァジュラが滅茶苦茶怯えている。余ほど嫌なことがあったのだろう。


「この世に滅びぬものなどあるものかよ。肌艶に執着するならば、酒気を断ち雑穀を()み、よく眠りよく働けばよいものを」

「師匠、人の世ではそれも難しいのです」


 適度な運動してバランスの良い食事をすれば、健康になれるよね。

 そんな当たり前のことを言っても、人間社会では成立しませんから。


「まあそれでも確かに、金丹であれ蟠桃であれ人参果であれ、錬丹法の薬効は確かに魅力的であろうしな。それが対価になるのなら、いくつか都合しよう。なに、我らにはもう不要であるしな。仙人にとっては作ろうと思えば作れるものであるし」

「師匠、一応説明したほうがいいと思います」

「であるな。蟠桃は、ひとたび食べれば三日三晩不眠不休で働けるという、滋養を満たす果実である。そこなラン、トオン、サイガには食わせたが……どうだ、肌艶が違うであろう。まだ効果が残っておる故にな」


 その言葉を聞いて、シェットお姉さんの目が光った。

 すげえ眼力を背後から感じる。

 その目は猛禽類のような視力を発揮して、三人の肌を観察している。

 凄い、かなり離れているのに確かに肌艶を視認している、そんな気配を感じるぞ。


「人参果は手足の欠損や失われた五感をも戻す薬効がある。俗世では万病の霊薬とされておるが、まあ誇張ではないな。大体治る。そこなウキョウという御仁はダヌアを持っているのだったな。その二つは、たしかダヌアで生み出せるゆえに、国で困っている者がいるのなら、食わせてやればよかろう」


 さらっと、法術でも治せない重症重傷重体を治せるとおっしゃった師匠。

 その言葉を聞いて、明らかに皆動揺しているし。特に、シェットお姉さんが。


「まあ金丹はのう……これは、まあ食っても意味がなかろう。なにせ、身体の年齢を調整する術でしか……」

「本当ですか?!」


 ここで、辛抱溜まらんと声を張り上げてしまうシェットお姉さん。

 そうか、そこまで必死か……。師匠の言うように、歴史は繰り返すものかもしれない。


「若くなれますか?!」

「……うむ、ただこれは……」

「私もぴちぴちに、返り咲けるんですね?!」

「行を積んだ仙人以外が食うと猛毒で、若くはなるがしばらくすると死ぬぞ」


 ぴしり、と硬直するシェットお姉さん。

 諦めましょう、そんな美味しい話はないんです。


「他の錬丹法も、用法を守らねば毒になる。過剰に力をため込めば、病むのは当然であるしな。とはいえこれはサンスイには必要であろうし、いくつかくれてやろう」

「私に、必要ですか?」

「うむ、最近思い出したのであるが……金丹は、その……下世話であるが、その……堕しておらぬ仙人が『欲』を出すには、練るか食わねばならぬ丸薬なのじゃ」


「は?」


 師匠の言葉を聞いて、ブロワが口から魂が抜けるような声を出していた。


「金丹の術は練丹法の中では最も基礎であるが、錬丹法自体が集気法の上位に属するものであるし、お主に今から教えるとなれば百年では追い付かぬ。腐るもんでもないし、いくつかこさえてやろう。足りなくなるなら、言うが良い。練ってやる故」

「あ、ありがとうございます……」


 そうか、じゃあ『できる』わけなかったな。

 今までの苦悩とか葛藤とかは一体……。


「すまぬな……なにせ『そっち』の効果など忘れて久しくてのう……」

「いえいえ、師匠。俺も忘れてましたから」


 どうりで飯食っても腹が満たされていると思えなかった訳だ。

 そうか、金丹を練ればよかったのか。盲点というか、習ってなかったことだった。

 そんなこと、習いたくなかったけど。


「後は……そうさな、二千五百年ぶりにこさえた宝貝(パオペエ)でも詫び代わりに差し出すとするか」


 なにそれ、ぱおぺえ?

 聞いたことがないんだが。

 ただ、トオンは知っているらしく、結構驚いているようだったが。

 そのほか、神宝の面々も驚いている。


「んな?! お主そんなこともできたのか?!」

「うむ、言っておらんかったな、エッケザックスよ。しかし、仙術はすべて習ったとは言ったはずであるが」

「そ、それはそうじゃが……!」


 なんか慌ててるエッケザックス。

 師匠、千年の付き合いがある人が、知らない事っていったい何ですか。

 俺だって五百年ぐらい一緒にいたんですけど。


「宝貝とは、仙術の道具である。本来仙人が仙術の補助として用いる道具であるが、一応他の者、仙気を宿さぬものでも使うことはできる」

「魔法の武器、みたいなものですか?」

「然り、しかし違うことはあるがな。スクロールに近いが、壊れぬ限り何度でも使える。使い手の『力』を吸って、仙術を再現できるのじゃ」


 確か魔法の武器は単純に性能が高いか、或いは魔法を強くする性質があったと思う。

 それに対して、宝貝は誰でも仙術が使えるようになる武器ってことか。

 確かに大分違うが……そんな便利なものを作れるのなら、作り方教えて欲しかったんですけど。


「ただ、二つ無理なことがある。仙術の再現故に、自然の在り方から離れすぎる術を道具に込めることはできん。それに、所詮は人間技。エッケザックスを含めた八種神宝を越える道具は生み出せん。というか……儂はそれができぬから、エッケザックスを求めたのであるしな」


 そう言って、師匠は何やら懐から小さい木の車輪を二つほど取り出した。

 これは俺と師匠にしかわからない事だろうが、確実に俺達が過ごしたあの森の木でできている。


「これなるは風火輪、足につけて使う宝貝で空を高速で移動できる。早く移動する分には疲れるが、浮く分には仙術由来故に疲労が少ないがな」


 それを聞いて、祭我はこの上なく露骨に反応していた。

 確かに、飛べないことをかなり気にしていたからな。


「儂もエッケザックスを持っている時は、それこそ移動技に難儀したからのう。まあ儂の場合長い時間をかけて体を慣らしたが……そうもいかぬであろうと思って、修行できぬ日にはこれを作っておった。なに、暇つぶしに作ったからと言って役に立たぬと思うな。この儂が千五百年もの間気血を巡らせた森の木で作った宝貝ぞ、使いこなせば鳥の如く舞えるであろう」


 微妙にブロワとか、正蔵の護衛が哀しそうにしている。飛行する術を得ることに苦労した術者にしてみれば、正にチートな代物であるし。

 正直、俺だってそう思っている。軽身功を覚えるのに、滅茶苦茶苦労したのに……。


「他にも色々と作るとしよう。ウンガイキョウがあれば、いくらでも複製できるであろうしな。それから……我が弟子サンスイよ、思えば儂はお主に余り多くの術を教えなかったな」

「はい。私の前で師匠がおみせになった術は、発勁、軽身功、気功剣、縮地だけでしたから」


 職人の如く、スイボク師匠は見て覚えろ派だった。

 今にして思えば、観察すること自体が一種の修行であり、それを師匠だけではなく周囲にも向けることが重要だったと分かっている。

 戦闘中でも、注意力が足りないと色々悲惨である、ということはよくわかっているし。


「修行時代の儂は、術を多く覚えることこそが己の強さとはき違えておった。その反省を含めて、お主には余り多くの術を見せなんだが……正直、儂が師事した多くの仙人もそうであったし、ある意味普通の仙人としてお前を育てたと言える。とはいえ、その四つしか教えておらぬのも、孝行な弟子に悪い。というか……」


 よくよく考えてみれば、と師匠は一旦黙った。

 よくよく考えてばかりのお方である。


「儂は、お前と戦ったこともなかったな」

「そうですね」


 ……あれ、なんか周囲の方々がドン引きしてるぞ?

 この反応には、俺も師匠も逆にびっくりである。

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