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神剣

 非常に今更だが、基本的に俺とレインとお嬢様、それからブロワはそこそこ長い付き合いだ。そして、基本的に人間関係はこれでほぼ完結している。

 だからブロワが俺に恋をするというか、特別な感情を抱いてもさほど不思議なことではない。

 だが、俺にだって選ぶ権利と言うか、選ばない権利がある。ブロワって俺より背が低かった時期もあるしな。


「……その、先日はおかしなことを言ってしまって、すまない」

「ああいいよ、気にしてねえから」

「……気にしてくれてもいいんだが……」


 学校の休日、お嬢様のお屋敷の中で、俺とブロワはお話をしていた。つまり、一種の恋話である。

 お嬢様がなにやら、一人で読書をしたいとか言い出して、その結果俺達二人はしばらく会話の自由が許されていた。

 だがブロワには気づいてほしい。俺達が話をしているのを、レインとお嬢様がにやにやしながら聞いているのを。

 仙術を使わなくても、正直見え見えなんだ。特にレインが興奮気味だし。


「それで、その……お前は相手の気配を、感情を読み取ることに長けている。私の気持ちも、その、察しているんだろう」

「まあな……」

「私も、別に今までずっと、こう、浮ついた気持ではなかった。それは言っておきたい!」

「大丈夫だ、分かってるから」


 俺もびっくりしたのだが、ブロワの気配は今まで信頼とか尊敬とか嫉妬だった。

 だが、浮ついた話、という段階になって彼女は不安と恐怖と、まあそういうものを抱えるようになっていたのだ。


「お前が実は、こう、その……まさか、その……誰かの男になっているのかもしれない、と思うと少し怖くなってな……」

「そうか……でもまあ、気にするな。この前も言ったが、俺はそっちの欲もないんだ。強いて言えば睡眠欲ぐらいでな……」

「そういえばお前、やたら夜は眠そうにしているな。子供っぽいところもあるものだ」

「いや、夜は寝るもんだろう」


 朝日と共に目を覚まして、日が沈むと寝る。それが健全な昼行性の動物と言うものだ。

 もちろん、一切飲食をしないので、不自然極まりないとは思うのだが。

 自然と一体化した結果、不自然になるとはこれ如何に。


「……思えば、私はお前の強さ以外何も知らないな」

「それはまあ……お互い様だろ。俺だってお前の事に興味なんてなかったし」

「それはそうだが……そうやって踏み込みあわないのが私達だったな」

「そういう関係が、お嬢様を含めて好ましく思ってるよ。レインを連れた俺の事を、詮索せずに懐に入れてくれているからな」


 実際、俺にソペード家を崩壊させる気があったら、あのまま惨殺することができていたからな。

 どう考えたって、他のいかなる手段よりもそっちの方が早かったし。

 とはいえ、お嬢様を含めてソペード家の面々は器量の大きい方だと思う。

 こういう家に仕えることができて、俺は幸せ者だと思う。


「だが……ん」

「どうした顔色が悪いぞ」

「旦那様と先代様が、軍勢を率いてこちらに向かっている……」

「なんだと?! 確かに旦那様と先代様は、今王都にいらっしゃるとはうかがっていたが……軍勢?!」

「ああ、すごい血気盛んだ」


 理由は察しが付く。

 お嬢様が送ったであろう、なにがしかの手紙だ。

 その内容がよほど相手を憤慨させるものだったのだろう。

 というか、怒らせる文章をわざと書いたのだろうか。


「あら、間が悪いわね」

「お嬢様、おじい様やおじ様がいらっしゃるんですか~~」

「そうみたいね……お茶の準備をしましょうか」



 お嬢様と一緒に、俺とブロワ、レインは軍隊を玄関でお出迎えしようとしていた。

 お屋敷の前から遠目でもわかるほど土煙を巻き上げて、更には馬が大地を揺らす音が聞こえてくる。


「一応聞くが、アレは本当に旦那様たちなのか? 間違いだった、ではすまんぞ」

「あらブロワ、掲げている旗はソペード家の物じゃない。間違いなくお父様とお兄様よ」

「そうですが……それでも、その、とてもではありませんが妹や娘の邸宅へ向かうようではなく……」

「大丈夫だブロワ、血気盛んなのは先頭のお二人だけで、他の騎兵はやる気ないから」


「「しねええええええええええ!」」


「殺意を隠していないのだが……本当に大丈夫か?」

「まあ怖いわ! なんてことでしょう! お父様もお兄様も乱心なさってしまって」


 わざとらしく怯えたふりをするお嬢様。でも、状況の説明としては完ぺきだった。

 だって、明らかに正気じゃないし。でもあそこまで乱心させたのはお嬢様だと思います。

 ああなるってわかって、それで煽らないでください。


「パパ……私怖い」

「ああなんてこと、幼子が怯えているわ……サンスイ」

「はい」

「お父様とお兄様を一旦落ち着かせて、気を静めて差し上げて」


 騎兵を率いて突っ込んでくる二人の完全武装の騎士を、木刀でしばいて、殺さずに家に連れてこいと。

 凄い無茶なことをおっしゃる。できるけど。


「承知いたしました」


 確かにこのままだと、騎兵を連れて館に体当たりしかねない。それはそれで、二人の命が危険だった。

 一旦気を落ち着かせる必要があるだろう。少々手荒であったとしてもだ。


「では……」


 俺は木刀を引き抜いて、中段に構える。

 騎兵隊を率いているお兄様とお父様を気配でとらえる。

 言うまでもないが、武装したまま落馬したらそのまま死にかねない。その辺りは気を使うべきだろう。

 しかし、これが四大貴族の一角で良いのだろうか。俺はこの国の事が今更ながら不安になってきていた。


「ブロワ、もしかしたらお嬢様に攻撃してくるかもしれないから、その時はよろしく」

「ああ、分かった」

「パパ、頑張って!」


 木刀を手に、縮地をする。

 既に間合いの中に入っていた、現当主の馬の、その頭上の上に軽身功で立つ。

 当然走っている馬の頭に乗ればやたら揺れるのだが、仙人である俺の軽身功ならば問題なく直立できる。


「しねえええええぁああああ!」


 そして、俺に向かって攻撃してくるお兄様の馬上槍を踏んで足場にしながら、下段気味で兜を叩く。

 非常に今更だが、俺が気功剣で頭をブッ叩けば、致命傷にはならないが気絶させることはできる。そして、槍を取り落としつつあるお兄様が落馬しないように、馬を落ち着かせながらその首にお兄様の体重を預ける。


「よくも儂の娘をおおおお!」


 俺に気付いたお父様が突っ込んでくる。

 しかし、今まさに俺は貴方の跡取りを殴り倒したのだが、そっちは良いのだろうか?

 お兄様の馬の上に立っている俺に意識が向いた、その一瞬で俺はお父様の馬の馬上へ縮地する。

 頭上からの兜割で、視界に入らないまま気絶させていた。


「け、剣聖……」

「あ、すみません」

「いいえ……こちらこそ申し訳ない」


 お兄様の側近の人が、騎兵隊をゆっくり止めながら、お兄様の体を支えていた。

 そして、俺に申し訳なさそうにしている。そりゃそうだ、原因はお嬢様で、暴走したお二人はそうと知って全面的に暴走したからな。


「我々がいさめるべきなのですが……」

「いやいや、こっちもお嬢様をいさめられず……」


 この家に忠義したのは間違いではなかったのか。

 そうとは思わない辺り、俺達も飼いならされているとは思う。

 しかし群れる生き物は、トップに代わる度胸がないなら従うべきなのだ。


「我らはこのままご隠居と当主様をお連れして、そのまま鈍行でお嬢様の邸宅に向かいますので」

「はい、お願いします」


 俺が気絶させたお父様も、周囲の騎兵が支えていく。

 それを確認すると、俺は揺れる馬の上からお嬢様の待つ邸宅へ縮地していた。



「合格、と言っておくか。我らには敵が多い、こうした不慮の軍勢からでも妹を守れなければ、護衛とは言えぬ」

「流石は娘の認めた護衛だな。儂らの抜き打ちの試験にも対応するとはな。剣聖ともてはやされて怠っているのではないかと不安だったが、杞憂だったようだ」


 そう言うことにしたらしい、お兄様とお父様。

 すっかり武装解除して、お嬢様とお茶を飲んでいた。

 微妙に恥ずかしそうだが、もっと恥ずかしがってほしい。

 表で待機している騎兵隊の皆さんは、恐縮していらっしゃるんだが。


「ええ、サンスイは相変わらず、暇さえあれば日々木刀を素振りしていますわ」

「それを聞いて安心したぞ……我が武門に忠義するのなら、それは当然の気構えだ」


 妹の邸宅に騎兵突撃を仕掛けるのは武門と言うか猪だと思うのだが、この人たちは政治とかできるんだろうか。

 この二人の気配は、完全に戦闘一色だったのだが。


「それはそれとして……ごほん、娘よ……これはどういう了見だ」

「そうだぞ、名目だけとはいえそこの男と婚姻関係になり、ブロワに自分の代わりの出産をさせるなど……」


 そんなことを言い出して父親とお兄さんに送るお嬢様もどうかと思うが、そんなことを言われたぐらいで騎兵を率いて突撃とか、王都の民衆は不安にならないのだろうか。

 四大貴族の当主とご隠居が、手勢を率いて突撃とかおっかなくて仕方ないと思うんだが。


「あら、私を傷ものにせず腐らせたい、お兄様やお父様のご意向を汲んだ結論ですよ?」

「それはそうだが……」

「しかしだな……」


 いや、そこは否定しましょうよ。

 なんで自分の娘をそこまでがちがちに拘束するのか。

 お嬢様の事が心配になってきたような気がする。

 実はとっても可愛そうな人なのでは。


「お前の名誉のこともある。確かにサンスイの実力は認めるところだし、その名声は留まるところを知らん。その点では、ソペード家としては大いに喜ばしい」


 俺の強さは俺の物ではなく、ソペード家の物だ。

 それは社交界の常識であり、この国の常識だった。

 それに対して一々不満などない。そもそも武で就職したのだから、俺は武を差し出してソペード家は立場と金銭を保証する。それは正しい関係である。


「だが、お前と結婚を許すとなると話は別だ。そいつは未だに戦働きをしていない」

「そうだ、お前の護衛どまりなのだぞ。その役割を軽んじるわけではないが、一介の平民扱いなのだ。それと結婚を許すわけには……バトラブではあるまいに」

「あら、それでは私が戦場に立ちましょうか? そこそこの軍師を付けていただければ、私の護衛としてサンスイも参戦できましょう。そのまま大将首をごろりと並べれば、もはや出世なんていくらでも……」

「そ、そういうわけにはいかん。戦争には礼儀と言うものがある!」

「確かに可能だろうが……それは諸国から顰蹙をかいかねぬ。我が国には敵が多い、そうした野卑な手で勝ちを拾えば、背を皆で刺されるだけだ。」


 ああ、祭我のことか。やっぱりあれは大概無茶なことだったのか。

 身元不明で人種の異なる男と、いきなり婚約と言うのは家督と関係ないとしても、大概無茶だよな。

 それはそれとして、俺を軽々に戦場へ放り込まないのは正しい。

 たしかにお嬢様のおっしゃるようなこともできるが、そんなことしたら諸国が危機感を感じるだろう。

 ネズミの群れも、猫に逃げ道を遮られれば全員で噛みに来るものだ。数匹食えば満腹なところで、欲をかけば痛い怪我を負うのだ。

 勝ちすぎは良くない。それは危険に思われることなのだから。


 ……ん?

 また俺の間合いに誰か入ってきたぞ。

 なんだ、この強烈な気配は。


「それにしても、手紙に書かれていた内容は本当か? 全ての魔法を扱えるものなど聞いたことがない」

「ええ、私もブロワもこの眼で見ました。少なくとも法術と魔法をどちらも使えます。その上で、向こうの婚約者は全く歯が立ちませんでしたが」

「そうか……それはそれでどうかと思うがな。奴は遠い異国の王女に気に入られている。余り軽々な扱いはするべきではない。そういう事情があるからこそだ」

「まあ、蛮地の王族など……」

「ただの蛮人なら何とも思わん。だが、王家を仮にも名乗り、実際に希少魔法を使うのだ。それを軽んじることはできん」

「そうだ、無関係なら居ないも同然だが、敵に回れば遠かろうとも問題になるのだ。少なくとも、余計な因縁はつけるべきではない」


 この混濁した気配は、間違いなく祭我だ。

 だが、それとはまた別に、よくわからない気配がある。

 それに……知らない気配も感じる。

 あいつとそのハーレムと、強烈な気配。それから、知らない気配。

 計七つの気配が、こっち向って接近している。意識がこの屋敷に向かっているので、それは確実だ。


「とにかく、サンスイを戦場に立たせることはできぬし、形だけとはいえお前と結婚させることもできぬ。それこそ、サンスイの同種でも現れぬ限りな」

「これは兄としての判断ではなく、当主としての判断だ」

「あら、それじゃあ私は誰と結婚すればいいのかしら? そろそろ怖いのだけど」


 結構素の発言も飛び出すお嬢様。

 そうですよね、結婚適齢期ってありますよね。

 と、それはそれとして接近は伝えるべきだろう。


「お嬢様、バトラブ家のその婚約者が数人でこちらにむかっています。おそらく、その中には御令嬢ご本人も」

「何、またなの?」

「まて、方向はどっちだ」


 本気で便利だな、戦闘するかはともかく、レーダー替わりで戦場に連れて行きたいな。

 そんな風に考えているお兄様とお父様。

 確かに俺なら伏兵とかもわかるけど、仙術はあくまでも自然との一体化を目指す術理だから、戦術的に評価されても……。


「王都の方ですね」

「数人と言ったが、何人だ?」

「御者を入れて七人です。ただ、その内の一人が……おかしくて」

「おかしい? どういうことだ、説明しろ」

「人間は内包しているエネルギーが決まっているんです。バトラブの婚約者である祭我でさえ、多数のエネルギーを常に宿していました。ですが……この気配は無色と言いますか、なんにでもなりそうな、そんな気配です」

「ふむ……とはいえ、襲撃ではないのだろう」


 俺から情報を得ようとしているお兄様を抑えて、お父様が取り合えず落ち着かせる。

 少なくとも、さっきまでこっちを襲おうとしていた、騎兵隊を率いていた二人よりはまともである。

 その割に、戦意があるのが不穏だが。


「もしやとは思うが……あの婚約者をやたら気に入っている、現当主殿が一緒やもしれぬな」

「父上、それはいくら何でも……」

「いやいや、あの小僧に家督を譲るのではないかとまでささやかれているのだ。あり得ぬ話ではない。ともあれ、我らがここに向かったことは王都では騒ぎになっているであろうし、あちらも我らが此処にいることを理解しているであろうな」


 その辺りの冷静な判断力は、騎兵突撃する前にしていただきたい。

 馬もびっくりしてたからな、え、お仕事なの?! って。俺が二人を気絶させたら、そのまま、え、お仕事もう終わり?! ってなってたし。


「とはいえだ、そちらの歓待の前に言っておくことがあるぞ。ブロワ、我らは元々そのことを言いに来たのだ」

「そうでしたね、父上……お前には妹の護衛と言うことで長く負担をかけてきていた。お前がそこの男を憎からず思うのならば、我らに構うことはない。そいつに適当な爵位をくれてやるから、夫婦になるがいい」


 お兄様もお父様もいいこと言ってますけど、俺の都合を意図的に無視してますね。

 お嬢様の抗議の視線も意図的に見て見ぬふりをしていらっしゃいますね。

 ブロワは嬉しそうだけど、俺とお嬢様の事に気付いてないし。

 やはり、誰かが幸せになるには誰かが犠牲にならねばならないのだろうか。



「久しいな、息子に家督を譲ってからは初めてではないか?」

「さてな、一度暇になってみると職務に明け暮れていた日々の事しか思い出せぬ。昨日会ったような気もする」

「羨ましいことだ。儂もお前のように、婿に家督を譲って隠居したいものだ。孫を愛でながらな」

「まあ、お父様ったら!」


 ものすごく嬉しそうにしているバトラブの御令嬢。

 しかし、いいのだろうか。四大貴族の一角を、どこの馬の骨とも知れない男に譲っちゃって。

 そして、祭我自身は良いのだろうか。俺だったら絶対に嫌なんだが。


「加えて……儂の息子になる男の、その秘密を黙ってくれているようだな」

「儂も先ほど知ったことだ。とはいえ、国家に利する秘ならばいくらでも抱え込めばよかろう」


 当代の当主であるお兄様は無言だった。

 公の場じゃないし、年齢が違うからお父さんに任せているのだろう。


「借りに思うなら借りておけ、返さんでいい。だがな……些か軽挙が過ぎるぞ」

「ふむ」

「異国の王女はともかく、呪術師を抱え込ませるなど正気ではないぞ。呪術師としての繋がりは、表立つべきではない。それが双方の利益につながるからだ。そんなことを一々言わねばならぬお前だったか?」


「そんな言い方はやめてください!」


 案の定、祭我は怒っていた。そりゃあそうだ、彼の好意は万遍なく、全員を想っている。その内の一人を人格や過去の行状と一切関係ないところで批判されれば、怒るのは当たり前だ。

 だが、半分ぐらい怒らせるつもりで、お父様もそう言ったのだろう。余計なことは言わないとは言ったが、探りはいれたようだ。

 それにしても見事に釣られたものである。他人事ながら、彼の人生が心配だ。


「ツガーは俺にとって大切な人だ! そんな彼女の事を悪く言うなんて!」

「それで、ここで儂を言い負かせてどうする。それで彼女に向けられる目が変わるものでもない」

「だったら何を言ってもいいんですか!」


 実にブーメランだ。君こそ、隠居したとはいえ四大貴族の元当主に失礼すぎる。

 とはいえ、ついさっきまでばれたら失笑ものの行動を大々的にしていたのがこの人なんだが。


「なるほど、男らしいな。だがその男らしさで何をする? まさか儂と一戦交えるか? 四大貴族の次期当主と元当主が軍を交えて争うか?」

「な、なんでそんなことに!」

「儂も後十年若ければ一騎打ちも考えたが、流石に自分で戦える年齢ではない」


 嘘つくな、さっき自分で戦おうとしてたぞ。手に槍持って戦おうとしてたぞ。


「そんな儂を、年寄いじめでもするのかね。儂に負けると決まり切った争いをせよと」

「それは……」

「であれば軍を率いるまでよ。それで何人の兵士が死ぬか知れぬし、その親族がどれだけ悲しむか知らんが、儂にもメンツがある」

「メンツの為に、そんな……」

「そもそもそこの娘のメンツの為に声を荒げたのがお前だろう。で、どうするのだ。勇ましいのは結構だが、この後どうする」

「……俺が怒ったのは謝ります。だから、ツガーに謝ってください」

「断る。意味がないからだ」

「意味がない?!」


 そりゃあない。

 お父様も言っていたが、この場で一人二人に訂正させたところで全く意味がないのだ。

 この場合重要なのは、世間の目だからだ。


「呪術は戦闘にこそ向かぬが、暗殺に最も適した術だ。証拠を残さずに病死させることも可能だ。逆に言って、これからバトラブ家で不幸があればその都度疑われることになるぞ」

「ツガーはそんなことしませんし、俺はそんなこと頼みません!」

「それを世間にどうやって知らしめる? まさか一人一人説得して回る気か?」

「それは……」

「それで傷つくのはそこの呪術師だ、お前ではない」


 この場合、やるかやらないかなど問題ではない。できるかできないかが問題なのだ。

 そして、歴史的に横行した時期もあるという。


「まあ、そんなことを若いのに言っても反発するばかりであろうがな。とはいえ、何をしに来たのだ。まさかそこの若造に儂を罵倒させるためではあるまい」

「いや、なに……実はな」


 今までいなかった女の子が居た。またハーレム増やしやがって、何考えてるんだ……。

 というわけではない。レインより少し年上と言う程度の女の子が、俺の知覚した特異な気配の持ち主だった。


「儂の婿が、あの神剣を抜いた」

「なに? ではそこの娘が……」


「然りである、我こそは神剣エッケザックス! 神の作り出した最強の剣である!」


 なにそれ、聞いたことない。


「そこな男、ミズ・サイガを使い手として認め、千年の沈黙を越えて世に姿を見せたというわけよ」

「人の形をとる、意思を持った剣……道理で気配が人間とは違うわけだ」

「そうだ……だから、山水、もう一度戦ってくれ!」


 だからって、どのあたりが?

 その女の子が最強の剣だったとして、俺と戦う理由とかは?

 俺の側には一切理由がないんだけど。

 ちらりと見ると、お嬢様も心底面倒そうな顔をしていた。

 多分、向こうのお父さんがいなかったら断っていただろう。


「あのね、ハピネ」

「なによ、まさか怖気づいたの?! 最強の剣を手に入れた、私のサイガに!」

「そうじゃなくて……もう正直貴方達の事なんてどうでもいいの。私他に色々と興味が移っていて……もう面倒っていうか……」


 そうなんだよな、俺たちは俺たちで問題があるわけで、別にこいつらの都合に合わせて生きているわけじゃない。

 こいつらがなんか冒険をして凄い剣を手に入れたのかもしれないけど、そんなこと言われてもちっとも興奮しない。

 だって、どのみち人の目のつかないところで戦うんだろうし。


「なによそれ! 勝てる根拠を手に入れたら戦ってくれるんじゃなかったの?!」

「そうだけど……だって、どうせサンスイに勝てないでしょうし……」

「やってみなくちゃわからないじゃない!」

「もう二回も戦って、全然勝負にならなかったじゃない」


 そうだよね、もうちょっとこう、進歩とか発展が見えたなら楽しめたと思うけど、はた目には二回やって肩透かしだったもんね。もう完全に期待してないんだろうね。

 散々もったいぶったあげく、またワンパンだと拍子抜けってレベルじゃないしな。


「で、どうなのサンスイ。彼は強くなったの?」

「それは……」


 俺の目から言って、全く強くなっているようには見えない。

 というか、弱くなっているように見える。


「……同じ結果にしかならないかと」

「だそうよ、帰ったら?」

「俺は前とは違う! エッケザックスに認めてもらうために、特訓もした! 今の俺なら、いい勝負どころか勝ち目だってある!」


 なんだろうか、この自信は。いい加減諦めてくれないだろうか。


「いや、勝ち目って……仮にこれで君が勝ったとして、それでいいのか? 君が強いんじゃなくて、神剣が強いんだろう。それで勝ってうれしいのか?」


「なんだと小僧が!」


 千年前から存在しているという、俺より年上の剣が怒っていた。とんでもなく怒り狂っている。

 確かに、彼女の存在意義を根こそぎ否定している。

 だが、俺の気持ちも理解してほしい。そんな風に勝って、彼は何かを得ることができるのだろうかと。

 剣が悪かっただけだと、開き直ってしまうのだろうか。


「貴様、我が認めた最強の剣士を愚弄するか!」

「最強の剣士って……」

「我が認めた相手を侮辱するということは、我を侮辱するに等しいと知れ!」

「そう言うことだ、俺は確かに弱いかもしれないけど、彼女に認められた以上なるしかないんだ、山水を越える最強の剣士に!」


 俺を倒しても、俺よりずっと強い師匠がいるんだけど。

 その辺り話し始めたら、彼はどう思うのだろうか。


「サンスイ、戦ってやれ。どのみち向こうも引っ込みがつくまい。ただし、これを最後の勝負とする。それが呑めぬのならば、今日は引くことだ」


 お父様が折衷案、というかゴーサインを出した。

 確かにキリがなさそうだけども。


「それにまあ、儂も興味があるのだ。儂の抱える最強の剣聖が、そちらの最強の剣に選ばれた男と、どう戦うのかをな」


 年配ではあるが、武門の男。

 その眼は完全に男の子となっていた。


「では、儂も立ち会おう。いいね、ハピネ。それからサイガ」


「ええ、分かりました!」

「これが最後の戦い……絶対に勝って見せます!」

「無論だ、剣を軽んじる者に負けてなるかよ!」


 さて、剣を軽んじているのはどちらなのか。

 それを今度こそ分かってもらうとしよう。

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[一言] サイガとかいうキチガイ、早く死んで退場しないかな。
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