怨念
ノアの上に乗りこんでいる面々は、確かな納得を感じていた。
つまりは、スイボクが山水の師であり、同時に山水がスイボクの弟子としてきっちりと技術を継承しているということだった。
この場に山水が居れば、こう立ち回ったであろうと想像できる戦い方だった。
「同じだ……」
祭我はスイボクにではなく、フウケイに自分を重ねていた。
山水を相手にした時、幾度となく味わった光景が目の前で起きていた。
占術を学んだからこそ分かる、何をやっても絶対に勝てないという絶望がそこにあった。
祭我の強みはとれる選択肢の豊富さと、それをエッケザックスで強化できることにある。
だが本領を発揮したフウケイには勝てなかった。どれだけ攻撃しても復活する再生力、法術の壁さえ打ち破る攻撃力、そして天候を大規模に変動させる天槍。
それらによって、数値的に上回られてしまった。自分よりも持久力があって、再生どころか蘇生まで可能。いくら選択肢を選ぶ権利があっても、勝利という結果に到達できないのだ。
「山水と同じだ……あれが、山水のお師匠様……」
そのフウケイを、今の所スイボクは封殺している。
数値化できない技量によって、数値的に勝る相手を封殺し続けている。
というか、接近戦の間合いでは何もできないだろう。何かする前に抑えられてしまう。
「アレが……我らに伝えられている奥義の原型、源流か……」
トオンは感動していた。
改めて、悠久の時を生きる仙人が積み上げた技が、自分達に繋がっているのだと理解していた。
スイボクはスイボクで、山水が鍛えていたトオンや祭我の実力に感動していたが、それも納得だ。
確かに山水は、スイボクの教えを自分達に伝えていたのだ。
自分たちの修練の先、山水が見ている師の背中、それは確かに自分達の目指しているものでもある。
「……なんという、僥倖だ」
もちろん、寿命の限られた自分達では、あの境地に到達することはできないだろう。
だが、正しい教えを授かっていることは理解できる。永遠に近い時間、鍛錬を積んだ仙人が人生の果てに得た『最強』を、『生きた剣』を自分たちは学んでいる。
肉体的に全盛であろう今の己が、更に技量を積み上げられている。それがどれほどの奇跡か、改めて理解していた。
「決着を急いでないな、まあ三千年ぶりだしな」
「ずっと見てたスイボクさんが、お返しって感じで先に手の内を見せた感じだ」
そうした感銘を受けている山水の生徒たちを置いて、右京と正蔵は『バトル』を見守っていた。
一歩引いた視点から状況を見ている彼らは、この戦いがどう動くのか戦慄していた。
「お互い仙人だ、このままずっと世界が滅びるまで戦い続けるってのもできなくはないだろうが……そうはならないだろうしな」
「少なくとも、スイボクはそんなことしないだろうね。一応仲直りしたいみたいだし」
敵に何もさせない、一方的に打ち込み続ける。客観視するに、それがスイボクの到達した境地だった。
本当にフウケイが不死身に至ったとしても、再生という一瞬の隙をスイボクは突き続けることができる。
このまま完封することも、不可能ではないだろう。スイボクはスイボクで、不死身ではないが不老長寿であるし、食事も必要ではない。抑え続ける、ということは現実味があった。
その一方で、スイボクが本気で殺しにかかっていないことは、余りにも明白だった。
ある程度打ち込んで行動を封じれば、再生するのを待って距離を作っている。
相手に行動させず攻撃し続ける、というのが消耗を招くのかも知れないが、それにしても優位を放棄しすぎだった。
フウケイには残酷な話だが、スイボクに殺意が不足しすぎている。
少なくとも、復讐者であった右京の目には、かえって残酷な振る舞いに見えた。
「ここまではフウケイにとっても予想通りだろう、本番はここからだ。スイボクの弟子の弟子だっていう三人に負けてもまるで気にしてなかった。フウケイの本命は、やっぱりヴァジュラと不死身、無尽蔵の筈」
「接近戦で勝てないから、派手な術でぶっ飛ばす。確かにそうするしかないか……」
別に、フウケイが体術、槍術を怠っていたわけではないだろう。素人の二人でもわかるほどに、祭我達との戦いでは型のある動きで対処していた。
ただ、おそらく三千年前からフウケイとスイボクでは、武術では実力差があったのだろう。だからこそフウケイは武術の鍛錬を怠らない一方で、無尽蔵の仙気を蓄える術を会得したのだ。
先ほど祭我達を一蹴したように、技量で後れを取っても大規模な術で相手の隙を生み出し、そこを叩く。それがフウケイの全力だったはず。
「っていうか、なんか下がろうとしたところを斬ってたしね。フウケイは何が何でも距離を取ろうとするはずだよ。俺でもそうするもん」
「ゲーム風にいうなら詠唱時間、集中する時間が必要なんだろ。そのためにヴァジュラを持ってるんだろうしな」
先ほども、炎上した自分の体を消火するために滝のような雨を降らせていた。それが相手の行動を封じるためであり、おそらくスイボクにもある程度は通用するのだろう。それは察しがつく。
そうなると正蔵が心配なのは、術の余波だった。
「あのさ~~ノア、大丈夫? なんかさっきよりも凄いことになりそうだけど」
『大丈夫じゃない~~! 逃げないと! また壊されちゃう!』
「そっか~~」
『いや、逃げようよ! なんで逃げようと思わないの?!』
確かに、エッケザックス片手で百年間追い回されたあげく大破させられたのだ。そりゃあ怖いだろう。誰がどう考えてもおっかない。
しかし、ノア以外の全員がこの場から離れる気がなかった。正蔵が相変わらず大地を照らしていることが、その証明である。
『なんでみんな、死にたくないって思ってるのにスイボクから逃げないの?!』
「我がいるからではないか?」
『エリクサー、降りて~~~!!』
死にたくない、と思う者を乗せるほど強度が増すノア。
生きねばならない、と思う者に天運をもたらすエリクサー。
その双方が揃っている状況で、精密に一人一人を殺す剣士に狙われるのではなく、大規模な術の傍にいる。
「大丈夫だろ、絶対」
「頑張ってね、ノア」
『ふんぎゃああああああああ!』
頑張れノア、痛い思いをするのは君一人で十分だ。
そうして、一人痛い目を見ることになったノアを犠牲にして、船上の面々は固唾をのんで見守っていた。
あるいは、他の神宝たちも理解していたのだろう。スイボクが戦う以上、この世界に安全な場所などないのだと。
「それにしても……十牛図第十図、入鄽垂手とは大きく出たな、スイボクめ! あの神経質で完璧主義者な男が弟子を取ったというからよほどの悟りを得たと思っていたが、そこまでの境地を得たか!」
「言っている場合か、エリクサー。三千年の復讐者など、我も想像できんぞ」
スイボクは最強を目指し、最終的に体術を極めた今の境地に到達した。
まさに、歴代のエッケザックス所有者の中でも、エッケザックスを越えるほど最強に執着した男として、正に盤石な境地と言ってよかった。
だが、復讐の妖刀ダインスレイフとしては、ヴァジュラを選んで得たフウケイが恐ろしい。
スイボクを討つために三千年費やした、復讐のために生きてきた男。
スイボクの人間的成長、仙人的成長はともかく、その強さは想像の延長線上に存在するだろう。
スイボクの修行の果ては、ただ技量を突き詰めた物。その理想形、人間技だ。
剣士としては、とても正しいのだろう。だが、如何なる手段を用いてでも殺す、復讐する。そう覚悟を決めた男は、決して軽く見れるものではない。
そう、想像していたはずなのだ。
※
『スイボク、お前は間違っている!』
『何が?』
『なぜ過ちを認めない! お前の在り方は、仙人のそれではないし、人間のそれですらない! 獣以下、悪鬼羅刹だ!』
『けどさ、仙人の人はみんなぼ……俺に教えてくれるぜ? 気前よく、仙術を教えてくれるんだぜ?』
『それは我らが師、カチョウに気を使ってくださっているのだ! お前は他人の善意を利用し、悪用しているに過ぎない!』
『……うるさいな、お前。本当にうるさい』
『お前も本当はわかっているはずだ、過ちに気付かないことが過ちならば、過ちと気付いて正さないことは更に悪い過ちだ!』
手遅れだった。
「ぜぇ……ぜぇ……」
荒い息を整える。肉体の傷は復活し、既に体調は戻っている。
それこそがフウケイの、三千年の修練の成果だった。
どれだけ時間をかけてでも、暴虐を極めたスイボクを正さなければならない。
その為に、三千年も生きてきた。
「……スイボク」
もう遅い。
今更、スイボクが自分の非を認めたところでもう遅い。
スイボクが故郷を壊滅させてから、三千年経過した。
今更悔いても、もう遅い。
今の境地、まともな仙人になるまでに何が起きたのか。それはスイボクやフウケイ以上に長く存在している八種神宝の反応を見れば明らかだ。
スイボクは、フウケイの想像した通りに破壊と暴虐をまき散らしたのだ。
「フウケイ……」
「そんな顔をするな、そんな顔をするな……そんな顔で己を見るな」
そして、それはもう終わっている。
スイボクの成したあらゆる破壊や殺戮は、しかし時の流れが拭い去っていた。
もう、スイボクの被害を受けた者で生きているのは、それこそ八種神宝とフウケイぐらいであろう。
「すまない……本当に、僕は、君に謝っても許されないんだろう」
「そんな顔で、己を哀れむな!」
一つ、想像していた通りの事が起きている。
別に、フウケイは武術を軽んじていたわけではない。複合した気で己を強化しているがそれでも及ばないとは思っていた。
そもそも硬身功は、人体の強度を大幅に上げる術であって、法術のように人体を鎧で守るわけではない。
もちろん、だからこそ動きが制限されるとかそんなことは一切ないのだが、逆に言って人体の急所を保護できるわけではない。
どれだけ硬度をあげても炎の魔法で燃やされればそれまでであり、ある意味では他の仙術同様に、接近戦に特化した他の『魔法』と正面切って戦うには少々非力だった。
便利ではあるが、強力ではなく、絶対とは程遠い。四器拳や爆毒拳と違って、そこまで異常な効果は出せないのだ。
「無限遠だと、なるほど見事なものだ!」
スイボクは強い、本当に強い。その一点だけを認識すれば、自分の修行は無駄ではないと確信できる。
「だが! 己は今日までお前を殺すことだけを考えてきたのだ! お前が三千年でどれほど強くなってたとしても……そのお前を殺すためにな!」
「……そうか、そんなに君を苦しませ、迷わせたか」
「避けられるものなら避けてみろ! 貴様は既に、己の暗雲の下で戦っているのだ!」
どれほど高度な技術を身に着けても、それは原則人間技である。
さきほどフウケイは祭我を相手に攻撃を受けたが、それは腕が二本しかない人間の限界だった。
ならば、スイボクにも体術の限界はあるはずだ。
「む……杞憂の術か」
「そうだ、潰れて死ねええ!」
それは、目視できない攻撃だった。
雨でも雪でも雹でもなく、ましてや雷でもない。
竜巻と違い、一切前置きなく空から落ちてくる、気圧の怪物。
『ぎゃああああ! ダウンバーストだああああああ!』
正蔵の魔法にも匹敵する規模の、広範囲の仙術攻撃。
透明な鉄球で大地を押しつぶすかのように、フウケイの仙術は絶叫するノアを巻き込みながらスイボクへ直撃させていた。




