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 例えば、剣を振るのに声は必要かと言えば、必要ではないと言える。少なくとも俺は、態々一々声を出して切ろうとは思わない。もちろん師匠だって同じことだ。

 だが、なぜ世の中の大抵の剣士は大きな声を出すのか。そっちの方が、ある意味簡単だからだ。

 大きな声を出して相手を威圧し、委縮させ、踏み込みを甘くさせる。動きを固くさせ、鈍くさせる。

 それは一瞬を争う戦いでは極めて大きく働く。要は一回斬れば、人はそのまま死ぬからだ。

 だから自分の事を、強く大きく見せようとする。それはとても簡単なことだ。筋肉を鍛えて、大きな声を出せばいいのだから。


 まあそれはそれで十分辛いし長い鍛錬を必要とするのだが、俺も師匠もそんなことをしない。相手を委縮させる必要もないし、自分を奮い立たせることもないからだ。

 相手の動きがわかるなら動けなくさせる意味がないし、等身大の相手がわかり等身大の自分がわかるなら、そこに勢いは必要ない。


 とはいえ、それが難しい。

 仙人である俺や師匠は長い時間でそれをなんとなく会得していくが、普通の人間はそこまで時間を費やすことができない。

 そしてもっと言えば、その強さは全く必要ではない。


 仮に俺の強さが一万を超えていたとして、敵が五十ぐらいだとして、果たしてそこまで至る必要があるのだろうか。

 正直、最初に戦った時の祭我だって、十分以上にこの世界で最強だろう。

 一対一なら、苦戦することは有っても負けることはほぼない。仮に倒せる敵がいたとしても、生涯で出会うかどうか。

 つまり、俺の強さはほぼ無駄なのである。


「ねえブロワ、どう見る?」

「そうですね、流石は国内の最高学府。指導員も粒ぞろいですね」

「貴女とどっちが強いかしら」

「無論、私です。教員も、生徒も、どちらも私の敵ではないかと」


 男子生徒を対象に行われている、剣術の訓練。

 素振り用の重い剣を使って、肉体の鍛錬に重きを置いている授業だった。

 とはいえ、多分普段通りではないだろう。

 授業を受けている生徒が数百人いるが、明らかに今日いきなり参加しました、というぶよぶよした体の生徒が結構いる。

 全員、上半身裸なのでその辺りは見るからに露骨だった。それこそ、素人目にも明らかと言う奴である。生活習慣は、体に出るのだ。


「みっともないのが混じっているわね」

「お嬢様がいらっしゃると聞いて、少しでも接点を持とうという下種な考えの者が多いのでしょう」


 その一方で、教師たちは俺とブロワを見ていた。

 俺は当然の事、ブロワも並みの天才ではない。如何に最高学府とはいえ、学校で生徒に指導している面々に、ソペード家の御令嬢の護衛が劣るわけもない。

 そして、俺もブロワもその点が有名だ。教師たちは自分達よりも年下で、腕前が上だという護衛達に監視されながら、四大貴族のお嬢様に品定めされているのだ。

 さぞ心臓に悪いに違いない。これはこれで、観測する行為が対象に与える影響、ということだろう。


「……飽きたわ」


 そう言って、お嬢様はそのまま訓練場から去っていく。

 そりゃそうだ、炎天下の下で掛け声を出しながら剣を振るう男子生徒を日陰から見て、楽しいと思うのは希少だろう。


「それじゃあ、レインの事を見に行くわ。友達がたくさんいるって言ってたし、遠くから見てみたいのよ」


 校舎の中へ入っていくお嬢様。もちろん俺もブロワもついていく。

 背後で安堵する教員の気配や、がっかりしている生徒たちの気配も感じるが、そううまい話もないのだと察していただきたい。

 その美味い話に遭遇した俺だって、危うく娘が好きすぎる父親と、妹が好きすぎる兄に殺されかかったのだから。


「レインはいい子に育ったわね」

「ええ、お嬢様のしつけがよろしいからだと思っています」


 初対面の時もそうだったが、お嬢様は本当に子どもには優しい。厚遇しているブロワだって自分より年下だしな。


「……ねえ、あの子には何時教えるの?」

「……それは、そうですね」

「まだ早いとは思うけど、子供ってけっこう残酷だから、周りから何か言われるかもしれないわ」


 俺は何処からどう見てもレインの父親ではない。年齢もそうだが、人種が明らかに違うのだ。

 血のつながりがないことを、実際には彼女の素性など一切知らないことを、彼女には何時か教えねばなるまい。


「ありがとうございます」

「貴方の為じゃないわ、レインの為よ」


 幼年部の、魔法実験の授業。

 それを見守るお嬢様は、とても温かい目をしていらっしゃった。


「娘と言えば言いすぎだとは思うけど、私にとってあの子は妹みたいなものだから」

「そう言っていただけると、娘も喜ぶでしょう」


 苛立たしそうというよりは、寂しそうに、お嬢様はレインが勉強している姿を見ていた。


「退屈だわ」


 俺もブロワもストイックだし、修行するとか護衛するとか、そういう仕事があるので退屈するとかそういうことはない。

 しかし、お嬢様は本当に退屈そうだった。

 流石に俺ほど異常でもないし、ブロワのように魔法や剣の才能があるわけでもないが、それでも十分才色兼備で社交界では引っ張りだこだもんな。


「……あの子は、ハピネは楽しそうだったわね。まさかあれだけ理想の高かった子が、あんなぱっとしない男にほれ込んだなんてね」


 ぱっとしない男とは祭我のことだろう。

 少なくとも、ルックスがいいタイプではなかった。もちろん戦うところがかっこよかったのかもしれないが、その機会に恵まれなかったしな。


「まさかどこの馬の骨とも知れない男の、その女の一人に甘んじるなんて」

「恋は盲目と言いますし……なにか運命的な出会いがあったのかもしれません」


 ブロワの言葉に、俺も無言で肯定する。

 多分こう、山で山賊とかに襲われていたら、偶々偶然通りがかった祭我に助けてもらったとか、そんな感じだとおもわれる。

 少々立場は違うが、俺だって似たようなもんだしな。

 そういうものが実際に有れば、恋とかにも発展するのかもしれない。


「つまり、私も運命的な出会いとやらがあれば、あの男に惚れていたかもしれないと?」

「それは……」

「冗談よ、天地がひっくり返ってもそれは無かったわ」


 どうだろうか、俺がいなかったら、それもありえたかもしれない。

 そういう展開を、俺は結構知っている。というか、他人の男を奪いたくなってといういたずら心をくすぐられる可能性も、無きにしも非ず。


「そうそう、運命の出会いと言えば貴方だけど、私にほれ込んでいたりするのかしら?」


 そう言って、俺に悪戯っぽく笑う。

 あのですね、俺って仙人なんで大抵の欲は無いんですよ。

 特に色欲なんてあったら、師匠だけとの生活に耐えられるわけもないし。

 しかし、そんなことを言われても納得してくれないだろうしなあ。


「いえいえ、恐れ多くて」

「……つまらないわね。年頃の男と女が三人いて、浮ついた話が一つもないなんて」


 すみません、俺年頃どころの騒ぎじゃないんですよ。外見年齢詐欺なんで、その辺りを期待されても沿えません。

 とはいえ、ブロワもお嬢様も、いい年だとは思う。

 あのお兄様とお父様がいらっしゃる以上、お嬢様はいろいろ難しいとは思うのだが。


「あの子があそこまで夢中になって、沢山いる『女』の一人でもいいから愛されたいと思うんですもの。恋っていうのも、楽しそうよね」


 こんなことは言いたくないが、お嬢様がハーレムの一員になったらいやだなあ、とは俺も思っている。

 お嬢様がおっしゃったように、結局この場合のハーレムとは、男にとって沢山いる女の一人でしかないからなあ。


「その、なんだ……」

「どうした、ブロワ」

「お前は、その……レインの母親に義理立てでもしているのか?」


 なんか、同僚からすげえ聞きたくない言葉が飛び出してきた。

 こういう時、気配を強烈に感じる力なんてなければいいのにと思う。

 なぜなら、お嬢様が凄いいい顔で笑っていたからだ。


「お嬢様ではないが、昔からお前に一切浮ついた話がないので不思議でな……お前は昔から見た目が全然変わらないが、その、私やお嬢様よりも年上だろう?」

「そうねえ、その辺り気になるわね……確かに貴方も私なんかよりもいい歳の筈だしね」


 いい年、五百歳。

 仙人としてはまだまだ未熟だが、そんなに若くないしいい年でもない。


「いえいえ、師の下で修業していた折に、そうした欲は捨てていまして」

「あらあら、つくづく偏執的なお師匠様ね。そんな人生の何が楽しいのかしら」

「武人としては尊敬に値するが、困惑が隠せないな……そこまでして何の意味が……」


 意味か……確かに意味なんてないよなあ……。

 でもまあ、俺もその生き方が結構好きと言うわけで……。


「とにかく……そうね、よくよく考えれば、主人である私が未婚なのに、部下である貴方達が結婚なんて、難しいでしょうねえ……。でもね、私って結婚したいとも思っていないし、お兄様やお父様が中々許してくれないのよねえ……」


 なんだろうか、猛烈に嫌な予感がしてきたぞ。


「今度お父様とお兄様に手紙でも書こうかしら」


 これも自然の営みの一環だ、とは流石に中々思えなかった訳で……。


「私、ブロワの娘なら自分の娘のように愛せると思うの」


 ただ俺は、カッコウと言う鳥を思い出さずにはいられなかった。



「さて、それでは今日初めて授業を受ける、という人もいらっしゃいますから、こうして先に説明をさせてもらうわね」


 結局、お嬢様が一番最初に受けた授業は、学園長先生の授業だった。

 魔法史、つまり魔法の歴史を学ぶという、聴くだに人気のなさそうな授業だったのだが、なんでもとんでもなく面白くて人気があるらしい。

 とはいえ、お嬢様が代わりなさいと命じれば断れる生徒などいるわけもなく……。


「人は時として、学問に対して誤解をしています。つまり、正解を学ぶことこそが学問であると、そう思い込みたがるのです。人は失敗を恐れる生き物ですからね」


 そして、流石賢者と呼ばれる学園長先生。ただケンカを焚きつけるだけではないらしい。

 もちろん、アレだって見方に()れば十分な環境を整えた上で、勝敗を明らかにして今後の遺恨を拭うものだったし。

 まさか、翌日戦うとは思っていなかっただろうけども。


「だからこそ成功を学びたがる。成功者と同じことをすることが、成功の秘訣ですからね」


 目の前の先生の気配は落ち着いている。話術で引き込もうとしているが、それは授業内容を覚えてもらうためだ。

 確かに、つまらない授業よりも楽しい授業の方が、生徒は憶えられるしな。


「ですが、失敗した方から学ぶこともまた、非常に重要と言えます。失敗した方の真似をしてはいけません、というわけではありません。それは学者のすることではない。よろしいですか、私達の使命は『なぜ失敗したのか』を問うものだからです」


 うむうむ、実に良いことをおっしゃる。


「とはいえ、もちろん真似をしてはいけない、ということも確かにあります。彼らが何を思い試みて、なぜ不幸な結果に至ったのか、それをこの授業では学んでいきます」


 カーテンが閉じて教室の中が暗くなり、映写機の様な物によって、黒板に映像が映し出された。

 映画のように動画や音が出るわけではないが、静画を照らすことはできるようである。


「さて、皆さんも先日ご覧になったように、体を癒すことができる法術は、しかし戦闘面においても比類ない働きをします。壁を作り出すことができ、加えて鎧とすることも可能だからです。流石に攻撃ともなると狭義の、正しい意味での魔法に劣りますが、それでも法術を使える騎士を倒すことは容易ではありません」


 確かに、あのブライトアーマーとか言うのは結構頑丈に感じた。

 というか、普通に便利そうに見えた。あれの強度がそこそこだったとしても、通常の鎧と併用すればもっと頑丈だと思うし。


「もちろん魔法で壁を作ることはできます。ですが、風で壁を作り弓矢の軌道を変えることができても、単純に槍で刺突されれば少し妨害することしかできません」


 隣で頷いているブロワ。

 そりゃあただ強風を出しているだけなんだから、人間を殺す勢いで突っ込んでくる矢を止めるとか、槍を止めるとかは難しいだろう。

 人間一人飛ばせる力があっても、それを広い範囲で、継続的に発動させることは難しいからな。

 先日の山賊退治でブロワがあれを使ったのは、機先を制するためのフェイントのようなものだ。ただの見せ技であるが、それでも全員に魔法使いがいることを知らせることもできる。


「火でも水でも同じこと。土なら別ですが、これは遅い。つまり、戦争などの高度な戦いでは法術による防御が最も現実的であり、一般の魔法使いは攻撃同士のぶつけ合いが現実的です」


 敵の攻撃を防ぐより、敵を殺す方が簡単。そりゃそうだ。


「とはいえ、法術使いは希少ですし、回復が可能なのは彼らだけです。なので仮に戦闘に長じた法術使いがいたとしても、実戦に配備されることは稀でしょう」


 そりゃそうだ、法術使いの資質を持つ者は千人に一人。場合によっては血統などで決まることもあるらしいが、それはそれで失うわけにはいかない。


「なので多くの魔法使いは、法術使いのように防御を固めることができればいい、というのを一つの目標にしていました」


 そう言って、映写機に一人の男が映し出される。

 俺と同じ、黒い髪に黒い眼をした男だった。多分、同郷である。

 だって、話の流れからしてそんな感じだし。


「彼の名前は伏せますが、ある試みによる、哀しい犠牲者です。彼は炎の壁ではなく、炎の鎧を作ろうとしました。壁の形をしていればある程度役割を果たせる、という壁ではなく、自らが身に纏える鎧を作る。それは繊細な作業で、法術使いも苦心していると聞いています」


 次の映像を見て、俺は絶句していた。

 人間の焼死体だったからだ。


「彼は燃え死にました」


 でしょうね。

 自分の体を炎で覆う、そんなことしたら焼け死んで当然だ。

 魔法の剣を燃やして斬る、というのならまだガスバーナーやはんだごてでケンカするようなものだが、自分を燃やしたらそりゃあ死ぬだろう。


 そして、お嬢様はお腹を抱えていらっしゃる。

 そうですね、こんな死に方したら、笑うしかないですよね。


「また、仮に彼の試みが成功したとしても、無意味であると検証がされています。ゴーレムに炎の鎧、ではなく固定された炎の壁を重ねたところ、攻撃が素通りしていました」


 そりゃそうだ、松明で殴るならまだしも、松明で防御したって意味ないしな。

 お嬢様の腹筋がピンチだった。


「炎の壁と炎の鎧が同質ならば、この成果は考えればわかることでした。ですが、実証という結果はとても貴重です。皆さんはこのことを心にとどめてください」


 ある意味、交通事故の現場の再現映像のようなものなのだろうが、シュールすぎて笑いを誘っている。

 もちろん、俺もブロワも笑えていないが。


「彼の失敗は、単純に炎の鎧、と言うものが自殺と言う結果にしかならない。その程度に収まるものではありません。少なくとも、試みそのものは悪くありません。ですが、自分で試すのではなくまずはゴーレムなどの人形による実験を重ねるべきでした。確かに最終的には実践も必要ですが、それまでに可能な検証は数多あったはずです」


 今度は三人の魔法使いの顔写真、のようなものが映し出された。

 今度も俺と同じ黒髪に黒い眼である。なんか猛烈に嫌な予感が……もはや確信に近い。


「この三人は死亡していません。三人はそれぞれ、風の魔法、水の魔法、土の魔法で鎧を再現しようとしました。その結果……風の魔法はほぼ素通し、水の魔法で氷の鎧を作ったところ凍傷、土の魔法で鎧を作ったところ重くて動けず、という結果に至りました」


 お嬢様、貴族のプライドを守るために笑いをこらえていらっしゃる……。


「これによって、魔法で法術のように鎧を作ることは不可能である、という結論に到達しました。これは実証されたことであり、検証も入念に行われています。少なくとも、ブレイクスルーが起きない限り、魔法での鎧は非現実的でしょうね」


 そりゃそうだ、剣が燃えるならまだしも、壁や盾が燃える意味がない。

 とはいえ、確かにやってみたら案外有効かもしれない、ということで試すのは意義があるだろう。

 少なくとも、学術的には。命に見合うかは知らん。


「こうして、改めて法術の重要性が知られました。戦争で重要なのは、まず自分が死なないことですからね。少なくとも私が知る限り、先日の神降ろしを除いて、魔法が使えるとしても人間であることに変わりはありません。私でも、貴方でも、貴女でも、誰でも。野原に落ちているそこそこ大きい石で頭を殴られれば、簡単に死ぬのです」


 良いこと言うなあ。俺の師匠が木刀を使うのも、似たような理屈だし。


「戦闘に限らず、実験にも言えることです。魔法とは、呪術に限らず危険なもの。それの検証を行うとしても、自分を神と勘違いして傍観者のように自分の安全性を絶対視しないでください。今の例は、そうした意味での教訓を得てもらうものです」


 うむうむ、俺の師匠もなぜこの修行法に至ったのか、色々教えてくれたものだ。

 正しい修行法は、なぜ正しいのか。正解だけではなく、失敗も教えてくれるのはいい先生である。


「それでは次に、大失敗と言うほどではないですが失敗に終わった実験の事を話します」


 またしても黒髪に黒い眼だった。

 なんだろうか、チョイスに悪意を感じる。

 少なくともお嬢様もブロワも、俺の事を見ているような気が……。


「土の魔法の強みは、その重量です。単純に土砂を生み出してぶつけるだけですが、発動までの時間を要し速度も遅いものの、法術以外では防げません。風の壁ではさほどしか軌道が変わらず、火ではむしろ威力が増します。水の魔法で氷を作ることは可能ですが、これは知っての通りとても遅い。また、氷の壁が地面に固定されていない場合、氷の壁が自分に向かって倒れてくることもあります」


 今度は写真ではなく図が表示された。

 とんでもなく単純な、棒人間の様な図だった。


「彼の提案はこうでした。風の魔法で高いところへ移動し、そこで土魔法を使い土砂や岩を精製し、落す。それによって敵要塞などを破壊する。と言うものでした」

「無理だな」


 隣に立つブロワが、そんなことを言う。

 風魔法で飛翔することが可能な彼女が言うんだ、そりゃあ無理だろう。


「彼は何もかもを自分でやろうとしました。その結果、まず上空に飛ぶだけの風魔法の実力を得たのですが、土魔法の習得に時間を要してしまいました。その理由は皆さんの知っての通りです」


 例えば火の玉を出す魔法を覚えたとする。

そこからさらに発展させて、より大きな火の玉を出す魔法や、剣に纏わせる魔法、火の壁を作る魔法、火を放射して突撃する魔法、と言うものを覚えていく。

 それが火の魔法使いの習得の順序だ。

 これは他の系統の魔法使いも一緒で、基本から応用、発展させていくわけだ。


 では、他の系統の魔法を覚えるには?

 やっぱり基本から憶え直していくしかないのである。


 つまり仮に風の魔法を極めたところで、他の魔法に関しては素人同然なのだ。

 法術や仙術のように習得できないわけではないのだが、時間も労力も要してしまうのである。

 だから基本的に、魔法使いは一つの系統を極めていくのである。人生は短いし時間は限られている。大抵のことがぼんやりできることよりも、一つの事がしっかりできる方が尊ばれるのだ。


「それならばと、土魔法の使い手に参加を要請しました。自分の魔法で自分と土魔法の使い手を上空に運び、分担しようとしたのです。ですが……これも失敗に終わりました」


 今度の図形は、大きな丸が下に行くにつれて小さくなって、最後には消えるというものだった。


「皆さんも知っての通り、魔法には維持に要するコストに加えて、射程距離が存在します。基本的に、遠くであればあるほど、どんな魔法でも弱く小さくなってしまいます。これは土魔法も例外ではなく、上空という地表から距離のある場所から岩塊を落しても、それが土魔法で作った物であるのなら、それは地表に着くころには消えてなくなっているということです」


 お嬢様、また笑ってるし。声をこらえて笑ってるし。


「もちろん実物の岩を風で持ち上げて落せばその限りではありませんが、それこそ風の魔法使いが何十人と必要でしょうし、それなら素直に投石器を使った方が簡単です。こうして彼の計画は破たんしました」


 爆弾落せばいいのに……いや、流石にそれはそれで難しいか。

 導火線で爆発するんじゃなくて、衝撃で爆発する爆弾は色々必要だと思うし。

 そっちでも、重量の問題は解決しないしな。


「彼の計画を成功させるには、それこそ岩塊を土の魔法使いごと落す必要があります。威力も相応でしょうが、土魔法の使い手は当然死ぬでしょうし、結局投石器と同じ結果しか出せません」


 お嬢様、そっちの記録は無いの、って顔しないでください……。


「こうした多くの先人の記録を紐解くことで、できることとできないこと、できない理由を学んでいきましょう」


「これは良い学問ね!」


 お嬢様、俺もそう思いますけどちょっとどうかと思います。

 それにしても、後世に名を残すのも考え物だなあ。

 誰かのためになるとはいえ、こうして死んだ後も笑いものにされるのだから。


「お前の同郷は、粗忽ものが多いのだな……」


 やめてブロワ、否定できないから。

 実際、祭我だって大分粗忽だったし……。

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