表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/497

成長

 バトラブの切り札である祭我には、一切異名や二つ名がない。

 それは彼が目立った功績をもたず、ただ神剣をもっているだけの法術使いとしか思われていないからなのだろう。

 もちろん、法術の鎧を神剣で強化しているのだ、弱いわけがない。

 しかし、他の切り札たちに比べるとどうしようもなく地味だった。


 アルカナ王国の上層部では誰もが認める最強の剣士、『童顔の剣聖』白黒山水。

 大地さえも耕し天空をも揺るがす最強の魔法使い、『傷だらけの愚者』興部正蔵。

 ドミノ帝国を瓦解させ、皇族全員を捕えて処刑する革命家、『異邦の独裁官』風姿右京。

 そして、パンドラを完全に使いこなせる唯一の適合者、『考える男』浮世春。


 その四人と同列に語られる価値があるのかと、ノアに乗り込んでいる面々は疑問を感じないでもなかった。


「大丈夫なの、ハピネ」


 パレット・カプトはそう訊ねるしかない。

 山水の師であるスイボクを殺しに来た男という、途方もない相手と戦ってよいのかと、心配するのは当然だ。


「大丈夫よ、パレット。サイガは……強いわ」

「ああ、強い」


 スナエも頷く。もはや自分が惚れ込んだ男は、同じ盤面に上がれなくなるほどの強者になっていた。

 それはとても誇らしいが、一方で寂しくもある。


「あの邪仙に、負けることはあるまい」


 少なくとも、祭我は勝算をもって状況に臨んでいた。

 トオンが戦い、その戦闘方法を暴いてくれたことで、ある程度予知も絞ることができていた。

 亀甲拳で重要なことは、できる手段の豊富さである。

 行動の選択肢が乏しければ、如何に優れた未来予知が可能でも、雪隠詰めに至り敗北という結論が覆らなくなってしまう。

 そういう意味でも、祭我は出し惜しみなく戦うつもりだった。

 こちらは三人いる、変に駆け引きをする必要は何処にもない。特に自分にとっては、もはやフウケイはどうとでもできる相手に見えた。


「ラン、トオンさん。俺が主体になって戦います。隙を逃さずに、畳みかけていきましょう」


 エッケザックスを手に、予知を開始する。

 星血、時力とされるエネルギーを消費して、自分がどのような行動をすれば最善なのかを探ろうとしていた。

 確実なことは、相手が固く技量も高いという事。力だけで押し切ろうとすれば、どうあがいても敗北は必至である。

 だからこそ、その行動予測は最初から排除する。そんなことを予知しても意味がないので、最初から予知をしない。

 そして……。


「法術、グレイトブライトアーマー。神降ろし、狼人の威容。魔法、マキシマム・バーニングソウル。狂戦士、開始」


 聖力を消費して身を守る鎧を、王気によって、自分の体に獣の因子を得る。魔力によって剣を燃え上がらせて、悪血によって更なる自己強化を行う。

 そして、それらすべてをエッケザックスで強化増幅していた。


「影降ろし、鏡鋏の舞!」


 影気によって一体だけ分身を生み出し、同時に走り出す。

 既に決められた動きを入力されている、途中で動きを変えることができない分身は、しかし予知によって結果が確定している万全の人形だった。


「……これは、どういう力だ」

「はあああああああ!」


 余りにも多彩な現象が、並行して起っている。

 その状況にやや戸惑うフウケイだが、それでも気功剣によって強化されたヴァジュラを滞りなく振るって祭我を迎え撃つ。


「早く、重い。だが……甘い」


 当然だが、予知能力を得てもそれによって祭我の体術が向上するわけではない。

 もちろん、悪血によって体の最適な動かし方はわかっているのだが、流石にランほど適切とはいかない。

 加えて、相手は悠久の時をかけて鍛えた武人。その体術は、まっとうに戦ってもトオンを越えるだろう。


「甘いから、なんだ! 言ってみろ!」


 それでも、祭我は二重の身体強化を増幅している。その上、同等の速度を誇る分身が最適な行動をとり続けている。

 その二人に挟まれた状況でも、ほぼ無傷で捌いているフウケイには瞠目するが、それでも反撃に転じることはできない。

 フウケイの技量がどれほどであっても、そもそも腕の数が違うのだ。

 予知能力と分身の合わせ技による完璧な挟み撃ちは、フウケイに反撃の機会を与えない。


「お前には、何もさせない!」


 山水ならば縮地で一旦距離を取るかもしれないが、縮地を行う際に一瞬の準備を必要とするフウケイは踏みとどまるほかない。

 それでも、左右や前後で打ち込んでくる祭我からの燃え盛る炎による攻撃を完全に回避しているのはさすがだった。

 未来予知によって完璧な行動をしているにもかかわらず、一太刀を浴びせられないとは、つまりはそれだけフウケイが強いということだった。

 まさに盤石の守りである。どこからどう攻め込んだとしても、完全に受け切る技量が彼にはあった。

 ある意味で、粛清隊と戦う時は本気ではなかったのだろうと、練習のつもりだったのだろうと察しは付く。

 

「不遜だな、スイボクの流れを汲む者よ」


 反撃に転じようとするフウケイは、しかし本物の祭我が離脱する前に攻撃を放つことができなかった。

 分身の祭我は予め決められていたように、捨て身で突撃する。本物は、大きく後ろに下がりながら法術の壁で自分を守っていた。


「発勁」


 その規模、威力、範囲、射程。そのどれもが、山水の発勁とは異なっていた。

 全身から放たれ、周囲を揺るがす仙気の波。

 己の体に燃え盛る剣を突き立てていた分身を吹き飛ばし、そのまま消滅させていた。


「その分身、生み出すのに時間がかかるようだな。その前に潰せば、どうだ?」


 縮地で法術の壁に回り込み、振りかぶったヴァジュラで首を狙うフウケイ。

 その予想は概ね正しい。確かに予知を組み込んだ分身を生み出すには、事前にできるだけ長く予知に集中する必要があった。


「分身だけが芸じゃない」


 分身と予知の併用は、この状況では適さない。それならそれを使わなければいいだけだった。横薙ぎに首を狙ってくるフウケイのヴァジュラ。その刃は気功剣によって鋭くなっていた。それはエッケザックスで受けねば、確実に受け切れるとは言えない一撃だ。


「爆毒拳、虚煙」

「ぬ?」


 侵血を消費して行う、爆毒拳。自分で生み出した法術の壁に掌を当てて、既に爆破の準備を終えていた祭我はそれを起爆させる。

 当然、壁全体が突如爆破されるわけではない。踏み込んできたフウケイの視界を、ふさぐ程度の目くらましにしかならない。

 それでも十分だった。片手で自分の首を守りながら、もう片方の手で燃え盛るエッケザックスを振り上げる。


「その細腕で、受け切れると思うか?」


 目視できずとも、気配を読む力が仙人には備わっている。それによって、フウケイは迷わず振りぬいた。

 あり得ざることに、エッケザックスで強化された法術の鎧を切り裂いて、ヴァジュラはまだ残っていた法術の壁に祭我を叩きつける。

 

「馬鹿な……」


 祭我を軽々と壁にたたきつけた、その事実に一番驚いたのはフウケイだった。

 相手の鎧の頑丈さを見切り、首を落とすつもりで放った斬撃が、腕で止まっている。


「四器拳、盾腕」


 玉血を消費して行う、四肢を硬化する四器剣。

 かつてスイボクが気功剣を増幅させたエッケザックスでも、刃こぼれを起こしたほどの異常な拳法。

 それを、未熟なりにエッケザックスで強化して行えば、気功剣で強化されたヴァジュラの一撃を受け止めることはできて当然だ。


「バーニング……」

「させん」


 体重ではフウケイが勝っているとしても、筋力では祭我が優れている。壁を足場にすれば、祭我はそのまま押されることなどない。

 体勢を整えながら切り込んでくる祭我に対して、フウケイは間合いを詰める。

 素手で発勁を注ぐのか、或いはヴァジュラの柄を使って攻撃するのか。それは祭我にもわからない。


「……しまった!」

「ナックル!」


 何故なら、エッケザックスを持っている祭我の拳が燃え上がっている姿を見たフウケイは、剣の間合いの内側に飛び込んだことを後悔しながら下がろうとする。

 しかし、その背後に新しく生み出された法術の壁が、フウケイの退路をふさいでいた。


「ぐう!」


 如何に硬身功で身を守っているとしても、自分以上の腕力を持つ相手から燃え盛る拳を顔面にもらえば、どうしようもなくダメージは深い。背後が壁となり、拳が打ち抜かれていれば当然だった。


「法術の鎧で身を守っている俺なら……その拳が燃えても問題ない!」


 不可能とされていた、炎の鎧。それを攻撃的に実戦で使用した祭我は、大きく飛び退きながら法術の壁を完全に消し去っていた。


「終わりだ!」


 今度こそ、最高の攻撃力を持つ炎の魔法剣を増幅して叩き込む。

 そう逸る祭我は、攻撃の溜めに入っていた。


「そこまで、舐めるな!」

「お前こそ、サイガに夢中すぎるぞ」


 技量、速度、筋力。それらで上回るランが、背後から蹴りを頭部に叩き込んでいた。

 通常の人間なら首がちぎれるか頭部が砕ける一撃を、微動だにせず受け切っていた。


「重い……が、仙人と言えども実体はあるか、当然だ……な!」

「小娘……」


 不意を討たれて尚、己の体を強化しているフウケイは小動もしない。

 自分の横っ面に叩き込まれた足を、しっかりとつかんでいた。

 しかし、足を掴まれてもランは動じない。着地しないままに、掴まれた足を支えとしてもう片方の足を追撃として見舞う。


「早いし力もあるのだろうが……軽いぞ」

「お前が無駄に重いだけだ、鈍間め」

 

 山水は身を軽くする技を多用するが、この男は逆に身を重くする技を多用する。

 人間の攻撃力というものが、武器を用いるとしても重量とは無縁でいられない以上、体を重くすることは戦闘では意味がある。殊更に、それを自在に操れる筋力があるのなら。

 しかし、防御力が高いとしても、再生能力が高いとしても、こちらの攻撃が当たる。

 それがランに、フウケイを軽く見させていた。


「軽くても問題ない。それこそが、我らがサンスイ殿から……いいや、スイボク殿から伝えられたことだ」

「助かったぞ、トオン」


 切り込んだトオンが、精妙な剣技でランの足を掴むフウケイの指に斬りつけていた。

 如何に肉体を固くし、強く握っているとしても、剣士が指へ全力へ斬りこめば、当然力は緩む。

 もちろん、ランはその隙を見逃さず、猫のように身軽に回避を行っていた。


「これは、先ほどまでの分身とは違うようだ。斬られれば困るのではないか?」


 トオンは精妙な剣を放った。もちろん、ランなら最悪足を切断されても即座に復帰ができるという判断もあったが、それでもトオンは確かにフウケイの指へ切り込んでいた。

 それが本体に操られる人形とは違う、そう判断した彼はヴァジュラで無造作に薙ぎ払った。

 全力で踏み込み、切り込んだトオンは死に体だった。

 その場所から動けなくなっていた彼は、無防備に斬られるしかない。


「その通り、先ほどまでの分身とは違う、一度に一体しか出せない『分身』だ。とはいえ、斬られても特別困ることはない」


 術者が無防備になる代わりに、感覚さえも共有できる最も高度な分身。

 それを用いてランを救ったトオンは、役割を終えた分身が切られた後でさらに分身を生み出す。


「そして、これは先ほどと変わらない分身だ。……心中の舞!」


 生み出された十の分身が、芸もへったくれもなくフウケイにしがみついていく。

 可能なら転倒させたいところだったが、立ったままでもなんの問題もない。


「私も防具はあまり好きではなくてね、今の君ならやすやすと切り込める。安心して打ち込んでくれたまえ」


 要は、相手をその場に拘束させてしまえばいい。

 如何にフウケイがトオンを越える筋力と速度を持っていても、トオンの分身が十人もしがみつけば、一拍の隙が生じる。

 そして、既に祭我は最大の攻撃の準備を終えていた。


「マキシマム・コメット!」


 シンプルに、全体重を込めて最大火力を叩き込む。

 トオンの分身を紙のように切り裂きながら、祭我の持てる限りの力はフウケイを捕えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ