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初撃

「では、まずは私が行こう。危なくなれば助けて欲しい」


 そう言って、三人の中では一番戦闘能力が低いトオンが前に出た。

 自分が先に戦いたがっていたランはやや出鼻をくじかれるが、不満そうながらも無言で送り出していた。

 一国に挑む、四千年の歳月を生きた男。

 その彼に、自分が挑む。その無謀に、自分でも呆れてしまう。

 果たして、自分は尊敬する山水よりもさらに長い年月を重ねた彼に勝てるのかと。


『どのような術理であれ、どのような修行方法であれ、千五百年たゆまずに行っていれば当然のように強くなるはずだ。違うか?』


 勝てるかどうかはともかく、戦うことを放棄できない。それは偽らざる本心だった。

 本当に四千五百年生きていて、鍛錬を欠かしたことがないのであれば、当然のように強いだろう。

 今の自分も、修行を重ねて強くなったのだ。であれば、その時間が長く、老いない彼の方がきっと強いだろう。


『そうは言うがな、先ほどの例を否定するようで悪いが、それでは術理もへったくれもあるまい。少なくとも儂はそれなりに悩んで今に至っている。仮に儂よりも長く生きている者が現れて戦うとしても、負けを覚悟するつもりなどないぞ。それではただの我慢比べではないか。自分よりも若いものにしか勝てないというのなら、やはり術理とは程遠い』


 ああ、でもそれは陶酔だ。少なくともスイボクの語ることを、トオンは信じている。

 修行が長い方が勝つ、というのなら戦う必要さえない。確かにそれだけで決するのであれば、ただの我慢比べだ。

 自分は人生を賭して我慢比べをしたいわけではない、忍耐強さを競いたいわけではないのだ。


『うむ、儂は仙人として剣士として、弟子を一人前に育てたと思っている。であれば、儂の弟子には人間の剣士を育てることを試みて欲しいと思っている』

『ということでだ、儂の方からも頼む。どうか儂の弟子の剣を継ぎ、それを次に伝えてほしい。それが生きた剣と言うものだ』


 自負がある。あの山水に、頼られているという自負がある。

 それが気負いであり、未熟の証だとしても、それでもとても嬉しい事だった。己の心は偽れない。

 故にトオンは前に進む。ただ影降ろしの達人であり、ただ剣の達人であり、ただ山水の『弟子』たちの代表である彼は前に進む。


「貴殿に恨みはないが、これも俗世の縁。貴方を斬らせていただく」

「……どうやら、三人の中では一番できるようだな。良いのか」

「くくく……」


 一種呆れる。なるほど、自分は随分と高く見られているようだ。

 その上で、一つ理解する。彼は山水やスイボクと大分異なっている。


「残念だが、私はこの場では一番弱い。それを見抜けぬとは、貴方の目は曇っているようだ」


 故郷から持ち込んだ片手剣を中段に構える。

 その上で、走馬燈のように過去に受けた薫陶を思い出していた。


『……まず、分身の技。これが使える場合、運用方法は二つに絞られます。つまり、囲んで同時に斬りかかるか、或いは時間差で攻撃して牽制から必殺までの追い込みとするのか。必ず、そのどちらかになります』

『貴方の分身は、すべてが同じタイミングで斬りかかるのではなく、数体ごとにまとまっていました。つまり、逃げ道を制限して誘導するものだ、と察することはできます。そして、分身の動きを見てからその誘い込みの終着を予測し、斬りかかってくるところに向けて剣を投げました。貴方の大量の分身は、私の動きを隠してくれましたからね』

『いえいえ、事前情報はありました。貴方はヌリという貴族の方の配下と戦いましたね。彼らは全員が多くの傷を負っていました。それはつまり、全員を相手に切り結んだか……風の魔法でやるように広範囲へ斬撃をばらまいたか、そのどちらかでした。ですが貴方はしきりに間合いを計っていた。ならば、少なくとも乱雑な遠距離攻撃はないと踏みました』

『加えて、全員を相手に斬り結ぶとしても、多数を相手にチャンバラをしていては無傷で済むわけもない。かと言って、法術などで身を固めているようでもなかった。それはそれで、間合いを慎重に測る意味がない。高速移動ができるのならば、チャンバラをするまでもない。となれば、貴方の斬撃が増えるか、貴方自身が増えたと思い至るのが自然でしょう』

『ええ、私自身高速移動の心得がありますから、その辺りの想像は容易でした。なので私もそれなりに気を使い、極力『魔法』を使わずに治めようかと』


 自分を倒した時に、山水は影降ろしの術理を論理的に看破していた。

 あの時から思っていたが、彼はとても論理的に相手の弱点を見抜き、それを隠すことなく説明できる剣士だった。

 さて、改めてトオンは目の前の相手を分析する。


「……ほう」

「私は、それほど大した男ではない」


 まず、粛清隊の攻撃によって流血している。彼は防具を着ていないし、服の中に隠しているわけでもなさそうだった。

 魔法が使える粛清隊と戦い攻撃を受けて、それでも手傷を負う程度であり、それも目立った外傷を残しているものではない。

 であれば、彼には法術同様に防具に頼らない防御手段があるか、狂戦士同様に肉体の復元能力があるか、或いは両方なのだろうと推測することはできる。


「ふふふ」


 ああ、もうそれだけで自分にできることは限られてしまう。

 よくよく考えれば、自分の知る限り最高の攻撃力を誇る魔法を操るものが、手傷を負わせることしかできない相手など、影降ろししかできない自分が勝てるわけもなかった。

 それでも、それでも、それでも。


「それでははじめようか! 我が名はトオン! ただの一人の剣士トオンである!」


 勝ち目がないから、逃げ出してここにいる。これ以上逃げるつもりはなかった。

 磨き上げた影降ろし、自分の分身を放つ。


「葬列の舞!」


 間合いを測りながら放つのは、自分の視界を妨げ切らないように縦へ並べて直進させる捨て身の分身。

 それを前にして、フウケイとやらは如何に動くのか観察しようとしていた。


「実態がある分身か」


 なんでもなさそうに、手にしたヴァジュラで普通に切り払う。その速度は、明らかに人間の限界を超えていた。

 人体を両断する、分身を一撃で消滅させるほどの大振りを、フウケイはこともなげに繰り返している。

 それが何を意味するかと言えば、狂戦士同様に自己強化を行っているからに他ならない。

 ああ、まったく何をどうやっても勝てる相手ではない、と思いつつ笑いが止まらなかった。


「狭円の舞!」


 そう、それでも事実として彼は粛清隊を相手に傷を負っているのだ。

 少なくとも、硬いのか傷の治りが速いのか、それとも両方か。それだけは自分の剣で確かめたい。

 トオンが放った十の分身は、円陣によってフウケイを包囲する。そして、そのまま捨て身で刺し殺そうとする。

 極めて単純で、しかし致命的なその攻撃を、フウケイは跳躍によって逃れていた。


「終わりか?」


 長身のトオンを忠実に再現した分身を、軽々と飛び越える。そのまま上段で振り下ろしてくるフウケイ。

 その一撃の重さを想像して寒気が走るトオンだが、当然殺されるつもりなど毛頭ない。


「いやいや、まさか」


 無作法ではあったが、トオンは飛び込みながら前転し姿勢を低くしつつ移動することで回避する。

 幸い、正蔵が耕した大地も流石にある程度の硬さを持っており、彼の体が極端に埋もれることはなかった。

 前方へ跳躍しつつ攻撃してくる。それは神降ろしの使い手が良くやる手段であり、だからこそ回避だけは容易だった。


「……ほう」

「先ほどの大振りを見るに、貴殿の技量も確かなもの。天槍ヴァジュラを見事に操っている。しかし、その身体能力を見るに……そこまで極端ではない」


 体勢を整えたトオンは、改めて相手を評価する。

 確かに速いことは速いが、少なくともランほどではない。

 当然だ、確かに仙術は幅広く応用ができる術なのだろうが、それでも人間技である。

 山水の強さがエネルギーの大きさや身体能力に依存するものではないことと同様に、フウケイが悠久の時を越えて研鑽していたとしても、天才中の天才であるランほどではないのは当然だ。


「貴方は強いが……少なくとも『傷だらけの愚者』のように、暴威で薙ぎ払うわけではないようだ」

「良く回る舌だ、目も良い」


 相変わらず、相手は淡々としている。

 自分の攻撃が回避されたことも、ある程度軽く扱われたことも、まるで問題視していなかった。

 そして、何かの予兆を見せた。

 少なくとも、ノアに乗り込んでいる者たちも全員がそれを見た。

 直立して動かなかったフウケイが、僅かに膝を曲げて姿勢を変えていた。

 とても集中している、そんな予備動作をしている。


「では、これはどうだ?」


 直後、フウケイの姿が突如としてトオンの視界から消えていた。

 それが何を意味するのか、その場の誰もが知っている。


「背離の舞!」


 トオン以外の誰もが、縮地によって移動したフウケイがトオンの背後に現れたことを見ていた。

 その背後でヴァジュラを掲げ、そのまま振り下ろそうとしている彼に、トオンは振り向かぬまま前に飛び、自分を突き飛ばす分身と相手に体当たりする分身を放っていた。

 成人男性が全体重を込めて体当たりしたにも関わらず、フウケイは顔色一つ変えずに、姿勢を全く崩さずに、そのまま攻撃を続行する。

 斜めに切り込まれた槍の一撃は、しかしトオンが自分を分身に突き飛ばさせたことによって空振りに終わる。


「……そうか、縮地を知っているのだな。当然か」

「いいや、『今』の縮地を見たのは初めてだ」


 明らかに、身構えていた。

 これから縮地をする、という予備動作が確かにあった。

 山水がスイボクから引き継いだであろう縮地にはなかった、スイボクが昇華させたことで失った事前の準備が存在していた。


「なるほど、今のが本来の縮地か」


 改めて、尊敬の念が沸き上がってくる。

 スイボクが極限まで排除したものが、事実としてどれだけ戦闘で意味を持つのか自分の命で体感していた。

 今のが山水の縮地であれば、無傷で済んだとは言い切れなかっただろう。


「飛んだり跳ねたりと見苦しかったが、とりあえず一撃を入れさせてもらった。やはり、貴殿は硬い様だ。加えて、重い」


 当然、背離の舞によってフウケイへ体当たりさせた分身も剣をもっている。

 その分身が、あえて剣を使わずに激突する意味が何処にもない。肩からぶつかりつつ、片手剣を腹部へ刺させた。

 通常なら致命傷となる、極めて単純で修練の要らない攻撃。それを受けて、彼はまったく動かなかった。動じなかったのはではなく、微動だにしなかったのだ。


「重身功、という所だろうか。攻撃の威力を上げるために、自分の体重を重くしていたな」

「ふむ……スイボクの流れを汲むことは間違いではないようだな」


 まったくもって、余裕は崩れない。

 永遠に等しい時間をかけて鍛錬を積んだ自分が、百年も生きていないであろう相手に先制打をもらったにもかかわらず、彼はまるで慌てていない。

 それこそ、何も不思議なことではないと言わんばかりだった。

 それがノアの中から観戦している面々には不気味に映り、しかし『三人』にとっては負けてなるものかと燃え上がらせる態度だった。


『硬い、とくれば硬身功。速い、と来れば瞬身功。怪力を発揮するのなら、豪身功。それらをすべて発揮することはスイボクでも難しい事だったというのに……』


 他ならぬ、スイボクの相棒だったエッケザックスは今の立ち回りから相手の情報を読み取っていた。

 確かに、彼女の知る本来の縮地を見ていた。スイボクの同門、というのは本当の様である。自分と決別する以前のスイボクと似た、相当の実力者だった。


『先に言っておくが、こやつはおそらく人参果を食っておる! 仮に首を落しても油断するな、欠損しようが焼き払われようが復元して蘇生するぞ!』

「なんと無茶な……」


 エッケザックスのありがたい言葉に、トオンは閉口する。

 改めて、目の前の相手が、或いはかつてのスイボクが如何に怪物だったのかを思い知る。

 確かな槍の技、硬く速く重い体、一瞬で移動する技、おまけに蘇生能力を備えている。

 そんな相手が、エッケザックスを持っていたのだ。そりゃあさぞ強いのだろう。


「問題ない、死ぬまで殺し続ければいいだけだ」


 銀色の髪を揺らめかせて、ランが不敵に笑いつつ前に進む。

 そう、相手は山水ほどではない。少なくとも一連の動きを見ただけで、その体術技量はそこまでではないと見切れていた。


「トオンさん、ここからは俺も手を出します。援護をお願いします」

「……ああ、頼もしい義理の弟に任せるとしよう」


 今日までの修行は無駄ではなかった。

 祖国での修行も、この国で山水から受けた修行も、どれも無駄ではない。

 少なくとも、悠久の時を研鑽に費やしてきた怪物に、自分は対抗できている。

 足手まといではなく、確かな戦力として数えられている。

 その事実を噛みしめながら、トオンは大きく距離を取っていた。


『三人共、油断するな! こやつが真にスイボクの同門である以上、サンスイの劣化と思えば殺されるぞ! こやつはまだ、ヴァジュラの機能もまともな仙術も使っておらんのだ!』


 百戦錬磨であるエッケザックスは警告する。

 そう、右京が警戒していたように、目の前の相手はまるで動じていない。

 自分の動きや技を偶然ではなく必然によって回避した相手が、自分よりも強いと言い切った二人の参戦にも、まるで焦燥を見せない。


『天に暗雲がある以上、もはやここは奴の独壇場じゃ! 如何に本命がスイボクとはいえ、出し惜しみをすると思うな! 雨も風も雷も、ヴァジュラがある限り使い放題と思え!』


 エッケザックスは二千五百年前のスイボクを知っている。

 既に完成した強さを持っていた、フウケイが知る時期とさほどの変わりがないであろうスイボクを知っている。

 言い方は悪いが、今のフウケイが、二千五百年前のスイボクと戦って、確実に勝てるとは思えなかった。

 だがしかし、この男にはあるはずなのだ。あの当時よりも強くなったであろうスイボクを相手に、確実に勝てるという算段が。


『この男は、あのスイボクを殺す準備を終えてここにいるのだ!』


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