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晩餐

――君達は出世したかった、国政を担いたかった。実力に見合う仕事がしたかったんだろう?

――さあ、仕事をしようじゃないか。


 そこは、地獄だった。

 もちろん地獄という場所に言ったことがあるわけではないが、少なくともそこの最高責任者はそういう男だった。


――今までそういう仕事をしていた奴らを全員ぶっ殺したんだ。その分の穴は俺達が埋める。当たり前だよなあ?

――まさかお前達はこの状況で、仕事がしたいんじゃなくて他人からもてはやされたいとか、他人から搾取して独占したかっただけとか言わないよなあ?


 誓ってもいいが、前任者はここまで忙しくなかったはずだった。

 しかし、仮に百人を殺して、その仕事を二十人かそこらで埋めるとすれば、必然的に仕事量は五倍である。

 だが、一日は二十四時間しかないのだ。そりゃあ辛いだろう。


「ひぃ……ひぃ……」


 こんなはずじゃなかった。

 最高議長の部下になった面々は、泣きながら夜間も仕事をしていた。

 大きい会議室には書類が山積みになり、その内容をまとめるために必死だった。

 別に、無駄に仕事が増えているわけではない。必要な仕事を片付けようと思ったら、そうなってしまっただけだ。

 とはいえ、泣き言は許されない。なぜなら彼らは自分が有能だと言って売り込み、相応の地位と給料を革命政府の中で得ていたのだから。

 問題があるとすれば、想像をはるかに超える仕事量だったという事だろう。

 自分は凄い筈だとか、本当はもっとすごい場所で仕事がしたいとか、地位と名誉と金が欲しいと思っていた連中が、この部屋に押し込められて右京と一緒に仕事をしている。

 サボタージュをした場合、最高議長である右京が直接殺しに来るので、よほどのことがなければ休息など許されない。

 名誉があっても周囲は全員同じだし、地位はあっても威張る暇がないし、給料が良くても使う暇がなく、つまり最悪の状況だった。

 それでも、右京はひたすら仕事をしている。まさか、最高議長が目を血走らせながら仕事をしているのに、まさか部下が休むことなど許されるわけもない。


――俺を失望させたらどうなるか、知ってるよな?


 右京は皇帝憎しで国を滅ぼし一族郎党を捕えて皆殺しにするほど、異常に根に持つ男だった。そんなのを相手に、裏切りなどできるわけもない。

 新皇帝の傍でうまい汁を吸いたいと思っていた彼らは、苦汁の日々を過ごしていた。


「……そろそろ寝なさい」


 それでも、最近はマシになってきた。

 やつれていた重役たちは、厳しい筈のステンドの言葉に顔を上げていた。


「仕事がまだ終わってないんだが?」

「このまま続けても、かえって非効率的だと言っています。この仕事が終わった後も、貴方は明日の仕事があるのでしょう。ここで命を使いつぶしてどうするのですか」


 根性で国家を滅ぼした男である右京は、かなり精神論に走ることがある。

 つまり徹夜で働き続ける無茶を平気でやる男だった。

 それを止める人間が、ようやく現れてくれたのである。


「……はあ、属国の王は辛いな。仕方がない……お前ら、一旦仕事の手を止めろ。その上で食堂に移動するぞ」


 加えて、もう一つ人生にハリが生まれていた。

 つまり、右京の故郷の料理を食べられるようになったということだった。

 食堂に移動する面々は、眠気も忘れてうきうきとしていた。

 皆がそこそこの年齢なのだが、まるで子供がおやつを楽しみにしているかのように、ワクワクしていた。

 彼らが望んでいたものが、つまりは驚くほどの美食だけは、なんとか独占できていたのである。


「あっがいたんでええええ!」


 恵蔵ダヌア。今まで神宝の半数を所有していた議長が、更に追加で持ち帰った五つ目の宝である。

 その機能は極めて単純、施しの心を持つ者が使うことで、無尽蔵に料理を生産するというものだった。

 一日で消えてなくなる、という制限はあるものの、首都では彼女の生産する美味なるパンやスープ、サラダ、魚や肉の揚げ物が貴賎を問わずに供給されまくっていた。

 対価として彼らの抱えていた大量の食料を地方に回すことになったが、誰もが『不味い飯』と『美味い飯』の交換に異論はなかった。

 そんな彼らでも、羨む食事が右京の側近にだけ許されていた。


「こんな時間まで働いて! 身が入りすぎだっぺ! とっとと食べて、歯を磨いて、風呂に入って寝んさい!」


 自身も農業政策に関する仕事をしていた彼女だったが、何分道具なので疲労を知らず、目の前の彼らに大量の食事を並べていた。

 右京の故郷の『普通の料理』であり、同時に右京基準で美味な料理だった。

 右京が普段人々に配給しているのは、日本の一般的な食パンやフランスパン、スープなどであった。

 しかし、ここにいる彼らに振る舞われている物は、ハンバーガーやラーメン、カレーというちょっとした御馳走だった。


「よし、それじゃあみんな、さっさと食って、明日も頑張れよ」


 この時ばかりは、右京もニッコリ笑っていた。

 目の前に故郷の料理がホカホカで並んでいる。その事実に彼も笑顔になるしかない。

 そう、憎い相手は親族まで憎み、老若男女を問わずに血の果てまで追い詰める彼でも、目の前の御馳走を前に笑うしかないのだ。


「では……失礼します」


 この時ばかりは、誰もが食事に没頭する。

 隣にいる誰かのことなど忘れて、目の前の『ディナー』に熱中するのだ。

 一種、熱気と沈黙が同居したこの瞬間の中で、誰もが小さくスプーンやフォークを動かしている。

 震える手に力が満ちるほど、生き返ったと錯覚するほどに誰もが目の前の料理を平らげていく。

 彼らが夢見ていた、想像もできないほどの美味は、しかし恐れるべき己たちの支配者が持ってきてくれたのだ。

 

「ああ……旨いなあ」


 議長のこぼした言葉は、全員の心中を一言で言い表していた。

 明日も仕事を頑張ろうという気分は一切ない。明日の事など全部忘れて、空腹を満たすまでのわずかな時間、美味い飯を食べる。

 今この瞬間のためにだけ生きている。その言葉が全員の本音だった。


「……毎度思うのだが、お前は故郷で本当に平民だったのか?」

「毎度言っているけど、そうだぞ。祭我や正蔵、山水もそうだったっぽいな」


 ステンドは改めて切り札たちの故郷がわからなくなっていた。

 もちろん、国家が豊かなら平民もいいものを食べるということは知っている。

 しかし、これは余りにも度を越えていた。

 アルカナ王国で暮し、舌の肥えているステンドをして、彼が昔食べたことのある『未調理の果物』がまず美味しかった。それを原料として使用したジャムを庶民や貴族が大喜びで食べているというが、それも納得である。


「……お前達の国から見れば、我らの国はさぞ貧しく野蛮に見えるだろうな」

「はっはっは! 卑屈なことを言うなよステンド! 別に俺達が建国したわけじゃないって!」


 これはステンドの基準ではあるのだが、どうにも彼らの故郷は山水が人間だった五百年前から豊かだったらしい。

 しかし、そんな国が近辺にあったとは聞いたこともない。果たして彼らは、そもそもどうやってここに来たのだろうか。


「ハンバーガーにポテト、コーラ……ああ懐かしきジャンクフード」

 

 今右京が食べているのは、パンで肉や野菜を挟んだものや、芋を潰して形にしたものを焼いたり揚げたりしたものや、炭酸水に味を付けた飲料だった。

 美味しいは美味しいが、粗雑な味だ、と言われればそうだとは思う。しかし、これを『廃棄物』扱いとは、彼らの国はどれだけ食料が有り余っていたのだろうか。

 そして、実際に減反政策やら食料の廃棄を実際にしているというのだから、実際度を越えて豊かなのだろう。


「もう食えないと思うと恋しいもんだったが……こうやって食べるとマジで癒されるな! まさにハッピーになれるセットだ!」

「あがいたんでぇ! 夜中に脂っこいもんばっか食べると太るがな! 健康のためにも、お野菜をたくさん出したから食べんしゃい!」


 相変わらず何語でしゃべっているのかわからないダヌアだが、皆に葉菜や根菜を配っていく。

 普段なら忌避してしまうところだが、今では口の中の脂を落とすにはちょうどよかった。

 誰もがフォークでそれを刺して食べていく。新鮮という事もあって、この味には満たされるものがあった。


「一番偉い主が行儀悪いことしよるばってん、みんなが真似しとるがな! しゃきっとせんかしゃきっと!」

「いやあ、ダヌアが来てくれて本当によかったぜ。マジで」


 彼は故郷で酒を飲まなかったらしく、その点だけは皆が残念に思っている。

 とはいえ、仮に飲んでいればきっと翌日まで残っている可能性があった。それを思えば、まあよかったのかもしれない。


「ほんとは、この料理も街のもんにも配ってやりてぇだよ」

「そういうなって、そもそも配給なんだから、冷めるもんをくばれないだろ」

「そうだべなあ……」


 仮にラーメンなど調理済みの状態で配給したら、かなり不味いことになるだろう。文字通りの意味で。

 それでも食えないことはないだろうが、流石にどうかと思われる。


「ダヌアのおかげで地方に食料が回って、首都は美味いもんが食えて、俺は故郷の料理が食える。いいことづくめだろう」

「こんな倉使いが荒い使い手は初めてだべ。国家単位で施しの心をもってるたあ、わかんねえもんだべなあ」

「まあ、俺もお前と同じものを見たからな。美味い料理が食えるのは嬉しいが、それよりもまずは暖かい料理を腹いっぱい食えることだろう」

「んだなあ……」


 疲弊したドミノで、果たしてどれだけの家族が個の幸せを受けているだろうか。

 それを思えば部下をこき使って過労死させて使い棄てることに一切躊躇いはないが、それが非効率と言われれば変更するしかないのだ。部下の過労死は手段であって目的ではないのだから。


「ダヌア……卵かけご飯と醤油、それから……」

「味噌汁だべ? しゃあねえだなあ……これで最後にすっぺよ?」

「おう、わかってる!」

「明日の朝になったら、皆で運動させるべ。マラソンと体操をするだけでも健康になれるべ」

「ここにいる奴らで、文句を言う奴はいねえよ」


 自分の腹部に手を突っ込んだダヌアは、トレイの上にのった味噌汁と卵かけご飯を出していた。

 その上、湯呑にお茶も入っている。これは気の利く倉だった。


「ああ……これ喰ったら歯を磨いて寝るぞ、お前ら。明日も仕事があるんだからな!」


 聞きたくない現実だったが、拒否した場合相手が建国者なので一切口答えを許されなかった。

 とはいえ、言っている本人は極めてにこやかだった。ほかほかの卵かけご飯に醤油を垂らし、混ぜるこの一瞬の至福は何とも言えない。

 これを食べ、味噌汁を飲み、お茶を一杯。


「いやあ、お茶が怖い!」

「お茶の何が怖いっぺ?」

「いや、落語ネタだから……」


 そんな一日の終わりを迎えようとして、城の中があわただしくなってきた。


「……お前らはそこで食ってろ。ステンド、お前は俺について来い。まだ仕事をさせてる神宝を全部回収して、俺達も状況を確認しに行くぞ」


 元々、城を攻め落とすことを得意としていた彼である。攻め落とされそうな城という状況には敏感だった。

 小脇に下げているエリクサーを確認しながら、右京は獰猛な笑みを浮かべていた。


「侵入者か……しかし、国主であるお前がそこまで敏感に動くほどだと思うか?」

「思うね。いやあ、なんとなくわかるぞ。コイツは俺の敵だ」

活動報告で記入しましたが、書籍化が正式に決定いたしました。

今後も拙作をよろしくお願いします。


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