豹変
祭我の良く知る風姿右京は、躁鬱の激しい男だった。
平時は国を背負う重荷に負けないとしている一方で、一度敵を見つければ覇気の塊になる男だった。
その彼がやる気満々になっており、彼が招かれているこの都市の面々は大層怯えていた。
なにせ、国を滅ぼした前科のある男である。そりゃあ怖いに決まっている。
「いや参ったぜ! ようやく地獄のブラック国家運営も軌道に乗ってきたのによぉ! お前達みたいなぶっ壊れた奴が俺の城に襲い掛かってきて、ヴァジュラよこせと来たもんだ!」
恐るべきことに、口は笑い目は怒り、顔色は平常で言葉は殺意に満ちていた。
殺すと決めた相手は一族郎党皆殺しという、恐るべき執念を持った怪物がその脳髄を敵意で満たしていた。
「おい、なんだこいつは……こいつも狂戦士か?」
「違うよ、多分」
ほぼ属国扱いとはいえ、一国の王である。
その彼に向かって、ランは結構なことを言っていた。
それを否定しきれない辺り、祭我も大概だったが。
「はっはっは! それで祭我は新しい女でも捕まえたのか?! いい女だな、もうやることはやったのか!」
ものすごくどうでもよさそうに、女連れでこんなところに来やがって、と文句を言う。
こっちは城が襲われたのに、いいご身分だな、と皮肉を言っているのだ。
とはいえ、それがランに冗談だと思われたかどうかは別だったが。
「まあとにかく……お前が今大急ぎでここに来たってことはだ、やっぱりなんかつかんだんだろう?」
「あ、はい」
「来たのはお前だけか? 他には来るのか?」
興奮していないわけではないだろうが、祭我に情報を確認し始める。
もちろん、まだ都市の宮殿入り口で、祭我を迎えたばかりだというのに。
「フハハハ! 主よ、ここで立ち話というのは余りにも雑であろう! カプトのお嬢様も待っている! そこへ二人を案内しようではないか!」
「そうだ、この二人にはこれから働いてもらうのだからな」
聖杯エリクサーと妖刀ダインスレイフが己の主をいさめる。
確かに、この場では話しにくいこともあるだろう。というか、予言云々は右京に話しても問題ないだろうが、この場では絶対に話せない。
※
パレット・カプトを交えた一団は、とりあえず祭我から予知夢を聞いていた。
カプト家当主の書状もあって、とりあえず信じてもらえたようである。
「なるほど、予知夢か。そんなもんより電話がほしいな、この際無線でもいい。祭我、お前どっちか持ってないか?」
信じた上で、どうでもいいと言い切っていた。
右京としては、よくわからん予言なんぞよりも通信システムが欲しいところの様だった。
「インターネットはともかく、FAXがねえ。あれがあればこっちでも仕事できたのに」
「いや、それはいくら何でも無茶じゃ……」
「革命起こしている時もずっと思ってたぞ、スマホじゃなくてガラケーで良いから、電話があればなあって。スマホで一番要らない機能は電話だと思ってたが、違ったな。一番大事なのは電話だ、後メール。ああ、マジで通信網が欲しい……」
祭我と右京の、日本人トーク。
それにパレットもランも、他の神宝たちも話に参加することができなかった。
それでも右京がこの場では一番格上なので、誰も口を挟めなかった。
「パソコンもさ~~ぶっちゃけワープロで良いから欲しい。っていうかキーボードが欲しい。面倒なんだよ、羽ペンで書くのって。それに読みにくい字を書いている奴がいると、殺意が湧く。打ち首にしたくなる」
「まあまあ……それよりも例の男の話を」
「ああ、そうだな。奴とその一族を根絶やしにして、畑に塩をまいて、家畜を殺しまくって、さらに奴らの醜聞を後世に残さないとな」
怒っていた。ものすごくわかりやすく怒っていた。多分冗談など一言も口にしていない。
実際に、皇帝にケンカを売られたという理由でケンカをしていた男は何処までも真剣に殺意を燃やしていた。
多分、彼の部下はずっと彼にこういう圧力を加えられていたのだろう。
「しかし、なるほど。正蔵が耕した土地にあいつが来ると」
予言の正しさを誰よりも理解している彼は、状況を改めて理解していた。
アルカナ王国の対応が早いのはありがたい。とはいえ、状況をきっちりと伝える必要はあるのだろうが。
「確かに予知夢としては正解だな、ルートは間違いないか」
「あの……監視を付けてるんですか?」
「いいや……ダインスレイフ!」
復讐の妖刀が、本来の短剣の姿に変わって右京の指の上で回っていた。
そして、東の方向で止まる。それが何を意味するのかと言えば、ここから東にヴァジュラを奪った男がいるという事だろう。
「俺の所に来ていたアルカナの精鋭と、奴は戦った。その時に血が刃に残ってたからな。それを元に奴の居場所は常にとらえている」
「直接斬ったわけではない故に、我の機能で血を吸い尽くすことはできんがな」
ダインスレイフは、方向と距離をある程度把握することができる。つまり、敵がここに到着するのはまだ先という事だろう。
だからこそ、こうしてのんびりしているのだ。もちろん、心中は荒れ狂っているようだが。
「それで、お前は前座でパンドラが本命か。できれば山水に捕まえてほしかったが、休暇なら仕方がない。正蔵で跡形もなくぶっ飛ばされるよりはましだと思うしな」
「殺すのは、情報を引き出してからが望ましいからな」
山水ならば取り押さえることができる。
それを期待していた右京だが、状況が状況なので予定を変えることは望まないらしい。
その理由を、ダインスレイフが補足している。彼女もそれが一番だと思っていたようだった。
「というか……いいんですか、国を空けて」
「自分の国から戦略兵器持ち出した奴を国主自ら見逃して、他所の国に始末任せてそれはないだろう。俺にできたことと言えば、被害を抑えつつ進路を予測することぐらいだったからな」
どうやら、被害を受けた右京も相手の事は何も知らないらしい。
少なくとも、ヴァジュラを得て何をするか、どこに所属している何者なのか、そうした最低限の事もつかめていないようだった。
「だからまあ、あいつに関してはまだ何の情報もないと思ってくれ。明日になったら、俺の国から続報が届くとは思うが……まあ大したことはわからんだろう。ただ、これは俺の所感だと思ってきけ。祭我、奴は黒い髪に黒い眼だったが、俺達と同郷ってことはない。勘だがな」
「いいえ、信じます」
この世界で今の所五人見つかっている、神に出会った日本人。
新しい六人目ではないと、彼は言い切っていた。
ならばそうなのだろう、そう信じることにしていた。
「そうか、それならいい」
「それはそれとして……そちらでなにがあったのか教えてくれませんか?」
祭我はあくまでも姿を予知しただけだった。
右京は突然襲われて、先回りしただけだった。
お互い、情報は極力共有しなければならない。
パレットも含めて、全員が当事者としての右京の話を聞こうとしていた。
「あれは……俺が部下と一緒に仕事をしていた真夜中、ステンドから非効率だから徹夜をやめろと言われてから一旦切り上げて、ダヌアが出したとんこつラーメン油マシマシとチーズカツカレーとハンバーガーのポテトとコーラセットを食べていた時の話だった」
「お前いつもそんなもん食ってたのかよ! ふざけんなよ!」
いきなり、なんの突拍子もなく祭我がブチ切れていた。
多分、この場に正蔵とまだ見ぬ春がいれば、同様にブチ切れていただろう。
しかし、その場の全員はいきなり祭我が隣国の国主に憤慨し始めたので、何が何だかわからなかっただろう。
それを、右京は寛大に許しつつ説明していた。説明というか、自慢であるが。
「別に独り占めしてないぞ? ちゃんと部下とみんなで食ってる。みんな大喜びだ」
「俺がどれだけ故郷の味が懐かしいと思ってんだなあ!」
「悔しかったら俺の部下になるんだな。国家公認ブラック企業へようこそ!」
「ちょっと狡いだろ……というかコーラだけでも持ってきてないのかよ!」
ランはてっきり悪血が暴走したのかと思っていたが、祭我の髪は黒かった。
つまり、素で憤慨していた。今にも襲い掛かりそうである。
「ダヌアが出したモンは一日で消えるんだから、仕方ないだろう」
「じゃあなんで連れてきてないんだよ!」
「ダヌアとウンガイキョウは仕事があるから置いてきた。あいつらとステンドがいれば内政に支障はないからな」
意外にも仕事ができる女、ダヌア。
当然のように仕事ができる女、ウンガイキョウ。
八種神宝のことを使いこなしている所有者は、使えるものは鏡だろが倉だろうが政治に投入するのだ。
「ダインスレイフもエリクサーも仕事できるんだけど、こいつらを置いてきたら俺がまずいからな」
「じゃあ俺はダヌアの料理食えないのか?!」
「仕方ないだろ、首都の食料は全部ダヌアで賄ってるから、あいつが抜けたら一気に餓死者が出るぞ」
「メシテロしやがって! 俺の口の中によぎった味とか食感とか歯応えとか、そういうのを返せ!」
「まあ気持ちはわかるって。俺も初めてあいつが出した味噌汁と納豆と米とシャケ食ったら涙出たし」
「ぎゃあああああ! 思い出しちゃったじゃないか!」
食への執着を断ち切っている山水以外にとっては、アルカナを捨ててドミノへ忠誠を誓ってしまいそうな食事内容だった。
まさに、祭我と右京にしかわからない会話である。
「いやあ、内政チートって最高だぞ。ダヌアが食糧供給はじめてから首都圏で俺に反抗心を持っている奴が激減したし、俺の側近は仕事するようになったし。なによりも俺が人生を謳歌するようになったし」
「ず~る~い~~!」
「ピザとかスパゲティとか『うどん』とかソバとかも久しぶりに食べると最高だぞ」
「ああああ、もう食べられないと思ってたのに~~!」
「問題はアレだな、食べ過ぎるとダヌアが体に悪いって言うことだな。運動しろとか言ってくるんだよ、あいつ」
「せっかく忘れてたのに! 他人が食べてると思ったらどんどん食べたくなってきた!」
祭我の慟哭がカプトに響いていた。
人間、なんでも『もう手に入らない』と思ったら惜しくなるものである。
加えて、『手に入らない』と思ったものが『ちょっと無茶』したら食べられると思うと、したくなってしまうのだった。
「まあそんなことより、あいつの話しようぜ」
「もう一ミリも話が入ってこない……」