報復
当然ではあるが、各家の当主が集まった状況で、祭我に話すだけ話して何もかもが終わりとはいかなかった。
カプトの当主は書をしたためているが、他の面々は語り合っている。ある意味では、既に祭我が予知したことに対してはやるべきことを終えている。
ここから先は、自分の部下を信じて待ち、報告を受け取る段階だった。
もし万が一祭我が死んでも、それでも国家から見れば殉職であり名誉の戦死。相応の葬儀はするが、それで国が傾くことはない。
祭我を殺した何者かは、確実にディスイヤの切り札が葬るからだ。
「予知能力か……難しい能力じゃのう」
ディスイヤの老人は、これから死地に赴く祭我が正式に習得した亀甲拳、占術に関して難しい顔をしていた。
確かに面白いし、確かに有用ではある。しかし、その使い手を為政者はどう扱えばいいのか。それはとても難しい。
「公の利益、と考えれば有用ではあるが、術者が公の利益を考えられる人間かどうか……若いころの儂なら私欲のために使うのう」
けっけっけ、と笑う老人。実際、その気があるのかは微妙だった。
しかし、自分しか未来が見えない、或いは共有できないというのは問題があるだろう。
少なくとも、祭我の言葉はこの場の五人は信じている。信じているが、それは法制度にできるものではない。
「呪術と組み合わせればよい、とは思うがな。それはセイブの好むところではあるまい」
自分で提案したソペード当主は、自分で否定していた。
呪術は約束事に関わる希少魔法である。つまり、ある程度同意を得れば『国家の利益を優先で動け』と命じることもできる。
しかし、それは裁判官であり執行人であるセイブの仕事ではない。誇り高い彼らは、国家から命じられても新しい仕事を請け負おうとはしないだろう。
「好まぬ仕事をさせるのは、犯意を生む。呪術で縛らねば信用できぬ役職なら、存在しない方が良い」
「我が息子も同意見でしたな。亀甲拳の秘伝書は残すとしても、占術の技術として残すべきかと言われれば別でしょう」
ソペードに対して、バトラブも頷く。
有用性と危険性、負担を考えれば残さないというのも選択肢の一つだった。
少なくとも、議論は慎重にするべきである。
「……少なくとも、四つは新しい希少魔法が得られる、と思うことにするか。残すものと残さぬものは、別けねばならない」
学園長ならば、魔法を生徒に教えたいと思うだろう。
しかし、この場の五人は政治が仕事。国家のためにならないことは許可できない。
「しかし良いのかな、ソペードの小僧よ。儂のシュン坊はまず勝つが、そちらは妹や妹の婿が危ういのでは?」
御老体は察している。切り札級の敵が切り札とぶつかる。そんな面白いものを、我儘姫が見逃すわけがないのだと。
当然、そんなことは現当主でもわかっていることだった。分かっているが、仕方がないと諦めている。
「妹は、そこが良いのだ。下手に縛れば、嫌われる」
「ほっほっほ……まあそれはそれとして……そちらはどうかな、国王陛下。娘を送った婿殿は?」
「問題ない、奴なら娘を無駄死にさせまい」
ドミノが襲われ、右京がヴァジュラを奪われた。
本来なら大ごとだが、誰も右京が死ぬとは思っていなかった。
聖杯エリクサーの所持者であると同様に、隣国として存在感を放っていたドミノを滅ぼした実績を買われているのだ。
「今頃、自分の城を襲ったものをいかに追い込むか考えているはずだ」
「国王陛下は、彼の事を気に入っておいでですね」
書状を書き終えたカプトが、そう微笑んだ。
そうでなくとも娘を送っただろうが、それを抜きにしても信頼やら好意やらを向けているようだった。彼と国王が初めて話した時に同席した身としては、正直懐かしくも思えるのだろう。
「ふん……ドミノを滅ぼし己の物にした男だ。軽く見ることなどできん」
少々咳ばらいをしつつ、国王はそう切って捨てた。
「それにしても、私としては疑問なのですが……ヴァジュラを奪った男の目的が読めません」
仕切り直して、カプトの当主が不思議がっていた。
天候操作は確かに強力だが、あんなものを個人で持っていてもほとんど意味がない。
まして、武力でドミノから神宝を奪うような男が、である。
「ドミノには五つの神宝が揃っています。その中からヴァジュラを奪った意味とは?」
「さてな、それは我らがここで想像しても意味はない。各々が信じる切り札からの吉報を待つとしよう」
勝利を確信して、首脳陣は別の仕事へ移っていく。
彼らは勝利だけは確信していた。パンドラを動かす以上、負けはないのだから。
後にそれは、浅はかだったと思い知るのだが。
※ ※ ※
祭我とランは、当然速く走ろうと思えば馬よりも早く走れる。
今回も、その気になれば早馬よりも速く走り、カプトへ到着することもできただろう。
しかしそれは、到着することが早いというだけで、その後すぐさま全力で叩かねばならないかもしれない、という可能性を思えばできることではなかった。
「な、なあラン。馬は大丈夫か?」
「問題ない、他の奴にできることが私にできないと思うか」
「そ、そうだよな! ランは天才だもんな!」
それはそれとして、祭我はここ数日とてもやりにくかった。
これから強敵と戦いに行くというのに、何故かランが不機嫌だったのだ。
てっきり運動不足が原因かと思ったが、そうでもなさそうである。
その辺りの機微は、エッケザックスに聞いても回答が帰ってくるわけもなく、自分で解決するしかなかった。
「も、もしかしてご飯が美味しくないのかな?! カプトは粗食を尊ぶらしいし……」
「そうかもしれないな」
なんで狂戦士であるランに対して、こんな対応をしているのだろう。
エッケザックスを使用すればランさえも相手にならない祭我は、困惑してしまっていた。
おかしい、なんでこんなことになっているのだろうか。
こういう時、トオンがいてくれればと思う。彼ならなんかうまいことやってくれそうだった。
尚、こういう対人関係に関しては、山水は全く当てにならない。彼自身も理解しているし、周囲もそう認識しているが、ぶっちゃけ彼はコミュニケーション能力がそんなに高いわけではないのだから。
「なあ、サイガ」
「なんだ?」
「お前は、沢山の女性と仲がいいんだな」
「え、うん、まあ……」
「不潔だな」
まさか故郷を壊滅させ、疎んじられていた狂戦士にそんなことを言われるとは思っていなかった。
彼女は最近、自分の中の悪血を抑えることに慣れてきたため、割と平常を保つことができるようになっていた。だからだろうか、こんならしからぬことを言うのは。
なんというか、師である山水と何も変わらない、対人関係の弱さ。
その辺りは、今後改善していかねばならないと思う。
その一方で理解していた。そうか、これが修行が足りないということなのかと。
「ほら、もうすぐドミノとの国境の街だから!」
「ああそうだな……」
しかし、トオンに言われたようにできる気がしない。
他に誰かいただろうか、対人関係が上手そうな人が。
自分でも真似できる、対人関係の師匠様が。
「よう、祭我! 久しぶりだな!」
案の定、とんでもなく元気そうな独裁者が自分を迎えていた。
既にドミノから急報を届けに来た最高議長が、ランさえも圧倒するほどの覇気を放ちながら笑っていた。
その時ようやく祭我は思い出していた。ヴァジュラを奪った何者かは、命知らずにもこの男を敵に回したのだということを。
「さあ、一緒にあの野郎をぶっ殺す計画を立てようぜ!」
どうしよう、トオンよりもさらに真似できそうにない。