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真相

 山水が不在の間、最高戦力となった祭我は普段通りの稽古、というわけにはいかなかった。

 いよいよマジャン王国へ顔を見せに行くという段階である。スナエが自分の婚約者として紹介する祭我を鍛えようと思うのは当然だった。

 なにせ、マジャン王国において神降ろしを使えることは、王位継承権を持つ者との婚姻では前提である。つまり、使えて当然であって、その中でも抜きんでた物が無ければならない。

 もちろん、スナエは王になるつもりなどさらさらなく、とりあえず格好を付けさせようという程度の発想ではあった。少なくとも人の輪郭を保ったまま、というのは何とも格好が悪い。


「他の魔法も結構だが、お前は私の故郷に顔を出すのだ。ある程度の礼儀として、神降ろしは憶えてもらうぞ」

「あ、ああ……」

「お前もしかして、エッケザックスが使えなくなるから憶えても使い道がないとでも思っているのか?」


 じろり、と改めて確認するスナエ。

 それを受けて、バトラブの屋敷近くの森で修行を受けていた祭我はびくりとしていた。

 ぶっちゃけ、図星だったからである。


「そ、それはまあ……」

「言っておくが、今更お前が私の婿にならないというのなら、私は王族として責任をとり、お前を食い殺す!」


 できるかどうかはともかく、これは彼女にしてみれば当然の権利だった。

 なにせ影降ろしと違い、神降ろしは王家に伝わる特別な魔法である。少なくとも彼女は、この魔法を遠い異国であるここで教える、という真似をするつもりはなかった。

 それでも祭我へ教えたのは、彼を夫にするつもりだったからに他ならない。

 押しかけ女房ではないが、既に祭我は神降ろしを学んでいる。つまり、既に結婚の約束をしてその対価を受け取っているようなものなのだ。

 これで結婚しないでは話が通らない。


「わ、わかってるよ……」

「ならいい」


 これを見ていて、おもしろくないのがハピネだった。他国の王族であるスナエと結婚するのだから、下手をすればマジャンで祭我が暮らすことになるのかもしれない。

 そうなれば、自分がアルカナを出て、そちらで生活することもあるだろう。その場合、自分は確実に妾である。

 それは四大貴族の一角として生まれた彼女としては許しがたい事だった。


「ま、まあサイガはもう、次期バトラブだって決まっているけどね!」

「ふん、所詮一貴族ではないか」

「そっちだって所詮は王位継承権があるだけじゃない! こっちは本家の跡取りよ!」


 火花を散らし合う二人から、ツガーはやや距離をとっていた。

 特に地位のない彼女からしてみれば、むしろ呪術師を知らないマジャン王国の方が過ごしやすいという打算がないわけでもなく、そもそも他の女性と比べて順位にこだわりがないということもあるのだろう。

 とりあえず、高貴な二人がケンカをしないかが不安になるだけなのだ。


「……なあサイガ。お前はその……スナエと結婚するのか?」


 割と直球の事を、見学しているランは訊ねていた。

 意外な伏兵の登場に、体を獣に変えつつあった祭我は驚く。

 決断力に乏しい本人としては、正直あんまり明言したくないところがあった。


「あ、ああ……うん、そうなると思う」

「お前はスナエが好きなのか?」

「え……うん、まあ……うん」


 祭我は、自分でも自分の優柔不断さが嫌になっていた。

 確かに年齢的には日本人として早い決断だとは思うし、簡単に考えていい話だとは思っていない。

 しかし、既にいろいろと後戻りできないところまで話は進んでいた。それぐらいは流石にわかっている。


「……そうか」


 髪が銀色ではないランは、なんだかおもしろくなくて話を切っていた。

 なんといっていいのかわからないが、これ以上話をしたくなかったのだ。


「だがその……確かに神降ろしは強いと思う。私も一度負けたからな。だが、凶憑きだって強いぞ。こっちの練習を続けた方がいいんじゃないか?」

「それはそうだけど……スナエのお父さんと会うんだからさ」

「そ、それとこれとは関係ないだろう! 大事なのはお前が強くなることだ!」

「違うって、これは礼儀みたいなものだよ!」


 言い争う二人を見て、何かを察した三人は間違いなく『女』だった。何故自分が怒っているのかわからないランは子供だった。なぜランが怒っているのか分からない祭我はバカだった。


「なあ、エッケザックスもそう思うだろう?!」

「うむ、まあのう……しかしじゃ、我が主が恥をかかぬためというのであれば、まあ仕方あるまい」


 完全に他人事だと思っているエッケザックスは、本当に心底どうでもよさそうに二人の言い争いを眺めていた。

 それを見て、ふとツガーが気になったことを尋ねる。それは前々からの疑問だった。


「あの……エッケザックスさんとスイボクさんって、その……」

「ぬ? ああ、我は性欲なぞないぞ」


 おそらく、本人からすればうんざりするほど聞かされたことなので、あっさりと察して答えていた。

 その言葉に、意味もなくツガーは安堵する。


「我ら八種神宝にそういう『機能』がないとは言い切れぬ、飯は食えるゆえにな。とはいえ……増えるわけで無し、非生産的な性欲などない。パンドラじゃああるまいし」


 その言い方だと、災鎧パンドラには性欲があるかのような言い方だった。

 たまに話が上がるパンドラとは、一体どんなものなのだろうか。

 聞きたいが、正直聞きたくなかった。


「我らはあくまでも『道具』でしかない。だからこそ、人間には嫉妬せぬ。嫉妬するとすれば、他の神宝か別の道具であろう……スイボクが自分で作った木刀とかな……」


 忌々しそうに虚空を睨むエッケザックス。

 仮にも自分を使っていた男が、手作りの木刀を振るっているのだ。内心複雑なのだろう。


「とはいえ、嫉妬する道具ばかりでもない。ノアは使われないことを良しとする道具故に、使われていない道具があればよかったと思う程度よ。ダヌアに至ってはケンカする要素がない。あれは食器も農耕器具も調理器具も丸々同志と思っている故にな、実際どれが欠けても人間は飯が食えぬ」


 スプーンやフォークが、鍬や包丁とケンカをするか、という話である。

 大分広義すぎる同志判定だが、彼女にとっては食に関する道具は全て欠かすことができないものなのだろう。


「ダインスレイフなどそれはもういい加減じゃぞ? あれは人に使われていれば全部同志じゃ。正しい使い方をされていなかったとしても、人間が使えば全部同志と思っておる。まあ人間の役に立つ、という道具の本質ではあるが……我とは相いれぬな」


 その上で、ふとばつが悪そうな顔をする。

 何かを思い出して、言い訳をするようだった。


「まあ……ウンガイキョウから見れば、我が以前にお主へ岩を斬る特訓として使いつぶさせた鉄の剣には、少々怒るところがあるやもしれぬ。訓練のために必要なことだったとはわかっていても、量産品とはいえ本来の役割を果たせずに壊していたのだからな」


 彼女達の理屈で言えば、自分達と同じ道具を、本来の目的から外れた形で大量に壊させていたということである。

 お世辞にも、趣味がいいとは言えなかっただろう。


「ヴァジュラの場合は逆に単純でな、アレは同類を認めておらぬ。自分にしかできないことがある、自分を使わねばできないことがある、という類の道具であるからのう。だからこそ、仙人を嫌っておる」


 その理屈で言うと、ヴァジュラもエッケザックスも同類なのだろう。

 もしもそれを口にしようものなら、物凄く憤慨するだろうが。


「……じゃあまさか、パンドラは性欲を発散させるための道具なのか?」


 なんとなく、もしもそうだったら嫌だなあ、と思いながら祭我は訊ねていた。

 彼が思い出すのは、故郷のジョークグッズやエロ本、十八禁のゲームだった。

 例を列挙しようと思ったらするする出てくるあたり、自分の生まれた国の『HENNTAI』ぶりが嘆かわしい。

 ちなみに、前に似たような心境になったのは『晒し首』である。嫌な国だな、日本。


「八種神宝にそんなものがあるか! アレは『人間に道を誤らせる道具』じゃ。まあダヌアから見れば、我もダインスレイフもヴァジュラも、人間が本来歩むべき生き方を誤らせる道具だ、と言うがのう」


 道具ではないが、危険薬物が脳裏をよぎった。

 それは祭我だけではなく、ラン以外の全員が知識として知っていることだった。


「アレの厄介な所は、本当の意味で使いこなせない者にもホイホイと力を貸すところじゃ。我が知る限り、アレを本当に使いこなしておったのは一万年前に最初に使った男ぐらいじゃ。それ以外は全員パンドラに殺されておる」


 ランはエッケザックスの事しか知らない。というか、七つの神宝が揃った時に居合わせたのはスナエと祭我だけだった。

 とはいえ、祭我はきちんと周囲に説明していたりしたのだが。

 なので、ラン以外は緊張感をもって話を聞いていた。


「我が知る限り、パンドラの機能を完全に無効化できる『手段』はエリクサーだけじゃ。そしてその特性上、エリクサーとパンドラは同時に所有することができぬ。だからこそ、パンドラの所有者はその機能に身を晒し続けねばならぬ。それで生き残ることができるものがいるとすれば……最初にパンドラを身に着けたあの男の様に、極めて希少な資質が求められる」


 アルカナ王国には四人の切り札がいる。

 白黒山水は本来ありえざる、五百年間の修行によって人外の技量を得ている。

 瑞祭我は本来ありえざる、あらゆる魔法を習得できる資質を持つ。

 興部正蔵は本来ありえざる、膨大すぎる魔力を身に宿している。

 山水は凡庸な希少魔法の資質しか持たないが、最高の師の元で長期間修行に明け暮れることができた。祭我はどんな魔法でも憶えることができるので、どんな状況にも対応できるようになっていく。正蔵は珍しくない魔力を宿す人間だが、その量が尋常ではない。

 三者三様ではあるが、各々が完全にバラバラだった。

 そして最後の一人は、当然のように全く別の力を持っていた。


「つまりは、ディスイヤとやらは見つけたのであろうな。ランのような凶憑きよりも更に希少で稀有な、一万年に一人現れるかどうかという資質の持ち主を。であればスイボクが言うように、スイボクですら絶対に勝てぬ」


 エッケザックスは、心底から『面白くなさそう』にそう言っていた。

 嫉妬ではなく諦念か、あるいは呆れか。


「まあアレの話はやめじゃやめ、どうせその内顔を出すであろう。サンスイがおらんでも問題ないと思ったのも、ソヤツかショウゾウがおれば何が起きても問題ないと思ったからであろうしな」


 と、打ち切られた。

 自分の主を殺している道具に対して、嫌悪感さえも抱いていないようだった。


「なあエッケザックス。それなら少し聞きたいんだが……」


 ランの事を、凶憑きのことを、凶憑きが悪血を多く宿している者であるという事を知ってから気になっていることがあった。

 それはスナエとトオンが、どうしても心のどこかで気にしていることだった。


「私の中に流れる力は、王気と呼ばれている。加えて、私の使う希少魔法は神降ろしと呼ばれている。その理由は、話したことがなかったが……」


 それは、マジャン王国が建国される以前の事だった。

 マジャン王国が成立する以前、神話の時代の話だった。


「元々、ランと同じ凶憑きが昔大暴れしていたらしい。その時に、人間の言葉を操る獣が現れて、その凶憑きを食い殺した。我らの先祖はその獣を神と崇めていたんだが、ある日『神』が美しい女性を選び、差し出すように言った。『神』は差し出された娘たちに力を与え、自分と同じ大きな獣に変えて交わった。その女たちが産んだ子が、我が王家に限らず周辺諸国の王族の始まりだと伝えられている」


 その話自体は、別におかしいことなどない様に思える。

 なにせ昔話だ、特に珍しい事でもない。

 しかし、その話を聞いて、他ならぬ神話の存在だったエッケザックスは、何が言いたいのか分かったようだった。


「生まれながらに悪血を宿しすぎた者は、生まれながらに髪が銀色で、運動能力が高く、常に興奮状態なんだろう?」

「うむ、そこのランがそうであるようにな」

「それじゃあ、生まれながらに『王気』を宿しすぎた者はどうなるんだ?」

「お主の想像通り、生まれた時から完全な獣の姿をしておる」


 それはつまり、彼女のルーツである神話が、ただの事実であることを示していた。


「希少魔法の開祖は全員その様に身に余る力を宿したものであるという。加えて言えば、お主の先祖の様に自分と同じ資質を持つ者と子をなせば、それは希少魔法の血統となるのじゃ」


 なぜこの神剣は、学園長先生が聞いたら大喜びしそうなことを隠しているのだろうか。

 聞かれなかったから、とでも返すのだろう。そもそもそこまで積極的に話がしたいわけでもないだろうし。


「そ、そう言えば……セイブ一族の開祖は約束を破った者を石に変える力があったと伝えられています……カプトの開祖も、手をかざすだけで人を癒したと……」


 自らも呪力を宿するツガーは、腑に落ちるものを感じながら理解していた。

 確かに、王気であれ呪力であれ聖力であれ、身にあふれるほどの力を宿す者が血統の源流、というのは納得がいく話だった。


「そう言えば亀甲拳の開祖も予知ができる人だって言ってたな……いや、もしかしたらちょっと違うかもしれないけど」

「とにかく、その程度の話じゃ。他の場合と違い、王気を宿しすぎれば露骨な人外となる故に、まともに育てられることはないであろうがのう。そういう意味では、凶憑き以上に不憫であろうな」


 想像するだけで嫌な気分になる話だった。

 少なくとも、スナエもトオンも自分たちの源流に思うところがあったのだろう。

 

「そうか……話してくれてありがとう。別に、大した意味はない。気になっていたから聞きたかっただけだ。」


 神話が真実だ、ということがわかっても取り立てて恥じることはない。

 自分の先祖が神ではなく凶憑き同様の『天才』であるというだけで、特におかしいところはない。

 ただ筋が通っただけ、それだけだ。

ちょっと質問をいただいたので説明を。


他の希少魔法に比べて法術使いが多すぎないだろうか、という質問がありました。

結論、多いです。


 と言いますのも、まず前提として、他の希少魔法と比べて格段に有用性が高いからです。

 作中で何度か描写いたしましたが、『法術の資質が有るなら勉強するし、呪術なら諦める』という具合に、呪術師の才能がある人間が百人いたら一人か二人ぐらいしか学ぼうと思いません。対して、法術使いは百人中百人が学ぼうと思います。

 戦闘を本分とする魔法使いの場合、資質が弱いと諦めることが多いですが、法術使いの場合は資質が弱くても治療できれば問題ないので、教える方も教わる方も諦めません。

 なので、資質を持つ人数が他の希少魔法と同じでも、習得している人数には格段の差があります。


 加えて、アルカナ王国にはカプトという法術使いの血統があります。

 彼らは本家も分家も、半数が法術使いというインチキ具合です。

 聖騎士にパレット君が所属していたことも含めて、分家の男子の多くは聖騎士として本家を守っています。


 その土壌がある前提で、この国にはとても法術使いが多く同時に魔法も普及しています。

 その関係上、法術使いの資質を持つ人間を発見しやすいのです。


 例えばマジャンで法術使いの資質を持つ人間を探そうと思ったら、ごく一部の影降ろしや神降ろしを習得している以外の人間、つまりほぼ全員の中から探さねばなりません。


マジャン王『法術使いの資質が有る奴を探すぞ! 影降ろしも神降ろしも使えないやつ集まれ!』

国民の殆ど(全体の内99.8%以上)『は~~い』


 つまり、どんなに都合よく考えても九百九十八人の中から一人いるかいないか、という珍しい人間を探さねばなりません。



 ですがアルカナ王国の場合、まず魔法を使える人間、九百九十人が抜けます。


アルカナ王「法術使いの資質が有る奴を探すぞ、魔法が使えないやつ集まれ!」

国民のごく一部(全体の1%ぐらい)「は~~い」


 国民の殆どが魔法を使えるので、自分が法術を使えないと知っているのです。

 よって、十人の内一人いるかいないか、という人間を探せばよいのです。


つまり、

1、戦闘も治療もできる性質上、なりたがる人間が多い

2、生まれやすい血統があり名門貴族

3、魔法が普及しているので見つけるのが簡単

という理由で、千人に一人いるかいないか、という珍しい資質でも総数は多いです。

また、若い時は聖騎士で歳をとってから医療に専念、ということもあるので年齢を重ねても法術使いとして現役の方は多いです。


よって、アルカナ王国に法術使いは多い、となります。

国中に法術使いがおり、加えて全員がカプトとつながっているため、無駄にカプトは情報の伝達が早かったりします。

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