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希望

 とりあえず、誰も傷つけずに収めることはできた。

 この結果がお嬢様やお兄様、お父様の耳に入っても俺や貴族の方が不都合な結果になるということはあるまい。

 それに、俺が晒し首という概念をもたらしたことも、それなりに拭えればとは思う。

 俺だって、それなりには外聞を気にするのだ。少なくともあの猟奇的な行為を好き好んで行ったと思われるのは流石に心外過ぎる。


「おお……お見事ですな!」

「ええ、正に目にも止まらぬ早業でしたわ!」


 ブロワの両親が手放しでほめてくれる。その純真さに少し救われた。

 正直に言って、俺に向けられた嫉妬、憎悪の視線は少なからず強くなっている。

 その強さを見せびらかして、いい気になっている、と思っている人が結構いた。

 そんな受け取り方をしても仕方がない。少なからず、そういう面はある。

 今俺が投げた貴族の方同様に、彼らは元から不満があったのだ。ただ、それを表に出すことを控えていただけで。


「いえいえ……余興ですから。それに、少しばかり御髪が乱れてしまったり、或いは埃を舞わせてまったかもしれません。断りなく動き、少々驚かせてしまいました。お許しください」


 こうなると、俺を手放しに褒めたたえている方々の方が、俺に憎悪を向けている方よりも善良に思える。

 もちろん、向上心という意味では俺を妬む面々の方があるのだろうが。

 正直、妬まれるだけの立場にいるとは思っている。だから彼らは彼らで正常なのだ。ブロワのお兄さんではないが、俺達の立場は羨まれる地位ではあるのだから。


「いやはや、実に見事なお手並みでした」


 とても下手(したて)に俺を褒めているのは、シェットお姉さんの旦那さんだという方だった。

 もちろん傍らにはシェットお姉さんがホラーな目でこちらを見ているが、目以外は笑っているので多少不気味さが補われている。


「この国最強の剣士、その武の一端を見ることができて、とても幸せです」

「いえいえ、少々これ見よがしだったかと」

「貴方とも親戚になれるのかと思うと、鼻が高いですよ」


 比較対象がひどすぎる気もしたが、彼は奥さんに比べてとてもまともな人に見えた。

 レインより少し年上に見える子供たちも控えているため、夫婦仲も良好なのだろうとは思う。


「息子や娘たちも、国一番の剣士と親族になれたことを喜んでいます。ほら、ご挨拶なさい」

「「「はじめまして!」」」


 俺の投げを見ていた彼らは、とても目を輝かせていた。

 外見的には俺とそう歳の変わらない彼らも、俺の強さを見て憧れてくれたようである。その目は子供らしい喜びで輝いていた。

 握手を求めてきたので応じる。多分、学校とか近所の子供とかに自慢するんだろう。

 今更だが、有名人になってしまったようだ。まあ今一番ホットな話題は、多分首を並べたことだとは思うのだが。

 晒し首のインパクトが大きすぎて困るが、元々それが目的で晒したから仕方ない。改めて自分の軽率さを呪う。晒し首とか口が裂けても言うべきではなかった。


「とても強くてびっくりしました!」

「本当にこの国で一番強いんですね!」

「私達とそんなに変わらないと思うのに、凄いです!」


 大変申し訳ないが、俺は五百年ぐらい生きているんだ。

 年齢はそんなに見えるが、実際には誰よりも年上である。


「ブロワとこうしてきちんと顔を合わせることは珍しいからね、今まで長くドゥーウェ様の護衛を務めてきたが、ここでようやく淑女として過ごすのかな?」

「ええ、お嬢様もそれをお望みの様です。今すぐに、というわけではないようですが」


 ブロワは社交界で顔を合わせていたようだが、お嬢様の護衛をしているブロワと義理兄さんが長々話すのはまずいからな。今が初めて話す機会を得たようなものだ。


「それで、そちらのお嬢さんがサンスイ殿の御息女かな?」

「どうも、はじめまして。レインです!」

「これはどうも、今後はよろしく」


 どうにも、彼はレインの出自を知らないようである。

 知っている人間は少ない方がいいし、知らなくても一切損害はないので、そこはブロワのご両親やシェットお姉さんにお任せしよう。

 っていうか、やっぱりまだ目が怖い。俺の肌に穴を開けそうな勢いで、シェットお姉さんは俺を凝視していた。

 とはいえ、流石に基本的にホスト側である義理兄さんは他のお客とも話をせねばならず、傍を離れないので俺達から離れていった。


「もう少しの辛抱だから、我慢しろ」

「いや、そこまで辛くはないが……気遣いはありがとう」


 ブロワは俺が疲れてるのかもしれないと思っているようだったが、実際にはそんなことはない。強いて言えばどうしても少し前の晒し首の事を思い出してしまっただけだ。

 さっきの貴族の男性も、俺が首を落していたことを思い出して、今更動悸が激しくなっている。

 彼の今晩の夢見が悪くなっていないことを、心の中で祈っておく。



 当たり前だが、俺が投げた人の挑発を除けばつつがなくお披露目パーティーは終わった。

 レインは少々疲れたようだが、流石にシェットお姉さんの眼力に晒され続けるよりはマシだったらしい。


「先ほどは、良く収めてくれたね。感謝するよ」


 だからこそ、少し意外だった。

 ヒータお兄さんが、お開きになった後に俺へ話しかけてきたのは。

 はっきり言って、俺に戦闘面以外での発言権などない。

 俺に嫌われないように振る舞うメリットはあるとしても、俺と話し込むことに利益があるわけがない。

 とはいえ、俺は俺で、彼と話さない理由があるわけでもない。


「いえいえ、所詮剣しかとりえのない男の荒いやり方です。気を悪くされたでしょう」

「そうおっしゃらないでください、彼の言葉はソペード本家を侮辱したものでした。貴方がああして抑えてくれなければ、どうなっていたか」


 感謝していることは本当だ。その一方で、彼の言動に共感もしていた。

 そして、どうやら俺と込み入った話をしたそうでもあった。


「ブロワ、済まないが……弟になる人と話をしたい。少し借りるぞ」

「……はい、お兄様」


 少し躊躇しつつも、ブロワはそれを許してくれていた。

 できれば兄とも仲良くしたい、という想いがあるのだろう。

 できるだけ彼女の気持ちに応えたいとは思いながら、俺はお兄さんに案内されて、お兄さんの部屋へ向かった。

 当然と言えば当然だが、その部屋には誰もいなかった。


「君とは、いいや、貴方とはこうして胸襟を開いて話がしたかった。夜が弱いと聞いていたので、こうして早々と連れ込んでしまって申し訳ない」

「そうかしこまらなくても結構です。所詮は一介の護衛でしかなく、将来何かの役職に就くわけでもない。貴方と違って、ただの兵士ですよ」


 俺はただ強いだけの剣士でしかない。

 将来何か特別な仕事へ付かせてもらうと約束されているわけではないし、これといって部下もいない。

 発言権があると勘違いされてもいるが、発言権があるのならランの事はとっくに殺している。

 国一番の剣士、と言ってもただそれだけなのだ。本来、羨まれるべきではない。


「私の凶行もご存知でしょう。もちろん、彼らは殺されて当然の輩でしたし、お嬢様の命令に従ったまでではあります。ですが……やはり私は、他人を傷つけることしかできない」


 謙遜ではなく、事実を告げる。

 はっきり言えば、レインがいい暮らしをしているという点を除いて、俺はそんなに夢のような贅沢をしているわけではない。

 とんでもない高額の報酬を受け取り、それを使って酒池肉林を楽しんでいるというわけではないのだ。蓄えがないわけではないが、正直今日まで使う余裕がなかったし。


「……参りました。貴方にそう言われると、いよいよ私は僻みしか言えない」


 やはり、ある程度自分を客観視できている。

 ため込んだものを吐き出したいが、それがみっともないとはわかっているのだろう。


「もう隠す意味がないので、恥を承知で申し上げる。私は……貴方の事が羨ましいのです」


 中々、勇気のいることだった。自分で自分が卑しい感情を抱いていると認めるのは。

 特に、一応ソペードの本家の繋がりのある、見た目が若い奴に告白するのは。


「いいえ、正直に申し上げれば妹であるブロワにも、そうした感情を向けています」


 申し訳ないのだが、その辺りの事は既に末の妹さんからうかがっている。というか、全面的に大正解らしい。凄いな、ライヤちゃん。


「理由をお伺いしても?」

「ええ……私はこの家で唯一の男子です。もちろん全員女子であれば姉の夫が家を継いでいたとは思いますが、とにかく私が生まれたことでこの家の跡取りは私に決まっていました。なので、私は子供の頃から領地を如何に経営するのかを考えていました」


 なんか、どっかで聞いたような話である。

 もちろん、おかしな話などどこにもないのだが。


「ブロワと違い、私には魔法の才能が有りませんでした。才能がない、というのは魔力を生まれ持っていないということではなく、大した魔力を持っていないという意味なのです」


 それは全く魔法が使えないことより未来が無いな。もちろん、魔法使いという意味でだが。


「とはいえ、領地経営に魔法は全く必要ではありません。なので私は、魔法への未練を振り切るためにも勉強に没頭しました」


 やっぱりどっかで聞いたような話である。

 魔法の才能はないけど、領地経営のために勉強する。

 なんか遠い昔聞いたことがあるような設定だった。

 もちろん、そんなことを考えることは相当失礼だったが。


「自分で言うのもどうかと思いますが、相当優秀ともてはやされましたよ。なにせ、ソペードの前当主様にもお褒めの言葉をいただきましたから」


 それは凄いな。なんか俺の中の基準がソペードになっているのが、視野の狭さを表しているようで申し訳ないが。


「ですが……父は私に執政を許してくれませんでした。当時の、十かそこらの私には」


 そりゃそうだろ。どんなに頭が良くったって、十歳に領地経営を任せるわけないだろ。


「私も今は子供の親になっています。仮に自分の息子が『執政の一部を任せてほしい』と言い出せば、流石に笑って止めるしかありません。それに、私の父は凡庸ですが凡庸成りに真面目です。当時の貧しい領地経営も、前例をきっちりと守って貧しいなりに運営していました」


 ヒータお兄さんからすればもうちょっと頑張れたとは思うが、及第点は十分超えていたと。

 というか、そうでもないとブロワの一件があったからと言って、いい領地を回してもらうことはないか。


「子供の頃、私の夢は早く父に認められるようになって、貧しい領地を改革するという事でした。しかし……三つの事が重なって、その夢は無用になりました。ブロワに魔法と剣の才能があったことと、今の領地を経営していた貴族の汚職があったこと、そしてドゥーウェお嬢様が見目麗しい護衛を求めていたことです」


 その辺りはブロワやライヤちゃんから聞いたことである。

 確かにブロワに剣と魔法の才能があっても、その辺りのタイミングがなければ、領地の転属が決まることはないだろうな。

 それがブロワにとって、幸運だったのかどうかはわからないが。


「もちろん、父には機会を与えられただけです。仮にこの良好な土地を荒らすような無能を晒せば、きっと元の領地かそれ以下の土地に回されていたでしょう。そういう意味では、父はソペードの当主様の期待に応えています」


 それは嬉しい事の筈なのに、当人は複雑そうだった。

 そりゃそうだ、自分から見れば至らないところが結構あるのに、それでも社会から認められているのだから。


「これは、弁護というか愚痴ですが……良好な土地というのは極端な話、経営が楽なのです。よほど汚職をしなければ、普通に運営している限りよほど悪いことにならない。そして、父は凡庸ではあっても懸命に働きました……妹への後ろめたさもあったのでしょう」


 なんか、ここまで完璧にライヤちゃんから聞いていたことだった。

 はっきり言って、妹に心中を読まれすぎである。本当に優秀なのか怪しくなってきた。


「……もちろん、妹には感謝しています。妹が奉公しているからこそ、私達は良い暮らしができている。しかし……どうしても考えてしまうのです。私よりもさらに若い、幼いブロワが認められていることが、父や母に感謝され、ウィン家へ貢献していることが」

「正直、妻になる女性の努力が、そう思われていることに不快感を感じます。ですが、心中は察します」


 直でブロワには言えなかっただろうが、それでも誠意として俺に明かしていた。

 どういう誠意なのか、正直わからんところもあるのだが。


「私も男です。少なくとも昔は、魔法を使って活躍して武名をとどろかせたいとは思っていました。それを自分より年下の妹が実際にやってしまった……跡取り息子であるはずの自分が、守ってやらなければならないと思っていた妹に追い抜かれてしまった」


 確かに少年時代は辛かっただろう。正直荒れても仕方がない。

 今でも引きずっているのは、どうかと思うが。


「本来、ブロワの才能は領地経営には無関係でした。ですが、妹はあのドゥーウェ様に見初められた。その結果、私はどうしようもない気持ちを抱くようになってしまったのです。周囲からの評価が良いのは妹が頑張っているおかげ、私が良い条件の相手と結婚できたのは妹のおかげ。その間私にできたことは、ただ勉学を重ね、社交界で跡取りとして振る舞うことぐらい」


 妹が今も必死で頑張っているのに、自分は何もできない。

 それは確かに、兄として鬱憤がたまるだろう。それに関しては同情の余地があった。


「……とはいえ、もう妹も貴方に嫁入りし、戦士としては引退するのでしょう。あの子がウィン家を出た時は、本当に子供でした。あの子もようやく、人並みに安寧を得ることができるのです。卑しい感情がないわけではありませんが、私は……あの子が乳飲み子だった時の事も憶えております。だからこそ、貴方には妹の事を幸せにして欲しいのです」


 心中複雑ではあるが、妹が過酷な運命を乗り越えたことや、今まで家族のために頑張ってきたことに感謝している。

 だからこそ、今後のことは俺に任せたい、幸せにして欲しい。


 最初の愚痴さえなければ、いい話である。

 気配が読める身ではあるが、綺麗ごとだけ聞きたい旦那心である。

 秘めるが花とか、そういう美徳はないのだろうか。


「ええ、全力を尽くします」

「よろしくお願いします」


 そう言い切ったところで、彼は色々と切り替えていた。

 心の中の泥を出して、気分を入れ替えたらしい。


「今まで妹が武名を轟かせていた分、今後は私が領地経営で名を上げようと思います。ソペード本家にも轟くほどに、今まで以上に豊かな土地にして見せますよ」


 そう言って、奮起するヒータお兄さん。

 しかし、ライヤから彼の今後を聞かされている身としては、頑張ってくださいねとしか言いようがない。

 はっきり言って、俺がどれだけ活躍しても今が上限であるように、彼だって今が上限なのだ。

 妹に対抗心を持っているところ申し訳ないが、君の名前がソペードに轟くことはないのだろう。

 頭のいい新当主が、元々豊かな土地をさらに発展させました、と言っても有名になる要素が一切ないし。そんな話題、一切面白くないからだ。


 なんか将来を夢見て目を輝かせている、妹以上に名を売って見せると気張っているが、彼が想像する最大の結果を発揮したとしても望む物は得られないのだろう。

 

「そうですか……無知浅学な私には応援することしかできませんが、領民の為にも上手くいくことを祈っています」


 ただの事実として、俺が最初に彼へ言ったことは本心である。

 強い剣士というだけの俺などよりも、彼の方がずっと沢山の人を幸せにするのだろう。

 彼の成果が細やかだったとしても、この地の民衆が喜ぶのならばいいことだ。

 それが民衆に伝わらなかったとしても、それはとてもいいことだと思う。


 ただ、彼の願いはかなわない。内政手腕がどれだけの物であったとしても、この領地に移った時点で彼の野心は潰えていたのだ。

 武名で名を轟かせた妹が引退するので、今後は自分が為政者として名を轟かせたい。

 そんな健全ともいえる対抗心は、全く見当違いだった。


 少なくとも俺の中で、目の前の意気があふれる若者への評価は、ライヤちゃん以下になっていた。

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[気になる点] 将来何かの役職に就くわけでもない。貴方と違って、ただの兵士ですよ」 この発言、ブロワや前話と矛盾します。 [一言] いつか、更新されるのを楽しみにしています
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