再戦
流石の俺も、と言うか俺の師匠でさえも、大自然の緩やかな代謝はともかく物凄く巨視的な進化は眼にしたことはない。というか、見たいとも思わない。
師匠曰く、仙人に寿命は無いが、本当の意味で修業が完成した時、仙人は大自然と一体化し星の一部にして全部になるという。
なんのこっちゃわからんと思うが、俺も曖昧にしかわからない。
結果的には人が墓の中で土葬になるのと変わらないのだが、それよりももっとすごいとかなんとか。多分師匠もまだその段階にはなってない。
何が言いたいのかと言うと、この世界では五百年経っても工業化時代も大量生産も起きる見込みさえ見せていないということだ。
物の本によると、ライト兄弟が動力付きの飛行機を完成させてから百年もしない間に、人類は月面に到達したという。
些細なきっかけで人類は爆発的にその発展を遂げるのだろうが、ファンタジーものだと大抵進みすぎた魔法文明は崩壊している。
話は大分それたが、この世界ではまだ人口爆発が起きておらず、この学園の近くにはまだまだ人の手の入っていないところが多いのだ。
ちょっと遠出しただけで、俺達は深い森の中に入っていた。
もちろん、俺が長年を過ごしたあの森ほど深くないのだが。
「私は、そうね、貴女の事が嫌いだけど、貴女の護衛のサンスイの事は認めたわ」
「あら、私は貴女の事も貴女の婚約者の事も、下に見ているわよ」
のっけからすげえ飛ばしている会話だった。
お嬢様の高飛車っぷりと傍若無人ぶりが、留まるところを知らなかった。
良いんだろうか、一応同格の家だったような気がするのだけど。
「私と貴女の家は対等よ。でも、私と貴女は対等じゃない。貴女の婚約者が、私の護衛に負けたようにね。だから貴女の挑戦を受けてあげたのよ。だってほら……また負けてみっともないところを晒すのが、恥ずかしいって言うんでしょう?」
聞いてるこっちが恥ずかしくなる会話だった。
レインがまだ幼年部にいて良かった。聞いたら絶対教育に良くない。
今更だけど。
「私の婚約者を、あの程度だと思わないでちょうだい!」
「あら、あの程度ってどの程度? ぴかぴか光ったと思ったら、私の護衛に殴り倒されただけじゃない」
素人目にはそうだったんでしょうが、実際には結構攻防の妙があったというかなんというか。
もちろん世間一般の大抵の方はド素人で、伝聞しか聞いたことがないのでしょうが。
「ドゥーウェ……!」
「あら、まさか貴女はお情けでこんなところに来てあげた勝者に、この上恥をさらすのかしら? 凄いわねえ、どこまで厚顔無恥なのかしら」
煽っていくなあ……。
でも実際、俺も凄くびっくりしている。
だって、負けて次の日に再戦とか急ぎすぎだろう。
どれだけ奥の手に自信があるというのか。
「……あの、ドゥーウェさん。俺達の我儘を聞いてくれてありがとうございます」
「あら、礼儀正しいわねえ」
「はい、凄い勝手なことを言っているのは確かですから」
「正直感心しているの。だって、素人目にも凄い実力差があったじゃない。普通もうちょっと間を置くものじゃないかしら」
「俺は負けました。そのことに言い訳はできません。でも、俺はまだ全部を出し切れていないんです」
「それをひっくるめて負けじゃないの?」
「……はい。でも、俺は事情があって使えない力がまだあるんです。それをぶつけないことには、納得ができないんです……言い訳だって言うのは分かりますが……それでも、俺はもう一度山水と戦いたい!」
思うのだが、それによって彼は何を得るのだろうか……。公にできない力で私闘しても、公の場では常に評価がそのままだと思います。
「……もちろん貴方が勝つわよねえ、サンスイ」
「もちろんです、お嬢様。師の名誉に誓いまして、勝利を」
「それは安心ね、貴方が事あるごとに自分よりも強いと言っていた貴方のお師匠様の名誉を持ち出すんですもの」
「ええ、たかが『全ての種類の魔法』が使える程度で、後れは取りません」
ざわり、と露骨に祭我のハーレムが驚いていた。
そりゃあそうだ、そんなのは普通にあり得ないからな。
だが、それでも俺にはわかる。分かるからこそ、勝利を確信できるのだ。
そんな程度の自信で、俺に勝てるわけがない。
「確かにそうだ……でもなんで、それがわかるんだ?!」
「仙術使いは相手の気配を深く読む。その気配が明らかにおかしいからな」
「それなら、どうして勝てると言い切れる?」
それがわからないから弱いのだろう。戦いと言うものを、決定的に勘違いしている。自然と、俺と祭我以外が離れ始めた。
お嬢様さえやや恐怖を感じ、そのまま距離をとっていく。
人の手の入っていない森の中は、つまりは俺のホームである。
学校や屋敷の中よりも、強く自然の力を感じることができていた。
「好きなだけ準備をして構わない、これはそういう勝負だ」
「……『バーニングスピリット』『ブライトアーマー』」
直後、彼の剣が燃え上がり、更に光の鎧を身に纏っていた。
それはつまり、本来はあり得ない法術と魔法の同時使用を意味している。
一方で、俺がその手品を言い当てたことで、彼は緊張している。
楽観と疑念が表情にも出ていた。
「我が身に宿る孤高の狼よ、我が身に宿りて敵を討て」
その上で、体そのものが変質していく。
全身が巨大化するわけでもなく、ただ毛に覆われていくだけなのだが、それでも身体能力の増加は感じ取れた。
流石に呪術は使ってこない。あんなもん戦闘中には使えないだろう。専門家のツガーでも、ずいぶんと時間をかけていたしな。
「……これが、今の俺の持てる全てです。これでもまだ、貴方は俺に勝ち目がないって言えますか」
俺は気功剣を使用して、機をうかがう。
多分、放置していれば向こうからかかってくるだろうし。来なかったら来なかったで、その時はその時だ。
ああ来たらこうしよう、こう来たらこうしよう、というのはいいものではない。
その場その場で最善を尽くせばいいだけだ。
「このままだと昨日の二の舞だが、それでいいのか?」
「……俺を、舐めてるのか?」
やや怒っている。そりゃあ怒るだろうが、俺も思うところぐらいはあるのだ。
こういうのを、年寄臭いというのだろうか。
「今の俺は、昨日の俺とは一味も二味も違う!」
なんか、昨日よりも弱くなっているような気がしてきた。
昨日の最初なんか、かなり気が抜けていい感じだったのに。
もしかして、お嬢様がやっているように俺も煽っているのだろうか。
嫌だなあ、こういう時に主従の繋がりを感じるなんて。
とはいえ、寿命が短いとしても生き急ぎ過ぎている気もする。
お嬢様ではないが、なんで次の日にリベンジなんてするのかわからない。
「……この力は、皆からもらった力だ。負けられない、負けるわけがないんだ!」
燃え盛る剣を振りかざし、獣の因子を持った光の騎士が襲い掛かってくる。
絵面としてはカッコいいのだが、何時かのお兄様を見ているようだ。
俺は気の流れを読む。
突っ込んでくる彼の、その体内の流れも読む。
そして、それはつまり、肉体を変質させている力の流れも読めるということだ。
「バーニング・ラッシュ!」
おそらく、防御を法術で固めて、神降ろしで筋力と敏捷を向上させて、そこからさらに炎の剣でラッシュをする技なんだろうが……。
それはつまりこっちがどう攻撃しても、それを先読みによって回避できる状態に無いということだ。
俺は気功剣で法術の鎧に突きこむ。
その一瞬前には彼も敗北を悟るが、しかし回避できない。
そのまま後の先をとられて、彼は地面に崩れていた。
「がっ……?!」
「急所を突いた。本当に、しばらくは動かない方がいいぞ」
当たり前と言えば当たり前だが、気絶したら法術が使えないのと一緒で、急所を突かれて肉体が著しく弱れば、それはもう完全に魔法なんて使えない。
鎧越しにとはいえ、急所の一点に気功剣で突きこんだ。おそらくしばらくは魔法は使えないだろう。もちろん、希少魔法を含めた広義の意味でも、学術的に正しい狭義の意味でも。
「な、なんで……?!」
「っく! 本当に急所を突かれているぞ!」
「サイガ様?! 大丈夫ですか?!」
度重なる想定外の事態に、祭我のハーレムも混乱を隠せない。
駆け寄って介抱するが、それでも意識を保っている祭我は、だからこそ苦しそうにしていた。
「動くな、サイガ。お前が突かれた一点は、神降ろしにおける急所だ。無理をすれば、死ぬぞ! だが……なぜ急所が分かった!」
「神降ろしは昨日も見ましたからね。それだけ見れば、神降ろしに使用する力の要点は分かります」
「……化け物め。だが、戦士としては敬服する外ない。剣聖よ、お前は正しく最強だ」
話が早くて助かる。自分も神降ろしで巨大化するスナエ様は、俺の事を正しく理解していた。
少なくとも、今のこいつに俺は負けないということを。
「だが、この程度で私が選んだ男が諦めると思ったら、大間違いだ」
「再戦はお嬢様に打診してください。なにせ、私はお嬢様の護衛ですので」
俺は物凄く呆然としているお嬢様に近づいていった。
お嬢様もそうだが、ブロワもとても驚いている。
「地味ね」
「地味だな」
「地味地味言わないでくださいよ……」
そりゃあまあ地味ですけども。なんか真必殺技とか期待していたんだろうか。そんなもの隠しても仕方ないのに。
もちろん、不老長寿は隠すけども。
「なんで……なんで勝てないんだ……?!」
苦悶している、呼吸さえつらそうな祭我。
しかし、決闘の結果として受け入れてもらう他ない。
敗因は自分で考えるもんだし。
「はぁ……あのね、ハピネさん」
「……何よ!」
「再戦、受ける気ないわ」
ものすごくがっかりした顔をして、お嬢様は結構酷いことを言う。
でも、それは俺も同感です。だって、昨日よりひどくなってるし。
「私ね、もうちょっと面白くなるかと思ってたの。でもごめんなさい、私の護衛はちょっと強すぎたみたいね」
「なによ、その言い方は!」
「だって、また一発で負けたじゃない」
お嬢様も、昨日の焼き直しともなれば食傷気味だった。だって、何の進歩もしてないし。
祭我のハーレムも驚いてたけど、こっちも驚いてたしな。
「せめて、目に見えて力を得てから再挑戦してくれないかしら」
緊張感もへったくれもなかったからな。俺からしてみれば特にそうだけども。だって、根本的に勘違いしているし。
とはいえ、ブロワもその辺りには二の句がない。
何なんだろうか、あらゆる魔法を扱える男が現れたというのに、その緊張感が一切拭われてしまっていた。
失意の敗者たちを残して、虚無を抱えた勝者である俺たちは去っていく。
この勝利は、いつも以上に空しかった。