第5話
とくん、とくん。
無駄に煩い心臓。
言動が残念すぎるチアキになんか、ときめいてはなるものかと必死に別の事を考えようとしてみるけれど、そんな都合よく思い浮かぶこともなくて胸は高鳴ったまま鎮まらない。
ならばと、足掻いたりせずに現状をすんなりと受け入れることにした。
こんなものは気の迷いでその内治まるだろうという考えの元に。
そんなユズハはチアキをチラリと覗き見た。
もう空を仰いではいないが、何事かを考えているのか気難しい顔をしている。
でも、そんな顔をしていても様になるのだから恐れ入る。
元が良いと色々と特だなぁなんて、どうでもいいことを考えていたら、チアキはおもむろに手を前に出し、僅かに赤く染まる顔をユズハへと向けた。
どうして赤いのかそれは分からないけれど、ユズハも同じようにチアキへと向ける。
「いや、悪い。ちょっと興奮した」
ちょっとどころでは無いように思うもそれはぐっと我慢する。
抱きつかれよく分からないお誘いを受けた身としては文句の一つも言いたいけれど、言ってしまえば話が進まない。
それに、顔を赤く染めるほど恥ずかしいとは思っているんだもの。
反省も勿論しているようだし、そんな人に更に追い討ちをかけるつもりもない。
だから、単刀直入に聞く。
「で、どういうことなの?あなたの国に仕えるって。そもそも何として仕えろっていうのよ」
チアキは一度こくりと頷いて、ゆっくりと言葉を紡いだ。「元々、ユズリルへ来た目的がソレだったんだ。ユズリルの鳥使いの力を借りたい、その為の交渉に来た」
「何のために力を借りたいのかも気になるところだけど……あなた、ククル鳥を見た時と私が鳥使いだって分かった時、尋常じゃないほど喜んでいたけれど、それは何故?」
ぽりぽりと頬を掻いて、少し恥ずかしそうにチアキが微苦笑する。
「たまに、スダチアにやってくるだろ?あんた達鳥使いが………それに魅せられたんだ。青い空を気持ち良さそうに翔ぶ鳥とそれを操る鳥使い。単純に羨ましいと思った。出来ることなら自分もその鳥に乗って大空を翔んでみたいってな」
「鳥使いとして、分からなくもないけど……ってあなた!まさかとは思うけど、ククル鳥に一人で乗ったの?だから落ちた!?」
そんなユズハの問いにチアキはバツの悪そうな顔をした。
それでは肯定と同じである。
勝手に、もしくは誰かを説き伏せて乗ったのか、それは定かではないけれど、あの顔ではあまり良い方法をとったとは思えない。だけど、まぁいい。
それは追々聞くとして、今は話の続きのほうが大事。
ユズハがこほんと一度咳払いすると、チアキは眉根を下げて情けない顔をする。
そんな顔にやはり無理矢理乗ったのだと確信のようなものを抱いてしまったけれど、とりあえず今は無視して話を戻す。
「でもあなた、魔法が使えるんでしょ?ククル鳥に乗らなくったって翔べるんじゃないの?一人で翔んだほうが簡単だと思うんだけど」
何か嗜められるとでも思っていたのか、少し驚いたような顔をしたチアキはそれでも少し考えて何度か頷いた。
「まぁそうなんだけどな………だから魅せられたって言っただろ?憧れみたいなもんだ」
やはり恥ずかしそうにそう告げるチアキに、ユズハもそういうものかと、なんとなくその事には納得できる。
ユズハだってククル鳥に魅せられた一人でもあるのだから。
では、力を借りたいとは何なのか?
チアキの憧れとはまた別問題で、こちらが本題なんだから。
「じゃあ、力を借りたいってどういうこと?スダチアはユズリルと違って魔法がそれなりに発達しているんでしょ?態々、鳥使いの力を借りる必要もないような気がするんだけど………」
「そうだな……スダチアには確かに魔法文化が色濃い。だが、それでも満足に使える奴なんて少数だ。多勢に無勢では戦えない」
「何よそれ!戦にでも参加しろっていうの!?」
そんなこと無理だからと、いきり立つユズハにチアキはあくまで冷静に言った。
「いや、違う。戦ではない。数ヶ月前からスダチアに異変が起きている。今まで見たことも無いような獣が出現した。それも一体だけだ。最初は魔法使い、それに騎士達も協力して何とか追い払っていた。だが、そいつは追い払っても追い払っても何度でもやってくる。まるでイタチごっこだ」
そこまで言って顔を上げたチアキはユズハに懇願するような視線を寄越した。
「その獣は空を翔ぶ。陸上の獣であればスダチアとして対処は容易にできる。だが、空中戦となるとスダチアは、はっきり言ってしまえば慣れていない。だから、ユズリルへ鳥使いの派遣要請、および空中戦への対処方法を乞いにきたんだ。何度も追い払うにもそろそろ限界で、できたら仕留めたい。だから………頼む!」
最後には拝み倒されたけれど、簡単には決められない。
中々厄介な事案であることは分かった。
うーんと眉間に皺を寄せて考えてみる。
確かにユズリルは空中戦には長けている。
だけど、そんな未知の獣を対処出来るかと問われたら、それは分からない。
でも、スダチアはユズリルの友好国でもあるわけで、できたら助けてあげたいとも思う。
でも―――ユズハの一存ではそもそも決められない。
それは父が決めることだ。
だけど、チアキはユズハ個人に仕えないか?と聞いてくれた。
ならばユズハは何らかの答えを出すべきだとも思う。
どうせ、父がスダチアの支援を決定させたとしてもユズハにお呼びは掛からない。
一応、姫っていう肩書きがあるのだもの。
でも、ユズリルに残ったとしてユズハに何がある?
何もない。
それどころかガイルに追いかけ回される毎日がまた始まるだけ。だったらスダチアに行った方がいい?
友好国であるスダチアがどんなところなのかも気になる。
社会勉強だと思って里を出てみるのも良いかもしれない。
うん。決めた。
楽観的ではあるけれど、ガイルからも逃げられるし、勉強にだってなる!
今もじっと見詰めるチアキにユズハは安心できるよう心掛けて笑いかけた。
「わたし行くわ。スダチアに。あなたの力になる」
にっこりとそう言ったユズハに何故かチアキは呆然自失。
え?何?
やっぱり来なくていいとか無しだから!
もう既に行く気満々になってるから!とは言えないけれど、心配にはなるわけで、チアキの顔を覗きこんだ。
そんなユズハの瞳には覇気のない、少し虚ろなチアキの顔が写る。
でも、そんな顔は一瞬で変わった。
喜び、歓喜の表情へと。
どうやらさっきまでの顔は吃驚しすぎたせいのようだ。
人騒がせにも程がある。
ふぅ、と溜め息を付くユズハの両肩をチアキがまた掴む。
さっき怒ったことは覚えているのか揺らされないことには、ほっとする。
でも、チアキと真っ直ぐ視線を合わせることにもなってしまって、別の意味で戸惑う。
そんなユズハにチアキは告げる。
「本当に来てくれるのか」と。
それに、迷わずこくんと頷けば、やはりユズハを襲うのは二度目の包容。
くるような気はしていた。
既視感も感じていた。
でも、一度目に続いてまさか二度目まではないだろうと思っていたのも事実。
だけど、現実は現実として受け止めなければいけない。
とりあえず、何度も何度も抱きしめないで下さいというユズハの台詞は今はまだ胸に押し付けられすぎて言うことができない。
けれど、分かったことが一つだけある。
この人は喜びすぎると抱きつくというはた迷惑な癖があるということを。
そんな癖は是非とも治してもらいたい。
まだまだ、諸々の問題がある。
主にはユズハの周りの人間、一番の砦は勿論父でそんな人達の説得が残っている。
だから、できれば心の平穏を保ちたい。
ユズハの考えなんて分かるわけのないチアキは今もぎゅうぎゅう抱きついている。
腕の中でこっそり息を付く。
仕方ない、な。
喜びを全身で現すチアキに絆されたのかもしれない。
どうしていいか分からず戸惑う腕をユズハはそっとチアキの背中に回した。
そして、落ち着きなさいという意味合いを込めて数回ぽんぽん、と叩いた。
本日、短編も公開してみました。ラブ要素が低めのラブコメです。