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第4話

 ティルの姿が見えなくなるのをしっかり確認して、ユズハは目を覚まさない男性の傍らに跪いた。

 真っ青な顔を眺めて、額に張り付く金髪を後ろに流すように手櫛で鋤いて露になった額にそっと手を置いた。

 その瞬間、手を置いた場所から淡い桃色の光が発した。

 ぽわんと浮かびあがる光は男性の顔色を瞬く間に変えていく。

 蒼白な色から赤みのある健康的な色へと。

 そこまで確認して手を放したユズハはおもむろに自分の手を見詰めた。

 思ったより……魔力は減っていない。

 やはり、怪我といった身体的な損傷なのではなく精神的なショックのようなものが大きかったのだろう。

 怪我を治すとなるとそれなりに魔力を必要とする。

 それが必要なかったことに内心ほっとして吐息した。

 ユズハは先程この人を助けるのに使用したように魔法が使える。

 何もそれは風魔法だけではなくて癒しの魔法も使えるのだ。

 ならば、さっさと癒してこの人を連れ帰れば良かったんじゃないかと言われるかもしれないけれど、さっきは危機的状況であったから仕方なかったとも言えるけど、あまり他の人に、それが一度見られてしまったティルであったとしても、これ以上見られたくなかった。

 ずっと隠してきた。

 人とは違う特別な力。

 使用できる人は限られている。

 異端者だと思われるのも嫌だけど、便利すぎるこのような力は誰かに利用されないとも限らない。

 ユズハの周りにそんな人はいないと信じたいが、残念ながらガイルやその家族がいる。

 吹聴するのは勿論、どうにか利用しようと残酷で残忍な方法でユズハを追い詰める可能性だってあるわけで、絶対あんな奴の為に使うつもりもないけれど、例えば、大事な人を人質に取られたりしたら――そうしたら使ってしまうかもしれない。

 だから母は幼いユズハに懇々と諭したのだと思う。

 過度に使ってはいけません。

 魔法を使えることは本当に信じられる人にしか言っては駄目よ、と。

 自分の手をぎゅっと握る。

 そして、その手をじっと見詰めた。

 こんな力、入らなかったとは言わない。

 この力も容姿と一緒に母から受け継いだものだから。

 でも―――

 そこまで考えて、ユズハの耳が微かな物音を拾った。

 その音を発しただろう人を慌てて見た。

 日の光が眩しいのか薄く目を開くその人はゆっくりとした動作であちらこちら自身の体を探っている。

 怪我などの確認をしているのだと思ったユズハは実に自然な仕草で彼の人の頭を数回撫でた。

「大丈夫よ。怪我なんてないわ」

 言えば、驚くようにこちらを見た男性が目を見開く。

 紫がかった黒曜石のような瞳は想像とは違ったけれど、とても神秘的でやはり美しいと思った。

 驚きで声も出ないのか、まるで固まったように動かない男性にユズハは柔らかく安心させるように笑いかけた。

「あなた、理由は分からないけど空から落ちてきたのよ。偶々通りかかった私が助けたの」

 言えば、情けないのか恥ずかしいのか男性は目の上に両手を重ねるように乗せて視界を遮ってしまった。

 でも、そんなことは一瞬でまた直ぐに手を下ろすと真っ直ぐにユズハを見詰めた。

「ありがとう。正直助かった。気が動転して魔法を使う暇もなかったからな……」

 自嘲するように言った言葉に、ユズハは言葉を返すよりもまず驚いた。

 さらっと告げられた魔法という言葉に。

 つまりはこの人は魔法が使えるということだ。

 ティルと一緒にお客様がどうやって来たのかと話してはいたので、そんな可能性は勿論持っていたが、こんな風にさらっと言われるとどう返していいのか分からなくなる。

 だから、少し悩んで当たり障りのないことを伝えることにした。

「あなた、城にお客様として来ていたんでしょ?それなら、里の者として助けるのは当たり前よ」

 当たり障りのない言葉を選んでみたけれど、男性は何故か訝しげに眉を寄せてみせた。

「そのこと、どうして知ってるんだ?」

「ああ、それは聞いたからよ。さっきまで一緒に居た子がいるんだけど、その子が城であなたを見たって言っていたから知ってるだけ。その子にはあなたの無事を知らせるように城に行ってもらったから今頃は城で報告してるんじゃないかしら」

 ほっと息を吐いた男性は続いて悪かったと小声で呟いた。

 それに驚くのはユズハの方。

 別に謝られるようなことはされていないのだから。

「べ、別に謝らなくても気にしてないわよ?」

 男性はいいや、と首を振って、そして頭を軽く下げた。

「疑うような聞き方をして悪かった。俺は隣国スダチアから来たチアキだ。あんたは?」

「私はユズリルのユズハよ。あなたの体調が良いなら早めに城へ向かいたいのだけど、どう?」

 寝転んだ状態のままだったチアキは慎重に体を起こして、そして立ち上がる。

 足踏みをするように足を動かして首や肩も同様に少し動かす。

 特に顔をしかめたりしていないから痛みなどもないのだろう。

 一通り、体を動かして問題ないことが確認できたらしいチアキはユズハに向かって「大丈夫そうだ」と言った。

 ならば、躊躇する理由もない。

 ユズハはチアキに手を差し出した。

 その手の意味を図りかねるのかチアキは掴まない。

 それならと、ユズハからチアキの手を掴んだ。

 しっかりと掴んだ手はどうしていいのか分からないのか指先が戸惑うように揺れている。

 でも、ククル鳥のそばまで促せば、ぎゅっと縋るように握り返されて思わずユズハが振り返れば、チアキはとても真剣な顔をしてククル鳥を見ていた。

「どうかした?もしかして恐い?」

 さっき空から落ちてきたんだもの。

 空を翔ぶことに対して恐怖心があっても何も可笑しくはない。

 だから、そう問うたのだけど、チアキは突然手を繋いでいない方の手でユズハの肩を掴んで揺さぶってきた。

「……えっ……なに!?」

「なぁ、この鳥に乗るんだよな?」

「そ、そうよ……それがどうかしたの?」

「ということは、あんたは鳥使いなんだな?」

 美形に凄まれるというある意味、美味しい場面に訳も分からず混乱はするけれど問われた言葉には多少びくびくしながら頷いた。

 そして、顔を上げれば喜色満面の笑みを浮かべたチアキに何故か抱きつかれるという事態に陥っていた。

 人間、吃驚しすぎると息も止まってしまうらしいと気づけたことは良かったと言えばいいのだろうか。

 同じ年頃の男性に抱きつかれるという事態に陥ってもそんな馬鹿なことを考える余裕があるというのは女としてどうなんだろうとも思うけれど、吃驚はしてもそれなりに冷静さを保つことができたのは、この場所のおかげだと思う。

 そう、ここは出っ張り。

 抱きつかれた際に衝撃で足を少し滑らせた。

 その時、滑らせた場所は出っ張りの縁。

 小石がころころと闇に吸い込まれるのを見てしまえば冷静さも保てるというものだ。

 だから、まだ抱きついているチアキを渾身の力で引き離す。

 思ったよりもすんなりと引き離すことができて安堵の息を付く。

 そして、チアキにびしっと指を指して睨み付けた。

「突然なにするのよ!落ちるかと思ったじゃない!」

 抱きつかれたことよりも落ちそうになったことが重要というのもどうかと思うけど、死んだら元も子もないのだからしょうがない。

 ユズハの怒りに触れてもチアキの方は何処吹く風でにこにこ笑顔を保っている。

「なぁ……」

「何よ……」

「俺の国、スダチアで仕えないか?」

 …………はい?

 何を言っているんだこの人は。

 頭でも打ったのか?

 それとも元々可笑しい人?

 胡散臭いと目で語るユズハにやはりチアキは笑った顔のまま僅かに首を傾げる。

「嫌なのか?」

「嫌も何も意味が分からないから!そんなことはせめて分かりやすく説明をしてから聞きなさい!」

 そんなユズハの言葉に思うところがあったのか無かったのか、それは分からない。

でも、チアキは返答を受けて誰もが見惚れるだろう笑顔から真剣な表情へと変えた。

そして、そんな表情にユズハの胸がとくんと音をたてたけれど、そんなことを知るはずもないチアキはおもむろに天を仰ぐと嘆息した。


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