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第1話

 ふぅ、と一息付いて額の汗を拭う。

 毎日の日課である里の見回りを済ませ、そろそろ戻ろうかという頃合い。

 ククル鳥に乗りながら大木の枝で休憩を取るユズハに地上から声が掛かる。

「ユズハーーーー!!」

 誰かと思って見下ろせば。

「……うげ……ガイル!」

 見たくもない嫌な顔を確認してしまった。

 おまけに乙女にあるまじき声まで出してしまったではないかとこんな声を出す原因ともなった件の男に八つ当たりまでしてしまう。

 声だけで嫌な予感は抱いていたが、そんな予感はやっぱり当たってしまってがっくりと項垂れる。

「いつもいつも……本当に忌々しい」

 ユズハにこんな風に罵られるこの男は、ユズリル副長の息子、ガイル。

 副長は父の弟でもあるので、ガイルはユズハの従兄妹ということにもなる。

 ユズハはこのガイルという男が苦手だ。

 否、苦手というよりも嫌い。

 陳腐な言葉で形容出来ないぐらい大嫌いなのだ。

 というか、叔父も含めガイルの一家全員が嫌い。

 血縁関係もある人間のことをそう悪くは言いたくないが、権力欲が高く、人を小馬鹿にした態度ばかりとる彼等とユズハは相容れない。

 だから、いつも素っ気ない態度で関わらないようにしているのに、当の本人は無駄にこうやってユズハにちょっかいを掛けてくる。

 それは何故かって、ユズハがユズリルの継承者だから。

 ユズハと結婚すれば長の伴侶となり、自分も権力が持てると、そればかりか長に取って代わろうとしているのは明白で、再三来る婚約願はことごとく断っている。

 それなのに、しつこく言い募るこの男にユズハは飽き飽きしている。

 大体、知らないとでも思っているのだろうが、ユズハに言い募りながらも、他の年頃の娘にも言い寄っているのをユズハは何度も目撃しているし、娘達からは迷惑しているんですと相談まで受けている。

 よくもユズハに声を掛けられると呆れを通り越して尊敬してしまうほどだ。

 兎に角、声を大にして言いたい。

 見るだけで虫酸がはしって全身掻きむしるほどに生け好かないのだと。

 嫌悪感を持つのはガイルだけではないのがまた厄介なところ。

 叔父は叔父でユズハを扱き下ろす人物の筆頭。

 自身が長の座を狙っていたらしいが、流石にユズハという後継者もできて、自分が長になることは難しいと思うようになったのか、ユズハを散々扱き下ろしたことなどすっかり忘れて自身の息子、つまりはガイルと結婚させようと親子揃って掛け合ってくる始末。

 その癖、女の長ではこの先不安だと、ガイルを次期長にと水面下で動いているのだ。

 里の皆もガイルなんかが次期長になったら、それこそ大変だと分かっているので適当にやり過ごしているようではあるが鬱陶しいことには変わりない。

 それに、噂の域を出ないが里の外で柄の悪い連中と何やら企んでいるとの情報もあって、この親子は何だかキナ臭い。

 さっさと悪事を暴いて失脚させてやりたいが、そういう隠し事というか悪知恵には頭が働くらしい彼等は中々尻尾を出してくれないので手詰まりの状態。

「本当に人を悩ますことにかけては天才的ね」

 だから、これ以上悩まされてなるものかと今も地上で騒いでいるガイルのことは無視することに決めた。

 これ以上ガイルなんかの為に一秒だって無駄な時間を使いたくない。

 幸い、ユズハはどこまでも続く青い空を悠々と翔んでいる。

 この距離であれば聞こえなくても不思議ではない。

 本当は聞こえていたとしても。

「あー。疲れるったらないわ」

 言って思わずという具合に空を仰ぐ。

 苛つく心を落ち着かせるように青い空を眺めれば、その空の美しさに心が洗われる。

 ユズハは自慢ではないが自他共に認める短気である。

 直ぐに頭に血が上って爆発する。

 だけど、ガイル相手には怒ることもしたくない。

 それは決して相手が恐ろしいとか、恐怖心からではない。

 兎に角、面倒だから。

 話が分かる相手なら、怒って気持ちを伝えることもするし、きちんと分かって貰えるように話だってする。

 だけど、ガイルという男は人の話を聞かない。

 自分の考えることが全て正だと思っていて、ユズハの言う事なんて聞きもしないし、それだけならまだしも、ことごとく否定してくる始末。

 だから、無駄に話もしたくないし、出来れば顔だって合わせたくない。

 小さな里の中ではそれがとても難しいことだと分かっているけれど、そう願わずには入られない。

 ふぅ、と気持ちを切り替えるように息を吐く。

 少し前まで騒いでいたガイルは叫んでも叫んでも降りて来るどころか返事もしないユズハを見限ったようで、いつの間にか居なくなっている。

「やっと居なくなったようね……不毛なことばかり考えてても仕方ないし嫌なことは忘れて、もう少し空の散歩を楽しもうかな」

 今、降りたところでガイルが潜んでいる可能性もあるわけで、そうしたほうが良いかな、と思った訳だがユズハの前方から一羽のククル鳥がユズハ目掛けて飛んでくる。

「……まさか、ガイル?」

 自分で言って、あり得ないことだと笑った。

 そんな事があるわけ無いことはユズハは十分に分かっている。

 ユズリルに生まれ育ちながらガイルは里の皆ばかりか、ククル鳥にも嫌われているのか、相乗りであれば辛うじて可能だが、一人ではどう頑張っても乗れないのだ。

 だから、空にいる限りはユズハは安全。

 ならば、前方から飛んでくるのは誰なのか。

 それは、ほどなく知れた。

「姫様!探したんだよ!長様が戻って来いって!」

 少し甲高い声を張り上げるのは、鳥使い見習いのティル。

 十才になったばかりの髪も瞳も真っ黒の少年。

 見習いとは言っても腕は確かで、ただ、幼さ故か少々ククル鳥におちょくられていることは否めない。

 今も何らかの指示をしているようだが、ククル鳥は楽しげに鳴いて、指示に従う気はないようだ。

 空中に浮かんだままの一人と一羽の掛け合いはユズハの荒んだ心を少しだけ浮上させてくれる。

 そんなティルに向かってユズハはにっこりと笑顔を向けた。

「ごめんね、ティル。ちょっとガイルに見つかっちゃって、どうしようかなーって思っていたところだったの」

「あちゃー。ガイル様もしつこいね。姫様が嫌がってることなんて一目瞭然なのに」

 特に問題もないのかククル鳥への指示は早々に諦めて、可愛い顔を歪ませながら、そう断じたティルにユズハは苦笑する。

 幼いティルにそう言わしめるガイルは本当にどうしようもないが。

 でも、そんなことよりも。

「で、父様が呼んでるって何かあったの?」

「うーん。なんか、お客様が来てるみたいだよ。すっごく綺麗な男の人!」

「男性のお客様?女性では無いのに綺麗なの?」

 目をキラキラさせながら、うん!すっごく綺麗!と何度も頷くティルにユズハは笑う。

「なあに?ティル。男の人なのに好きになっちゃったの?」

 そうユズハが言えばティルはぶんぶん頭を振った。

「何言ってるんだよ、姫様!俺は男だよ。男の人を好きになるわけないじゃないか!」

 必死にそう言い募るティルに、ユズハはごめん、ごめんと言いながらも益々笑ってしまいそうになって。

 咄嗟に口許を隠すように手で覆うが。

 それに気が付かない筈もなく、ティルはぶすっと顔を背け、拗ねたような口ぶりで。

「……と・に・か・く!姫様は早く戻ってよね!」

「わかったわ。私もティルを骨抜きにした綺麗な方を見たいしね!」

 言って、片目を瞑って目配せすれば、ティルは心底呆れたという表情を隠しもせずに、ユズハを睨んでみせた。

 それにユズハが堪え切れないとばかりに吹き出せば、ティルは膨れっ面を堂々と晒して、さっさとククル鳥を操り、先に行ってしまった。

 その行動に焦るのはユズハの方で慌ててティルに手を伸ばすが当然届くばずもない。

「ま、待ってよ!ティル!もう、からかったりしないから!」

 流石にからかいすぎてしまったと反省するが、ぼやぼやしていてもティルとの距離は開くばかり。

 だから、しゅたっと勢いつけてククル鳥に跨がった。

 突然の暴挙にククル鳥はグワッと抗議の声をあげるがそんなのに構っていられないユズハは少々強引に手綱を引いて黙らせる。

「ごめんね。後で好物をあげるから!」

 そんな一声で途端に大人しくなる相棒に苦笑しつつも、先を行くティルを追うべく手綱を握って指示を出すと小さな背中を追いかけた。


 でも、本気で置いていくつもりもなかったのだろう、ティルは大きな木の死角になるような場所で隠れて待っていてくれて、ユズハを驚かすように、わっと、大きな声と共に現れる。

 ユズハが驚きの表情を浮かべれば、してやったりと無邪気に笑った。

 一矢報いたとでも思っているのだろう。

 ドヤ顔のティルに苦笑が漏れるが、これ以上ティルをからかうつもりのないユズハは単純に感謝の気持ちを伝えた。

「待っててくれてありがとう。ティル」

 へへっと笑って答えたティルは照れたように頬を掻いた。

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