上郷村の話〜消える人〜
木茶碗に盛られた玄米、汁物に煮物を食べ進めながら、縁は旅先の出来事を源三達に話聞かせていた。村の外に出ることなど、お蔭参りや代参講以外では滅多に無いのだろう。縁の話を彼らは食い入るように聞いては驚きと笑みをこぼしていた。
「その時に翁から教わったのが、先ほどの薬なのです」
「世界ってのは広いな。外にはそんな奴らが居るのか…まだまだ俺たちも知らないことだらけだ…」
「そういう意味でも旅は止められませんね。人生は死ぬまで学びと言いますが、旅をして、様々な人と出会うと、常々そのことを実感します」
「旅と人との出会いか…あんたの名前通りだな」
「…この名前のおかげか…縁には恵まれていますね」
今までのことを思い出しているのか、寂しげな笑みを浮かべていることに気づいたのは、三太が不思議そうに覗き込んでからのことだった。
「ふふ……ところで、こんなにも穏やかな村なのに、何故夜になると物騒になるのですか?」
「あぁ…それか……」
「野盗でも近くに?」
「いや…そういうわけじゃないんだがな……なんて言えばいいんだろうな……厳密に言うと、物騒なのは特定の人間だけなんだ。」
「特定の人間?」
「この辺りではな…いつの頃からか、人が忽然と姿を消すんだ。村を出るとか、旅に出るとかそういうことでもなく、ある時突然姿を消しやがる」
「……神隠し…ですか」
「そんなところだな。どこに行ったのかは分からないが、居なくなっちまう。居なくなった奴は誰一人帰って来ない。」
「どんな人が居なくなるのですか?」
「女子供だな。不思議と村の男で居なくなった奴は居ない。ほとんどが女と子どもだけだ。」
「ふむ…」
「そういえば……」
「 ? 」
「居なくなった奴らは普段から山に入ってる奴が多かったな。」
「山に?女の人でも?」
「あぁ、裏山では山菜がよく採れるんだ。それを採りに女や子どもは山に入ったりしていた。」
「そこで消えた……」
「そういうことだ。最初は熊に襲われたんだろうと村中総出で探しまわったが、何の手がかりも無しだ。村の古老は裏山で熊なんて見たことも聞いたこともないと言ってたし、きっと神隠しにあったんだろうと言ってな。それからは居なくなっても探さなくなった」
「妙な話ですね……でも、山に近づかなければ大丈夫なのでしょう?」
「最初はそうだった。だが、近頃は夜になると時々一際強い風が吹くことが多くなった。そういう時に外に出ていると、山に入った奴らのように忽然と姿を消しちまうんだ。」
「風…」
「あんたを家に呼んだのは、今日がその風が吹く日だからだよ。もう暫くすれば吹き抜けるさ」
そう言い終えて暫くすると、激しい風が家の前の道を吹き抜けた。それはまるで村中を暴れまわるかのような荒々しい風であった。
「……」
「…あの風が吹くようになって以来、俺たちは風が吹きそうな日は仕事を切り上げて、風が吹かずとも山に入ることもできなくなった…あんたも悪いことは言わない。裏山には近づかないことだ。」
そう言い終えた時、源三は目を見開いていた。先ほどまで白髪混じりの頭をしていた目の前の女の髪が綺麗な白髪に染まっていたのだ。
「……神隠し…源三様、いくつか頼みたいことがあるのですが」
「…な、なんだ……それより…あんた…その頭…」
「ご迷惑とは思いますが、あと二、三日程この家に置いては貰えませんか?その間、家の仕事は手伝いますので。」
「うぇ……か、かまわねえが…」
「ありがとうございます。あと、山菜がよく採れたという場所を教えてもらえませんか?」
「や、山に入る気か!?」
「お願いします。」
縁の目を見た時、源三は頼みを聞く以外の選択肢がないことを悟った。それほどまでに目に宿る意志が堅いことが見て取れたのだろう。それと同時に、目の前の女がただの薬売りではないことも理解した。
こうして、縁は上郷村の神隠しについて調べることとなったのである。