上郷村の話〜出会い〜
「えにし、えにしはどこからきたの?」
幼い子どもが私の顔を見ながら問いかける。その興味に満ちた目は金剛石よりも輝いていた。
「うーん…とても遠い所からだよ」
縁は優しく微笑みながら子どもの問いに答えた。
「どれくらいとおいの?」
「そうだね…向こうにお山が見えるだろう?」
白い指先が遠くの山々に向けられる。
子どもはその指を目で追い、山々に顔を向ける。
「あの山の向こうから来たんだよ」
子どもは目を丸くする。自分が考えていたよりも遠くから来たことが信じられないようだった。
夏の陽射しが降り注ぐ中、縁は三日をかけて山を越えた。その途中で得た種々の薬草を煎じた薬を、縁は上郷村で売っていた。そんな時にこの少年と出会ったのだ。
この上郷村は神奈備山の麓に小さく広がった村である。村人の数は百人にも満たぬが、活気にあふれ、決して豊かというわけではないが、村人達は幸せそうに暮らしていた。縁もそんな雰囲気に誘われて、この村を訪れたのだ。
「薬師さん、傷に良く効く薬はあるかい?」
体格の良い男が屈んで問いかける。
「……傷…そうだね…この薬はどうかな。」
そっと白い紙に包まれた薬を懐から取り出す。
「ん……どんな薬だ?」
「切り傷や火傷を含めた大抵の傷は、これを塗れば3日程度で治してくれる。」
「そいつはいい…それを貰おうか。」
縁から渡された薬を買い取った。
「薬師さん、遊行の人だろう?今晩泊まるあてはあんのかい?」
「あぁ…宿屋を探したのですが、この村には無いらしくて…今日は少し先の念仏堂で一晩明かそうかと」
「それなら俺の家に来るといい。広くはないし、綺麗でもないが、飯くらいは出してやる」
「…よろしいのですか?」
「ああ、この辺は夜になる何かと物騒だからな。女が1人で外に居たら、どうなるか分かったもんじゃない。」
「そう……ですか…では…お言葉に甘えて…」
縁は深々と男に頭を下げた。
「たっ」
小さな手が縁の頭を叩く。先ほどの子どもが縁の白髪混じりの頭を楽しそうに叩いていた。
「こら、止めねえか…。まぁ、あんたを泊めるのは夜が危ないからっていうのと他に、三太があんたに懐いて離れようとしないからだな。」
いたずら少年のような笑顔を浮かべながら、三太と呼ばれる子どもを抱きかかえる。どうやらこの子は彼の息子だったようだ。
早々に店じまいを済ませ、縁は大きな荷物を背負う。
「俺は源三、向こうの一本松の近くで米を作ってる」
「縁です、源三様」
自己紹介を済ませると、源三は縁を家に案内した。陽が暮れ始めた時のことであった。