1/5
始まりの話
稀人
日の本の国にて訪れ来る神、来訪神を意味する。
稀人は去来する神であると同時に、村々を渡り歩く旅人を意味する言葉ともなった。
彼らがいつの時代から存在しているのかは分からない。飛鳥の頃から居たのかもしれないし、それよりも遥か昔から居たのかもしれない。
だが、一つ言えることは稀人は今も日の本で信じられているということである。
延々と蝉たちの声が降り注ぐのであった。
木々という木々から蝉たちの声は鳴り響き、お天道様も燦々と照り輝いている。入道雲は澄み渡る青空に雄々しく浮かび、山々には鮮やかな緑が広がり、木漏れ日が時々顔を照らす。
「…………」
そんな夏の場面に、墨染の狩衣を着た者が独り歩いていた。その者は夏の陽射しも感じぬように涼しげな顔で山道を歩いて行く。
「…………」
流れる川のせせらぎが耳に心地よい。木の葉が風で擦れる音や蝉たちの声、自然の音で包まれていた。墨染の狩衣を着た者はそれらの音を時々楽しむかのように笑みを浮かべ、横たわった巨岩の下や倒木を越えて行く。
狩衣を着た者の名は縁。
国から国を渡り歩く旅人である。