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79 一芝居



「僕は、そんなことのためにイブキを戦わせたくないな……」


 それが僕のエゴでも。もしも竜と戦うんだったら、自分の意志でそうして欲しい。

 甘いと言われるかもしれない。理想ばかりだと。

 でもそれが僕の本音で、本心だ。

「そう願うのは自由だが」と天藍は彼なりに譲歩した物言いをした。

 もしかしたら何かあったのかな、と思わせるほど遠慮のある言葉だ。

「この事態を納めなければならない。そしてそのためには誰の手も借りれないぞ。カガチも、軍もだ。おまけに、軍は戦闘領域を移動させている。貧民街へな」

「なっ……」

 軍が使う大規模魔術は、確かに竜の装甲を剥がして、通常の武器弾薬でも有効打へと変える力がある。彼らの戦術にとっては無くてはならないものだ。

 だが市街地で用いれば、当然、街は破壊される。

 その損害を最低限に抑えるため、彼らは貧民街へと竜を誘導するつもりなのだという。

「あそこにはウファーリが……いや、それより、一か所に集めるとろくでもないことになりそうな……」

 小さな飛竜が寄り集まり、より巨大な竜に変化するところを僕たちは目撃した。

 あの調子で巨大化されると最終的にどうなるかは、ちょっと考えたくない。

 そんなの黒曜だってわかっているはずなのに。

「あそこが主戦場になったら……」

「甚大な被害が出るだろうな」

 貧民街に設置されているシェルターは数も少なく、貧弱だと天藍は無感動に言った。

「騎士団を動かせないか? 貧民街の人たちも、女王国の民なんだろう。守らないと」

 言いながら、僕は自分を恥じた。

 僕が言っていることはある一面では正しい。

 だがウファーリのことを心配できるのは、ここで、この国で、失うものが無いからだ。

 仕事も住むところも壊されて困るモノも何も無いから……だから無責任に正論が言える。

 命は大事だ、ほかの何よりも。

 この論理を利用して「友だちは大事だ。知らない人よりも」と言っているに過ぎない。

 正しいけど、間違ってるんだ。

「本当に、この魔法の使い手は竜を誕生させているのか?」

 天藍がやぶから棒に訊ねる。

「え……?」

「わからないか? 生命を無限に誕生させる神に等しい者が相手だとしたら、女王国に勝ち目などない。軍を動かしているのは黒曜だ。あいつが今、何を考えているかわかるか?」

 黒曜はこの事態を軽んじてはいない。

 僕が彼と相対したとき、犠牲が出ることを既に承知していたとして、そしてその定められた数をどこから出すかを考えていた。次に、飛竜を散らすこともやめた。

 むしろ一か所に集めようとしてる。まるで銀麗竜を誘い出そうとしているかのように。

「イブキを守るなら、あいつの裏をかかなければいけない」

 深く思考し、記憶を手繰る。

 こんなに考えることって、普段ないと思う。

 オルドルが言っていなかったか?

 何故、と。

 何故サナーリアの読み手はスラム街で人を殺し僕たちを目の前にして立ち去ったのか……?

 イブキも、殺し損ねた僕も、目の前にいるとわかっていて。

「無限じゃない。何か仕掛けがある」

 オルドルだって無限に魔法を使えるわけじゃない。

 肉体の代償があるし、それに水が無ければ魔法を発動させることができない。

 水が無ければ、さらに魔法を使って水を作り出さなければならず、大きく消耗する。

 だから、敵も……サナーリアの読み手も、相当の代償を支払っているはずだし、何かしらの制約があると考えるべきなんだ。

「竜の出現場所は、殺人現場と同じ……彼女も、魔法を使うのに制限がある」

 それに、どうして僕たちがウファーリの家にいるとわかった?

 考えると、おかしい。

 僕たちをウファーリのところに案内したのはヒゲじいだ。ヒゲじいが、敵と通じてた? いやでも……だとしたらイブキを無事に逃がした説明がつかない。

 他に誰が知っていた?

 市警ではない。クヨウ捜査官は完全にこちらを見失っていた。

 考えろ、考えろ。

 誰だ?

 僕ではなく、天藍でもなく。それは。ひとつだけ、心あたりがあった。


 黒曜ウヤク。


 彼は僕を監視していた。

 図書館で、学院で。ウファーリと僕の関係についても知っていた。

 僕がウファーリに匿われるストーリーは、想像しやすいんじゃないか?

 でも、彼は、この危機に対抗しようとしている。

 胡散臭い異界人でも、彼は女王国の大宰相としての責務を全うしようとしてる。

 つまり。黒曜ウヤクのもってる情報を、得られるところにいる人物じゃないか?

 彼のそばにいる人物。

 彼の信頼を勝ち取っている人物。

 情報を共有しやすい人物。

 誰だ……?

「あの男が、誰かを信用するとは思えん」

 天藍はそう言うが、僕は何かが違う気がした。

「リブラなら……?」

 リブラの両親は、先代女王が死去したとき、ともに殉死したほどの愛国心の持ち主だ。

 さらに彼らは黒曜の友人で、リブラは紅華の側近だ。

「既にこの世を去った人物で、無関係だろう?」

「じゃあ……その娘なら……?」

 あくまでも、可能性だ。

 ほんの思いつき。

 でもこの可能性は、提示したくなかった。

 僕の手には、黒曜から渡された羊皮紙がある。

 学院の生徒の安否情報。

 学院では授業が再開されており生徒たちは校内にいた。だが、竜の出現からこっち、登校を控えている生徒もいて行方不明になっている者たちもいる。

 そのうちのひとりが。


 玻璃・ビオレッタ・マリヤ。


 リブラの義理の娘だ。

「……可能性はあるな。リブラの娘なら多くの情報を持っているはずだ」

「たしか海市にも屋敷があるんだよね?」

「ああ。だが……そこまで行くには少なくとも剣が必要だ」

「剣か……」

 補給が断たれている騎士団は、武器や薬の支給を断たれてる。兵糧攻めだ。

「そういえば……」

「当てがあるのか?」

 竜に対抗できる剣。

「紅華……あいつ、宝物庫の中に、魔法の武器をたくさん持ってるらしいんだ。決闘でリブラが《グングニル》を使っていたのを見ただろう? あんな感じの魔法の剣なら……たとえばエクスカリバー、レーヴァテイン、デュランダル、ミョルミル……あ、ミョルミルは槌か。ええと他に有名どころは」

「……待て、お前が何故、女王国の宝物庫にある武器の名や詳細な姿を知ってる?」

「へ?」

 グングニルなんて、夢見がちな中高生男子にはある意味常識中の常識、知らない方がおかしいくらいだ。

「もしかして、知らないのか?」

「知るわけが無いだろう。よりによって女王の宝物庫の中身など……!」

 歴史上、それらの武器を手にしたことがあるのは英雄と呼ばれていい領域に達した人物だけで、国の危機が訪れたときだけ貸し与えられるのだという。

 実際に魔法が存在しない世界では、それらの武器の類は単なるアニメや漫画や小説に頻出する空想上の産物でしかない。でもそれらが本当に存在するこの国では、大事な魔法の宝なのだ。

「それを知ってるのは王族のごく一部と、可能性があるとすれば藍銅の……お前、いったい何者なんだ?」

 いや……何者と言われても、僕は日本人の日長椿でしかない。

「ご、ご想像にお任せします……」

 としか言えない。

 天藍は最高に胡散臭そうなものを見る目で見て来る。

 いったい、僕はどう見えてるんだろう……。


 それはともかくとして、僕たちが魔剣だか聖剣だかを手に入れるためには、一芝居打つ必要があった。

 ほんとは天藍が頭を下げてくれればよかったんだけど、こいつの場合やりそうもなかったし……仮にやったとしても、紅華はプライドが高くて素直に受け取らない可能性があった。

 たぶん、僕はこうなることをどこかで予測してたと思う。

 その時考えていたのは、もっと甘いことだ。


「んにゃ~~~~!」


 はじまった。


 突然、階下から出自が明らかな悲鳴が聞こえてきた。

 天藍が無言で飛び出していく。

 すばらしい反射神経だ。僕はのんびりと後を追う。

 そこで起きていることは、天藍が来る前から予想通りの出来事だった。

 一階の閲覧室で、驚愕の表情を浮かべている三人を発見する。

 アリスと、天藍と……そして、紅華だ。

「王姫殿下、にゃぜこんなところに……!」

「あー……その、僕が連れてきたんだ」

「先生が!? にゃぜ!? どうして!? いえ、お会いできて光栄ではありますがっ」

 アリスを除けば、絶対に会っちゃいけないふたり。

 会わせたかったのはアリスじゃない。

 天藍と、紅華。

 でも、今後のことを考えて、僕が絶対に会わせたかったふたりだ。

「なるほど、図書館で休んでから翡翠宮にもどれと言った理由は、そういうことか」

 紅華がこっちを見上げて嘆息した。その通り。

 僕はあのあと、彼女を翡翠宮ではなく図書館に送り届けた。

 察しのいい彼女のことだ。僕の意図をもう汲んでいるはずだ。

 彼女と騎士団が和解すれば、剣の問題はてっとりばやく片づく……んだけど、前述したとおり、それは甘すぎる考えだった。

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