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竜鱗騎士と読書する魔術師  作者: 実里晶
殺人者を追って
73/137

63 生誕のサナーリア

「ああ……。食事だけで、死ぬほど疲れたし、もうなにもかも嫌だ……」

「鍛錬が足りないな」

「ちがう。主に、お前たちが大暴れしたせいだ」

 涼しい顔で、食後のお茶を啜っている天藍を、僕は睨みつける。

 でも。あまり強く言えないかもしれない。

 事件現場帰ってきた直後の、あの重たく苦しい気持ちは、イブキと天藍の馬鹿騒ぎでどこかに吹き飛んでしまった。胸のむかつきも気がつかないうちに収まっている。

 ……まあ、そこまで読んであの馬鹿騒ぎを起こした、なんて気の利くやつではないだろうけど。

「で、どうなんだよ、オルドル」

 ボクは食後の温かいお茶の入ったマグをつついた。

 表面に波紋が現れ、渋面をつくるオルドルの横顔がゆがむ。


『サナーリア? どこかで聞いたことがあるような?』


 アルノルト邸で起きたことを伝えたところ、オルドルはさっきの涙声も忘れて考え始めたのだ。

 かなり真剣だ。オルドルは頭のイカレたやつだが、この件に関しては真剣になる。曰く『知らない登場人物が近くでうろついて、しかも魔法を使ってこちらを狙ってくるのが気持ち悪い』らしい。

 確かに。

 スラムの事件は、僕たちがあそこにいるってわかっているかのようなタイミングと距離で起きた。あれはいったい、何のためだったんだろう。イブキに罪をなすりつけるため? それとも……。

『言っとくけど、ボクら、面識の無いヤツのことはわからないからね~~~?』

「ホラ、デナクみたいにどこかで会ってるかもしれないじゃん」

『あのね~、あれは超有名人なの! 読み手も中身もっ!』

 オルドルが思い出そうとしているのは《サナーリア》という名前の登場人物についてだ。

 大尉の家で、男の子がうわごとのように呟いていた物語……。

 あれはたしかに、青海文書の一節だった。

 ここからは僕の想像だけど……。犯人が青海文書の使い手、というのはほぼ確定で、犯人があの家で青海文書を使ったんじゃないかな。

 あの男の子は、それを必死で覚えて、誰かに伝えようとしていたに違いない。

 本当なら、文書を読んでそれが誰なのか、どんな魔法を使うのかを知るべきだった。オルドルみたいに、そのヒントが書かれているはずだから。

 でも、僕はこちらの文字がわからないし、他の人が読めば《共感》してしまう可能性がある。

 だから……オルドルがサナーリアとやらを知っていれば話ははやいんだ。

『……でも、確かに聞き覚えはあるんだよねぇ~。どこだったかな~~~? 基本的に、ボク、他人になんか興味ゼロだからねぇ……』 

「それはそうだろうな……」

 少しくらい他人に興味があれば、魔法を使う度にボロボロになっていく僕に何かしら、良心の呵責のようなものを感じるはずだ。

 マグカップから視線を外す。

 イブキとアリスが、流しに立って皿を片付けていた。

 女の子どうし、話もあうらしく仲がよさそうだ。さっきまで、パンケーキ一枚を巡って死闘を繰り広げていたとはとても思えない和やかな雰囲気だ。

 こうして話していても、イブキはオルドルの気配を察知することはない。それは彼女が三鱗騎士で、五鱗騎士の天藍やカガチ先生ほど魔力に敏感ではないからだ。

 突然、天藍が無言で僕に右手を差し出した。

 僕はよくわからないなりにその手を握った。きれいな手だ。女みたいに滑らかで白くて、でも冷たい手だ。

 思いっきり、その掌を叩き落とされた。

「いてっ!」

「まだるっこしい真似はやめて、俺に本をよこせばいいだろう」

「あ? ……ああ、そういうこと……」

 青海文書のことは、帰る道すがら天藍には少し話してる。あの男の子の言葉は彼にも聞かれてしまってるし、僕の呪文と同じだということもすぐにわかってしまう。

 それに魔術のド素人より、天藍が考えたほうがいいことだってあるはずだ。

「でも、文書を読むと……」

「物語の類を読んで共感した試しが無い」

 真顔で言われる。

「仮に共感したとしても、使わなければいい話だ」

 なんだか、それはそれで精神に欠陥があるのではないかと思ってしまう。

『そんなにうまくいくかな……』と、オルドルが小声で囁いた。

 僕は黄金の林檎を青海文書の形に戻す。

「親切だとは思ってないからな」

「当然だ。だが、お前に関われば関わるほど、楽しい戦いが待っている気がする」

 天藍は本当に楽しそうに笑っている。

「加えて、この一連の事件の原因が竜鱗魔術ではなく、この魔術なら……紅華がお前に何をさせようとしているのか、見定める必要がある」

 そう言いながらページを開くなり、眉を顰める。

「何だこれは……」

「何コレ……」

 僕も異口同音を口にして自分の目を疑った。


 文字が動いている。


 比喩ではない。実際に、書かれた文字がパズルのように紙の表面を動き回っていて、止まらないのだ。

「防御魔法の一種のようですにゃん」

 と、アリスが皿を片付けながらどれどれ……と文書に目を走らせる。

「魔法書にはよくあること……特定の人物には読めにゃいように、予め魔術を組み込んでおくのですにゃ。しかし、これは珍しい。今回は……どうやら、竜の魔力に反応しているようですにゃ」

 天藍が本から離れると、文字の移動は止まる。だが、彼が見ていると、魔法が発動する。

 イブキでも同様だった。

「検閲官から読まれにゃいように、というのはよくありますが、竜に対する防御……というのは見たことも聞いたこともありませんにゃ……」

 それは想像できる。

 竜が人間の書を読む……そんな文化があるかどうかはちょっと疑問だ。竜を間近に見たのは一度きりだけど、あんな鉤爪でページを捲れるとは思えない。

 どういったケースを想定した防御魔法なのかが、意味不明だった。

『当然さ……これは竜に滅ぼされた魔法の王国の物語だもの……竜にボクらの魔法を奪われるワケにはいかないのさ』

 オルドルが呟いた。アリスが、その言葉に反応する。

「こちらの鹿さんは、先生の使役魔ですかにゃ?」

「あれ、アリス、オルドルのことが見えるの!?」

 初耳だ。

「はい。お姿はぼんやりっとしか見えにゃいですけれども、さっきからお声はにゃんとにゃ~く」

『ちょっとちょっと、聞き捨てならないんだけど! そこの下等魔法生物! この! 偉大な魔法使いであるボクを使役魔扱いとはどういうこと!?』

「はにゃっ!?」

 驚いたアリスの三角耳がぴこぴこと動く。

「似たようなものじゃないかな……」

 そういえば、アリスはアイリーンの姿も見ているし、案外、魔法の気配には敏感なのかも。恐るべし、獣人。

 ひとり、状況がわからないでいるイブキは何だか寂しそうな顔をしていた。

「えっもしかして、自分は少数派ですか……。班長は極めてどうでもいいですが、アリスさんにわかるものがわからないというのは、仲間外れになったようで切ないです」

「……何だか悪意を感じるのは気のせいか?」

 気のせいではないけれど、二人の冷え込んだ関係は、改善のしようが無さそうだ。

 険悪なムードのまま、またさっきみたいな小競り合いを始めるんじゃないかとハラハラしていると。


『思い出した!』


 ぱちん、と指を弾く音が聞こえそうなほど、明るい声音だった。


『なるほどね。あいつは《生誕の》サナーリアだ!』

「わかったのか……?」

『ふふ~ん』


 オルドルはマグカップの中で自慢げな顔をする。

『評判の美人でね……何より魔法の腕前がスゴイっていうんで、一時期王都でも有名になったのさ……道理で聞き覚えがあるはずだ』

 オルドルは思い出せたことに満足げに頷いた。

「そいつはどういう魔法を使うんだ?」

『わからない』

 即答が返って来た。

「わかったって言ったじゃないか!」

『だからァ~、向こうは旅芸人一座の娘なの。タネあかししたら面白く無いだろ』

「あ、まあ……そりゃそうか?」

 僕は首をひねる。

 確かに、マジシャンが種明かしをしてしまうと、あまりにも呆気なくて「なんだこんなものか」とがっかりしてしまったりする。

「というか……魔法使いが、芸なんか見ておもしろいの?」

『だぁからァ、サナーリアは特別さ。嘘か真かわからないけど……彼女は魔法で《生命》を育むことができるって言われてた』

「命……そんなこと、できるの?」

『不可能だネ!』

「ちなみに、その根拠は……?」

『ボクにも不可能だからさ!』

 うん、この答え、予測してた。

 でもそれが本当なら、凄そうな魔法だ。

『しかもこの魔法の凄いトコは、無から有を生み出せるってトコさ』

 オルドルの魔法も巨大な黄金の剣を生み出したりと、大抵の物理法則は超越しているが、あれは無条件に何かを生み出しているわけではないらしい。

 オルドルの得意とするのは、主に《水》を元にする魔術だ。水を構成している魔力を分解していき、再構築することで剣を生み出している。その過程にはたくさんの無駄が出る。

 でも、生誕のサナーリアは、噂によれば、そういった手間は必要としない。

 オルドルの言う通り、無から生み出すのだ。

 待てよ。

 でも、路地で竜に襲われたとき……。

「天藍と僕が戦った竜って、若い竜だって言ってたよな」

 天藍がうなずく。

 もしかして、あの竜があそこに現れたのって……あれも、青海文書の魔法ってことなのか? サナーリアの魔法を使った誰かが、逃走の時間をかせぐために、竜をあの場で生み出したということではないだろうか。

「……外部から竜が飛来したという情報は、未だに入っていない。あの竜が結界内部で誕生したならば……そういう可能性もある」

 天藍は慎重な物言いだった。

「でも、にわかには信じられにゃいですにゃ。生命を誕生させる試みはいくつかにゃされてきみゃしたが、竜鱗魔術でも、女王国に伝わるいかなる古式魔術でも不可能とされている領域ですにゃ」

「その魔法が実在するとして……竜鱗を手に入れることは可能か?」

 天藍が冷静極まりない声音で訊ねる。

『そうだネ……元になる竜鱗を手に入れて詳しく調べられれば、命なんてモノよりはるかに簡単なんじゃないカナ~?』

 僕と天藍の視線が、一点……イブキの元で交わる。

「あのさ。お金に困って、竜鱗を怪しい人たちに売り払ったり……とかは、無いよね?」

「ど、どんだけ信用が無いんですか自分は!」

 絶対に、そんなことしません、と主張するイブキだが、アリバイが危うくなるとわかっていて、アルバイト代のために夜勤に出かけてしまうような女の子を、いったいどうして信じればいいんだろう。

「もう少し、情報が欲しいな……」

「また、紅華を頼るつもりか?」

 天藍の口調にはトゲがある。

 彼は席を立つと、手招きした。


     ~~~~~


 天藍は図書館の外まで出て行った。

「どこに行くんだ?」

「獣人の聴力はこれくらいあって不思議ではない」

「え、ホント?」

 地獄耳なんだな……と図書館を振り返ってしまう。

「黒曜も、お前と同じ魔法を使うと言ったな」

「ああ……」

 言っちゃマズかったかな、とも思うが、紅華は僕を学院の教師にした……ということは、この魔法は秘密ってわけでもないんだろうとも思う。いずれ、広まっていくモノのはずだ。

「すると、あの男は式典で……お前と同じく、青海文書が使われた気配を察知した可能性が高い」

『たぶんね』と、オルドルが僕の持つマグカップから返事をした。

 灰色の瞳が鋭く尖る。

「何故、黒曜は式典の参加者を見殺しにした?」

「……え?」

「奴に黒衣の連中が付き従っているだろう。あれは、黒曜家の私兵団だ」

 私兵団……つまり国家には属さずに、個人的な利益のため、この場合は黒曜家のために働く兵隊たち、ということだ。

 警備員とか、そういったレベルの話じゃない。それは軍隊と同じ、武力だ。

 黒曜家は、それを抱えるだけの力と財力がある貴族なのだ。

「事件直後、騎士団に周囲を探らせたが、連中が網を張っている痕跡はなかった。黒曜の力があれば、式典参加者全員に護衛をつけるくらい造作もないはず。何故だ」

 何故、といわれても。

 確かに、それだけ聞くと、黒曜は被害者が出ると知っていながら見殺しにしたように思える。でも、ボクとオルドルにできることが黒曜にできるという確信はないし、この国の大宰相の考えることなんて僕にわかるハズがない。

「よけいなことかもしれないが、あいつを信用するな……。紅華もだ。姫殿下のことを抜きにしても、俺には、あいつらが信頼に足る人物だとは思えん」

「時すでに遅しってやつかもしれないけど、忠告は受け取っておくよ」

 僕だって信用しているわけじゃない。

 ただ、黒曜に頼れないとなると使える方法は限られてくる。

 イブキが市警に追われているという事実は、今もって変わらないんだし。

 となると……。

 頭に、ある考えが閃く。

 僕自身、それはないだろう……と唸ってしまうような、手だ。

 でも。

 生誕のサナーリア。

 今まではよくわかってなかったけど。

 それが僕が求めていたものの片鱗だ。手がかりを手放したくない。

 

 僕は夜の冷たい空気を吸い込み、夜空を見上げた。

 綺麗な星がかがやいている。

 日本のより、ずっときれいだ。

 心が洗われる、とはこのことことかな。ただし、僕以外の心だ。

 サナーリアの魔法を使っている誰か。

 そのことを考えると、憎しみの手触りを感じる。

 それは、オルドルと同じで、僕のことをゆっくり飲み込もうとしてる……そんな気がする。

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