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竜鱗騎士と読書する魔術師  作者: 実里晶
貧乏少女と逃避行
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43 激突


 噴水があった。

 その向こうに広がる光景は、なんだか映画みたいだった。

 言葉もない。

 公園の出口は、ひと目で警察車両とわかる車で塞がれていた。

 そして黒い制服を着た男達がこちらに銃口を向けている。

「なんだこれ……何が起きてるんだ!?」

「海市市警だ……な」

 天藍が急ブレーキ。

 その足元の影がぐにゃり、と歪み、中央から白いものが生えた。

 腕だ。

 真っ白な腕が天藍に抱えられたイブキの足を掴んだ。

「なんだ……!?」

 怖がっているというより、そこにある不気味な手に驚いているらしい。

 天藍は黙って斬り払った。

 腕は肘のあたりから真っ二つに斬られ、影の中に落ちていく。

「何をしてくれるんだ、痛いじゃないか」と、ひどく茫洋とした声が聞こえた。

 警察車両とは反対方向――僕たちが来た方向に、女が立っていた。

 ただの女じゃない。

 ゴスロリ女だ。

 いや、ロリじゃないから、ゴス女かな。

 死人かと思うほど白い顔の女が、レースまみれの黒いドレスを着て、立ってる。

 見覚えがあった。学園を出るときに、その姿を見かけた……海市市警察官、クヨウ魔法捜査官だ。なんでこんなところに?

 それより異常なのは、彼女が、白い腕を手に持っているという点だ。

 そして、女には右手が無かった。肘から下が、無い。

「まあいい」

 女は地面に置いた大きな旅行用のトランクを開く。

 その中から……あまりにも異常な光景過ぎて、筆舌に尽くしがたいとはこのことだ。

 トランクには、たくさん、たくさん、白いものが入っていた。

 女の体だ。その中から、腕を一本取り出すと、彼女は無くなった右腕に押し込んだ。

 そして、新しい腕の具合を確かめるみたいに、手を握ったり、肩を回したりしている。

「察しの通り、私は海市市警のクヨウ上級魔法捜査官だ。ちなみにこの名は偽名だから、呪いの対象にしても無意味だぞ……と、何か余計なのがいるな。君らは……学園ですれ違った二人か」

 クヨウ捜査官が僕と天藍を見た。

「いきなりの魔術行使、非礼を詫びよ、とは言わんが状況を説明してもらおう」

 天藍はそちらに切っ先を向け、視線を注意深く背後の警官たちに投げている。

「ふーむ、つくづく私は運が悪いようですな。自分で自分がイヤになる。そこに見ゆるは竜鱗騎士団長、天藍アオイ殿……とお見受けします。申し訳ないが、腰の荷物を市警に引き渡して頂きたい」

「どういうことだ? 何か覚えがあるのか、副班長」

 イブキは青い顔でブンブンと頭を横に振っている。

「真珠イブキ。君には海府議員殺害の容疑がかかっている」

「なっ……!!」

 イブキは晴天の霹靂、といった反応だ。

 僕にとっても同じだ。

「昨日未明、瑪瑙島の別荘で死体が発見された。死体と……これもだ」

 クヨウは銀に輝く菱形の破片を取り出す。

 竜鱗……それも、似てる。

 僕と、リブラを殺した凶器に。

「これは銀麗竜のもの。その適合者は彼女しかいない。ド低能にもわかるごく単純な理由で、彼女を連行します。わかったなら、さっさと引き渡せ」

「拒否する」と天藍が言いきった。「仮に殺害に用いられたのが竜鱗魔術だとしても、その魔力波長の分析と術者の特定は、国防の観点から市警に許可されない。それに、副班長は昨夜、自宅謹慎中で殺害は不可能だ」

 おお、凄いぞ、天藍。学年代表なだけはある。

「本当にそうかどうかは、本人の口から聞こう」

 クヨウ捜査官はにやりと笑った。

 真珠イブキはというと、両手で顔を覆ったまま地面にしゃがみこんでいる。

 僕はピンと来た。

「まさか……まさかとは思うけどさ、イブキさん? 君……夜中に抜け出して夜勤のバイトとかやってたりしませんよね……?」

 問いかける言葉が、つい、丁寧語になってしまう。

「……何も、訊かないで……」

「捕まえてくれと言っているようなものだな」と天藍が溜息を吐く。「やましいところがないなら、説明してきたらどうだ」

「な、何を言ってるんですかっ! 連行されたが最後、ろくに話も聞かずになし崩し的に逮捕されるのは目に見えてますよっ! 本当にやってないんですって!」

 イブキは必死だ。

 そういえば……僕はささやかな翡翠女王国についての記憶を引き出す。

 市民図書館の警備員、イネスが警察のことを『アホで怠惰』と評していた。

 日本の捜査機関は優秀だと言われるが……実際のところ定期的にニュースの話題を提供してるように、いろいろ問題も多いから、アホで怠惰だと普通に言われる国のレベルは推して知るべし、ということかな。

 元の世界でも、ひどい国のひどい警察は今でも普通に拷問とかするらしいし……。

「あ~~自分の完璧な将来設計が崩れていくぅ~!」

 ……イブキの嘆いているポイントが少し、ズレている気がしないでもない。

「さあ、どうする? 私はいくらでも待っていてあげますよ?」

 クヨウ捜査官は余裕の表情で、脇に置いた旅行トランクに腰かけた。

「あれ……意外にのんびりしてないか? 後ろのやつらも、攻撃してこないし」

「おそらく……こちらが抵抗して魔法を使うのを待っている。そうすれば問答無用で応戦できるし、逮捕できるからな。裁判でも警察が有利になる」

 なるほど。結構、狡猾なんだ。

 でも……僕としては、彼女を逮捕されるのは、非常にマズイ。

「どうにかして、逃げられないかな……?」

 びっくりした顔で、天藍と、イブキが同時にこちらを見る。

「それはできない相談ですなあ、ヒナガ先生」

 声が、頭上から振ってきた。天藍とイブキが散開する。

 僕と、天藍と、イブキ。

 三角形の中心に、人が降りてくる。

 深緑色の、コウモリの羽の大きいやつを翻し、ふわりと降り立ったのは、マスター・カガチ……その人だ。

「カガチ先生まで、どうしてここに……」

「教え子がこういうことになってしまい至極残念ではありますが、不肖、この私も捜査に協力させてもらっております。……イブキ」

 僕には穏やかな表情だが、イブキを睨んだその顔は、残酷で――牙を剥いた竜そのものに見えた。

「お前にも竜鱗魔術師としての誇りがあろう。無駄な抵抗をせず、おとなしく縄を受けなさい。これが最後の忠告だ」

「で、でも……!」

「聞こえなかったのか?」

 マスター・カガチは両の剣を抜いた。

 イブキは、否定してはいるが、もうあきらめている。

 カガチには、敵わない。イブキも、天藍もだ。

「天藍、君もだ。へたに関われば百合白殿下の傷になるぞ」

 まずい。ここで、あいつが引き下がったら……イブキは警察に捕まる。

 そうしたら……そうなったなら。

「天藍……借りを返したら、どうだ?」と、僕は苦し紛れに口にしていた。

「借りだと?」

「そうだ。彼女に迷惑ばっかりかけてたんだろ。イブキに。返すなら、今しかないぞ」

 そんな詭弁に乗るかどうか……。

「フン……イブキは弱すぎる。俺と共に戦えるのは、強さに見合ったやつだけだ。実力不足の言い訳にされては堪らない」

 そうだ、よな……。

「だが」

 目の前で、信じられないことが起きた。

 天藍が地面を蹴った。

 一陣の風となり、凄まじい速さで、マスター・カガチに斬りかかる。

 カガチは二振りの剣でそれを軽々と受け止めた。

 火花が散り、両者は対決する。

「……血迷ったか?」

「それはこちらの台詞だ。先ほどの台詞は姫殿下に対する《脅し》だ。脅迫者を野放しにしておくわけにはいかない」

 凄い。

 凄い、詭弁だ。

 僕は唖然としてしまった。

 二頭の竜は離れ、再び火花を散らし、ぶつかる。

「はっ」

 気迫と共に、白刃が振り下ろされる。

 カガチはでかい体躯にも関わらず、軽く剣でいなすだけ。

 天藍は休みなく斬撃を加える。

「危ないっ……!」

 僕は突き飛ばされ、地面に背中から倒れた。

 間髪入れず、発砲音が響き、噴水の縁の部分が削れ、水を吐き出している柱の部分に穴があくのが分かった。

 銃だ。

 そうか、銃があるんだ……この世界。

「ううっ……」

 苦しむイブキの声。

 僕に覆いかぶさる彼女の腕……服が破れて、赤い血を流していた。

 少しはだけた首元から、紫色の花が見える。

 カガチからかけられた竜鱗魔術。

 これがあるから、彼女は魔術は使えない。

「イブキ……大丈夫?」

「すぐ治ります……きゃっ」

 返事をした彼女の体が後ろに引きずられる。イブキの足を……影から這い出した不気味な白い両手が掴んでいた。

 僕はとっさに彼女の体にしがみつく。

「せ、先生……!」

 イブキの瞳がなんとかしてくださいって訴えている。

 天藍はカガチと戦っている。余裕に見えるのは無表情だけ、カガチのほうがずっと余裕綽綽という様子だ。たぶん、本気を出してない。

 前に、カガチは『抜けば殺してしまう』とまで言ったのだ。

 まだ様子見をしてるんだ。

 そしてカガチが本気を出したら……きっと、決着はすぐにつく。

 ウファーリと話しているとき、天藍は、カガチには敵わないと言っていた。ひねり潰される、と。

 向かいでは、トランクに腰かけた女が、涼しい顔をしている。両手が無い。

 どういう魔術かは知らないけど、イブキを掴んでるのは、クヨウ捜査官だ。

「ヒナガ先生も、教官のひとりなんでしょ!?」

「そうだよ……!」

 僕は必死に片腕を伸ばした。噴水へ。

 銃声が鳴り、弾が掠めそうになる。

 でも、やるしかない。

「杖、取って!!」

 イブキは、はっとして、僕の腰に手を回す。

「どっちですか!?」

「金色のほう!!」

 やるしかない、僕が。

 僕しかない。


 でも、怖い――。


 どうしようもない恐怖が、僕の心臓を掴んでいた。

 

 


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