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竜鱗騎士と読書する魔術師  作者: 実里晶
師なるオルドル
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31 愚か者の宴-6

 ウファーリの唇から、鮮血がこぼれた。


 胸の中心を蹂躙した銀の枝々は、さらに深く彼女の体を犯し、骨ごとその体を引き裂いた。

 バケツをひっくり返したように流れ出す血、ぼたぼたと落ちて行く引き裂かれた肉の塊……。

 事切れる瞬間、ウファーリは悲鳴をかみ殺した。

 何かを堪えるような表情で、はっきりとわかった。


 きっと、痛かったはずだ。

 怖かっただろうに。


 でも、声ひとつあげなかった。

 その勇気が、無傷のはずの僕の心臓をも引き千切っていく。

 銀の巨人が彼女の残りの体を投げ捨てた。

 僕は限界まで走り、精一杯、手を伸ばした。

 指先から数センチ先で、ウファーリの体は屋上の床の上に叩きつけられていった。

 まるでゴミみたいに……。

 全身から力が抜け、僕はまだ暖かな血溜まりに、へたりこんだ。

 なんてことをしてしまったんだろう……。

 目の前が真っ白になりかけたとき。

 リン……と涼やかな音色が耳元で響いた。

「百合白さん……!?」

「ヒナガ先生っ……!」

 巨人の開けた大穴を、わざわざ登ってきたのか、百合白が、そこにいた。

「来ちゃダメだ!」

 彼女はウファーリの亡骸をみつけて青ざめる。

「なんということを…………」

 彼女はそれきり、絶句した。

 僕も、返す言葉もない。

 だって、彼女に……いったい、何を言うつもりなんだ?

 これは僕のせいじゃないんだ、事故なんだとでも言うつもりか?


「そうだ……!」


 僕は杖を取り出す。リブラからもらったあの杖だ。

 今ならまだ間に合うかもしれない……!

 護符を握りしめる。

「頼む、リブラ……ウファーリを助けてくれ……!」

 護符の天秤マークが、白い星の輝きを放つ。

 暖かい、大きな力の流れを感じる。

 オルドルとは違う、優しい癒しの力だ。

 足元に魔法陣、そして僕の頭上に、水晶の天秤が現れた。

 ガラスのような輝きをはなつそれは、二つの皿が微妙に揺れている。

 それと同時に、巨人が腕を振り上げた。

「う、わ!」

 杖と小さな護符を抱えて、慌ててその場を飛び退いた。

 巨大な質量による強烈なパンチが、屋根を叩き割る。

 同時に天秤の姿が砕けて割れた。

 煉瓦がつぶてになって飛散する。

 巻き込まれていたら、ぺちゃんこになっていただろう。

 獲物を押しつぶすことに失敗した巨人は、ゆっくりと回転しながら、目標を変えた。

 星条百合白に。

 杖を手にしながら、呪文を唱えられなくなる。

 最低だけど……もし、巨人が彼女を傷つけたなら、どっちを救うべきなのかを考えたのだ。

 ウファーリか……百合白さんか……。

 だって、僕には誰も救えないんだ。

 文句があるのなら、誰か……誰か、助けて。

 そのとき。


 ひゅ。と、風切り音が横切った。


 高速で、空中を切るように駆けあがってきた白影が、巨人の魔手から姫を攫って飛び去っていく。

 彼女を腕に抱いて、騎士は大きな翼を広げる。

「遅れて申し訳ありませんでした、殿下」

「天藍……来てくれましたか」

 百合白さんは泣きそうな表情で、騎士の首に細い腕を回している。

 銀枝を避けながら、その灰色の瞳が僕と、うしろで魔術を使っているオルドルの両方を行き来する。

 見えてる……天藍には、あいつが見えるんだ。

「なんだアイツは!」

 空中から問いが振ってくる。

「わ、わからないっ、けど、僕には止められない!!」

 天藍は彼女を抱いたまま、急降下。僕の前に降り立つと、右手で剣を抜き、左手で床から成長させた《偽剣》を取った。

 巨人は片手の拳を、大きく後ろに引いて、勢いよく打ち出した。

 スーパーマンパンチ……って言っていいのかな?

 天藍は剛腕を、二つの刃だけで受け止める。

 彼の体は一メートルほど後退して、急停止した。

 彼の足首から下は、結晶によって覆われている。

「――っ!!」

 竜鱗騎士の膂力でもっても、巨人の力は凄まじいものがあるらしい。

 それを堪えると、天藍は敵から目を離さずに、怒鳴る。

「何故、杖から手を離した!?」

 そう怒鳴る天藍はまるで鬼の形相だ。

 彼が言うように僕の手には、もう、杖はなかった。

 ウファーリに駆け寄ったとき、オルドルから手を離してしまったからだ。

 オルドルはというと、この状況を眺めながら、片手で金色の羽ペンをくるくると回していた。余裕の表情だ。

「杖を失えば完全に制御を失うに決まっている。死ねばただの物体に過ぎん。物に縋ってあたらしい死体を増やすな!」

 そんな言い方って……無いだろ。

 そう言いたかったけれど、道理は彼にある。

 こうして巨人の拳を止めているのは、彼だ。

 結局、百合白さんを助けることなんかできなかった。

 何もできない人間より、割り切れる人間のほうが、ずっとマシに決まってる……。

「三海七天が一柱、白鱗天竜の恐ろしさ、その身をもって知るがいい!」

 巨人が、反対側の拳を撃ち出した。

 学年代表のハーフマントを翻し、その体が宙に舞う。

 つま先が拳の上に舞い降りる。

 伸びた銀の枝、巨人の筋肉繊維の上を駆け、胴体に接近する。

 反対の腕が回転し、ふり払う。

 天藍はひらりと舞って、再び地面に着地。

「――恐怖を刻め!」

 結晶が急成長、剣を取り、無造作に振り下ろす。

 刃は巨腕を軽々と抜けていく。

 オルドルはすぐに、あの青い魔法書に書き込んだ。


「四の竜鱗、|《白鱗竜吐息》(ブレス)」


 再生よりはやく、拳の断面に向けて、天藍は竜の息吹を吐きかける。

 竜の息吹は滑らかすぎる断面にまとわりつき、再生の邪魔をする。

 これなら、再生しない。

 天藍はすぐに次の作業に取り掛かる。

 右足を浚うように斬って、もう一度、ブレス。背後に周り、左足を切り落とす。……まるで踊るみたいに斬り捨て、吐息を吐き掛ける。

 両脚がなくなり、巨人は地面に沈んだ。残りは巨腕が一本。

 巨人は剣を振るい、マントをなびかせながら回転する天藍めがけ、死にものぐるいの拳を振るう。

 天藍は剣を鞘に納め、偽剣を捨てた。

 捨てた剣は粉々に砕け散る。

 砕けた結晶が、再び急速に集まり、天藍の左腕に大きな手甲を形成する。

 拳を結晶の手甲で受け流し、その腕に組みついた。

 嘘だろ……。

 見ている前で、学生用の靴をはいた両足が、屋根を踏み抜いた。

 体長も、胴回りも、二倍近くある金属の塊がゆっくりと持ち上がっていく。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」


 咆哮とともに、巨体を背負い投げる!

 銀の巨人は、放物線を描き、僕と百合白さんを飛び越えて、傍観を決め込んでいたオルドルへと落下して行く。

 オルドルは接近する巨人を前に、にやっと笑っていた。

 巨人が屋根に墜落。

 轟音が響き、崩れた屋根とともにオルドルが潰され、砂塵を巻き上げる……。

 僕は百合白さんを庇い、地面に伏せた。

 でも、待てどくらせど、その瞬間は訪れなかった。

 目をあけると、そこには無傷のオルドルが、銀の王冠をかぶり、黄金の玉座に腰かけていた。

 膝の上に置いた本が、青く輝いている。


『おしまい』


 そう言って、パタンと本を閉じた。


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