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竜鱗騎士と読書する魔術師  作者: 実里晶
暴れん坊少女
31/137

27 愚か者の宴 -2

 避難が終わって間もない校舎。


 照明が落とされていて、ほぼ暗闇だ。

 渡されたペンライトに照らし出されたあたりには、割れたガラスの破片。

 何故か、机やいす、ロッカーといった品物が、廊下に放り出されている。

 割れた照明器具の破片だった。

 それだけでなく、壁紙が鋭く裂けていたり、そこかしこに暴力の痕跡が残っていた。

 派手にやってくれたな、ウファーリ……。

 僕はオルドルの金杖を握りしめる。

 傷は消えても、首には、裂かれたときのあの嫌な感触が残ってる……。

 こんなときこそ、魔法が使いたい。

 青海文書の魔法を使うには《内容に対する理解》が大事だとリブラは言っていた。

 その意味が今なら少しだけわかる。

 僕が庭で見せた魔法は、あれはまるでオルドルの森の再現だった……。

 月光のような輝きを放つ銀色の枝葉、滾々と溢れだし足元を濡らす透き通った湖。

 青海文書の魔法は、物語に書かれている魔法の再現だ。

 予告状に、僕はオルドルの魔法を手に入れる、と書いてあった。

 誰だかわからないが、それで確信した。

 だから、本の内容を理解しろと命じられた。

 でも、わからないこともある。

 僕は一週間、必死になって《師なるオルドル》を読みふけった。

 内容は細部にいたるまで一字一句、覚えきってしまった。

 なのに、魔法は僕の自由にはならない。

 何故だろう?

 これ以上、何が足りないのか……。

「それはしまっておけ。俺たち騎士の武器が剣なら、魔法使いの武器は《杖》だ。攻撃の意志があるとみなされかねない」

 天藍の表情は張りつめていて、静かだ。そして冷静だった。

 こいつは戦いのスイッチが入ると、集中して、静かに、冷たくなる。

 リブラと戦ったときがそうだった。

 リブラがどれだけ仕掛けても、いや、むしろ、攻撃が激しくなるほど冷えていった。

 どんどん加熱していくウファーリとはまるで反対だ。

「うん……まあ、あったってろくに使えないものだしな」

 啖呵を切ったくせに……自分で自分がカッコ悪い。

「俺の後ろに隠れていればいい」

「えっ……」

 てっきり、放置されるんだと思ってた。

 意外と親切なのかな、というほのかな期待は、数秒もたたずに断ち切られた。

「幸いここで何が起きても、外の奴らにはわからない。お前が本当はただの弱虫でも、だれも気にしない」

 最後のよけいな一言が、けっこうきつい……。

 僕たちは、ガラスを踏みつけながら一階の廊下を進む。

「僕のこと嫌いだよな、お前……それって、嫉妬?」

 あえて怒らせそうな単語を選んだ。

 だって、僕と天藍だと、顔面偏差値が違いすぎるからな。

 むこうは神話世界に登場するような美形、僕は背景だ。

 でも、怒った奴はよけいなことも喋ってくれる。

「そうかもしれない」

 天藍ははっきりとそう言った。

「灰簾理事と話しているのを聞いただろう……俺は姫殿下を守って差し上げたいが、ときどきままならないこともある」

「それって……」

「来るぞ」

 天藍が剣を抜いた。

 腰に提げているやつは、長すぎて室内では邪魔なんだろう。

 パキパキ……と小さな音を立てて、地面が変質し、結晶化して、手頃な大きさの短剣になる。

 とくに構えはとらずに、まるでオーケストラの指揮でもするかのように、短剣を二回、振る。

 何気なく振られたようにみえる剣先は、正確に、飛翔してきた手裏剣を叩き割り、地面に落とす。

 天藍はうしろにも目がついてるみたいだ。

 結晶で覆った腕を、僕の肩口に伸ばし、背後から来た刃を掴む。

 そしてそのまま握りしめる。

 クシャリ、と金属の破片になって、砕け散った。

 ウファーリは、あらかじめ、手裏剣をあちこちに隠していたらしい。

 調度品とか、割れたガラスの中とか、教室の扉の影とか。

 それを離れたところから、自分の意志で操っている。

 武器を仕込むだけでいい、カンタンでしかも効果的な罠だ。

「走れ」

 僕と天藍は階段に向かって全力疾走。

「なあ、なんで、呪文を唱えないんだ?」

「今、答えなければならない話題か、それは」

「庭では、唱えてただろ? なんとかって」

「あれは――呪文ではない。竜鱗魔術は移植した鱗で魔力を精製する。その限界量の見極めのための、確認にすぎない」

 あ、なるほど。

 竜鱗魔術は、戦闘用というだけあって、やれることとやれないことをハッキリさせてるんだ。その限界を。

「三といえば、三鱗ぶんの魔力を使う、一といえば一鱗だ」

 説明しながら、花瓶の裏からとんできた手裏剣を弾き返す。

 天藍は五鱗騎士だ。

 一と一と二は同時に使えても、三と三は同時には使えない。一度に製造できる魔力が足らなくなるから。

 声にだして確認すれば、ミスは減らせるし、戦略をたてやすい。

 階段をのぼり、一気に三階へ。

 ここは教室側に窓があるので、少しは明るい。

 手裏剣の追撃はなかった。

 廊下の一番奥の扉が開き、百合白が現れた。

「日長先生……先生だけ、来てください。天藍は来てはいけません。騎士団は手出し無用と言ったはずです」

「俺は、学院では生徒のひとりにすぎません」

「では私もここでは生徒のひとりにすぎませんね。ほかの生徒を解放します。どうか、外まで無事に連れ出してください」

 百合白の覚悟は決まっているようだ。

 僕は彼に目くばせする。

「たとえばだけど、僕が肉の盾にでもなれば、君が帰ってくるまでの時間かせぎくらいにはなると思うよ」

 教室から女子生徒が二人と、男子生徒ひとりが出て来る。

「しくじったら、死ぬまで死んだほうがマシだと思うほど苦しめて、殺す」

 ウファーリなんかよりだいぶ恐ろしい台詞を残して、彼らを連れて去って行った。それくらい大事なのか、彼女が。気持ちはわかるけど……。

 僕は教室の扉を開けて、中に入った。

 案の定、凄い勢いで飛来した手裏剣が、青海文書の表面に突きささった。

 部屋に入る前に、黄金の林檎だけ、鎖から外して持っていたのだ。

 手裏剣を外して、床に落とす。

 文書についた傷はみるみるうちに治っていった。

 教室の机は全て片側によせられ、乱雑に積まれていた。

 その上に腰かけて、ウファーリは外を睨んでいる。

 手裏剣を放ってくる雰囲気は、今はない。

 僕は、星条百合白のほうを見る。

 彼女は体の前に両手を重ねて、少し離れたところに立っていた。

 平静で、ともすると僕よりもずっとそうだった。

 怪我をしているようすはなさそうだ。


「ウファーリ……」


 僕は彼女に話しかけた。

 慎重に。

「なんでこんなことを? 僕が、君に友達をつくれって言ったからか?」

 ウファーリはずっと、窓の外を睨んだまま。

 しばらくして、話し始めた。

「アタシと誰かが、友だちになってくれると思う? そもそも友だちっていうのが何なのかが、理解できない」

 暴力で、脅して、言質をとろうとしたことを、彼女は認めた。

 なんてバカなことを。

「それは――少なくとも、暴力で、脅して、手に入れるものじゃないよ」

「わかってるよ。でもね先生、ここにいる奴らは、アタシのことを実験動物か何かだと思ってるんだ」

 下にいた……あの、白衣のヤツが頭に浮かぶ。

 こんなに大変なことになってるのに、自分の研究のことばかり心配してた。

「マスター・カガチだけなんだ……」

 彼女は、重たい何かがのしかかっているみたいに、俯いた。

「今思えばバカみたいだ。あんたが言うように、ホントは魔術学科に入れてくれるつもりはなかったのかもしれない。でも、本気で戦ってくれたのが、アタシはうれしかった」

「……!」

 彼女にのしかかっている重たいものが、ずしんと音をたてて、今度は僕のほうに落ちて来る番だった。


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