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竜鱗騎士と読書する魔術師  作者: 実里晶
暴れん坊少女
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26 愚か者の宴

「ウファーリ・ウラル! さっさと出てきなさぁーい!! 問答無用で退学にするわよっ」


 灰簾柘榴の叫び声が魔法学院の空に木霊する。


「えっ、ちょちょちょ、ちょっと困りますよ~、理事! ボ、ボクの研究はどうなっちゃうんですかあ~!?」


 その隣で、ダボダボの白衣を着たボサボサ髪の性別不詳な人物が、灰簾理事の高級そうなスーツの裾にすがりついていた。

 あれが、ウファーリの《海音》……超能力を研究している、というやつなんだろう。

 二人に接近し、天藍は僕を地面に放り出した。

「や、やめろ! まだ高いって!!」

 当然のように地面を転がる、僕。

 そして、まるで翼を広げた白鳥のように、ふわりとかっこよく着地する、天藍。

「日長先生っ、これ見よがしに寝てないで、少しは事態をどうにかしようって気持ちはありませんの!?」

 灰簾理事の暴言が僕だけに浴びせかけられた。

 放り投げられてたところ、見てただろ……と言ってもむだだろうな。

 普通科高等部校舎は、煉瓦造りの豪華な建物だ。

 窓が少なくて、いかにも頑健そうなつくり。

 その後者の前に、高等部の学生たちが出てきて、不安そうな顔をしている。

「状況は? 何があった!?」

 天藍が灰簾に詰め寄る。

「どうもこうもないわ。突然現れたウファーリが授業に乱入して、立て籠ってるのよ。百合白姫と数名の生徒がまだ出てきてないわ」

「いてて……。天藍以外の他の騎士は何をしてるんだよ」

「すぐ近くにいる」と天藍が言った。

 あたりを見回してみるが、僕には混乱した生徒たちの姿しか見えない。

 よくわからないけど、天藍にはわかるらしい。

「犯人が生徒なのと、百合白姫に危害を加える可能性があることから、手を出せないと言っている」

 灰簾は顔を思いっきり歪ませた。

「やめてちょうだい、天藍。騎士団の本格介入はマズイわよ、わかるでしょ」

 お得意の事なかれ主義かな、と思っていたが、少し旗色が違う。

「今の貴方に、騎士団を使って姫殿下を守護させる権限はないわ……」

「今は非常事態であり、王族守護は竜鱗騎士団の使命のうちだ」

「その理屈がどこまで通用すると思って? 貴方が現在も百合白殿下をお守りできるのは、紅華が見逃してくれているから、それだけにすぎないと肝に命じなさい……! 貴方ひとりが彼女に付き従うのはただの個人の勝手ですが、騎士団を動かすとなると話がちがうわ」

 灰簾の論は、的を射たものらしい。よくわからないけど……。

 天藍は平常心を保ちながらも、その瞳には怒りが滲んでる。

 といっても、かなり無表情なんだけど……。

 そばにいると、冷たい炎が噴き上げる熱を感じる。

 わからないなりに話を整理すると……もしかしなくても騎士団は、どこかにいる天藍の仲間は動けないってことだ。

 そして、灰簾のことだから警察的なものを呼びつける気もないんだろう。

 さらに悪いことには、マスター・カガチは彼のクラスの生徒を連れて校外実習に出かけていて不在。

 でも、カガチを頭数に入れていいのかは、不明だ。彼は真珠イブキ相手に《剣を抜けば殺してしまう》といっていた。ウファーリにとっては不幸中の幸いだったかも。

 ふと、僕の後ろのほうで、泣いている女子生徒とその友人ふたりの会話が耳に入ってくる。

「大丈夫?」

「う、うん……」

「ウファーリもさ、いい加減やめてほしいよね。意味がわからないよ《友達狩り》って……」

 ……その『オヤジ狩り』みたいな響きを耳にした瞬間、どっと汗が噴き出した。

 僕のどぶ色の脳細胞が高速回転し、解答をはじき出す。

 もしかして、もしかしなくても……ウファーリは、僕が『友達を百人つくれ』とか言ったから、武力で友達関係を強要しようとして、最終的に校舎に立て籠もってるってわけか?

 世にもアホな話だが、彼女ならやりかねない。

 彼女はバカで、すごく過激なんだ。

 つまり、それって、僕のせいだよね……!?

「どうかしたんですか? ヒナガ先生」

 灰簾理事の疑うような視線が痛い。

「……いいえ、なんでもありません。僕には構わずそっちの話をつけていて構いませんよ、存分に!」

 僕は爽やかに微笑んでみせた。

 そして後ろの女子学生に、電話の子機を渡した。

「えー……と、君たち、悪いんだけどさ、すぐそこの市民図書館にこの子機を返しに行ってくれないかな。あと、今日はもうそのまま帰っていいよ。どうせ授業再開しないだろうし。あと、この件についてはどんなに些細なことでも口外しないでね」

 生徒たちは首を傾げながらも、指示に従ってくれた。

 僕をいちおうは教師だと信じてるんだろう。かわいそうに。

 さて、まずい、まずいぞ。

 これからどうしよう。

 たとえウファーリの暴力性が引き起こした事件でも、そんなの灰簾理事には関係ない。

 それみたことかと鬼の首をとったような対応をされるに決まってるんだ。

 悪くすると、辞めさせられちゃうかもしれない。


「みなさん」


 そのとき、可憐な声が上からふってきた。

 数少ない窓……三階の窓に、星条百合白の姿がみえた。

「殿下、大丈夫ですか!?」と、灰簾理事が問いかける。

「はい、少し混乱しているだけで、大きな危険はないと思います。私はウファーリさんを説得するために、中に残っているだけです。どうか、そのための時間を、もう少しだけください」

 縛られたり、脅されているようすはなさそうだ。

 持ち前の優しい性格で、あえて中に残ってるのかもしれない。

 僕を助けてくれたときみたいに……。

「そんな! あまりにも危険すぎです。はやくお逃げください!」

「いいえ、おばさま。彼女の言い分にも、聞くべきところはありますわ。それから……」

 次に、百合白さんの視線がはっきりと天藍をとらえる。

「天藍。そして、騎士団の方々、これはウファーリさんが起こした問題かもしれませんが、あくまでも魔法学院の問題です。ウファーリさんには指一本でも触れることを許しません。手出し無用に願います。それでは」

 それだけ言い置いて、彼女は純白の髪を翻して、窓辺から離れようとした。

「百合白さん!」

 僕が呼びかけると、彼女は少し、そこにとどまった。

「あの……」

 言葉を探しあぐねていると、百合白さんはむしろこちらを安心させようとしているかのように、微笑む。

「私は大丈夫です、日長先生。みんなが心配してくれているのですから」

 桃色の瞳が、こちらに笑いかける。

 なんて女の子だ、星条百合白。

 優しいだけじゃなくて、思いやりと勇気がある。

「助けに行きます。僕が!」と口走っていた。気がついたら。

 灰簾はどう捉えていいのかわからない、といった顔つきだ。


「すぐに行きますから、待っててください!」


 でも、それしかないよな。

 この場にうずくまってたって、何かが変わることなんて無いんだから。

 教師をやめさせられて、紅華に殺されるよりは、ずっとましだ。

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