21 ジャパニーズ・トラディショナル
「ほんっとーに、すまなかったッ……!」
普通科の迷惑女子高生ウファーリは両手両膝を突き、勢いよく額を教室の床に擦りつけた。
床を額で抉る勢いだ。
「あんなことになったのはアタシのせいだ! どうか心ゆくまで殴ってくれ!!」
呆気にとられて何が起きているのか理解できなかったが……数秒たって、ようやく理解できた。
これは……土下座だ。
ジャパニーズトラディショナル謝罪スタイル、土下座なのだ。
異世界でもこのポーズって通用するんだなーとか、言ってる場合ではない。
「ねえ、あれなに?」
ひそひそ声が聞こえ、振り返る。
「新任の先生でしょ?」
「杖を二本持ってる」
「うわっ、あいつ、普通科のウファーリだ」
「竜鱗学科の天藍もいるぞ」
開いていた扉から学生たちが好奇の視線を向けていた。
アカハラかセクハラか知らないが、その手のことだと思われているみたいだ。
だって、教師が女子学生に土下座されてるんだ。
僕があっちの立場でも、きっとそう思うだろうな……無理もない。
あーあ、教師なんて損な役割だ。
せっかく異界入りするなら、星条百合白さんを守る騎士ポジションだったらよかったのに。
「あ、あのう……顔を上げてくださいませんかね……」
すごく迷惑です、とも言えない。
「だめだ! あのときあんな騒動を起こさなかったら、学院の教師陣が勢ぞろいしてる中、あの治療師が死ぬなんてこと、起きるハズなかったんだ。本当に軽率だったと思ってる」
確かにあのとき、あの場には天藍がいた。
リブラの一番近くにいたのはマスター・カガチだ。
もしかしたら騒動にみんなが気を取られている隙を狙われたのかもしれない、というのはありえそうだが、全部が全部ウファーリのせいってことにはならないだろう。
それに……他の教師の事は知らないけど、カガチは本当に強い。
なのに、気がつかなかった……っていうのは、何かがヘンだ。
「出会い頭に頸動脈を狙って来る程度には非常識なんだと思ってたけど、こういう繊細さも持ち合わせがあるのか……なあ、天藍。この子、どういう子なんだ?」
「普通科特待生のウファーリ・ウラルだ」
「特待生ってことは、成績がいいんだね」
「いや、こいつの場合はそうでもない」
「ん……? まあいいや、とにかく場所を変えよう」
僕は彼女の腕を掴んで立ち上がらせる。
そろそろ野次馬どもの視線が痛くなってきた。
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魔法学院の入学金や、授業料はべらぼうに高い。
教育の水準を高く保つための措置でも、どうしても生徒は貴族の子弟が多くなりがちだ。
そこでできたのが特待生制度だ。
この制度が適用されれば、授業料は全て女王府の負担になる。
もちろん希望者は多く、少ない枠を潜り抜けなければいけない。
だが、ウファーリがこの制度の利用者となれたのは、成績以外の要素が影響していた。
すなわち、体質だ。
それがマスター・カガチが言っていた《超能力者》という要素なのだった。
彼女は生まれつき、物体を触らずに動かせる、僕の知識でいうところの《サイコキネシス》とでもいうべき能力を備えていた。
そういった能力は翡翠女王国では《海音》とよばれるらしい。
使用時に魔力の消費を確認するものの、それはあくまでも個人の能力であり、わずかに遺伝で受け継がれるのみで、体系化もできなければ学習で身につけることもできない。魔術としては分類不能の能力なのだ。
何故そういった能力が発現するのかは、まだまだ研究段階である。
ウファーリはこの《海音》の研究に全面協力するかわりに、特待生制度を受けていた。
ウファーリは目の前で、水の入ったグラスをふわりと浮かせてみせた。
「お~、すごいすごい」
パチパチと手を叩き、賛辞を送る。
人目を避けて移動した食堂の建物は他の場所と違って新しく、開放的な雰囲気だ。授業時間中で、生徒の姿もない。
同じテーブルについたウファーリと天藍は妙な顔で僕を見ていた。
反応がヘンだったからではない。
僕が、食事をありったけ、持ち運びのできる密封容器……日本でいうところの《タッパー》に詰め込んでいたからだ。
「これも生活のためなんだよ……」
僕には金がない。
てっきり紅華が徹底サポートしてくれるものと信じていたが、そんな話はかけらも出なかったし、勝手に出てきたせいで交渉するヒマもなかった。
こんなオバサンみたいな真似をするのは気が引けるけど、しかたない。
「でさ、肝心の話だけど……」
切り出すと、ウファーリはがばりと顔をあげ、訴えてくる。
「できれば許してもらいたい。そしてもう一度、勝負してほしい。アタシにとって魔術学科に入るっていうことは、命を賭けるくらい大事なことなんだ」
彼女の瞳は熱く燃えていた。
必死で、焦っていて、それでいて信念に突き動かされている瞳をしてる。
まあ、頑固ともいうかもな。
正直言って、困る。
僕にはカガチみたいに実力でウファーリを退ける術がないからだ。
「君と勝負はしない。命を賭けるのもまっぴらごめんだ」
「それなら力ずくででも!」
ウファーリがテーブルに身を乗り出した。
無意識なんだか知らないが机がガタガタ動き出し、皿や料理やまわりの椅子が一センチくらい浮きあがる。
「君が勝負に命を賭けるなら、僕は君と勝負をしないことに命を賭けるね……」
そうしないとまた性懲りもなく死んじゃうし……。
「だいたいさ、その勝負って最初から矛盾があるんだよなあ」
僕は考えながら口にする。
「なんだと?」
「あのさ、教師ってのは生徒に教える職業だよね。魔術学科の先生は、もちろん、生徒に《魔術を教える》のが仕事。もし僕と勝負して君が勝てるんなら、それって僕が君に教えてあげられることは何もないってことだ。違うかな」
詭弁だけども、理屈はあってるはずだ。
「…………!!」
ウファーリは、そんなことを考えたこともなかったんだろう。
びっくりした顔をしてる。
少しかわいそうだ。
「もし魔術学科卒業の肩書だけがほしいっていうんなら、止めはしない。だけど、君が求めてるものはそんなものじゃないはずだ」
命を賭ける、と彼女は言った。
僕は命を失うことが、どういうことか少しだけ知ってる。
空しくて寂しくて、ただひたすらに痛みが伴うあの感覚。
その痛みとつり合いのとれるものなんて、そうそうありはしない。
「もしかしたらだけど、マスター・カガチはそれを承知で君の勝負につきあってるんじゃないかな。そんな気がするよ」
そして……だとしたら、彼にはウファーリを魔法学科に入れるつもりはない、ということになるだろう。
そもそもマスター・カガチは竜鱗学科の教師だ。
竜鱗魔術師ではない彼女が、彼の教え子になることはない。




