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竜鱗騎士と読書する魔術師  作者: 実里晶
女王府立魔術学院
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15 約束

「あっ……アタシじゃないからな!!」


 ウファーリが何か言ってる。

 切り裂かれた足が痛い。

 でも全部、無視だ。

 リブラは血を流しながら不思議そうに自分の傷を見下ろしていた。

 彼の胸には、銀色のそれが深く刺さっている。


 僕と同じだ。

 僕が刺された、あの《竜鱗》と。


 一番近くにいたはずのカガチも困惑しきっている。

 僕は、リブラから預かった護符と、杖を取り出す。

 リブラが伸ばした手が僕の手を掴み、杖を取り下げられた。

「だめです。こ……の傷には、ききません……!」

 苦しげに表情をゆがめ、口から大量に吐血する。

 カガチが代わりに杖を抜き、呪文を唱える。

 だが、リブラの言う通り、出血は止まらない。

 リブラの顔色はどんどん悪くなる。

 このままでは、死んでしまう。

 僕はと言うと、何か、何かできることはないのかって必死に考え、探してる。

 でも、もしかしてって予感がよぎる。

 僕は何もできないのかなって……。


「ヒナ……ガ、君っ。べ……にか……さまを頼みます……」


 そう言って、リブラは目を閉じた。

 握りしめていた手が、冷たい。

 苦しみあえいでいた呼吸が、瞬間、安らかになる。

 長い、溜息みたいな呼吸をした。


「紅華様……。お守りすると、誓ったのに……ひとりにさせて、申し訳ありません…………」


 そして、リブラは何も言わなくなった。

 なんだこれ、なんなんだ……?

 いきなりすぎて、訳がわからない。

 だって、今まで、生きてたじゃないか。

 喋ってた。

 動いてた。

 おかしいな、なんでだろう。

 百合白の手はあんなにあったかかったのに。

 人は、暖かいはずなのに。

 ここに来て、何度も何度も死にかけたのは、僕のほうなのに。

 どうして、ここで倒れてるのは僕じゃないんだ。


「冗談だろ? おい、何いってるんだよ。リブラ、起きてよ……」


 カガチは、黙って首を横にふった。

 彼はとっくの昔に呪文を唱えるのをやめていた。

 その表情は岩のように静かで、現実をちゃんと見ていた。


 でも僕はだめだ。全身から力が抜けてしまい、何も考えられない。


 だってそうだろ。

 僕は平和で、戦いのない日本に生まれたそこそこ普通の高校生なんだ。

 とびぬけて幸福でもないけど、不幸でもない。

 秀でてもないけど、劣っているわけでもない。

 そういう曖昧な境界にいて、ほかに何にもない。


 それが幸せなことなんだと思ってた。


 世の中には食うや食わずの人がいて、僕より不幸なやつらが山のようにいて、そうならないだけましなんだって。

 でも違う。

 それは間違いだ。


 どうして僕は何もできないんだ?


「しかし、この《竜鱗》は……見過ごすことはできませんな」


 カガチは言うなり立ち上がる。

 そして腰のものに手をかけながら、天藍のほうを向く。


「これがウファーリの仕業でないことは明らか。そしてそれが竜鱗騎士の仕業なら、師としてそれなりの対応をせねばならん。申し開きを聞こうか……」


 天藍……の、隣にいた少女がびくりと体を震わせる。


「真珠イブキ」


 薄紫色の髪に、水色の瞳をした、レイピアを携えた女の子。


「ち……ちがっ、ちがいます、先生! たしかに、その竜鱗は……銀麗竜のものに似ていますが、だけどっ……信じてください、自分ではありません!」


 カガチは容赦のない目つきをしていた。

 柄に置いた手が、一瞬も離れない。

 真珠イブキは、恐怖したように身をひるがえすと、全力で校舎のほうへと逃げていく。

 何が起きてるんだ?

 わからないが、この場の竜鱗騎士たちが、僕やリブラ、紅華の知らなかったことを知っているみたいだ。

「天藍、学院の中だけのこととはいえ、イブキは同級生であり、お前の補佐役。副班長だ。ただ見ているだけか?」

 天藍は片目を閉じた。

「紅華の腹心である男がどこで死のうが、剣を抜く理由にはならない。そして誰が裏切ろうと、興味もない」

「俺が抜くと殺してしまいかねんが、それでもいいのだな」

「事故だと証言しよう」

 冷たく言い放つ。

 王姫の命令でさえ抵抗したように、天藍を動かすなら、きっと、教師が命令しただけでは足りないんだろう。

 ……でも僕は、カガチとは違う。

 真珠イブキとやらを逃がすつもりはない。

 だってそうだろ。

 今、ここで、死んでしまっては困るから……。

 僕は声を張り上げていた。


「天藍!」


 彼の注意がこちらに向いたのを確認する。


「僕は、お前と組む……」


 天藍は黙って、僕の言葉を聞いていた。


「だが、紅華の情報をやるなら、条件つきだ。少なくとも――僕の役にたてると証明してみせろ」


 天藍の行動ははやかった。

 一足飛びにこちらに来ると、僕の後ろ襟を掴み、ボールを投げるがごとく宙に放り投げた。円盤投げのきれいなフォームだ。


「なっ……!?」


 凄まじい膂力に振り回されて息もできない。

 気づくと、校舎が眼下にあった。

 物理法則にしたがい、落下していく。

 死を間近に感じる。


「あまり俺をナメるな」


 そう言って、結晶の翼を生やした天藍が、僕の上着を掴んで落下を防いだ。

 空からは地面がよくみえた。

 逃げるイブキ、倒れているリブラ、カガチ、ウファーリ……。


「ナメてなんかない、よ?」

「都合よく使えるとは思わないことだ、という意味だ」


 天藍は僕を抱えたまま剣を抜き、振りかぶって地面に投擲。

 白い剣は硬い音響を鳴らして石畳を割って突き立った。

 地面に刺さった剣を中心に、地面が白い結晶と化していく。

 それは瞬く間に広がって、地上の風景を一変させる。

 イブキは地面を走る結晶に追い越され、メキメキと音を立てて成長し、壁になった結晶の巨大な塊に行く手を塞がれた。

 結晶化は足を止めただけでは止まらない。

 重なりあい、ふくれあがり、成長し、イブキの足を埋める。

 それどころか、彼女のはいている白い靴下やスカートまでもを取り込み、結晶化させていく。

 あっという間に下半身が埋もれ、身動きとれなくなった。


 地上はすっかり風景を変えていた。雪景色のような白一面の世界だ。


「白鱗竜は組成変化に長けた竜だ。触れるものはだいたいすべて結晶化できるが、加減に失敗すると人体も結晶化する」


 説明が恐ろしすぎた。

 竜って、まだ見たことがないけれど、きっと恐ろしい生き物に違いない。

 地上で無事なのはカガチの周囲だけだ。

 彼の周りは、何故か蔦や茨といった植物が生育し、結晶の波を押しとどめている。

 いつの間にかは知らないが、ウファーリは彼のたくましい腕に抱えられ、リブラの体も、茨の腕に抱きとめられていた。

 僕はどこもおかしくないし、目にケガもしていない。

 けど、それを見て目の前がかすんだ。

 あそこにいるリブラは、もう、表情を変えることもないし、僕に文句を言ったり、無茶を言ったりもしない。決闘を始めることもないわけだし、なによりこれで、命の危険が半分に減った。減ったんだけど……。


『貴様、陛下の御身体に触れるとは、無礼だぞ!』


 どうしても、思い出してしまう。


『君の怒りはよくわかります。到底、許されることではありません。ですから、許しは請いません』

『もし私に何かあったら、もう君の治療はできませんから』

『人を傷つけることも、傷つけられた痛みも、死ぬかもしれないという恐怖も、こんなひどいものだとは知らなかった』

『私の魔力は無尽蔵じゃないんですよ』

『なに、これくらいできないと医者にはなれません』


 熱いものが瞳からこぼれて、溢れていく。

 頬が濡れるのがわかる。

 ぬぐっても、ぬぐってもこぼれていく。

 なんで泣いてるんだろう……。


「……泣いてるのか?」


 天藍がぎょっとしているのがわかったが、涙を隠せるほど強くないんだって、はじめて知った。

 こんなに泣いたの、何年ぶりだろう。

 悲しいわけじゃない。

 僕は彼らとは、この国とは無関係なんだから。

 なのに、どうして。

「そんなことをしている前に、やることがあるだろう」

 風にふかれて、はらはらと、紙片が舞っていた。

 それは、ウファーリの手裏剣や、激しい結晶化で破れた《青海文書》のページだった。

 それがただ風に舞い上げられているわけではないことは、破れた紙が引き寄せあうようにくっつき、元に戻っている様子をみれば一目瞭然だ。

 何より、天藍の竜鱗魔術に巻き込まれていないんだから。

 

 《青海文書》は、それそのものが、魔法の産物なのだ。


 僕は集まり始めたページに手を伸ばす。


 その一枚が掌に落ちた。

 またあのひそひそ声がする。

 むかしむかし……。


「《昔々》……ここは、偉大な魔法の国」


 するすると、他のページも集まりはじめる。

 一枚、二枚と。

 妙な風が吹き、紙片を次々と運んでくる。

 自然界の法則ではありえないような。

 天藍が必死にバランスをとろうとしているのがわかる。

 僕には感じられないが、これが魔法なんだろう。


 掌の上には、青海文書の半分ほどが集まっていた。

 でも、残りはまだ遠くにある。

 ひそひそ声が強くなる。


 森の……。


「《森の最奥には半身が鹿、半身が人の異形の主、オルドルが住んでいました》」


 残りが、ゆっくりと、ほかの文書に重なる。


「《王国の民はオルドルに敬意を払い、森にはだれも近づきもしませんでした。》《それというのも、オルドルの住まいには魔術師にとってもっとも大切な三冊の書が隠されており、オルドル自身も偉大な魔術師だと信じていたからです》」


 ひそひそ声がさらに強くなる。

 声は、あいかわらず子どもの声で、何かいっている。


 資格がある。

 しかくがある……。

 オルドルには資格がある……。

 彼は森の主。

 青海の王。


 声が鼓膜を、無遠慮に撫でるように過ぎ去っていって、不快だ。

 意味はわからない。

 文書の最後の一ページが、金色に輝く。

 輝きは、最初のページまで広がり、やがて、僕の手には本ではなく《黄金のリンゴ》が載っていた。


「なんだ、その魔法は……気味が悪い波長だ」


 天藍が、めずらしく嫌悪感まるだしの表情だ。

 僕を抱えるというより、背中をつまむようにして遠ざけられていた。

 声がきこえたのかもしれない。


「わからない……でも、いいんだ」


 この魔法がいったい《何》であっても、今の僕には関係ない。

 天藍の言う通りだ。

 僕にはほかにやることがある。


「許さないよ。絶対に許さない……僕は、絶対に《復讐》する」


 オルドルは、とひそひそ声が言った。


 オルドルは許さない……。


 その言葉に、意識が引っ張られていく。



         ~~~~



 気がつくと、僕は水たまりの中に佇んでいた。


 ここが、魔法学院でも女王国でも、ましてや日本でもないことは、ひと目でわかった。

 周囲にあるのは、一面、銀色に輝く木々や草花。

 そしてその合間で遊ぶ、やはり銀でできた鳥や野ウサギだ。

 水たまりだと思ったものは、恐ろしく澄んだ水をためた湖だった。


「オルドルの森よ」


 僕の隣で、光り輝く女がいう。アイリーンだ。

 まえに見たときと同じで、輝きが強くて輪郭もわからないものの、かろうじて、少女らしい華奢なつま先が水面に立っていることだけがわかる。


 女は、湖の縁を示す。


 そこには、桃色をした生肉に牙を立てて食らいつく獣の姿があった。

 体は鹿、上半身は人間のものだが、目は血走って、頭からは鹿の角が生えている。

 そのあたりの水は、赤くにごっていた。


「オルドルは、自分の財宝を盗むものを許したりしないの。《物語》は常に選択の連続よ。選択に耐えられた者だけが、魔法使いになれる」


「選択に耐えられた者だけが……魔法使いになれる?」


「さあ、ツバキ。かわいそうな子」


 光り輝く手が、額を撫でてくる。


「物語の続きを聞かせて」


 アイリーンは僕に手をさしだしてくる。

 僕は、彼女の手を取った。


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