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竜鱗騎士と読書する魔術師  作者: 実里晶
女王府立魔術学院
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14 最悪の自己紹介

 学校行事で苦手なものはいろいろあるけど、その最たるものが自己紹介だ。


 同級生の前に引き出され、試されるようなあの感じ。


 どもらず、噛まず、空気のように控え目に。

 趣味を言うときは音楽鑑賞とか、当たり障りのないものを選ぶこと。

 何かおかしいことを言おうものなら、その後の一年間は真っ暗闇だ。

 そして試験のごとく《正解》があらかじめ決められているのに、なんでも好きなことを話せと言う教師には、いつもがっかりさせられた。

 今じゃ立場がまったく逆だというに、やってることは同じ。バカみたいだ。

 赤いじゅうたんの途中で、灰簾や僕と同じ制服を着た、比較的若い教師が待っていた。

 ただし、体格がよくて、かなりでかい。

 それでいてさわやかな風貌だが、無精ひげと、長髪が台無しにしてる。

 それ以外はいかにも体育教師って雰囲気だ。


「はじめてのお勤め、ご苦労さまです。マスター・ヒナガ」

「ヒナガ先生、こちらはマスター・カガチ」

「はじめまして」


 紹介され、カガチとやらと握手を交わす。

 その手の甲に五枚、花のような模様が浮かんでいる。

 天藍のを見たから、今度はわかった。竜鱗だ。

 鱗の色は深い緑。

 両の腰に、細身の剣を一振りずつ佩いている。

「……カガチ先生は竜鱗魔術師なんですか?」

 カガチは照れ臭そうに竜鱗の埋め込まれた手で後頭部を掻いた。

「いや、ご明察。私もヒナガ先生と同じく魔術学科の教員でね、竜鱗魔術を教えてます」

「ということは、もしかして天藍の先生……?」

「天藍をご存じでしたか。まあ、アイツは既に騎士団所属ですからな……もう教えることもほとんどありませんが、二刀流を仕込んだのは自分ということになっとります」

「へえ……じゃあ、結構強いんだ」

 竜鱗が五枚、ということは、天藍と同じくらい強いってことだろう。

 たぶん。

「マスター・カガチは先代南方戦線の大将軍だ。負傷によって引退した後、学院で教鞭を取ることを選び後進を育成されている人格者……失礼な態度は許されないぞ」

 解説とともに頭に水晶の天秤が降ってきた。

 目の前に火花が散る。

「!!」

 控え目にいっても、鈍器で後頭部を叩き割られたかのような衝撃。

 カガチはこっちの様子を見ているのかいないのか、照れていた。

「いや、《医聖》どの、そんな大層なものではありません。それに私らは結局、先の戦では何もできませんでしたからな……」

 一瞬だけカガチの彫りの深い顔に影がさした気がした。

「よければ今夜にでも一杯……いや、先生はまだ飲めませんな、わはは! まあ、ヒナガ先生とは今後は同じ科の者どうしですから、頼りにしてくださいという話です」

 灰簾は無表情だ。

 僕はこういうパターンのとき、ひそかにリブラの表情を確認することにしてる。

 読みやすいんだよな。

 案の定、同情っぽい表情を浮かべていた。

 こいつ、こんなんじゃ現代ストレス社会を生き抜いていけないんじゃないかな。

「さあ、生徒たちがお待ちかねですわよ、マスター・ヒガナ」

 灰簾が檀上へ進むように促す。


「うっ……」


 挨拶の原稿は、ちゃんと暗記してきた。

 自己紹介と、関係各位へのお礼と、今後の抱負と……。

 たぶん紅華かリブラが考えたものだと思う。

 だけど、やたら古めかしい言葉が連なっていて、長いんだよな。

 たぶん、早口でしゃべっても十五分……いや、三十分はかかる。

 しかもだ。

「はぁーい……」

「返事は簡潔に」と灰簾。

「はいはい」

「一回でよろしい」とリブラ。

 なんだこの布陣。

 カガチが苦笑している。

「はは、失礼ながら、ヒナガ先生はまだお若いからか、皆が世話を焼いてしまいたくなるようですな。さあ、よければ檀上まで案内させてください」

 正確には、このうちのひとりは僕を殺そうとしたりしてるんだけど……。

 それにしてもマスター・カガチとやらは、人柄が良さそうな先生だ。

 僕はバージンロードのごとく、彼の後をついて歩きはじめた。

 しかし、自己紹介への道のりはあまりにも遠かった……と言わざるを得ない。

 後から思えば、だけど。

 三歩も進まずに、それは起きた。


「むっ……!」


 そんなカガチの声が聞こえた。

 一瞬だが、穏やかな苔色をしていた瞳が、鋭くなる。

 そして、彼は肩に羽織った青い上着をひるがえし、絨毯の上を横に逃げた。

 こう書くと余裕があったようにみえるが、実際はほんの一瞬だ。

 僕の目の前を、カガチの結んだ黒髪がたなびいていき、次の瞬間。


 ひゅっ……と風を切る音を走らせて、僕の首筋を何かが抜けていく。


 衝撃で、体が後ろに傾く。


 さらに、それは連続で二つ、三つと続く。

 三つ目が、腹のあたりに抱えた《青海文書》に刺さった。

 それは黒っぽい金属でできていて、八方に鋭い刃が突き出ている。


 八方手裏剣。


 そういう単語が、頭に浮かぶ。

 そっくりなのだ。


「日長君、首を押さえろ!」


 リブラがうしろで必死に叫ぶ。

 僕の首筋からは血が、噴水みたいに噴き出していた。

 すごく深く切り裂かれている。

 僕は必死に言う通りにした。


 なんだこれ……!?


 本の表紙に刺さった手裏剣が、動いていた。

 まるで生きてるみたいに。

 手裏剣は青海文書から抜け出ると、来た方向へと戻っていく。

 残りの三つも――そのうちのひとつは、僕の背中を盛大に切り裂いて――戻っていく。

 まるで意志がある生物みたいな動きだ。


「うぐっ……!!」


 そりゃ、もちろん。

 心臓を深く刺されたときとか、内臓が消し飛ぶ衝撃に比べたらかわいいもの。

 でも、この痛みは絶命を伴わないぶんだけ、はっきりと感じられる。

 痛みに思考が引きちぎられ、焼き切れそうになる。

 青海文書が足元に落ちて、中身が散らばった。


「《治療(クラル)》!!」


 リブラがすばやく呪文を唱える。

 僕の足元に天秤のマークが浮かびあがった。

 ひとまず、出血が止まる。

 でも、傷は完全に塞がったわけじゃないし、痛いし、視界がくらくらする。


「邪魔立て無用っ!!」


 そんな声がどこからか聞こえた。


 元の方向に疾走していた手裏剣が急に方向を変え、今度はリブラに殺到する。

 リブラは逃げようとしたが、間に合わない。後衛回復役の宿命だ。


「させん!」


 キン……と、鍔が鳴る音。

 ええと、漫画みたいだけど、半分ずつになった手裏剣が、地面に落ちる。

 僕が振り返ったときには、カガチ氏は両の剣を腰に収めたところだった。

 それしか見えてない。

 流石、天藍の教官だ。

 でも、疑問も残る。


「あの……そういうのできるんだったら、なんで最初、避けたんですかね?」

「いや、すみません」


 カガチは何故だか頬を赤らめる。


「魔法学院の教師であれば、あれくらいなら避けるものと早合点しておりました」


 無茶を言うな。

 僕はただのいたいけで無力な青少年だぞ。


 なんで避けれなかったほうが恥ずかしいみたいな空気になってるんだ?


 ……という目で、カガチの後ろに隠れてるリブラに訴えてみた。

 リブラは、声を出さずに、口だけをパクパクと動かしている。


 が・ん・ば・れ。


 死ねばいいのに。

 そうこうしているとカガチの足元の手裏剣が浮き上がり、戻っていく。

 六枚に増えた鉄片は待ち構えていた人物の手元に収まった。


「そこの治癒術師! どこのどなたかはわからないけど、この勝負に手出しは無用だ! 引かないならお前から八つ裂きにするぞ!!」


 そんな勇ましい宣言と共に、檀上に……いや、檀上よりさらに上に、彼女はいた。

 用意された台の上に、すらりと長い脚を惜しみなく見せつけながら仁王立ちしている。

 燃えるような、なんて表現じゃ足りない。

 燃え上がるような赤い、長い長い髪を風になびかせて、彼女はこちらを見据えていた。

 その表情は、あまりにも猛々しい獣のようで、頭の両脇ではためているリボンがまるで冗談みたいだ。

 制服の色は赤。普通科の生徒だ。


「勝負? 勝負ってなんだよ」


「この学園の誰でもいい。教師連中の誰かと真っ向勝負して勝てたなら、アタシを魔法科クラスに編入してくれる。マスター・カガチ! それが約束だったわね!」


 なんか、この後の展開読めたぞ。僕は絶句して、カガチをうかがう。


「そんな約束したの……?」

「はい。ちなみに彼女は連敗中、望みがあるとすれば新任のヒナガ先生だけですな」

「バカなの? っていうか、あんたたち決闘とかそんなの大好きだな!?」

「えーと、好きではありません」


 カガチは困り顔だ。

 まあ、昼食会の出来事を、彼は知らないから仕方ないんだけどさ……。


「普通科クラスのウファーリといえば、問題児で知られてましてな。しかし……」


 カガチの笑顔が、すっ……と音を立てて引っ込む。

 その後に残った表情は、歴戦の戦士のそれだった。


「ウファーリに後れをとるようでは、生徒に示しがつかず、魔法科クラスは務まりません。リブラどの、医者に患者を治すなというのも酷ではありますが、ここはひとつ魔法を収めて頂けませんか」


 眼光鋭く、容赦のない視線。

 僕も、リブラに目で訴える。

 リブラが口をパクパクする。


 な・ん・と・か・し・ろ。


 こっちの台詞だ。


 しかも、言われるがままにリブラは杖をひっこめた。

 治療は途中やめ。

 背中のほうの傷は塞がってない。


「先に言っておくが、命の保障はしない! 本気を出させてもらうぞ!」


 ウファーリは、ミニスカートの下……腿に取り付けたホルスターから、ありったけの手裏剣を取り出した。

 無数の鉄の刃が、彼女の周囲を星のように取り囲み、回転しはじめる。

「っていうか……あの子、杖を使ってない……!?」

「ウファーリは魔術師じゃありません。彼女は」

 カガチは困った顔をした。


「《超能力者》です」

「覚悟ッ!!」


 彼女が腕を振ると、鋼鉄の星が彼女を中心に円形に高速で広がり、空を切り裂く。

 空だけじゃなくて、中庭の木々の枝や葉を切り裂き、他の生徒の頭上をかすめていく。

 生徒たちは、悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らしたように逃げ始めた。


 リブラやカガチは、逃げ出す生徒たちの波にもまれて見えなくなる。


 この場に立っているのは僕と彼女だけ……!


 あと、天藍が元の位置のまま、退屈そうに欠伸をしているのがみえた。

 くそっ、知り合いが困ってるから助けよう、みたいな気はなさそうだ。

 奴のそばにも手裏剣が飛んでいく。

 それは、隣に立っていた女子生徒――めちゃくちゃかわいい女の子で、すごくうらやましい――が、来る端からレイピアで叩き落としている。

 僕は青海文書を盾に後退する。

 だけど、遠慮容赦のない手裏剣たちが、手足を切り裂いて飛んでいく。


 ヤバイ、痛い、死ぬ。


 絶望の三拍子。


 でも、助けてくれる人はいない。


 どこにもいない。


 心臓の鼓動がはねる。


「逃げてンじゃねえよっ!! アタシと戦えっ!!」


 ウファーリが、本来なら僕が自己紹介をしていたはずの檀上から吠える。

 すると、その周囲にあるものが全て、絨毯も、台も、台の上のマイクも、誰かが落としていったペンや、小石も、全てが空中に持ち上がり、嵐となって巻き上がる。

 今度は、さすがの天藍とその隣の子も、後退して飛んできた台をよけた。

 長い手足や整った目鼻立ち、金色の瞳を縁どる長い睫、パーツは美しいが、あれじゃケダモノだ。

 自己紹介なんて……自己紹介なんて、やっぱり大嫌いだ!


「リブラ殿っ!!!」


 不意に、カガチの叫び声が聞こえた。


「きゃああっ」


 続いて、女生徒のものと思しき悲鳴が響いた。


 今度は、なんだ?


 振り返った僕の目に、想像もしなかった光景が飛び込んできた。


「リブラ……?」


 カガチに抱えられ、リブラが倒れている。


 その胸からは大量の出血。

 彼の左胸に銀色のナイフが突き刺さっていた。


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