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竜鱗騎士と読書する魔術師  作者: 実里晶
女王府立魔術学院
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13 女王府立魔法学院

 女王の住む天市に入れるのは、天市に屋敷を持つ貴族か、リブラのように女王府で働く職員たちのみだ。

 天市と海市の間は三つの門と高い塀で仕切られていて、その境界は近衛兵団によって守護されている。

 そしてその中央あたりには公園があり、初代翡翠女王の像が立てられている。

 この広場の周囲に、海府、海市府などの公的機関が集合する。

 さらにその周辺をちょうど半円状にビジネス街や繁華街が取り囲む。

 放射状の発展の終点は翡翠内海。

 円形をした湾の内に瑪瑙島があり、その向こうに防波堤であり橋であり、古代では他国の襲撃を防いだ《海門》が湾の入り口を防いでいる。

 そして、女王府立魔法学院は、初代女王像の建つ広場と、海門を繋いだ直線状、海市のほぼ中央にある。

 市内のどこからもアクセスしやすい広大な敷地は、学術研究機関として、この学院がほか施設よりかなり優遇されていることを示している。

 主な構成は初等部、中等部、高等部、大学と各研究機関。

 伝統として貴族の割合は高いものの、厳しい入学審査があり、学生の水準は翡翠女王国のなかでも頭ひとつとびぬけている。

 ここを卒業したものは、海府や女王府に勤めたり、あるいはリブラのように医者になったりと、社会のなかでも重要な地位につく。

 軍に入ればすぐさま士官候補、エリートコースを外れることはない。


「む……無理無理無理無理!!」


 見上げるほどでかい正門、歩き回るには広大すぎるキャンパス、宮殿のような校舎。

 高等部校舎の前には豪勢な噴水が設置され、天使っぽい彫刻が頭上から微笑んでいる。

 僕の知っている《学校》の規模をはるかに超えている。

 一見して、かけられている税金の額がハンパじゃないのだ。


 魔法学院って語感からして、ナメてた……。


 僕は紅華から渡された巨大な本……原稿の塊を落とさないよう抱えながら途方に暮れる。


 しかも中身は、読めない。

 読めない本なんて漬物石くらいの価値しかない。


 それなのに、目の前には赤いじゅうたんが広げられ、中央に設えられた壇まで続いている。

 新任教師のあいさつのために野外に集められた中等部と高等部の学生は左側、教師たちは右側に、等間隔に一分の隙もなく整列している。

 中等部は赤を基調とした制服、高等部は白、魔術科生は共通で黒地に襟が青……と、それぞれの制服を着込み、一堂に会している姿はみていて爽快だ。

 比率としては、意外にも魔術科の学生が少ない。

 一応禁止されているわけだし、仕方ないか……。

 学生たちの先頭に出て杖を掲げているのは学科と学年の代表生。

 制服の上から丈の短いハーフマントを身に着けている者は、さらにそれぞれの学年の成績最優秀生らしい。

 百合白の姿はみつからなかったが、天藍アオイはすぐに見つかった。

 あいつも魔法学院の生徒だったのか。

 青い襟だから魔術学科、しかもハーフマントをつけて杖のかわりに抜剣、正面に構えている。

 うわ、首席生徒だ……。

 顔もいいのに成績もいいなんて、天は二物を与えずの法則を忘れたらしい。

 教師たちは、それぞれ外套や上着を着こんでいるが、全員、僕と同じ青地に金の刺繍がついた制服だった。

 右袖に、それぞれ色の違う宝石のカフスをつけている。


「無理でもなんでも、これは紅華様がお決めになったことです」と、リブラ。

「いい加減、家に帰してくれよ」

「君、自分の立場を忘れているみたいですね」


 リブラの長い指が、僕の左胸を突く。


「呪いはまだ、解いていませんよ」


 そうだ。

 できなければ死ぬデスゲームは、実はまだ続いてる。

 一週間の期限はなんとか乗り切ったが、そもそもその《一週間》という期限は、この始業式に間に合わせるためだったんだ。

 物陰でひそひそ声で打ち合わせ、もとい、押し問答をする僕とリブラ。

 紅華は、学園内に用意された別の控室に案内されていった。

 ここにいるのは、これから生徒たちに挨拶をしなくてはいけない新人教師こと僕と、付き添いのリブラだけ。

 彼は呆れた顔をしている。

 常識的なことを言っているのは僕のはずなのに理不尽すぎる。

 さっき、紅華は僕に恐ろしすぎることを言った。

「あの庭で、君は《青海文書》の力を発揮してみせた。君は青海文書の第一人者として、学生たちを集め、第三の魔法を教え、そして研究するのだ」

 ……あんなの、まぐれに決まってる。

「そっちこそ、僕に命を助けられたこと、忘れてないか?」

 リブラは僕を睨んだ。

 まあ、僕がリブラに助けられた回数のほうが上なんだけど……。

 売れる恩は押し付けがましく売っておこう。

「私にできることは限られているんです」

 リブラは緊張で吐きそうになっている僕の衣服を勝手に整え、上着の内ポケットに透明な筒状のものを入れた。

 試験管の形をしていて、中にはキラキラした天秤のマークが浮いている。

「礼といってはなんですが、ちょっとしたマジックアイテムです。中には医療術式を書き記した護符と、魔力が込められています。もし、昨晩あなたが倒れたときと同じことが起きても……たとえ心臓を失っても、一度だけなら再生します」

 ゲーム終盤で手に入る、ものすごい回復アイテムってことか。

「杖はこちらを使ってください」

 黒いビロード張りの箱を取り出す。

 中には焦げ茶いろの、木製の杖が入っていた。

 指揮棒のような形だ。

 握り手には薄い白と青がまじった色をした滑らかな月と星の模様がはめこまれ、尻の部分に赤褐色の石が燦然と輝く。

 なんていうのかは知らないが、カフスと同じもので、光の角度で金色に輝いてみえるきれいな石だった。

「起動の呪文は|《解放》(リベラシオン)です」

「魔法って、僕にも使えるの?」

「護符の場合はすでに私の魔力がこめられているので、呪文があれば……でも、そうですね」

 腰の後ろは金色の杖で埋まっている。

 箱には腿にとりつけられるホルダーも入っていた。

 ずいぶん準備のいいことだ。

「君も魔法学院の教師になるなら《治療(クラル)》くらいは使えたほうがいいでしょうね」

 僕にも魔法が使える……!

 柄にもなく興奮する。

 そりゃそうだ。

 こっちに来てから、はじめての朗報といってもいい。


「時間ですわ、マスター・ヒナガ」


 僕たちを呼びに女性が現れる。

 その顔をみて、僕はあっと声を上げそうになった。

 王宮の庭で見かけた顔だった。

 忘れようがない、怖い青灰色のドレスの女性。

 今は、胸元が大胆に開いた群青色のスーツを着込み、髪の毛を結って高く上げ、なんていうか……セクシー熟女って感じだ。


「改めて、私は灰簾柘榴(かいれんざくろ)よ。紅華姫と百合白姫のおばであり、魔法学院の理事長を務めています」


 トゲトゲしさを隠す気もないらしい。

 握手をかわすと、力いっぱい握りこみ、引っ張られる。

 そして、耳元でささや……いや、凄まれた。


「貴方が紅華の差し金であることはわかっています。ですがこの学院では、好き勝手なことはさせません。それなりの対応ってものをさせていただくわ」


 ぞくり、とする。

 彼女は僕の肩ごしにリブラを睨みつけていた。

 リブラは涼しい顔で、どこか微笑んでいるようにもみえる。

 おいおい、なんなんだ、この状況。


 昼食会での様子のように、灰簾柘榴は明らかな百合白派だ。

 そして、百合白はここの普通科の学生。

 僕が百合白に敵対するつもりはないけど……明らかに紅華の肩を持っている侍医、リブラの決闘を助けた姿をみんなに見られてる。

 少なくとも僕は紅華の味方ってことになってるらしい。

「絶対、うまくいかない気がしてきた……」

 ぼやくと、リブラが小声で返してくる。

「できなければ、翡翠内海にひとつ死体が浮かぶまでです」

 それはいやだ。

 何度も何度も死にかけたけど、まだ死にたくない。

 後には引けない。

 僕はただの高校生で、教師の免許も持ってないけど……。

 魔法の先生になれなければ、死ぬ。


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