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「正臣は今度、結婚するそうだよ」


テーブルの上を見つめたまま、カザキは力無くそう言った。


「しばらく主とは会話していなくて、久々に話が出来たと思えばそんな内容だった。皿洗いだとか、洗濯だとか、今日何があったか話すだとか、一緒にテレビを観るだとか。きっともう、私は必要無くなった」


「だからって、」


俺が身を乗り出しそう言うと、彼は反論を遮るかの如く、笑みを浮かべる。


「手放してくれと思いながら、自分から出て行く事は出来なかった。今一番主が何を求めているのか推測出来る機能があるのに、私はどうしても、正臣から離れられなかったんだ」


――カザキ、君もいつかは壊れてしまうのか? そんなのは嫌だよ。大切なんだ、カザキ。ずっと……ずっと傍に居てくれ。


――……正臣、顔を上げて。


流す涙を拭いながら、“大丈夫”だとか“壊れたりしない”などとは、決して言えなかった。

自身、やがて暴走して正臣を傷付けてしまうのではないかと、恐くて恐くてたまらなかった。


どこかへ行ってしまわなければ。早く。早く。


『ずっと……ずっと傍に居てくれ』


離れられる訳がない。

この家から出て行くなど。


焦りからか、恐怖からか、正臣が私に八つ当たりのように暴力をふるうようになってからも、彼は「出て行け」とは命令しなかった。

その代わり、家に帰って来る事が少なくなったけれど。


ここ数ヶ月、もしかしたらもう一年になるかも知れない。私が見る正臣の姿は、ベッドで眠っている所ばかりだ。


その寝顔に、触れてしまいたい。

以前のような笑顔が欲しいだなんて。

厄介なプログラムを仕込んでくれたものだ。


――カザキ、


随分と久しぶりに名前を呼ばれたと思った。この三文字。何よりも大切な、あなたがつけてくれた。


――今度、結婚する事にしたんだ。とても優しい女性だよ。


――それは、おめでとうございます。


この時ばかりは、つくりもので良かったと心の底から感じた。


それでも瞳の奥が熱く疼く。


『カザキ、』


『なんですか』


『カザキ、……愛しているよ』


『……はい』


『意味、解ってないだろう』


そう言ってあなたは笑ったけれど、きっと私は解っていた。

泣き出したくなるこの不安定で心地良い感覚の呼び名が、愛だと。


私は確かにあなたを、愛している。


あなたが静かに眠るまで傍に居て、そしてあなたと共に、瞼を閉じたい。

あなたが最期に瞳に映すのは、一体誰なのだろう、なんなのだろう。


93年、94年型がまた次々に壊れだした。


直す方法は見付からない。

結婚する主に、無駄な心配は必要ないだろう。


「だから殺してやったんだ」


カザキは顔を上げ、ただただ寂しそうに、それでいて力強くそう言った。

指先の黒ずみは広がり、今はもう薄く手首にまで達している。


彼の額に傷痕はない。

心臓に一発、額に一発。

弾丸を撃ち込めばアンドロイドの機能は停止する。

そう聞いていたけれど、方法はそれだけではないようだ。


「心臓にしか撃っていない。何故かな、それでも、それだけでも、ああ、もうすぐ死ぬんだな、って解ったよ」


心が、弱っていたからだろうか。


「どうして俺の所に来たんだ? 主の所に行けば良いだろう」


「行けないよ。私はあの人を愛しているんだ。それに矢城は、正臣の次に私の事をよく知っているから。カーペット、すまない。動揺していた」


「平気だよ」


――正臣、おやすみ。


寝室の扉に手の平をあて、それだけ呟いてサイレンサーを付けた拳銃で胸を撃った。

痛みは微塵も感じず、ただ穴があいたのだと解るくらいで、やはり自分はアンドロイドなのだと理解する。


この広がる虚しさも、つくられたものかと思えばなんと滑稽な事だろう。


しかしこれで、暴走せずにすむ。

正臣を傷付けずにすむのだ。


私は私自身を殺してやった。


油臭い染みが服に滲む。

指先の冷えや脱力感に、額を撃たずとも私はこのまま死ぬのだろうと。

いや、死ぬという表現はおかしいだろう。全機能の停止だ。それだけだ。


矢城の所へ行こう。

壊れたアンドロイドを処理してもらわなければ。ここで倒れて正臣に見付かるのは、嫌だった。


一番最初に正臣がプレゼントしてくれたスニーカーを履いて、冷える夜を歩く。

物としての贈り物はこれが初めてだったけれど、その前から、私は正臣に大切なものをたくさん貰った。


正臣はその事実に、気付いているのだろうか。


「矢城、もうすぐ止まりそうだ」


「……そうか」


「私を、修復してくれるなよ」


ゆっくりとカザキの瞼が閉じられる。

座ったままのその姿で、今まで上下していた肩の動きが止まり、呼吸音も聞こえなくなった。


「時にメンテナンス風景を見てもいたけれど、俺はアンドロイドの話し相手としてあそこに居ただけだ」


だから修復出来る頭脳も技術も持っていないんだ、安心して良いよ。

他の製作者達にもそう言うよ。


他のアンドロイド達がそれぞれの主にどんな扱いを受けていたのかはしらないが、自ら俺と話をしようとするアンドロイドは少なかった。

主の事を愛しさと共に語るアンドロイドはそれよりも少なく、カザキのような存在は珍しい。


『私は、何故アンドロイドなのだろう』


――この想いは、本当に私が生んだものなのだろうか。

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