第1話 【カーソルコミュニケーション】
カーソルコミュニケーション。
ふとその魔法の名を思い浮かべた。
カーソルコミュニケーションとは、カーソル、つまり人や物に狙いを定めてコミュニケートを謀るというものだ。
特段なにと言うものでもないのだが、僕はその魔法の名をあとになって思い知らされることになる。
それの存在を知ったのは、僕が夢の微睡みから脱出しようと眠気との闘いを試みていた朝だった。
*
目覚まし時計はなく、体感で時間を計ることができる(といってもおよそだけど)訳で、特にいらないと思いここに入学して来たのが間違いだった。
――眠い。
僕は朝は弱い方なんだけど、それでも魔法の訓練やらサディストの奴らやらとの言い争い(主にだけど)で疲れてる訳で……一層眠い。
こうなれば今日誰かから借りるか。
誰か余ってる奴いないかな。誰でもいいんだけどさ。
それにしても眠い。
「……ん」
寝返りをうつ。
身体を起こせばいいのだが、いかんせん、その気が出ないのだ。
「ならその気にさせてあげるよ」
声が聞こえた気がする。
けど僕は眠気との闘いで忙しい。
意識が途切れ途切れの中、僕は眠たい目を起こそうと躍起になる。
「カーソル……ロック」
なにか聞こえる。
けどやっぱりそんなことより今は寝ていたい。けど起きないと。
そんなことを考え繰り返す。
「躰を起こせ」
「いやだ」
あれ、今僕なんか言って……、
「命令形がいやならなにがいい?」
「このまま放って置いてくれ」
まただ。口が勝手に動く。
無意識だけどこれはわかる。
……なんかヤバイ気がする。
「そんな釣れないこと言わないで」
「無茶言うな。俺は眠い」
「わ、寝てる時は一人称俺なんだねっ。ボク、胸がキュンキュンするよ」
早く起きないと、警告が頭の中で鳴り響く。
「じゃあ、一緒に寝て……いい?」
「……勝手にしやがれ」
「やったっ。ふふん♪」
なにかがモゾモゾと布団の中を蠢く感触が……、
「――て、うわっ?!」
「おはようだね。悠一くん♪」
無邪気な笑顔であいさつをする、男の子でもあるようだが女の子のようでもある中性的な顔立ちの奴が僕の布団の半分占拠していた。
……いつの間に。
「おはようじゃねぇ。なに勝手に入って来てるんだよっ」
「勝手じゃないよぉ。悠一くんが勝手にしろって言ったから、ボクは勝手にしただけだよ」
「は?お前なに言って――」
「本当だ」
るんだ。と言う前に一つの言葉で遮られる。
部屋の扉の所で壁に寄り掛かる男の姿があった。
「よっ」
僕と視線を合わすと軽く手を上げる。それが彼のあいさつなのだろう。
「それで、いったいなんの用なんだよ……あんたら。てか早く出てけ」
「やん♪」
悩まし気な声を出してベットから落ちる少年(だと思う)はむしろ嬉しそうに地に着く。
「いや、そいつがおまえ、悠一って言うんだっけ?悠一のとこに行きてえ言うからさ。でも女が男のとこ来んのはちとまずいかな、と。だから俺が付き添ってやってんの」
彼はフランクに説明をする。
「……て、女?こいつ、女だったのか」
フローリングの地べたから嬉しそうに僕を見上げているのを見下ろす。
「そうだよ悠一くん。ボクは女の子だよ、一応ね」
「という訳だ」
「という訳だじゃないよ。まだこいつが僕のベットに侵入していた理由を聞いてない」
「ボクは言ったよ?悠一くんが勝手にしろって言ったって」
「お前は黙ってろ」
やん、なんてまた嬉しそうにして身体をミミズのようにしならせる。
「だから本当だって。そいつの魔法はカーソルコミュニケーション。カーソルを合わせた物体と話せる魔法だ」
「そうだよ〜。それでボクは悠一くんと話したの」
「でも僕は寝てたぞ」
「寝ててもできるんだよ。言うよりやった方が早いだろ。おい、やって見せてやれ」
「あいさー」
元気よく返事をして立ち上がる。
そして僕を見て指をカメラを作るかのように合わせる。
「カーソル、ロック」
――カチ
なにか音が鳴った気がした。
「?それで?」
「にひひ」
男は笑う。
「昨日の夜はナニしてた?」
僕はその質問に呆れた視線で返そうとしたが、口が勝手に開く。
「昨日は普通に風呂入って寝たさ。それがどうした」
――っ?!
僕はなにも言ってない。
なのに口が、声が、勝手に言葉を吐き出す。
「これがカーソルコミュニケーションだ。無意識だろうとなかろうと、相手と会話ができるって訳だな」
それ、なんかチート地味て――
「お腹空いたね」
「そうだな。――て、もういいだろっ」
「ごめんごめん。悠一くんが怒るからもう止めるよ。カーソル、オフ」
今度こそ手を下ろす。
つまりはあれか、そのロックした相手に対して会話が謀れるのか。されたらいや魔法だな。それに地味だ。
「というこった」
「そうそう」
なんか変な奴らに出会してしまった。いや、あっちから来たんだけど。
「そういや自己紹介してなかったな。俺は志崎遠也。ランクはDⅢで、魔法は【キー】。クラスは2組。よろしくな」
「ボクは狩野山士郎って言うんだけど、男っぽい名前で全然かわいくないから、しーちゃんとでも呼んで。ランクはDⅡで魔法は今見せた通り【カーソルコミュニケーション】で、クラスは遠也くんといっしょの2組だよ」
そういって僕の腕に抱き着く士郎。
「わかったからくっつくな」
「えへへ」
なんだか狼と仔犬に会ったみたいだ。
僕はそのあと無理矢理二人を追い出して着替えて部屋を出た。
朝食は寮内の食堂で済ます。
各室内にキッチンが付いていて自炊もできるが、生憎僕は自炊ができる程の時間と能力がない。
だから食堂で泣く泣く食費はたいて旨い飯にありついた方が賢明なのだ。
今日も今日とて学校があり、その路地に着く。
僕は準備はその前の日に済ましてあるからいつも朝食を食べたらすぐに学校へと向かうことにしてる。
「そういえばあの二人、なんでS寮(Sランク専用寮、略してS寮)に入れたんだろ……。まぁ、いいか」
僕は疑問を投げ捨てた。
その疑問をあと回しにした結果があとでどうなったか、その時の僕は知るよしもなかった。
そして後悔した。
昼休みになり、僕は午後の魔法訓練のことを考えてぐったりとする。
「悠一、一緒にご飯を食べぬか?」
顔を見上げると、そこにはアホ毛娘がいた。
「……あぁ。だったら僕の昼買って来てくれ」
「了解した。して、なにがいいかの?」
「焼きそばパンとサンドウィッチ」
「うむ。では行って来るぞ」
スカートをひるがえしパシリを嬉々として引き受けて行ったアホ毛娘を見送り、また机の上でぐったりとする。
「悠一くーんっ」
今度はなに……。
僕はぐったりしながらその声の方へ振り向く。
そこには朝に出会った、元気よく手を振る士郎の姿があった。
僕はそれを見てさらにぐったりする。
今誰かと関わる気力はない。
「お、邪魔するぜ」
「するぜ〜」
が、犬コンビはそうもいかせてはくれない。
「よっ。昼一緒に食おうぜ」
「いいかな?悠一くん」
「他クラスにずかずか入って来てよく言うよ。どうせ断っても居座るくせに」
ぐったりさせてた身体を起こしながら答える。
「さすが、わかってんじゃねぇか」
「うんうん。さすが悠一くんだよね」
どこがだと思う訳で。
「というか、僕といて、なにが楽しいのさ」
僕は普通に思い当たる疑問をぶつける。
「こんな最下層の僕なんかとさ」
ランクはAⅠという最低な位置に立っている僕は、憐れに思われたりするのが当然いやな訳で。
「それは違うぜ」
だがそれを否定する遠也。
「俺と士郎はおまえが最下層だからとか、ランクが低いからとか、そんなとこ見て接してねぇ。ただこいつといてみたいと思ったから近づいたのよ」
「そうだよ。ボクだって悠一くんと友達になってあわよくばいろんなことをしたいと思ってるんだよ」
いろんなことってなにさおい。
だがそれは思ったより綺麗事で、僕にはもったいないくらい嬉しい言葉だった。
「……勝手にすればいいよ」
いよいよ僕は諦め気味だった。
なんか魔法学院に来てから僕の精神の展開が早くなった気がする。
いや、自分でなに言ってるかもわからないけど。
「悠一、買って来たぞーっ」
そんなこんなで昼食を摂ることにした。
「さすがだね悠一くん。あんな女の子にパシらせることに良心の呵責に響かないなんてっ」
うるさい。
精神集中。自分の中にある言葉を固め、そして吐き出す!
「……」
「……やっぱ駄目か」
白黄先生は溜め息を吐くように言う。
やっぱって……そうだけどさ。
今日も今日とて出ない。
午後の基礎訓練応用編の授業。僕は紅黒教官――というとなぜか怒るので白黄先生と呼ぶが、白黄先生と魔法を出す練習をしていた。
「……ふっ。ロリスト」
むかっ。
名生がわざと近くに通り僕にしか聞こえない音量で呟く。
一々感に障る奴だ。
「どうして駄目なんだろうな。SADIは壊れてないんだろう?」
「あ、はい」
僕のSADIシステムは特殊で、壊れることなど早々ない。
魔法に必要なものだが、僕にとっては制御装置の前に抑制装置でもある。
これがある限り僕の膨大な魔力は顕現することはない。
なんて忌々しいんだ。
「だったらメンテに出すしか――」
「止めた方がいいです」
僕は先生の考えを否定する。
これを外すことは許されない。元より外すことができるのは一人だけだし、それ以外方法は壊すことのみ。
僕自身が壊すのは危険が及ぶのでそんな行為はしない。
これはメンテナンスに出さなくても持続スキルが働いている特注品なのだ。
僕は首のSADIシステムをなぞる。
カチャ、と音がした。
「そうか。なら仕方ないな。自力で出せるように頑張るしかないな」
「はい」
これでいい。
そのあと僕は魔法を出す練習を仕切りにした。
――ガチャ
ドアノブを回して扉を開ける。
入って鍵を閉める。
ベットまで来てダイブ。
ボフっと沈み僕はうつ伏せのまま静止する。
「……」
そのまま瞳を閉じる。
僕がここに来た理由。それはSADIシステムを装着したままに魔法を使えるようになること。それと――。
――カチン
鍵のロックが外れる音がふいにした。
僕は身体を起こして後ろを向いた。
ドアが開き、顔が覗き込んだ。
「……お前」
「……あ、やぁっ」
士郎だった。
「どうやって……」
「よっ」
続いて遠也まで勝手入って来る。
朝に引き続いて不法侵入をかます犬コンビだった。
「あ、そっか。俺の魔法【キー】直訳して鍵だ」
「それって…」
邪魔するぜ、と言ってずかずか入って来る。もちろん士郎もだ。
「鍵という鍵を開けたり閉めたりできる魔法だよ」
「えへへ。すごいでしょ」
すごいけど思いっ切り犯罪じゃないか。そんなことはここでは通じないが、どうしてもそう思ってしまう。
「……じゃあ朝の時も」
「そ。俺がやった」
道理で閉めたと思った部屋に入って来ていた訳だ。
犯罪紛いなことしやがる。
原則問題を起こさなければ魔法を使っていいことになってる為、これは問題外の範囲なんだろう。
部屋の主である僕が報告しなければ、の話だが。
「……通報すんぞ」
「いや待て待て。気が早い奴は嫌われるぞ」
「不法侵入なんぞやってる奴に言われくないわっ」
支給品の携帯を取り出しボタンを押そうとすると、腕を掴まれた。
「あ、その、怒らせたのならごめんね。ボクが遠也に頼んだの。だから責めるならボクを責めて。……うぅん。むしろ責めてほしいなっ」
申し訳なさそうな顔から嬉々とした顔になっていく士郎。
「……わかったよ。通報はしないよ」
「……ふぃ〜。よかったぜ」
「代わりに次から出入り禁止な」
「んなっ?!」
「それは駄目だよっ」
お前が決めることじゃないだろ。犬っころ。
「ボクの初めてをあげるからっ。それで許してっ」
「いらねぇよんなもんっ」
なんてもんを寄越そうとするんだ。
「……じゃあ、いっしょに今日寝てあげる」
「却下」
「……うわぁんっ。悠一くん冷たいよ。でもそこに胸がトキメクよ。キュン♪」
こいつ、変態じゃないか。
「いや、すまねぇな。俺がわるかったよ。頼まれたのも結果的にやらかしたのは俺だ。俺が罰せられるべきだ」
「……遠也くん」
「士郎は無罪だ!俺を煮るなり焼くなりしろっ!悠一っ!」
なんだこの三問芝居。
これで僕が許すとでも?
「悠一くん……」
士郎が目をうるうるさせて今にもクゥンと犬の甘える時の声を発しそうな感じで上目使いを使って来る。
うわ、なんだよ。僕がわるいみたいじゃん。
……はぁ。
「……わかったよ。でもこれからは勝手に入って来るなよ。わかったか」
「うんっ」
「おうっ」
二人は元気よく返事をする。
なんか嵌められた感があるのだが、もう言った以上仕方ない。
「それで、話ってなんだ」
「あ、うん。ボクの初めてをあげに来たの…」
頬を赤らめて照れる仕草をする士郎。
「いらないって言った」
「じゃあいっしょに――」
「それはさっき聞いたぞ」
「――いっしょにお風呂入って背中流してあげる」
「聞いてないが有らぬ誤解受けるから却下だ!」
風呂は大浴場一つしかなく、個室には付いてないのだ。
キッチンはあるのに、おかしな話だ。
シャワールームはあるんだけどな。僕は風呂派だ。シャワーでササッと流しただけじゃ風呂に入った気にならない。
「……今日くらいはいっしょに寝ちゃ…ダメ?」
「……っ。駄目だ」
一瞬士郎の上目使いで揺らいだが、これは死守しなくてはならない領域だ。
「……くすん」
「なら俺といっしょに寝るか、士郎」
「ボクは寝相がわるい遠也より、心がトキメク悠一くんの方がいい」
「がーん」
口でガーンなんて言う奴初めて見たよ。
というか、本気で落ち込んでるよ。orzのポーズになってるよ。士郎が沈んだ声で言うからクリティカルヒットしたんだ。
「てか、士郎。お前、遠也の奴といっしょに寝たことあるのか?」
「ううん。ないよ。遠也の友達から聞いたの」
「そうなのか」
なんか不憫だな、遠也の奴。
「悠一くん!」
「なんだっ――て、うわっ?」
「むぎゅ〜っ」
急に正面から抱き着いて来た。
「は、離れろよっ」
「ボクこうしてたい」
「いいから離れろっ」
どうにか引き剥がし隣に置く。
何気なく持ってしまったけど、こいつ結構軽いぞ。体重がほとんどないみたいだ。
「悠一くん」
「……あ?今度はなんだ」
「今日はありがとうね。会えてよかったよ。これ以上おじゃまするのもわるいから、ボクはもうおいたまするね。じゃあね」
「……あ、うん」
ほら、帰るよ。士郎はまだorzのポーズをしていた遠也を引き摺って部屋から出て行く。
なんかさっきの言い方、もう来ないみたいな言い方だったな……。
「いや、僕には関係ないことだっ」
そう言って電気を消し布団を被る。
心の内がモヤモヤしたまま一夜を開けた。
朝、僕はモゾモゾと布団の中で寝返りをうつ。
すると、なにかいい匂いがした気がした。
どこか甘い匂い。
「……ん」
それと僕じゃない吐息が――
「て、なんでここにいるんだよっ」
僕はうつらうつら目を開けると、そこには僕のベットで横になっている士郎の姿があった。
「……ん、…んあ……あ、悠一くん。おはよう〜」
「あ、うん。おはよう……て、そうじゃないっ。お前、なんで僕の部屋にいるんだ!」
「……え、ボクのわがままで入ったの。ごめんね」
眠そうな目を擦りながら謝る士郎。
「……いや、いいけど。いやよくないっ。なんか本当僕がわるい気分になって来るっ」
士郎といるとどうも感覚がおかしくなる。
「とりあえず起きろ、士郎」
「……うん。ふぁ――あ、ん…」
起きてあくびと伸びをする。
その姿は正直かわいらしかった。というか、パジャマ姿だった。
昨日は制服だったのに。
おかしくないのにおかしい。
僕としては早く立ち去ってほしい訳で。
「悠一くん」
甘ったるい甘えた声を出し、
「大好き♪」
また抱き着く士郎。
「大好き、じゃねぇっ。離れろっ」
「お、いい感じなムードだな。これはシャッターチャンスな」
僕が寝ぼけてる士郎を引き剥がすしていると、遠也がまた勝手に入って来た。――窓から。
「また不法侵入かよっ」
「いやさ。どこから出入り禁止か言われてないからさ。ここからならいいかなって」
そう言って笑う遠也。
「……もう、お前ら通報してやるっ!!」
「いや待て、それはよくないぞっ?!」
「悠一くぅん」
なぜこうも僕の周りは騒がしいのか。
学校に登校してぐったりする僕だった。