おまえが、結婚だと?
ここは、とある居酒屋です。ある男がのれんをくぐろうとしています。その時、何から大声が聞こえ思わず尻餅をつきました。
「えーーーー、何だって!」
ビールを吹き出して、叫んだのは田口部長です。その前で腕で飛沫を避けているのは、主人です。ショートヘアにいつものようにしっかりと化粧しています。美人です。
「お客さん。どうかしましたか。」
店員が驚いて、駆け寄りました。
「いえ、大丈夫です。すみません。騒ぎして・・」
田口部長が平謝りしています。
「おまえが、結婚だと。」
「戸籍上は大丈夫なのか?同性婚は認められてないだろう。」
完全に相手が男だと決めつけています。
「相手は、女性だから大丈夫です。」
「ひぁぁ。お前を娶りたいという御仁がいたか。」
それは言葉がちがいますよ-。
「娶るのは僕です!」
「しかし、どうやって知り合ったんだ? 見合いは無理だな。」
「最終的に、見合いの体裁をとりましたが、旅先で知り合ったんです。」
「恋愛か。恋愛なら何でもありだしな。」
「それはどういうことですか。」
そうです。主人も私も変態ではありません。
「職業は何だ。小説家か。写真家か。何かの芸術家か?」
「普通の女子社員で、電気部品の会社で、人事課です。」
「わかった。変わった趣味があるんだろう。SMとか、レズとか。」
「いい加減怒りますよ。そんな趣味はありません。僕を男として結婚してくれるんですから。」
「いやあ。悪かった。真面目に聞くよ。相手の実家はどこだ。式はいつだ。」
「京都です。式は半年後ぐらいになりそうです。ちょっと、ご相談したいことがあるんですが。」
「うん、なんだ。」
「会社関係の来賓者のことなんです。」
「おお、そうか。秘書時代の友達が多かったな。会長も来たがるよな。こりゃ大事だな。」
「それも大変ですが、問題は、女子社員として、通勤していることです。あっちの親戚には内緒なんですよ。」
「そりゃ。やかっいだ。しっかりと口封じをしないといけないなあ。」
ここは、イタリア料理店です。居並ぶ美女軍団、ナイショの会の会合です。元武山薬品工業の郡山優子さん、旧姓須藤さんが言います。
「ナイショの会の開会にあたり、乾杯の音頭を日下部さんにお願いします。」
その中で、ショートヘアのひときわ美しい美女がワイングラスを片手にいいます。ショートアにイヤリングがかわいい主人です。
「それでは、ナイショの会の今後の発展を祝して、カンパイ!」
「カンパイ」
「カンパイ」
本日、主人は黒の素敵なドレスを着ています。スカートすらなかなかはかない主人ですが珍しいです。
「今日は日下部さんのドレス素敵ね。どうしたの。」
「へへへ、郡山さんからのレンタルだよ。たまには、いい服着た方がいいと言われてね。」
「はーい。お集まり頂いた皆様へ、重大発表があります。」と郡山優子さんが発言しました。
「なあに。」
「ナイショの会の最長老の日下部さんがついに結婚しまーす!」
「最長老はひどいな。ひどい年寄りみたいじゃないか。事実だけど・・・」
「えー。本当?おめでとうございます。」
「えーと、35才だっけ。」
「うあ、そんなに年だったの。よく、結婚してくれる殿方がいましたね。」
「違うよ。僕は男、女性と結婚するの。」と怒る主人です。
そんなドレスを着ていてよくいいますね。間違うのは当然だと思いますが・・
「えー。うそ、そんなことできるの。」
「出来るとはなんだ。戸籍も男なんだから。男らしい見合い写真とるの大変だったのだから。」
普通は大変ということはないのですが、主人の場合は特別です。
「へぇ、急にショートにしたのはそんな訳だったの。でも、これも、かわいい。」
「日下部さんのウェディングドレス姿って素敵でしょうね。」
また、間違ってますよー。主人は男です。
「たぶん。それは着ないとおもうけど・・」
「いい加減にしろ。君たち、僕が男ということを忘れないないか!」
ほら、ごらんなさい。ついに主人は怒っちゃいました。
「えー。ドレス姿見れないんだ。」
「タキシードだろ!」
「まあ、まあ、それで日取りはいつ?」
「春だね。」
「ぜひ、見たいわ。」
「私も!」
「えー、そんなには呼べないよ。」
その後は、他人の結婚式のハプニングで盛り上がりました。もう、ナイショの会は経験済みばかりです。でも、このときは、他人の話、笑い事だと思っていました。まさか、あんなパプニングがおこるとは・・
ここはうちの実家です。お父さんがなにやら怒ってます。
「結納式はしないだと!向こうさんは何を考えているんだ。」
手元にあるのは、婚約から結婚に至る催事を書いたハウツー本です。私は、2人兄弟の長女、清原家では初めての結婚なので一大事なんです。
「まあ、まあ、お父さん。最近は簡略化されているから・・」
「何をいっとる。大体、婚約すっ飛ばしているのに。」
「いいじゃないの。私が聞いとくから。」
「ダメだ。電話する。ちょっと待て。仲人の先生はなんと言ったエート、クスリか。」
「薬? 来栖よ。」
とうとう、みんなが止めるのに、勝手に電話をかけ始めました。
「先生、清原さんという方から電話ですが・・」
「おいおい。またかよ。勘弁してほしいな。ちぇ、仲人なんてやるもんじゃねえな。」
先生、毎度のようにめんどくさそうに、電話にでます。
「はい。来栖です。あ、清原さんですが何でしょう。」
電話にでたとたんに営業スマイルに変わります。さすがです。
「はい、そうなんですか。それはお困りですね。」
「・・・!」
「なるほど。しかし、日下部家の方は、結納は初めてなんで戸惑つているじゃないですか。品物だけを仲人を通じて交換することも多いですよ。」
「・・・・・」
「はい。そうですよね。おっしゃる通り、おかしいですよね。」
「・・・・・」
「清原さんとしては、どんなのが理想なんですか。」
「・・・・・・」
「はあ、なるほど。そうですよね。」
「・・・・・・」
「わかりました。私が日下部家に伝えますので。」
電話が切れました。
すぐに主人にかけます
「おい。日下部か。私だ。どうして結納式をしない。」
「・・・・・」
「そりゃそうだな。しかし、お前とこは、娘を2人出したんだ経験済みだろ。」
「・・・・」
「もらったことはあるが、渡すのは初めてだと。アホか。」
「・・・・」
「解った。式と段取りは、私と清原さんとで用意してやる。金を用意しておくように言っとけ。」
「・・・・・」
(あれが、あの来栖先生とは思えない!)とひとりおもう看護婦さんでした。
ここは、京都の料亭です。いえ、ちょっと、上品なお食事処といったお店の2階です。主人はブラウスにネクタイを締め,もとい,カッターシャツにネクタイを締め男らしく正座しています。やっぱり、男装の麗人です。隣には、主人の両親が正装で座っています。私達も相対して、正装で座ってます。主人が口火を切りました。
「この都、千香様と私、拓也にすばらしいご縁を頂きありがとうござます。本日はお日柄もよろしく、結納の儀を執り行わせて頂きます。本来は仲人を通して行うところでございますが、本日は略式にて進めさせて頂きます。」
ちらりと、手のひらを見つつ口上を述べました。そして、床の間の手前に飾り付けていた結納品を持ち、私の前に持ってきました。
「こちらは、私、拓也からの結納の品でございます。どうぞ幾久しくお納めください。」
「ありがとうございます。いくひさしくお受けいたします。」といって結納の品を受け取ります。そして、再び、床の間に飾ります。そして、受書を母からもらい、主人に渡します。
「これが受書でございます。」
「ごていねいに誠にありがとうございます。」
「本日は誠にありがとうございました。おかげさまで略式ではございますが、無事に結納を納めることができました。今後とも幾久しくよろしくお願いいたします。」
「こちらこそ誠にありがとうございました。今後とも末永くよろしくお願いいたします。」
まるで、テープレコーダーでも回していたような口上が取り交わされ、結納の儀が終わりました。みんなに安堵の表情が戻ります。
「これで、滞りなく終わりましたな。おーい。すみません。料理の方をよろしくお願いします。」
仲居さんがお膳を運んできました。緊張が解け、急に賑やかになります。
「いやいや、ご苦労さん。日下部・・・・拓也さん。」
父が主人にお酒を勧めます。
「どうです。一杯。」
「ありがとうございます。」と、主人も嫌いではありません。
「お父さんも一杯。」と日下部さんのお父さんも進めます。
「やあやあ、こちらこそ。」
「わあ、これおいしいわね。」
「こんな料理たべたことないわ。」
「すごいね。」
「いやいや、こんなのはじめで。」
「娘のときは、仲人さんから渡されただけで、結納の儀式はしなかったんですよ。」
「そうですか。無理言っていいまはしたなぁ。」
ワイワイガヤガヤと祝宴が続きます。まあ、お互いよそ行きの顔ですが・・
祝宴も終わりました。主人とその両親が立ち上がります。
「いあ、本日はありがとうございました。何もかもお世話になりっぱなしで。」
「料理も無くなりましたことですし、この辺でお開きといたしましょうか。」
「そうですな。こちらこそ、本日はありがとうございました。」
「後は、我々の方でやっておきますので、日下部さんはタクシーで。」
「いや、ほんとにすみませんな。」
「清原さん、じゃあまた。」
「来栖先生には、連絡しておいてね。無事終了したと。」と私が主人に声をかけます。
「わかった。やっとくよ。」
にこやかな顔をしていたお父さんとお母さんが真剣な顔に戻ります。
「帰ったな。」と窓から確認するお父さんです。
「大丈夫よ。帰ったわ。」と玄関まで送ったお母さんが答えます。
お父さんが結納品の袋の分厚い束を確認します。
「うむ。やっぱり、1本か。」と不敵な笑いで言います。
「相場ね。予想通りね。」
「でも、生活レベルが違わなくてよかったわ。すると、結納返しは、1割の10万円といったところね。」とお母さんが安心した口調で答えます。
お父さんが小さな灰色の箱を見つけました。
「おっ、これは何だ。」
「指輪よ。これは、ダイヤモンドじゃないの。」と私が箱を開いていいました。
「婚約指輪といったところかしら。すごい。」
「こっちも、飾りだけで10万円も出したんだ。」とお父さんです。
「しかし、家付きでしょ。」
「うん。倉庫を新居に建て替え中のはずよ。」
「それは、大きいな。酒屋というのはそんなに儲かるのか。」
「スーパーが売っているから、だめだと言っていたわよ。」
「でも、近所の酒屋だろう。」
「結納返しは何する?」とお母さんがが聞きました。
「普通はスーツでいいんだが、日下部さんはなあ。」
「あの人、女扱いされるの嫌がるのよ。女ものでもスーツがいいわ。」と私が言います。
「そうなのか。本町に老舗の紳士服店があるんだが、やってくれるかな。」
「うーん。」
ここは、大阪本町の繊維問屋街です。ひと月後の事です。私と主人は梅田で待ち合わせをして、ここ本町に来ました。お父さんが駅でまっていました。
「やあやあ、今日は遠いところすまんな。」
「いえいえ、何でしょう。」
「あのね。お父さんが、スーツを買って上げたいらしいの。」
「いいんですか。」
「お近づきの印だから気にしないでくださいな。」
「はあ。」
3人で歩道を歩くと、小さな雑居ビルの1階につきました。ガラスのショウウィンドーにスーツを着たマネキンが並んでいます。
「ここです。」とお父さんが言いました。
ガラス戸を開けると、初老のおじさんが出てきました。
「やあ、清原さん、久しぶりですね。」
「ここは、わしが若いときからお世話になっているところでな。」
「いつもひいきにしてもらっています。今日は何か。」
「この子のスーツをお願いします。」
「え?お嬢様のですか。あいにく、ウチは紳士物の仕立屋で・・」
「それは、解っている。」
「この人は男なんです。」と私が補足します。
「何を馬鹿な。」
「見せましょうか。」
そう、主人がいいながら、おじさんの手を引き自分の股間に当てます。
おじさんは驚きの顔をします。
「う、ここの膨らみは何だ。しかし、胸は・・」
「実は、数年前まで男だったんですよ。何故か、こんな体になっちゃって。」
「まあ、それはお気の毒で、しかし、女物の仕立てはできません。」
それを聞いて、主人は軽蔑したような眼差しをし、お父さんに言いました。
「おとうさん。やっぱり、ここはだめですよ。こういう、老舗と言うのは新しいことはしたがらない。見ればデザインも古くさい。」
さすがに、これにはおじさんはカチンときました。
「何をおっしゃる。ウチは最新流行のデザインですよ。」
「無理、無理、これから男女同権の世の中で、女性のスーツが必要になっても、かたくなに、紳士用スーツしかできない店ですから。流行に付いてくことができない。」
私はなんてことを言うだろうと思いました。主人はこんなことを言う人ではありません。なんかおかしいです。
「何をいうか。やろうと思えばできますよ。ただ、型紙が無いだけで。」
「やっぱり、だめですよ。こんな逃げ口上を言っているところにたのんでも無駄です。新しいモノに挑戦する気概が無い人にたのまないほうがいいですよ。」
「オレを馬鹿にしているのか。やってやろうじゃないか。その代わり、採寸は念入りにさせてもらいますよ。合わせにも何回か来てもらわないと。」
「いいですよ。僕は男だ。何しても結構だ。会社からなら歩いて10分だ。毎日でもきますよ。」
「ようし、それならばやってやる。みとけよ。」
「ホントでしょうね。さあ、測ってもらましょうか。」
そう言って、ネクタイを外し、ワイシャツを脱ぎます。ブラジャーにつつまれた豊かな胸があらわになります。
「うう・・何て、細い腰なんだ。バストの差が大きい。ちょっと、測る場所の数を増やさないとだめだな。」
「プロに泣きごとはなしですよ。それとも出来ないんですか。」
「あのちょっと、日下部さん。そんなことを言っては・・」
お父さんも私もおろおろと見ているだけです。
1ヶ月後です。主人は本当に何度無くここに通ったそうです。主人と私の2人でスーツを受け取りに来ました。もともとは、そこら辺のぶら下げ品を手直してもらう予定でしたが、完全なオーダーメイドになっちゃいました。これであの価格なのですから、主人はすごいです。
「どうですか。」
「すごいですね。ぴったりだ。それに動きやすい。」
「いやあ。型紙は無いわ。マネキンもないし苦労しましたよ。」
「さすがですねえ。」
「妹が婦人服をやっていましてね。ずいぶん助けてもらました。ほとんど合作ですよ。良い勉強になりました。」
「おや。これは、女性用のスーツですか? 始めたんですか。」
「ええ、せっかくなんで試作してみました。あなたのと違って、ちょっとゆったりとしたものにしていますが・・」
主人のは、ズボンも細身で体にぴったりとしています。知らぬ間にいろいろ注文を付けたみたいです。今ならば伸びる生地を使うのですが、隠しプリーツというテクニックを使ったみたいです。
「ありがとうございました。またのお越しを」
高いので2度といくことがなかったですけど・・。女性用のスーツの先覚者となったみたいです。まあ、いいか。